番14:弟子の苦悩 実行、そして…
今は10の刻を過ぎたばかりです。先程鐘が鳴ったので間違いありません。
コンコン コンコン
合図です。あの少女がお風呂に入るようです。
「ではわたくしはセドリム兄様を呼んできますわ。貴女は手筈通りに…」
うう、逃げたいです…。
王女殿下が離れて程なくして、中からドアが開きました。
仕方なく、室内へと移動します。
侍女の方の案内に従って、脱衣場へと移動します。
「フンフンフーン♪」
中から水音と、機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてきます。
うう、緊張します。早く来て下さい…。
「大丈夫です。サクラ様は入浴されると半刻近くはかかりますから」
こそりと侍女の方が教えてくれました。
いえ、そんなことを聞きたいわけでは…。
貴族と思われる方にそんなことを言うわけにもいかず、私はただ、息を潜めるしかできませんでした。
「ほら、お兄様。早くお入りになってください」
ついに来ました!王女殿下と第二王子殿下です!
「おい、いくらアリアが一緒だからと言って、こんな時間に婦女子の部屋を訪ねるわけには…」
「何を仰っていますの、お兄様だってサクラちゃんとお話したいくせに!」
「いや、だがな…」
「もう、毎日サクラちゃんのお家に通ってらっしゃる方が何を今更…」
ええ!?今、凄いことを聞いた気がしますよ!?
慌てて侍女の方を見ますが、平然としています。
ということは、やはりあの少女は第二王子殿下の…?あの噂って本当だったんですね!?
あれ?だとすると第二王子殿下は少女愛好者…?いえ、確かあの少女は16歳とか言っていましたから問題ない…?いえ、でも…。
「あら?サクラちゃんったらお風呂に入っているようですわね?」
はっ!?合図です!
うう、お師匠様、ごめんなさい!
「闇よ、全てを閉ざせ!ダークネス!」
小声で、呪文を唱えます。
魔術が発動し、浴室から漏れていた光が消えました。
私と侍女の人は、飛び込んでくる第二王子殿下に見つからないように壁に張り付きました。
「きゃぁっ!?」
可愛らしい悲鳴が聞こえました。私は心の中であの少女に必死に謝ります。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。
「サクラ!?大丈夫か!?」
脱衣場の扉が開き、慌てた様子の第二王子殿下が飛びこんできます。そのまま浴室のドアを開け、中に駆け込みました。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
次の瞬間、二つの悲鳴が聞こえ、その後に何かが倒れる音がしました。
だ、大丈夫でしょうか…?
心配ですが、今の私には魔術を解く以外に確かめる術はありません。
しかしそれも、王女殿下の登場でできなくなってしまいます。
「ふふ、作戦通りですわね」
脱衣場に入ってこられた王女殿下はそのまま浴室を覗き込むような体勢になられました。
侍女の方も同じようにされたので、私もそれに続いて中の様子を窺います。
「いたた…、サクラ、大丈夫か?」
「え?王子…?……あんっ」
あれ?今変な声が…?
「どうした?どこか怪我でもしたのか?」
「ゃっ、喋らないでください…。息が…」
「ちょっと待て…。とにかく明かりを…」
「んぅっ、変なところを触らないで……あっ」
「そうは言っても何も見えなくて…」
「ぃゃっ、だから喋ら、あんっ」
うわぁ、ドキドキします…。
ふとお二方を見ると、食い入るように中の様子を窺っています。いえ、見えないんですが。
「駄目です、そんなところ……んぁっ」
「す、すまん!」
「いいから早く退いてくださ……ふぁっ」
「うわっ、何か柔らかいものに触ったぞ!?」
「んぅ、それ、わたしの…」
「くっ、とにかく手を突いて……うわっ!?」
「きゃぁっ!?やだっ、そんなところに顔を…!やっ、息が…」
「むぐっ!?むがっ!」
「やぁっ…、動かないで…。んあぁっ」
ちょ、ちょっと?このままでいいんですか!?
