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異世界に出戻りしました?  作者: のしぶくろ
番外編とか後日談
126/149

番21:襲撃

 ザアァァァァ


 湖を風が渡る音がします。

 わたしは砂浜に立って、その風を浴びていました。

「いい風…」

 静かな夜に響くのは、かすかに寄せる波の音と、時折吹く風の音だけ。

 湖面は時折吹く風によってさざ波を立てる以外は静かに夜空を映していました。

 それが知らないうちに高ぶっていたわたしの心を、徐々に落ちつけてくれます。

 これならゆっくり眠れそうですね。もう少ししたら戻りましょうか。

 そう考えていた時でした。

 背後から砂を踏む音が聞こえてきます。

 敵意は感じなかったので、ゆっくりと振り向いて、足音の主を確認します。

 そして、その姿を確認して後悔しました。

 その人は、今は一番遭いたくない人だったからです。

「王子…」

 やっと落ち着いてきた心が、またざわめきます。

 全く、なんてタイミングの悪い…。いえ、こんなところもやはり王子ですね…。

 思わずそんなことを考えてしまい、心の中で苦笑いを浮かべてしまいます。

 そんなわたしの心を知ってか知らずか、恐らくは考えもしていないでしょうその人は、少し驚いた表情を浮かべながらも話しかけてきました。

「サクラか。1人のようだが、どうしてここに?」

「寝付けなかったものですから、少し風に当ろうと思って…。王子は?」

 緊張を出さないように、注意しながら答えます。まさかこんなところで遭うとは思ってもみなかったので、心の準備が全くできていませんでした。表面上は冷静を装っていますが、実際は緊張を顔に出さないので精一杯です。

「私も似たようなものだ。良かったら少し歩かないか?向こうに見晴らしのいい場所があるんだ」

 そう言うと王子はわたしの返事も聞かずに、背を向けて歩き出しました。

 なんとなくですが、このまま戻るのも惜しい気がしたので、わたしはその背中についていくことにしました。


 歩いたのは15分くらいだったでしょうか。

 砂浜を抜け、少しだけ森を歩いて出た先は、湖に突き出た崖の上でした。

 これが海なら、まるで2時間ドラマの犯人の自白場所のような所でした。

「ここからだと湖が一望できるだろう?それに夜だと水面に夜空が映って綺麗なんだ」

 王子の言うとおり、ここからだと遠くに湖の対岸が見えました。それに湖面に星が映りこんでとても綺麗です。

「ああ、あまり端に近づくなよ?夜だし、落ちると危ないからな。下は湖だから死ぬことはないだろうが、危ないことには変わりはないからな」

 崖の下を見てみようと端に近づくわたしに、王子が注意を促します。

 見ようと思ったのはただの好奇心ですし、その言葉は尤もなので大人しく下がっておきます。

「ここで湖を眺めていると考えがまとまる気がするんだ。最近はサクラは悩んでいただろう?だからここに連れてきたいと思っていた。まあ、悩みの原因は私なんだろうが…」

 ちらり、と王子の顔を見ると、あの時のことを思いだしているのか少し照れたように見えます。

「こう言ってはなんだが、サクラがあの事で悩んでくれているのが嬉しいんだ。ようやく伝えることが出来たのだし、悩んでくれていると言うことは、少なくとも可能性があると言うことだからな。だから、沢山悩んでほしい。悩んで、考えてくれた結果ならどんな答えにせよ、受け入れられると思うから…」

 王子の顔は湖の方を向いていますが、その言葉が真剣なのは伝わってきました。

 ……あれ?もしかして、今って返事をするチャンスじゃ?考えてみれば、静かな夜の湖で二人っきりで、満天の星空の下、雰囲気もいいです。丁度プロポーズの話題も出たところですし、シチュエーションとしてはバッチリでは?

 そうですよ!今ならあの3人がいないのは確実ですし、ここで済ませてしまえれば後の日程はのんびりと出来ます!

 そうと決まれば早速…。

「お、王子、お話が!」

 ぐ、緊張でどもった上に不自然に声が大きくなってしまいました!

 ですが、この程度では負けません!

「なんだ?」

 湖を眺めていた王子が、わたしの方へと振り返ります。

「あ、あの、わた、わたしは…」

 頑張れ、わたし!負けるな、わたし!

 ですが、緊張しすぎていたわたしは気がつきませんでした。この場に危険が迫っていたことを…。

「サクラ!」

 いきなり突き飛ばされて、思わずそのまま倒れ込んでしまいます。

 地面に手を突きながら、振り返ったわたしが見たものは…。

「くっ!」

 何者かの襲撃と、その剣を何とか避ける王子の姿。

 しかし最初の剣はかわしたものの、襲撃者の追撃によって王子は崖の端に追い詰められてしまいます。

「王子!」

 慌てて立ち上がり、王子に駆け寄ろうとしますが、それよりも早く襲撃者の剣が振るわれました。

「く……うわっ!?」

 王子はぎりぎりでその攻撃をかわしますが、崖の端で暴れたせいか運悪く足元が崩れてしまいました。

 わたしは必死に手を伸ばしますが、まるでスローモーションのようにゆっくりと王子の身体が傾いていきます。

 わたしの手は王子に届くことなく、王子の姿は崖の下に消えて行きました。

「王子ー!」

 少しして、崖の下から水音が聞こえました。

 いくら下が湖とはいえ、この高さからだと衝撃は大きいはずです。それに王子は泳げません。早く助けに行きたいところですが、かといって目の前の襲撃者をそのままにしておくこともできません。

