番20:旅路
ガタゴトと揺れる馬車から見える、長閑な風景。
本来であれば心洗われる風景のはずなのに、今のわたしはそれを楽しむ余裕なんてありませんでした。
ついに来てしまったこの日。そう、アリア様曰く「サクラちゃんのお返事をロマンチックなシチュエーションで成功させるための旅行」の日です。
参加者は当事者であるわたしと王子、そして企画者であるアリア様とシフォンさん、それに仲間外れにされたと拗ねる王妃様の5人です。あ、エルも連れてきていますから5人と1匹が正しいですね。
もちろん、王子にはこの旅行の主旨なんて説明されていません。ただの避暑だと思ってのんびりとしているその姿が、何か無性に憎たらしく思えてきます。わたしはこんなに緊張していると言うのに…!
それにアリア様とシフォンさんと王妃様の3人もです。こそこそと3人で固まって、何かを話しあっています。時折こちらの方を窺うのを感じるので、どうせわたし達のことをネタにしているのでしょう。
ああ、なんだか一人で悩んでいるのが馬鹿らしくなってきます。いっそここで言ってしまえれば…。いえ、もしもそんなことをしてしまったら最悪です。逃げる場所のない馬車の中なんて、3人にとってはこの上ない格好の場所になってしまいます。それでなくても他人の前でなんて…。やっぱりこう、思い出に残るようなシチュエーションで……って考えてしまうのは、わたしも女なんだなと思ってしまいます。
ふぅ…。
思わず溜息も出てしまいます。ちらりと視線を向けると、相変わらず何かを話しあっている3人の姿。
全く、出発してから随分と経つのに、よくもそれだけ話のネタが尽きないものですね。
3人から視線を外して、馬車の外を見ているはずの王子を見ます。
ドクン、と心臓が跳ねました。
ど、どうしてこっちを見ているんですか…?
「さっきから溜息をついているが、気分でも悪いのか?もしかして、馬車に酔ったとか?もしそうなら休憩にするから遠慮せずに言ってくれ」
「い、いえっ!わたしは大丈夫でひゅ」
噛んだ!
くぅ、恥ずかしい…!
「……やはりどこか悪いのではないか?顔も赤いようだし、横になっていたほうがいいんじゃないか?」
うわっ!?近い、顔が近いです!
「ななな、なんでもないですから!」
なんとか王子から逃れますが、心臓がバクバクしています。クスクスと言う笑い声に顔を向けると、案の定、3人がこちらを見ていました。
くそう、見ていたんなら助けて下さいよ!
心の中で悪態をついていると、王子は「調子が悪くなったら遠慮せずに言うんだぞ?」ですって!原因は王子なのに!
本当にどうしてくれましょうか。わたしだけが緊張しているようで、なんだか納得がいきません。ですが、ここで何かアクションを起こすとあの3人に話題を提供するような物ですし…。
なにか納得はいきませんが、エルを撫でることで誤魔化します。が、多少の誤魔化しはできても解消はされない、悶々とした気持ちを抱えたまま、目的の避暑地への道のりを過ごすことになったのでした。
避暑地についたのは、夜になろうかという時間でした。
わたし達はそれぞれ部屋へと案内されて、まずはお風呂と着替えを済ませることになりました。その間に食事が用意されるそうです。
ちなみに泊まるのは、王族の所有する別荘です。暗くなってきていたので詳細はわかりませんが、かなり大きな建物なのはわかりました。まあ、王族の別荘ですからね。
そして別荘には年に数回しか来ないはずなのに、何人もの使用人が住んでいるそうです。そりゃ、誰も住まない建物は痛みも早くなるとは言いますが、それにしても無駄じゃないかと感じるのはわたしだけでしょうか?
仮にも王族の泊まる場所なのでその期間だけ短期バイトを雇うなんてこともできないのもわかりますが、それなら管理人だけ置いて、期間中の使用人はお城から連れてくればいいのでは?なんて思ったりもしてしまいます。だって、この別荘の維持費や使用人のお給料だって国庫から出ているんですよね?どこぞの仕分けじゃないですが、庶民なわたしの感覚だと凄い無駄な気がしてしまうんですよね…。
まあ、こんなことを考えるのも余計な御世話だと思いますが。
考えてみれば、貴族にしても領地のお屋敷と王都のお屋敷でそれぞれ使用人を雇っているんですよね。そう思えば、この別荘も似たような物なのでしょうか?
なんてどうでもいいことを考えてしまうのは、きっと緊張しているせいなのだと思います。だって、仕方がないじゃないですか。わたしにはこの別荘に滞在している間に王子に告白すると言う使命が課せられているんですよ!?いえ、正確にはプロポーズに対する返事なのですが、答えがごにょごにょ……なんですから、同じじゃないですか!
ああ、もしも何もしなければあの3人が黙っていないでしょうし、また余計な事をしそうですし…。それならいっそ、引っかき回されないうちに応えてしまおうと思ったのですが、いざそうなってみると緊張してしまって…。
それに、ですよ?明日から4日の間、同じ屋根の下でその相手と寝泊りをするんですから、緊張だってしてしまいます!だって、呼べば聞こえる、というほどでもありませんが、会おうと思えばすぐに会える距離にいるんですから。しかも何の陰謀かは知りませんが、王子と隣の部屋に配置されていますし…。これで緊張するなって言うほうが無理ですよ!
幸い、各部屋には小さいながらもお風呂がついているので部屋に引きこもっていても問題はありませんが、それだと何故か負けた気になりますし、何よりせっかくの避暑地なのにもったいないです。
なんて言いながらも、なかなか部屋から出ることが出来ないのですが。
ですが、食事の為には食堂へ行かないといけないのも事実です。お昼は簡単に済ませていた上に、今はもう午後8時を回っています。お腹はかなり減っています。
「はぁ~」
仕方ありません。女は度胸です。なるようになれと思い、エルを連れて食堂へと向かいます。……投げやりとも言いますが。
結論を言うと、何もありませんでした。拍子抜けしてしまいます。
王妃様、アリア様、シフォンさんの3人は最初だけ意味ありげな視線を向けてきましたが、それ以降は目立ったことはありませんでした。まあ到着したばかりですし、後4日あるのでしばらくは様子見のつもりなのでしょう。
王子に至ってはいつも通りで、なんだか気にしていたわたしが馬鹿みたいでした。
遅い夕食を終えると、みんな疲れているのかさっさと自室に戻ってしまいました。わたしも特にすることもないので宛がわれた部屋へと戻ります。
ベッドに横になって、明日からのことを考えてみます。
とは言え、考えると言っても王子の予定はわかりませんし、行き当たりばったりにならざるを得ないでしょう。かと言って自分から誘うなんてことは難しいですし、そんなことをすればあからさまなようにも思います。さすがに鈍い王子でも、この旅行の目的はなんとなく察していると思いますし…。
とにかく、今言えることは明日、遅くても明後日には決行しないとあの3人が何かしらの介入をしてくるのは確実だと言うことです。もしそうなったら……想像したくありません…。
「にゃ~」
すり寄って来るエルを撫でながら、厄介なことになってしまったと溜息をつきました。
アリア様に知られた時点でこうなることはわかってはいましたが…。




