番12:弟子の苦悩 第一種接近遭遇
”弟子の苦悩“は本編092話の数日後のお話として読んでください。
私はソフィ・カプール。今年で17になりました。
一応魔術師をやっています。まだまだ駆け出しですが。
実家は平民なのですが、偶々視察に訪れていた魔導師様の目に留まり、そのまま弟子にして頂いたのです。後で聞いたところによると、魔術師としての経験や実力が高くなると、魔術の素養を持っているかどうかがなんとなくわかるそうです。この時、まだ無知な私は知りませんでしたが、魔術を扱える人間と言うのは数が少なく、とても貴重なのだそうです。ですから。素養を見ることのできる魔術師は各地を巡り、魔術の使えそうな子供を引き取って弟子にするのだそうです。
そして私を拾ってくださった魔導師様は、なんとお城勤めの魔導師様だったのです。しかもです。その方はただの魔導師では無く、この国の魔術師の頂点に立つお方だったのです。なんでもかつて賢者様と呼ばれた魔導師様のお弟子さんだったらしく、その知識と実力は近隣の国でも断トツなのだとか。私、とても凄い方の弟子になったのです。
さらに驚いたのは、その生活です。魔術師と言うのはいわばエリート職で、魔術師と認められれば低位の者でも一生仕事に困ることが無いのだとか。そんな魔術師の頂点に立つお方なのですから、当然生活だって私達平民の者とは天と地ほどの差があります。お師匠様が仰られるには、これでも十分質素なものだと言うのですが、田舎のしがない平民だった私から見れば、夢のような生活です。黙っていてもきちんとご飯が出てきますし、毎日の着替えだってあります。むしろ、田舎の頃のように何日も同じ服を着ているなんてやってはいけないと言うのです。それに、弟子なのにお給金も出るんですよ?お師匠様は僅かですが、なんて仰っていましたが、そんなことはありません。私の実家だと切り詰めれば1ヶ月、家族が暮らしていける金額なのです。さらに、お師匠様のお部屋には売れば数年は遊んで暮らせると思われる道具が無造作に置いてあるのです。最初の頃なんて、お部屋に入るだけでもビクビクしていました。
まあ、そんなお師匠様の弟子なので、最初の頃は随分と苦労しました。なにせ、お師匠様のお弟子さんはみんな優秀な方ばかりなのです。そんな方と常に比較され、まだ幼かった私は何度も泣いて家に帰りたいと叫びました。ですがお師匠様は、そんな私を叱るでもなく、根気よく教えてくださいました。初めて魔力を練れた時なんて、私を抱きあげて喜んでくださったのです。私はそれが嬉しくて、一生懸命魔術を覚えました。おかげで今ではお師匠様の弟子として、恥ずかしくない程度にはなりました。まだお師匠様の足元にも及びませんけどね。ですが、いつかはお師匠様の片腕として働けたら、なんて夢を見ています。
そんな私ですが、先日、困ったことに遭遇してしまいました。
なんと、王族のうちの2名とお話をしてしまったのです。いえ、それ自体は大変名誉なことなのですが、その中身が問題でした。この国の王族は5人おられます。陛下と王妃様、王子殿下がお二人と王女殿下です。私がお会いしたのは、王妃様と王女殿下です。
その日、廊下を歩いていたらいきなり王女殿下に声をかけられて、あろうことか王女殿下に腕を取られ(掴まれ)たのです。そのまま何故かお二人と、侍女の方と4人で行動することになりました。私は王女殿下の指示で幾つかの魔術を使いました。最初は何をするのかよくわからなかったのですが、ついて行くうちにどうやら二番目の王子殿下の様子を隠れて窺うという、いわば覗きのお手伝いだとわかったのです。
私はこんなことに魔術は使えないと断ろうと思いましたが、王女殿下ばかりか王妃様までがお願いと言う名のご命令をされては断ることなんてできません。仕方なく、指示通りに魔術を使ったのですが…。
まあ、色々あって最後は逃げるように戻ることになったのですが、あんなことはもうこりごりです…。
とは言っても、私のような魔術師に王族の方が何度も用があるとは思えませんが。あれから数日経ちますが、何の音沙汰もありませんしね。平和が一番です。
今日はお師匠様の用事でお師匠様の執務室に来ています。
宮廷魔導師ともなると、お城に居室と執務室が与えられるのです。
お師匠様は王都に家を持っておられますが、お忙しいためにお城の方に泊まられることも多々あります。私達弟子も王都に家がある方以外は、お師匠様の家に住まわせて頂いています。あ、私達のことはどうでもよかったですね。
ちなみに用事とは、お師匠様の家から指示された道具を持ってくるというものでした。
持ってきた道具を確認して頂き、部屋を出ようとしたところでノックの音がしました。
部屋の主はお師匠様ですが、弟子たるもの、お師匠様を立たせるわけにはいきません。なので私が取次に向かいます。用件を聞き、お師匠様にお訪ねしてからお客様をお通しするのです。
そう思ってドアに向かおうとした時、まだ返事すらしていないのにドアが開きました。
なんて失礼な人なんだろうと思い、入ってきた人を睨みつけようとしましたが、入ってきた人物を見て逆に驚かされました。
入ってきた人物は、何と子供だったのです!
