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012 初めての交渉

「わたしの……大切なもの(異世界からの持ち物、ボールペンと新品のノート)を買ってください!」

 わたしが言い切った瞬間、それまで喧噪のあった食堂が静かになりました。

 どうやら金策に少し焦っていたようで、思っていたより声が大きくなっていたようです。

 王子と団長を見るとなにやら完全に固まっています。

 視線を感じて食堂内を見回せば、全ての人の視線がこのテーブルに集まっています。

 どうしたんだろう、と思いながら王子に視線を戻すとようやく、硬直から抜け出したようで、少し焦ったような雰囲気で口を開きました。

「サ、サクラ。確かに君は15歳だと言っていたが、それはどうかと私は思うぞ。いや、君の覚悟を馬鹿にしているわけではないが、そういったことはもっと大事に、だな」

 なにやらよくわからないことを言い出しました。

 団長も王子の横で焦ったように首を縦に振っています。

 他のテーブルではこちらに聞き耳を立てていたようで、

「15歳?いや、どう見ても子供……しかし王子が嘘を言っている筈は…」

 などと聞こえてきました。

 またそれですか、わたしは子供じゃありません。

 みんな何を慌てているのかと、不思議に思いながら王子を見ていると、調理場からおかみさんが走ってきて、わたしを抱え込みました。

 なんだろう?と思っておかみさんを見上げると、おかみさんは王子を虫でも見るような目で睨みながら、

「あんた、王子様だからといってこんな小さな子の身体をお金で買おうっていうのかい!?相手の弱みに付け込んでそんな酷いことをするなんて、王子様といえども許さないよ!」

 え?おかみさんは何を言っているのでしょうか?

 小さな子というのは恐らくわたしのことでしょう。見た目は小さいですしね。しかし身体を買う?どこからそんな話が出てきたのでしょう?

「いや、私はそんなことは一言も言っていない!むしろ止めようとしているほうだ!」

 王子が焦ったように言い返しています。

 わたしは何でそんな話になっているのか、ともう一度会話を思い返します。

 …

 ……

 ………

 あ…。

「ちょっと、ちょっと待って下さい!わたし、身体を売るなんて言ってません!持ち物を、私の持ち物を買い取ってほしいって言っただけです!!」

 思わず焦って叫びます。

 王子とおかみさんはわたしのほうを振りかえりました。

 早く収集をつけないと危険な気がします。

「ですから!先ほど見せたボールペンとノート1冊を!買い取って欲しいと言ってるんです!」

 わたしは王子とおかみさんの顔を交互に見ながら、そうまくしたてました。

「おかみさんの言ってるようなことはこれっぽっちもありませんから!」

 叫ぶわたしの顔は羞恥で真っ赤でしょう。とても恥ずかしいです。自分の顔が熱を持っているのがわかります。

「ほんとうかい?嘘は言ってないだろうね?」

 おかみさんが心配そうに覗き込んできます。

 わたしが誤魔化すために嘘を言っていると思われたのでしょうか?

