番18:試食会
「それでサクラちゃん?貴女、お兄様のことはどうしますの?」
「っ!」
アリア様の唐突な言葉に、口に含んでいた紅茶を吐き出すところでした。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「あらあら、大丈夫ですの?」
「サクラ様、ハンカチを…」
シフォンさんがそっとハンカチを渡してくれたので、それで口の周りを拭きます。
「ゴホッ…。シフォンさん、ありがとうございます。……アリア様、いきなり何のことですか?」
「何って、セドリム兄様とのことですわ。サクラちゃんはどうしますの?」
日差しもきつくなってきた7月の中旬、わたし達はシフォンさんの新居にお邪魔していました。
新居と言ってもシフォンさんの嫁いできたレアンドル侯爵家ですが。
なんでも、数日の間は旦那さんもお仕事で留守にされているそうで、せっかくなのでお茶会をしようということになったのです。と言っても、言い出したのはアリア様で、シフォンさんの旦那さんが留守にされると聞き付けたアリア様が、一方的に決めたそうなのですが。
まあ、わたしとしても新しいレシピを渡す用事もあったので丁度良かったのですが。
ちなみにレシピはバタークッキーと、夏に嬉しいアイスクリームです。なんでもかき氷のおかげか、冷凍庫の魔具が随分と普及しているらしいのです。一家に一台とはいきませんが、貴族の間では夏の涼の一つとして広まっているのだとか。暑くなってからは、街でもかき氷を売る屋台も出てきていました。
そのうち、「かき氷、始めました」なんてのぼりを見かけることになるんでしょうか?となると、次に広めるのは冷やし中華でしょうか?
冗談はさておいて。
バタークッキーはお茶受けやお菓子としてお手軽ですし、好き嫌いもあまり出ませんからね。お土産としてもいいですし、なにより一度にたくさん作れます。
アイスクリームはミルクアイスです。馴染みが薄いかもしれませんが、生クリームでは無くてミルクを使うアイスクリームです。日本のように生クリームが売っていないこの世界では、こちらの方がお手軽ですからね。
そして試食も兼ねていますから、両方とも作ってきましたよ。というか、こちらに来てから厨房を借りて作ったんですけどね。
これは実際に作る過程を見て覚えてもらうという目的もあります。全くの初見の料理をレシピだけで作るのは難しいですからね。
というわけで、侯爵家の庭でアリア様、シフォンさん、わたしの3人はテーブルを囲んでいます。
庭と言っても、今いるのは小さな東屋です。さすがに日差しがきついですからね。乙女としては、紫外線は敵なのですよ。
え?冒険者のくせに何言っているんだ?
失礼ですね。これでも日焼けには気を使っているんですよ?こちらの世界には日焼け止めなんてありませんし、わたしの場合は日焼けすると肌が赤くなるんですから…。
ちなみに、長時間日差しの下にいるときは魔術で紫外線をカットしていますがね!本当、魔術って便利ですよねぇ…。
おっと、話が逸れてしまいました。
そういうわけで、テーブルの上には侯爵家のメイドさんが用意してくれたお茶と、わたしが作ったクッキーとアイスクリームが並んでいるのです。
「ん~、冷たくて甘いですわ~」
「暑い季節にはぴったりですね。さすがサクラ様です」
二人は早速アイスクリームを食べています。女性には甘い物。これは世界が変わっても共通ですね。
と言うよりも、暑いのでアイスクリームを早く食べないと溶けてしまうからですが。それと、クッキーは二人とも何度か食べたことがあるので、まず新しいものに目が行った、というのも理由の一つでしょう。
「アイスクリームは食後のデザートにもいいんですよ?それと、暑い日だけじゃなくて、冬の寒い日なんかに暖かい部屋で食べるのも美味しいですよ」
あれです。真冬に暖房を利かした部屋で食べるアイスクリームとか、真夏の暑い日に冷房で冷やした部屋で食べる鍋焼きうどんとかですね。何故か普通に食べるよりも美味しく感じるんですよね…。
「あら、そうですの?冬になったら試してみますわ」
「私はデザートに使ってみようと思います。これなら旦那様にも喜んで頂けると思いますから」
シフォンさんは旦那さん第一ですか。新婚さんは熱いですね。夏の暑さにも負けていませんね。
そんなことを考えながら、わたしはお茶をいただきます。
……なんというか、美味しいのですが、熱いです。そして暑いです。
そう言えば、この世界にはアイスティーというものがありませんね。夏でも熱いお茶ばかりです。夏に熱いお茶を飲むのも健康にいいらしいですが、冷たいお茶も飲みたいと思います。そう思ってしまうのは、わたしが日本から来たせいでしょうか?