見た目は7,8歳くらいの、真っ黒な長い髪をした女の子でした。その女の子は髪と同じく真っ黒な、くりっとした目をしていました。この辺りの産まれでは無いのでしょう、肌は少し黄色がかっていますが、髪の色と合わせると何の違和感もなく感じます。端的に言えば美少女です。このまま成長すれば、将来はきっと美人になるでしょう。
ですが、そんな子供がなぜこんなところに?疑問がわきます。
じっと少女の顔を見つめていると、それに気がついたのか首をコテン、と傾げました。
……か、可愛すぎる…!
なにこれ、抱き締めたい!ぎゅっとして、そのほっぺにすりすりしたい!
そんな衝動に駆られます。が、その視線にふと違和感を覚えました。いえ、既視感でしょうか?どこかで見た気がするのです。それもつい最近……あっ!?
そうです、王妃様と王女殿下に連れて行かれた時に、第二王子殿下とご一緒におられた方です!
それに気付いた時、危うく声をあげそうになりました。ですが、ここで声なんてあげたら不審がられます。彼女のことは私が一方的に知っているだけです。下手に知っていることがばれれば、どうして知っているのかを言う必要があります。いえ、それ自体は言ってもかまわないのですが、そうすると私が覗きに魔術を使ったこともばれてしまいます。いくら王妃様と王女殿下のご命令だったとはいえ、そんなことがお師匠様にばれたら…。ガクガク。
なのでここは知らない振りを通すのが安全だと判断しました。
慌てて少女から視線を引き剥がし、何でもない風を装います。
ちらちらと視線を向けてしまうのは仕方がありませんが…。
しかし、私のそんな努力も次の一言で吹き飛びました。
「レンさん、前に言っていた通り、魔具を調整してほしいのですが」
「ええっ!?」
驚くのも無理はありません!だって、お師匠様はこの国、いえ、近隣諸国でもトップクラスの実力者ですよ!?この少女がお師匠様のお名前を気安く呼んだだけでも驚きだと言うのに、魔具の調整って…!お忙しいお師匠様に魔具の調整を頼むだなんて、あり得ませんよ!
「ちょ、ちょっと、お師匠様!?どういうことですか!?この少女とお知り合いだったのですか!?それに魔具の調整って、そんなこと、専門の魔工師に頼めばいいじゃないですか!」
幾つもの想定外の出来事に、私は自分の立場も忘れてお師匠様に詰め寄っていました。本来なら叱責物ですね。
ですがお師匠様は怒るでもなく、いつものように穏やかな声で窘められました。
「ソフィ、落ち着きなさい。彼女はいいんだ。それにこの魔具は僕が作った物だからね。そこらの魔工師だと、調整どころか壊してしまうのが落ちなんだよ」
ええ!?そんな…。
お師匠様が作られた物と言えば、出回っている魔具でも最高品質の物を上回ります。それこそ、高位の貴族でも咽喉から手が出るほど欲しがると言うのに…。
お師匠様の作られる魔具は、その品質もあって高価です。そして高価なだけでは無く、お師匠様自身がお忙しいこともあって、まず出回ることが無いのです。今やお師匠様の魔具を持てるのは、王族くらいのものです。そんな物を持つことが許されるだなんて、この少女は一体…?
