番27:仕切り直し?
「サクラ、私は君のことを愛している。必ず幸せにする、なんてことは言えないが、私の全力を以ってサクラを幸せにしたいと思っている。願わくば、この先ずっと傍にいてほしいと思うし、傍にいたいと思う。私をサクラの生涯の伴侶として認めてはくれないだろうか?」
間違えようのない、プロポーズの言葉。それを聞いた瞬間、わたしの頭がフリーズしてしまいました。そして数瞬の後、言葉が脳に沁み込むと同時に、顔が熱くなるのがわかりました。
「サクラ、私の気持ちは今言った通りだ。答えを聞かせてほしい」
え?は?こ、答え?そ、そんな、急に言われても…。いえ、急じゃありませんでしたね。ああ、駄目です。激しく混乱しています。まさか王子がこれほどまでにストレートに伝えてくるとは思ってもいませんでした。あ、わたしが言えって言ったんでしたね。ああ、わたしの馬鹿!なんでそんなことを言ったんですか!
いえ、まさかヘタレな王子が照れもせずにこんなことを言ってくるとは…。腐っても王子ということでしょうか?あ、少しは照れていますね。頬が赤くなっています。って、そんな部分を冷静に見ていないで…。
「サクラ?」
ああ、もう!なんて答えればいいんですか!?
色々な言葉がぐるぐると頭を駆け回りますが、何一つまとまった答えは出てきません。やがて沈黙に耐えきれなくなり、わたしの取った行動は…。
コクン、と小さく頷いただけでした。
これだけでもすごく恥ずかしかったんですよ?なのに、なのに王子ったら…!
「頷いただけじゃ、はっきりとは分からないぞ?わたしはサクラの言った通りに、きちんと言葉にして伝えた。なら次はサクラが、きちんと言葉で返してくれるべきじゃないのか?」
わたしの馬鹿!数分前のわたしの口を塞いでしまいたいです!どうしてそんなことを言ったのか…。
それに王子も王子です。いつもヘタレで女心がわからないくせに、どうしてこういうときだけ強気で…。
ええい、女は度胸です!仮にも自分から言い出した事で、王子がきちんと言葉にしたのですから、わたしもきちんと伝えるべきです。
うう、わかってはいるのですが…。
「……お受け、します」
なんとか絞り出したのは、それだけでした。それも蚊の鳴くような声で、少しでも騒いでいれば聞き取れないような声でしたが。
「何を受けるのか、きちんと言ってくれないと困るな。後で私の勘違いでした、なんてこになっては大変だからな」
な、何をって、勘違いのしようが無いでしょうに…!
そう思って王子の顔を見ると、にやにやとした笑みを浮かべていました。
この…!いつもはヘタレなのに、どうしてこういうときだけSになっているんですか!
「わたしは王子の…!」
ついカッとなって言いだしたものの、まともに王子の顔を見ていることが出来ずに途中で止まってしまいます。
「サクラは私の?続きは?」
くぅ、王子のにやけた顔が目に浮かぶようです!
ですが勢いは続かず、口の中でもごもごとするばかりで、言葉にはなりません。
「続きはなんだ?きちんと言葉にしてもらわないと、私にはわからないぞ?」
この変態王子!
ですが、この場ではわたしの負けは濃厚です。ここはなんとか言葉にして、引き分けに持ち込むしかありません。いえ、勝負ではありませんが。
「わ、わたしは、王子の…、プ、プロポーズを」
ちらり、と盗み見た王子の顔は、やはりにやけた笑みを張り付けていました。ああ、どうしてわたしはこんな人を好きになってしまったのでしょうか?
「……お受けします」
なんとか、最後まで言い切りました。正直、顔から火が出るくらいに恥ずかしいです。
「サクラ」
今更そんな優しい声を出しても、許しませんから!
どうせ勝ち誇ったように、にやけた笑みを浮かべているんでしょう?見なくてもわかります。
わたしはそんな王子の顔を見るのが悔しくて、恥ずかしくて俯いていました。
「嬉しいよ。言葉にしてもらうのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。想いが通じることがこんなに幸せだと、知らなかった」
その言葉に、伏せていた顔を上げると、そこにあったのはにやけた王子の顔、ではなくて、とろけるように微笑んだ王子の顔でした。
改めて言いますが、王子は美形です。今は23?いえ、24でしたか。男盛りの美形の微笑みというのは、とても強力だと思います。ましてやそれが自分に向けられているなら、ましてやそれが、自分が好きになった相手から向けられるものなら。
つまり、王子の顔を見た瞬間に、わたしの心臓が大きく跳ねました。恐らく顔は、これ以上ないくらいに真っ赤でしょう。もはや凶器です。わかっていても、目が離せないのです。
先程から握られていた手に、力が加わりました。
離さないと、と思うのに、まるで金縛りにでもあったかのように、身体が動きません。
「サクラ、愛している」
ゆっくりと王子の顔が近付いてきます。
あ、キスされる、と思いましたが、どこか遠いことのように感じます。
無意識に、とでも言うのか、そう思った時、作法に則り(?)目を閉じます。
やがて唇が重なり、少ししてそれが離れました。
感想としては、唇って意外と冷たい、というのと、王子の唇って乾いているな、くらいのものでした。
なにか、もっとドキドキするとかそういうものだと思っていましたが、いざしてみるとこんなものか、くらいに感じてしまいます。
「2回目、だからでしょうか…」
無意識に、考えが口をついていました。それは極小さな呟きでしたが、息のかかる距離にいた王子の耳には届いていたようです。
「2回目、だと?」