こちらの世界の人はそれが普通なので、そもそもが暑い日に冷たい物を口に入れて涼を取る、という考えが無いのかもしれません。
よし、次のレシピは決まりですね。アイスティーにしましょう。
などと考えているうちに、二人はアイスクリームを食べ終わったようです。さすが淑女です。急いで食べて、頭痛がする、なんてことにはならなかったようです。
「それにしても、サクラちゃんの作るお菓子はどれも美味しいですわね」
「そうですね。それに、見た目も綺麗です。食べるのがもったいないくらいですね」
「本当ですわ。それにお料理も上手ですし、サクラちゃんを専属の料理人として雇いたいくらいですわ」
「あら、それは駄目ですよ?サクラ様は我が侯爵家にレシピを提供してくださる約束なのですから」
「別に専属の料理人になってもそのくらいできますわよ?」
「そうですね。でも殿下が首を縦には振られないでしょうけど」
「そうですわね。サクラちゃんを説得する前に、お兄様を何とかしないといけませんわね」
え?どうしてそこで王子が出てくるんですか?
って、思い出しちゃったじゃないですか!先日、王子にプロポーズされたんでした…。あれは告白というより、プロポーズでしたよね?言葉もそれに近いことを言っていましたし…。うう、考えないようにしていたのに…。でも、いつまでもこのままってわけにはいきませんよね?王子にだって立場というものがありますし、このままずるずると引き延ばすわけには…。ああ、でも…。
「それで、サクラちゃんはどうですの?」
「はえ?」
「あら、可愛い顔ですわね。だから、わたくしの専属料理人として雇われないかってお話ですわ」
「え?あ、そうですね…」
ああ、びっくりしました…。急に話を振られたから、慌ててしまいました。
「ああ、お兄様のことなら何とでもしますから」
う、また王子の話題ですか…。
「そ、それよりもクッキーはどうですか?結構自信作なんですよ?いつもより少し甘めにしてみたんですが、どうでしょう?」
ちょっとあからさまだったでしょうか?ですが、まだ考えがまとまっていないので王子の話題は避けたいのです…。
逃げているのはわかっていますが、今は少し時間がほしいと思います。
緊張したせいか、なんだか咽喉が渇いてしまったので少し冷めたお茶を口に運びました。
そのせいで、わたしは見逃してしまったのです。アリア様とシフォンさんが意味ありげに目配せしたのを…。
それは、わたし達が一杯目のお茶を飲み終わり、二杯目をメイドさんが淹れてくれた後のことでした。
「それでサクラちゃん?貴女、お兄様のことはどうしますの?」
「っ!」
アリア様の唐突な言葉に、口に含んでいた紅茶を吐き出すところでした。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「あらあら、大丈夫ですの?」
「サクラ様、ハンカチを…」
シフォンさんがそっとハンカチを渡してくれたので、それで口の周りを拭きます。
「ゴホッ…。シフォンさん、ありがとうございます。……アリア様、いきなり何のことですか?」
「何って、セドリム兄様とのことですわ。サクラちゃんはどうしますの?」
「ど、どうして王子にプロポーズされたことを知っているんですか!?」
驚きと、知られたことの恥ずかしさでわたしの顔は真っ赤になっていると思います。
誰から聞いたのでしょう?まさか、王子が?いえ、王子は言わないと思います。では誰が…?あれを知っている人はいないはずです。
「え!?お兄様にプロポーズされたんですの!?わたくしはてっきり…」
「いつの間に…。殿下もやりますね…」
「え?誰かに聞いたんじゃなかったんですか…?」
あれ?ですが、さっきは確かに…。
「何かあったというのは、サクラちゃんの様子を見ていればわかりますわ。お兄様の話題になると、あからさまに挙動不審になりましたし、話題を避けているようでしたから。昨日お兄様にお会いした時には特に変わった様子はありませんでした。ですから、お兄様がまた無神経にサクラちゃんを傷つけるようなことしたか言ったかだと思ってカマをかけさせてもっらたのですけれど…。まさか、プロポーズをしていたとは思いもしませんでしたわ…」
「え?じゃ、じゃあ…」
も、しかしなくても、自爆?
あああああ!わたし、なんてことを…!
よりにもよって、一番知られたらまずい人に、しかも自分から言ってしまうなんて!
「それで、お兄様はサクラちゃんになんという言葉でプロポーズをされたのかしら?」
顔が!アリア様の顔が捕食者の顔に!
に、逃げ道は…。
がしっ
あれ?この手は…?
「サクラ様?素直に白状したほうが身の為ですよ?」
シフォンさんもそっち側の人ですか!?味方だと思っていたのに!
がしっ
「さあ、いつ、どこで、どんな風に、どういった言葉でプロポーズをされたのか話して貰いますわよ?」
あははは…。笑って誤魔化せ……ませんよね?
はぁ…。
わたしは力なく項垂れました。