「……から、調整を…」
「それは……なので新しく…」
はっ!驚いている間に、お師匠様と少女の話は随分と進んでいたようです。漏れ聞こえる声によると、あのペンダントがその魔具なのでしょうか?
(自分では)さり気なく横から覗き込んでいると、お師匠様がそれに気付いたのか苦笑しながら説明をしてくださいました。
「これは魔封じの枷のネックレス型の物なんだ」
へぇ~。さすがお師匠様、そんなものまで作れるのですね…。って、あれ?魔封じの枷と言えば魔術師の罪人に付けられる物ですよね?どうしてこの少女がそんな物を?まさか、この少女が罪人?いえ、それならこんな簡単に外せる物なんて着けさせるはずがありませんし、そもそも自由に見えるのもおかしいです。それにわざわざお師匠様が作られるのもおかしいですし…。
次から次へと疑問が湧いてきます。
そんな私の疑問がわかったのか、お師匠様が続けて説明をしてくださいました。
「サクラさんは特別なんだよ。魔力が大きすぎて、普通の状態では魔術が使えないんだ。だから、魔封じの枷で魔力を制限しているんだよ。まあ、さすがに手枷なんかだと困るだろう?だから、僕がネックレス型の物を作ったんだ」
「え?ですが、魔封じの枷って魔術を使えなくするものですよね?それなのにどうして…?」
「正確には違うんだよ。……そうだね、いい機会だから教えておこうか。いずれは教えるつもりだったし。だけど、これは他言無用だよ?それが守れないなら教えることはできない」
私は慌てて頷きました。お師匠様の言いつけなら、口が裂けても言いませんとも!
「まず、魔封じの枷と言うのは厳密に言うと魔力を制限するものなんだ。もっと細かく言うと、魔力を練った時の変換効率を1割以下にする効果だね。つまり、いつも通りに魔力を練っても使える魔力は普段の1割以下になってしまう。この状態で魔術を使おうとしても、魔術の発動に必要な魔力には到底足りない。だから魔術が使えなくなったように見えるんだよ」
「それだと、魔力を10倍練れば使えるってことですよね?」
「そうだね。でも考えてごらん?それは魔封じの枷の原理を知らなければ思いもつかない事だろう?魔術を使うには、込める魔力が大きすぎても小さすぎても発動しなくなる物が多い。汎用の魔術でも、必要な量の10倍もの魔力を込めれば発動なんてしなくなるんだ。誰もそんなこと、試そうとすら思わないだろう?」
「あ、そうですね…。あれ?でもそうすると、彼女はどうして…?」
「サクラさんの場合は色々あってね。サクラさんは魔力の質が大きすぎるんだよ。それこそ、僕達の10倍以上にね。このせいで彼女は魔力への変換が出来なかったんだ」
「そうだったんですか…。そうすると、彼女は1割以下の魔力しか使えないんですか?」
それは魔術師として致命的では?同じ魔術を使っても、魔力の消費が10倍以上となるとまともに魔術師としては活動できないはず…。
ですが、お師匠様は困ったような、呆れたような複雑な顔をして続けられました。
「それがそうでもないんだ…。彼女の魔力は質もそうだけど、保有量も大きいんだよ。魔封じの枷をした状態でも多分、僕以上の魔術を使えるんじゃないかな?」
へ…?