「……このっ!」

 わたしは襲撃者に魔術を使います。両の手足に向かっての圧縮した空気の塊を打ち込みます。

「グッ!」

 鈍い音がして襲撃者が吹き飛びます。今の攻撃で襲撃者の手足は折れたはずです。

 そのまま吹き飛んだ襲撃者に駆け寄り、そのお腹を蹴って気絶させておきます。ついでに魔術で拘束し、丸1日は動けないようにしておきました。殺さないのは襲撃の目的や依頼人を吐かせないといけないからです。ですがそれは、王子を助けてからの話です。

 襲撃者が完全に沈黙したのを確認してから、崖の端に駆け寄って、そのまま湖へと飛び込みました。

 落下中に防御の魔術で身体を覆い、着水の衝撃を緩和させておきます。


 水中に潜ったわたしは、そのまま王子の姿を探します。夜の湖は暗く、月の明かりも水中までは届きません。わたしは明かりの魔術で視界を確保し、王子の姿を探します。

 ……王子、どこに…?

 水中で必死に目を凝らし、その姿を探します。

 一瞬、視界の端で何かが光ったような気がしました。

 もしかして、と思い、その方向に近付いてみると、光ったと思ったのは王子の金髪でした。

 見つけました!

 慌てて王子に近寄ってみますが、気を失っているのか手足は力なく投げ出されています。このままでは急がないと手遅れになってしまいます。

 わたしは身体強化の魔術と気を併用し、一旦水面に上がりました。

 水面に上がって手近な陸地を探しますが、一番近いところは崖です。次に近いところは……少し離れていますが、急いでそこに向かって泳ぎます。


 なんとか岸に辿り着き、王子の身体を引き上げます。その頃には王子が湖に落ちてから、2,3分が過ぎていました。呼吸を確認してみますが、やはり呼吸は止まっています。心臓も確認してみましたが、その音は聞こえません。確か呼吸停止の後の蘇生率は4分を回ると50%を切ると聞いたことがあります。急いで呼吸を回復させないと…。

 学校で習った救命措置の方法を思いだしながら、王子の顎をあげて気道を確保します。次に鼻を摘まんで息を吸い込み、王子の口に息を吹き込みました。それを数回繰り返し、次に心臓マッサージを行います。

「1、2、3、4…」

 王子、息をしてください…!わたしはまだ返事をしていないんですよ!?

 不本意ながらも自称神様に祈りながら、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返します。

 やがて…。

「ゴホッ、ゴホッ…」

 王子の口から水が吐き出されました。なんとか一命は取り留めたようです。

「王子…、よかった…」

 ひとまず安堵します。ですが王子の意識はまだ戻らず、身体も冷え切っています。いくら夏とはいえ、避暑地の、夜の湖に沈んだのですから仕方がありません。

 意識の方は今はどうしようもありませんが、身体は暖められます。こんな状態の王子を置いていくのは不安が残りますが、ひとまず薪を集めてこようと思い、森に向かって走ります。本当なら別荘に戻るのがいいのでしょうが、手近な陸地に上がったせいか、ここからだと別荘までは随分と距離が出来てしまっています。なので無理に動かすよりも、今は身体を温めて王子の意識が戻ってから、もしくは夜が明けてから動かした方がいいと考えたのです。

 森に入って薪を集めている間に、少し奥に入ったところで小屋を見つけました。大分古いようですが、外にいるよりはましだと思い、集めた薪を入口に置いて王子のもとへと戻ります。

 身体強化の魔術と気を使い、王子を担いで見つけた小屋へと運びます。小屋には鍵がかかっていましたが、魔術で開けて中へと入ります。

 小屋の中は暗く、埃が溜まっていましたが、明かりの魔術で光源を確保、埃は風の魔術を使ってある程度ですが、綺麗にします。

 王子を暖炉の前に寝かせて、入口に積んでおいた薪を暖炉に入れて火をつけます。

 やがてパチパチと爆ぜながら、徐々に部屋が暖まってきました。

 これでひとまずは何とかなるでしょう。

「くちゅん」

 そう言えば、服が濡れたままでした。いくら夏とはいえ、このままでは風邪を引きかねません。というか、1ヶ月前にも風邪を引きましたからね…。

 王子の服も乾かさないといけません…。

 顔が赤くなるのがわかりましたが、恥ずかしいからと言ってこのままではいけないこともわかっています。

「これは人命救助、これは人命救助…」

 ぶつぶつと自己暗示をかけながら、王子のシャツのボタンを外していきます。

 全てのボタンを外し終えると、鍛えられた筋肉が姿を現しました。

 ……腹筋、割れてるんですね。

 こんな間近でじっくりと見る機会なんてなかったので、なんだかドキドキしてきました。

「うう、これは人命救助…」

 そのまま思考が変な方向に流れて行きそうだったので、慌てて頭を振ってもう一度自己暗示をかけます。

 なんとか濡れたシャツを脱がせて、椅子に引っ掛けておきます。

 次はズボンを…。

 ゴクリ、と咽喉が鳴りました。なんだかイケナイことをしているような気分になってきます。

 少し震える手でベルトを外し、なるべく“その部分”に触れないようにしてズボンを降ろします。

 残るはパンツですが……やはり脱がさないといけないですよね…?