慌てて王女殿下をつつくと、王女殿下の身体がビクッと震えました。お顔が真っ赤です。私の顔もかなり赤くなっているでしょう。
「止めなくていいんですか?なんだか危険な気がしますよ!?」
ぼそぼそと、王女殿下に伝えます。
「そ、そうですわね。もう十分だと思いますわ…」
王女殿下の許可も出たので、暗闇を解除すべく呪文を唱えます。
「光よ、全てを照らせ!ライト!」
呪文を唱え終わると、真っ暗だった浴室に光が戻りました。
明るくなった浴室を覗くと、そこにあったのは…。
裸で仰向けに倒れているあの少女と、それに覆いかぶさるようにしていた第二王子殿下のお姿でした。
少女は息も絶え絶えな様子で、ぐったりとしているように見えました。第二王子殿下は急に明るくなった浴室で、その体勢のまま固まっています。
裸で倒れている少女と、覆いかぶさっている第二王子殿下。このシーンだけ見ると、かなり危険な気がします。
予想外だった光景に、私達3人は逃げるのも忘れていました。
少し落ち着いたのか、少女の顔が動きました。
……少女と目があった気がします。酷く嫌な予感がしました。
「いやぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
大きな音がして、少女の上から第二王子殿下の姿が消えました。私には何が起こったのかわかりませんでした。
気がついたら第二王子殿下が浴室の隅で倒れていたのです。そのお身体が少し痙攣している気がします。
ですが、第二王子殿下の心配をしている余裕はありませんでした。
「あ~な~た~た~ち~?」
少女が立ちあがりました。その背後に、炎が燃え盛っているのが見えた気がします。
「あ、あの…、サクラちゃん…?」
王女殿下が少女に話しかけますが、少女から発せられるプレッシャーによってそれ以上の言葉は出てこなかったようです。私ですか?さっきから震えが止まりません…。
「アリア王女、レンさんのお弟子さん、それにシフォンさんも…」
「「「は、はいっ!」」」
「そこに正座しなさい!!」
私達は3人並んでセイザというものをさせられています。セイザとは、脛を地面につけて足の上に座ると言う、不思議な座り方でした。なんでも、これが起こられる時の正しいスタイルなのだとか。よくわかりませんが、少女から発せられるプレッシャーに逆らうことが出来なかったので、私達は大人しく従いました。
「ですから、貴女達はどうして……(くどくど)」
怒られ始めてどれくらい時間が過ぎたのでしょうか?
最初は何とも思わなかったこのセイザですが、4半刻もしないうちに痛みと痺れを感じ、やがて痺れがひどくなって次第に感覚が無くなってきました。
少し前に鐘が鳴っていたので、かれこれ半刻は座っていることになります。
ちらりと横を見ると、王女殿下は何故か笑顔です。
「うふふ、怒っているサクラちゃんも可愛いらしいですわぁ…」
……駄目だ、この人。なんとかしないと…。
「アリア王女?聞いているのですか!?」
ああ、これでお説教がさらに長引きます…。
いつになったら解放されるのでしょうか…?
「うう、もう足が限界です…」
4半刻後、足の感覚も無くなって、ついに私は倒れてしまいます。倒れると言っても座った状態からですので、前に突っ伏した、という表現の方が正しいでしょうか?
情けない姿ですが、足が痺れすぎて動かすことが出来ないのです。
「なんですか、だらしない」
うう、どうして少女は平気なんですか?同じ姿勢で同じ時間いたはずなのに…。
「……いい時間ですし、今日はこれくらいで許してあげます」
ああ、やっと解放されます…。
「ですが、最後にお仕置きをさせてもらいます。もう二度と変な考えを起こさないように…」
え…?お仕置きって…?
なんとか顔を動かして少女を見上げます。
……とてもいい笑顔です。
ですが、笑顔なのに凄く危険を感じます。本能が逃げろと叫んでいます。
本能に従いたいのは山々ですが、生憎この足では逃げることができません。まともに動けるようになるのはどれくらいでしょう?少なくとも、少女のお仕置きまでには治りそうもありません。
「まずは、昼間にあれだけ言ったにもかかわらず、魔術を悪用した貴女からです…」
「え…?わ、私ですかぁ?」
そんな…!私は王女殿下に言われて仕方なく…!
「さぁ、観念してください…」
「え?ま、まさか…。やめっ……ひあぁぁぁぁ!」
そんな!痺れた足をつつくなんて!
「まだまだ終わりませんよ?それそれっ」
「ひぅっ、やめ、やあっ…」
足が、足がっ!
「うふふふ、わたしが受けた恥ずかしさはこんなものじゃないんですよ…?」
「ごめ、ひぁっ、ゆるして……ひゃんっ」
鬼っ!悪魔っ!助けてぇぇぇぇ!!