「嘘じゃありません。大丈夫です」

 とりあえずはその言葉で納得してくれたようで、少し気遣わしげな眼をしながらも調理場へ戻ってくれました。

「紛らわしい言い方をするんじゃない、まったく…」

 王子は疲れたように椅子にもたれかかります。

 わたしもいつの間にか立ちあがっていたようで、恥ずかしさに顔を伏せながら椅子に座りました。

「それで、あの、先ほど見せたボールペンと新しいノート1冊を買い取って欲しいのですが…。値段はそちらの言い値でかまいませんので」

 わたしの言葉から出たトラブルは回避できましたが、元々の問題が解決したわけではありません。交渉を再開します。

「あれを買い取るのは構わないが、いいのか?こちらでは手に入らないものだぞ?」

 今、わたしが持っていても使わないものですしね。日本に帰れば簡単に手に入るものですし、問題ありません。

「はい、大丈夫です。それで、いくらで買い取ってもらえるのでしょうか?」

 椅子の上で姿勢を正しつつ、値段を問いかける。

「そうだな……この世界であれと同じものを作るのは不可能だろうし、しかし私の手持ちの金額だと…。戻ってからでいいのならそれなりの金額は用意できるが…」

 またぶつぶつ言っていますね。

「王子の言い値でかまいませんので、値段をつけて下さい」

 待っていても話が進みそうもないので、金額の提示を促します。

 どうせ二つ合わせて200円もしてませんしね。スパイスが買える金額になれば十分です。確か、スパイスは当面必要と思えるものを揃えても銀貨5枚もあれば余裕でしたか。

 そんなこと考えながら待っていると、王子の示した金額はわたしの予想をはるかに超えるものでした。

「そうだな、金貨3枚でどうだろう?生憎といまは手持ちがそれほどなくてな。安すぎるとは思うのだがそれで譲ってはくれないだろうか?」

 王子は少し申し訳なさそうにしながら、そんなことを言ってのけました。

 これには私が焦ってしまいます。200円もしてないボールペンとノート1冊が30万円ですよ?どんだけなんですか。わたしのお小遣いの何倍でしょう。

「は?いや、金貨3枚って……高すぎじゃないですか?ええ、高すぎるでしょう?」

「この世界には無い技術で作られたものだ。金貨3枚でも安すぎると思っている。手持ちがあればもっと払ってもいいと思うのだが…。それにサクラは当面の金が必要だろう?高すぎるということはないと思うのだが?」

 平然とそんなことを言ってのける王子に、元の価格を知っているわたしは価値観の差を感じます。

 確かに当面の生活費は必要です。しかし、です。王子から出るお金ということは、国民の税金が元となっています。その税金をこんな(わたしにとっての)安物のためにぽんっと出していいものでしょうか?金貨3枚といえば贅沢をしなければ半年、何もしないで生活できる金額です。やはりいただける金額ではありません。

「いえ、やはり金貨3枚は高すぎます。王子のお金は元は国民の税金なのです。それでなくてもここの宿代も出していただいてるんです。わたしは買い物ができるだけの金額があればいいんです。ですので、その税金を無駄遣いするようなことは避けるべきです」

 ここはきっちりしておかないといけません。でないと、後でわたしが罪悪感を感じます。

「む、確かにそうだが…。しかしあの技術は素晴らしいものだと思っている。私としては金貨10枚でもかまわないと思っているのだがな」

 ちょ、金貨10枚って100万円ですか?元値の5000倍以上ですか!?

「しかし、税金から出す、ということにサクラが問題を感じるならば、どうしたものか。私の稼ぎから出すとなると手持ちだと金貨1枚しか出せなくなるのだが」

 わたしが価値観の相違について焦っていると、王子からそんな言葉が聞こえてきました。

 ここらが手の打ちどころなんでしょうか?金貨1枚でも500倍なんですが…。

「では、金貨1枚にしましょう。それでもわたしは多すぎると思っているのですが…。そう言っても王子はそれ以上は下げないでしょうし、わたしも最初に言い値で、と言っていますしね。でも、やはり金貨1枚は貰いすぎだと思うので、どうでしょう?みなさんの明日の朝食と夕食をわたしが作らせていただく、というのは。こう見えて料理は得意なんです。先ほどのクッキーも私が作ったんですよ?」

 とりあえずはわたしにできることで替えされてもらいましょう。少なくともクッキーがおいしいと感じるなら、わたしの料理にも十分、価値があるはずです。

「あれをサクラが?なら料理のほうも期待できるか?ふむ、どうせ昼食は保存食か軍食になるだろうしな。では頼めるだろうか?」

 交渉成立のようです。

「はい、頑張らせていただきます。わたしはすぐにでも買い物に行きたいのですがよろしいでしょうか?」

 お店が何時まで開いているのかわかりませんが、すでに時間は7時頃でしょうか。急がないと閉まってしまいます。

「ああ、ボールペンとノートとやらは後で受け取ろう。買い物には金がいるだろう?持っていくといい」

 王子は気前よくポケットから銀貨を取り出し、渡してくれました。

「今持っているのはそれだけでな。後は部屋にある。残りは帰ってきたら品物と交換だ」

 わたしの手にある銀貨は数えてみると20枚。これだけあれば十分買い物ができます。

「ありがとうございます。では行ってきます」

 お礼を言って席を立ち、わたしはおかみさんにお店の場所を聞いてから雑貨屋に向かいます。


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