驚きで声も出ませんでした。だって、お師匠様の魔力量は近隣諸国でもトップクラス、いえ、実際にトップでしょう。そのお師匠様よりも魔術を使えるって、その言葉が本当なら、もしも魔封じの枷が無くても魔術を使えるなら、お師匠様の10倍以上もの魔力を持っているってことですよね?お師匠様の言葉を疑うわけではありませんが、とても信じられることではありません。
「何を考えているのかは大体分かるけど…。僕は嘘は言っていないよ?ついでに言うと、サクラさんの魔術の腕は僕よりも上だよ。彼女は中級魔術までなら無詠唱で発動させることが出来るし、上級魔術の一部も無詠唱ができるだろうしね。魔工師としての腕だって、かなりのものだよ?」
「ええっ!?こんな子供が!?」
思わずそう言った途端、少女の方から凄いプレッシャーを感じました。慌てて少女の方を見てみると、顔は笑顔なのになぜか恐怖を感じます。
「ソフィ、サクラさんはこう見えても16歳だよ?子供と言うのは失礼だよ」
「ええっ!?私と1つしか違わないんですか!?」
「ついでに言うと、剣の腕も良いようだよ?冒険者ギルドでもその実力は認められているしね。今はBランクだったかな?」
……もう驚きすぎて疲れてしまいました。
魔術を使えば近隣諸国でもトップクラスのお師匠様を凌ぎ、剣も使え、魔工師としての腕もある。そして王族とも繋がりを持ち、お師匠様から魔具を譲られるほどの信頼。どう見ても7,8歳の子供にしか見えない少女なのに…。
「ソフィが驚くのも無理はありませんが…。サクラさんが今日来たのは、魔力調節に慣れてきたので魔封じの枷の魔力制限を緩めることはできないか、という事だったんだ。もちろん、出来なくはないんだけど、新しく作ったほうが早いと思ってね。と言うわけで、この魔具は少し預からせてもらいますね?」
「ええ、かまいません。最初から時間がかかるのはわかっていましたから。今日はお城に泊まりますから、何かあれば声をかけて下さい」
「わかりました。案内は必要ですか?」
「いえ、王子には事前に連絡済みで王様にも許可は貰ってありますし、シフォンさんを探せば済みますから。それじゃ、お願いしますね」
ほえ~。……もう驚きませんよ?今の会話の中にも驚く内容がいくつかありましたが、これ以上驚くと私の心臓はどうにかなってしまいそうですから。
「あ、私も失礼します!」
「ええ、ご苦労様」
少女がドアを開けるのを見て、私も慌てて退出します。
いえ、慌てて出る必要はないのですが、なんとなくそうしないといけない気がしたのです。
お師匠様の執務室のドアを閉めてほっと息をついた時、すぐ傍から声が聞こえました。
「貴女、あの時の魔術師ですよね?」
ビクッ、と身体が跳ねました。だって、急に視界の外から声がしたんですよ?
「……今、何か変なこと考えていませんでしたか?」
慌てて声の主、先に退出した少女に視線を合わせます。
……なんだか凄く不機嫌に見えます…。私、何かしたでしょうか…?
「アリア王女に言われて仕方なくでしょうが、あまり変なことに魔術を使わないほうがいいと思いますよ?思いもよらないことだってあるんですから」
最初、何を言われたのかわかりませんでしたが、アリア王女と言う名前で先日の覗きに魔術を使ったことだと思い至りました。でも、姿は見られていないはずなのに…。
「どうして私だと…?」
「あの時に感じた魔力と、貴女の魔力の質が同じだからですよ」
……そう言えば、魔術師は魔力を感じることが出来るのでした。そして魔導師クラスともなれば、魔力の質でそれが誰によるものなのかもわかるそうです。
つまり、この少女はあの時の私の魔力を覚えていて、今私の魔力と比較して確信したと言うことになります。
って、完全にばれているじゃないですか!
「あ、あの…」
なんとかお師匠様には黙っていてもらえるようにお願いしなければ!
「わかっています。レンさんには黙っておきますよ」
あ、よかった…。
「ですが、いくらアリア王女の頼みとはいえ、きちんと断るのも必要ですよ?」
「う…。ですが、あの時は王女殿下だけでは無くて王妃様も…」
言い訳がましいですが、私だって断ろうとしましたよ!でも、王妃様にまで命令されたら逆らえないじゃないですか…。
「はぁ…。あのお二人は何をやっているんですか…」
疲れたような溜息。あ、この少女もお二人には苦労させられているんだってわかりました。なんだか急に身近になった気がします。
「とにかく、あまり変なことに魔術を使わないようにしてください。それで被害を被るのはわたしなんですから…。あのときだって…」
「え?」
「……何でもありません!とにかく、注意はしましたからね!?」
「え?あ、はい…?」
なんだか少し顔が赤くなっていた気がしますが、大丈夫でしょうか?
早足で廊下を去っていく少女の背中を見送ります。
lassh-leyline様の「もう一度あの弟子に会いたい」というリクエストからです。
振り回される弟子が書けていたらいいな…。