011 初めての夕食
「おかみさん、お茶、ありがとうございました。おいしかったです」
食堂につくと調理場に向かって声をかけます。
「いいよ、口にあってよかった」
おかみさんは軽く笑って団長からお盆を受け取り、調理場に戻って行きました。
「食事を3人前、頼む」
王子は近くにいた従業員(この宿の娘?)に一声かけ、空いているテーブルに座りました。
団長もそのテーブルに座ったので、わたしもなんとなく、そのテーブルの空いた席に座ります。
なんとなく昼間の盗賊のことや、騎士団のことを聞いていると料理が運ばれてきました。
「今日はパンと鶏肉の香草焼きと野菜と腸詰の煮込みスープだよ」
わたしが置かれる料理を見ていると、おかみさんがそう説明してくれました。
お腹が減っていたわたしは、早速料理を頂くことにします。
見ればすでに同じテーブルの二人は食事に取り掛かっています。
「いただきます」
両手を合わせてから、料理を味わいます。
それぞれの料理を一口ずつ、口に入れて咀嚼します。
そのあと、中央に置いてあるパン籠から一つ、パンをとり、少しちぎって食べてみます。
「…」
忘れていました…。
料理の味は前世の知識と変わっていません。
つまり、おいしくないのです。
決してまずいわけではありません。宿の名誉のために言っておくと、この世界ではおいしい、と言えます。
ですが、日本での食事に慣れた私の舌では満足のいく料理ではありません。
化学調味料などはこの世界にはありませんが、香草やスパイスの使い方で料理の味は大きく変わります。
前世の知識を探ってみると、地球で使われる香草やスパイス自体はほぼ同じものがあるのがわかりました。
この世界はそういったものはほとんど、薬や魔除けなどに使われていて料理に使う、といった考えはないようです。
パンも見た目は真っ黒で、とても硬いものです。酵母を使った発酵パンというものはないようです。これは速やかに改革が必要ですね。確か、スパイスや香草類は雑貨屋か冒険者関連のお店で売っていたはずです。後で見に行ってみましょう。
そんなことを考えていると、わたしの手が止まっているのが気になったのか王子と団長がこちらを見ています。
「どうした?食べないのか?口に合わないか?」
「ここの料理はなかなかのものだと思うが」
王子と団長が不思議そうに問いかけています。
「いえ、大丈夫です。少しびっくりしただけですから」
ごまかしながら、わたしは夕食を片付けていきます。この後の行動を考えながら。
夕食を食べ終えたわたしは、雑談をしながら食後の果実酒を飲み始めた相席の二人にお願いしてみることにしました。
「あの、この後雑貨屋さんと冒険者の道具が売っているお店に行ってみたいのですが」
二人がこちらを見ます。
「それはかまわないが、何か必要なものがあるのか?」
まあ、急にお店に行きたいといえば当然の疑問ですね。
「はい、いくつか欲しいものがありまして。それで、あの、申し上げにくいのですが…」
そう、わたしは買い物をするにしても現時点でこの世界の1ゴルシュもお金を持っていないのです。
この世界の通貨は穴銅貨1枚を最小として1ゴルシュ、穴銅貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚だったはずです。
金貨の上には取引用の通貨として宝貨があって、金貨100枚に相当します。
物価的には穴銅貨1枚が日本で言うところの10円に相当した、と知識にはあります。
つまり、穴銅貨=10円、銅貨=100円、銀貨=1000円、金貨=10万円です。
宝貨に至っては1枚で1千万円に相当します。
確か、一般的な平民一人あたりの生活費が1ヶ月で5千ゴルシュ、銀貨50枚ほどだったはずです。
そんなことを思い出しながら、買い物資金を工面しようと交渉します。
「あの、わたしは今日この世界に来たばかりでこの世界のお金を1ゴルシュも持っていません。当然のことですが、欲しいものを買うためにはお金が必要です。ですので……あの、セドリム王子…」
わたしはここで言葉を区切って、王子の顔をみます。
交渉に使うのはボールペンと予備に買っていた新品のノート1冊です。
使用中のノートやバインダーノートなどは日本に戻った時に必要ですし、マジックやシャープペンシルなどは用途的に使いづらいでしょう。教科書に至っては、こちらの世界の人には無意味なものですし、手持ちの中ではボールペンと新品のノートが一番、価値のあると判断しての交渉です。
「わたしの……大切なもの(異世界からの持ち物、ボールペンと新品のノート)を買ってください!」