あれ?王子の声が冷たくなった気がします。
2回目と言っても、1回目は昨日の夜の人工呼吸でしたし、あの時は焦っていたせいもあって、いまいちよく覚えていません。それにあれは人命救助で、口付けとはカウントするべきじゃないでしょう。なら、やはり今のがファーストキス、ということになるのでしょう。
「いつ、誰としたんだ?」
「……え?」
気がつけば王子の顔が目の前にあり、その顔は先程までのとろけるような笑顔ではなく、厳しいものになっていました。
「あ、あの?……んっ」
どうしてそんな顔をしているのか聞こうと口を開いたところで、再び唇が塞がれました。その急激な変化に驚いてしまい、思わず身体を離そうとしました。が、いつの間にか両手は王子の片方の手で掴まれていて、頭も逃げられないように後頭部を押さえられています。
「ん、んー!」
こうなると今わたしにできるのは、くぐもった抗議の声を上げることだけです。ですがその為に口を開いたところで、ぬるり、と何かが侵入してきました。驚いて目を見開きますが、そこに映るのは意地悪そうな王子の瞳でした。その瞳を見て、口の中に侵入してきたのが王子の舌だと理解します。
王子の舌はわたしの口の中を暴れまわり、歯茎をなぞり、わたしの舌を捕まえて絡め取ろうとします。無意識の中でそれをかわそうと舌を動かしますが、すぐに息苦しさに負けて動きが止まってしまいます。王子の舌がそれを捕まえて、ゆっくりと嬲るようにして抵抗の意思を奪っていきました。
キス自体が初めてと言っていいわたしは、それに翻弄されるようにして、すぐにされるがままになってしまいました。
時折唇の隙間から洩れる音が耳に届き、それも相まって頭がぼうっとしてきます。
もしも椅子に座ってなければ、今頃わたしは立つことすら困難になっていたでしょう。完全に腰が抜けていました。それを自覚するのはもう少し後、ですが…。
5分?10分?随分と長く感じるその行為は、やがて王子が満足したのか、始まりと同じように唐突に終わりを迎えました。
微かな水音を残して、唇が離れます。
お互いの唇が離れた直後に、つっと細い糸が名残のように掛かり、すぐに切れてしまいました。わたしは呆けた頭でそれを見ながら、どうして急にこうなったのかを考えます。ですが全く働かない頭では、その理由の欠片すらも見えてきませんでした。
「初めての相手とは、こういった口付けはしなかったのだろう?」
王子がにやり、と笑みを浮かべました。
何を、言っているのでしょう…?
「もう一度聞く。初めての口付けは、いつ、誰としたのだ?」
「昨日の夜、王子と…」
ぼんやりとしたまま、聞かれたことにそのまま答えます。
「……は?」
「王子が溺れて、呼吸が止まっていたから、息を吹き込むために」
ああ、王子の顔が間抜けになりました。
働かない頭で、そんな事を考えながら王子の様子を眺めます。
「じゃあ何か?私は自分を相手に嫉妬していたと言うのか…?」
しっと?王子が王子に?なんですか、それは?
「……済まない。まさか自分に嫉妬して暴走してしまうとは…。こんな無理矢理するつもりではなかったのだが」
無理矢理?ああ、口付け、ですか。驚きはしましたが、嫌、ではありませんでしたし…。
そこまで考えて、急に我に返りました。
い、今のって、いわゆるフレンチ・キス、というやつでは?それも、かなり濃い目の物だったような…。ファーストキスを済ませたばかりだと言うのに、セカンドキスまで、しかも、しかもあんな…。
ぼうっとしている場合じゃありません!これは断固として抗議しないと!
「王子」
「本当に済まなかった…」
怒ろうとした瞬間に、相手に謝られてしまった場合はどうすればいいのでしょうか…?それも随分と下手に、大の男がしゅんとしてとなると、先程までの勢いはどこへやら、です。そう、まるで飼い主に叱られる犬のように、伏せられた耳と尻尾の幻影が見えるようです。
「……もういいです。その、こ、恋人同士なのですから、口付けくらいはするでしょうから。それに嫌ではありませんでしたし(ごにょごにょ)」
「え?すまない、最後の方が聞き取れなかったのだが」
「な、何でもないです!とにかく、今後は雰囲気という物を考えて、ですね……きゃっ!?」
結果はどうあれ、無理矢理に事に及んだ王子に説教をするために椅子から立ち上がろうとして、下半身に力が入らずにそのまま床に座り込んでしまいました。立ち上がろうとしても膝が笑うと言うか、力が入らないのです。
「もしかして、腰が抜けたのか?」
認めたくはありませんが、どうやらその様です。そしてその理由として考えつくのは、一つしかありません。
「さっきの口付けが、そんなによかったのか?」
わざと、なのでしょう。他に聞く者もいないのに、耳元に顔を近づけて囁くように言うのですから…。
王子はにやにやと、意地の悪い笑みを浮かべています。しかもこれ見よがしに、「そうかそうか」などと繰り返しています。
いいでしょう。その挑戦、受け取りましたよ?
「バインド」
拘束魔術を使って逃げられないようにしてから、お仕置きを始めます。
「エル、やりなさい」
いつの間にかベッドに戻っていたエルに呼び掛けると、面倒そうにしながらも王子に近付いていきます。
「え?おい、待て……それは反則…」
またしても巨大化したエルに圧し掛かられ、身動きの取れない王子はなすがままです。
少なくともわたしが立ち上がれるようになるまでの間は、そのままエルの遊び相手になってもらいましょう。
しばらくの間、下の階ではミシミシという音と、王子の悲鳴がしていたとか何とか。