 意識を失った状態ですし、濡れたままの物を身につけているのはまずいですから、必要な事とはわかってはいるのですが、そこはわたしも嫁入り前の乙女です。躊躇してしまうのは仕方のないことだと思います。

 しばしの葛藤の末、女は度胸!ということで“パンツ”に手をかけました。王子のパンツは腰の部分を紐で結ぶタイプで、紐を引っ張ると僅かな手応えを残して結ばれていた紐が解けました。

 緊張で咽喉がカラカラです。

 パンツの端に手をかけて、引き降ろしていきます。

 目は瞑っていますが、そこはやはり年頃の女です。つい薄目で様子を窺ってしまいました。

「ひぅっ!?」

 もじゃもじゃが!でっかい芋虫がいます!

 知識では知ってはいても、実物を見るのなんて子供のころにお風呂で父や兄のを見た時以来です!ついでに言うと兄のとは比較になりませんし、父のと比べても大きい気がします!いえ、そこまではっきりとは覚えていませんが…!

 というか、これって興奮するともっと大きくなるんですよね…?確か前世では……げふんげふん。

 おっと、今はそんなことを考えている場合ではありませんでした。

 王子の芋虫をなるべく見ないようにして、パンツを足から抜き取ります。ついチラチラと視線が行くのは仕方のないことだと思います…。

 とにかく、一仕事終えたわたしは濡れた服を乾きやすいように椅子やテーブルに引っ掛けておきました。

 ついでに部屋の隅に置いてあった、ボロボロの毛布らしきものを引っ張ってきます。虫に食われたのかあちこちに穴が開いていますが、ないよりマシだと思っておきます。

 小屋の外で埃を軽くはたいてから、王子にかけておきます。

 ふぅ、これで危険物が視界から隠せました…。

 後はもう少し薪を集めておいた方がいいですね。服を脱がせるときに触った感じだと、まだまだ肌が冷たかったですし。

 わたしは薪を集める為、真っ暗な森の中へと歩き出しました。


「くちゅんっ!」

 集めてきた薪を暖炉にくべていると、くしゃみが出ました。

「ずる…。やっぱり濡れたままだと風邪を引いちゃいますね…」

 ちらり、と王子の様子を窺います。

 自分も濡れた服を脱がないと駄目なのはわかってはいるのですが、いくら気を失っているとはいえ、男性のいる場所で肌を晒すのは羞恥が湧きあがります。

「くちゅん」

 2度目のくしゃみで、やはりこのままではいけないと思いました。

 王子の意識が無いのをもう一度確認して、服を脱いでいきます。濡れた服が肌に張り付いて少し脱ぎにくいですが、元々ワンピースと上着、それに肌着しか着ていなかったためにすぐに肌が露わになりました。誰も見ていないとはわかってはいても、恥ずかしさから頬が熱くなるのがわかりました。

 身を守る最後の一枚を脱ぎ、部屋の隅で髪を軽く絞ってから濡れついでに上着で水分を出来るだけ拭き取っておきます。

 それから王子の服と同じように、自分の服も出来るだけ乾きやすいようにしておきます。

 それでようやく濡れ鼠から解放されたわけですが…。

 ぶるり、と背筋に悪寒が走りました。

 せっかく濡れた服を脱いでも、このままでは風邪を引いてしまいそうでした。

 そう言えば、身体が冷えた時には肌で温め合うといいと言います。これは雪山で遭難した時のことでしたか?

 ですが現状では、毛布は王子に掛けてある一枚しかありませんし…。

 王子の肌を触ってみると、まだ少し冷たいように思います。

 ……これは人命救助の為でもあり、現状としては最善の手段なのです。身体を温める為に必要な事なのです。

 そう言い聞かせながら、毛布の中に潜り込みました。

 やっぱり冷たい…。

 触れた肌からは、自分よりも冷たい体温が伝わってきます。少しでも熱を逃がさないように、王子の身体に肌を寄せます。

 ドクンドクンと、王子の胸から鼓動が伝わってきました。

 その鼓動に王子が生きていることを確認し、なんだか安心してしまいました。一定のリズムを刻む鼓動と、パチパチと薪の爆ぜる音を聞いていると、段々と眠気が襲ってきます。

 考えてみれば1日をかけて王都から移動してきましたし、湖へ飛び込んで泳いできたのです。それに王子の状態を合わせると、疲れていて当たり前です。それが安心したせいで眠気となって現れたのでしょう。

 そしていつの間にか、わたしは眠りに落ちていました。


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