番07:護衛?
「あ、フジノ様。丁度いいところに」
「え?」
それはいつものように冒険者ギルドに行った時のことでした。
ギルドに入ると、受付をしていたアイリさんに呼び止められました。
呼ばれるままに受付に行ってみると、一つの依頼を提示されました。
「冒険者の護衛、ですか?」
依頼の内容とは、駆け出し冒険者の護衛依頼でした。
「はい。実はつい先日にランクEになった冒険者の方々なのですが…」
アイリさんの話によるとこうでした。
3ヶ月ほど前に新規に冒険者登録をした新人3人が、つい先日にランクEになったそうです。その3人は幼馴染らしく、3人で一緒に登録し、一緒に行動していて一緒にランクEになったそうです。そしてランクEになって初めて受けた依頼が「討伐:ゴブリン」なのだそうです。
ここまでならよくある話です。ランクFの頃は採取系だとか雑用系の依頼しか受けることができませんから、ランクEになると討伐系を受けたくなるのは当然だと思います。依頼料だって大分違いますからね。
それにゴブリンと言えばランク単体ならランクEの魔物です。基本は集団で行動するのでゴブリン討伐はランクDになっていますが、3人で受けるなら何の問題もないように思えますが…。
そのことを聞くと、アイリさんは困ったように首を傾げました。
「普通ならフジノ様の仰る通りなのですが…。実は、今回の依頼には心配な事があるのです。フジノ様もご存知の通り、普通はこの国のゴブリンの討伐依頼というのはゴブリンが見つかってすぐに出されます。普段から騎士団や冒険者によって討伐されていますから、いくら繁殖能力の高いゴブリンといえどもそれほど大規模なものにはなりません。そして依頼の時点ではゴブリンはまだ巣を作り始めた段階ですから、それほどの規模はありません。お察しのように、ランクE、しかも3人もいれば十分に討伐可能な依頼です。ですが…」
「と言うことは、今回は違うのですか?」
「それが……わからないのです。今回の依頼は王都から北西に馬で3日ほどの所にある村から出された物です。依頼人のお話によると、その村の北に広がる森でゴブリンが見かけられたと言うことでした。ただ、その報告の中でもほぼ同時間帯に複数の場所で数体ずつのゴブリンが発見されていると言うことなのです」
「複数の場所で、しかも数体のグループ、ですか?」
「はい…。巣を作り始めたばかりのゴブリンだと、今までの報告からすれば餌を狩るのは数匹です。今回のように、グループで複数が見つかった、というのは無かったのです。ギルドとしましても確認を行いたいと思っているのですが、何分人手が足りなくて…」
なるほど。もしかしたらすでにかなりの数がいて、Eランクの冒険者だと手に負えない可能性がある、ということでしょうか。
「それで冒険者の護衛、ですか」
「はい。念のため、ということになるのですが、ギルドとしましても何かあってからでは困りますし、かといって確認が出来るまで依頼を置いておくわけにもいきません。何もなければそれでいいのですが…」
仮にかなりの数がいたとしても高ランクの冒険者が一緒なら何とかできるだろうと、そういうことですね。
「で、どうしてわたしなんですか?他にも同じくらいのランクの冒険者はいるでしょうに」
「それが、ですね…。気を悪くしないでいただきたいのですが、高ランクの冒険者にお支払いできるほどの報酬が用意されていないんです…。ギルドとしましては安全の為に、少なくともランクC以上の冒険者に依頼をしたいのですが、何分不確定な内容の為に、用意される依頼料としてはランクD程度の報酬しか…」
「つまり、ランクBになっても依頼料の安い採取系や雑用系を受けているわたしに白羽の矢が立った、とそういうことですか?」
「も、もちろんそれだけじゃないですよ!?フジノ様の実力はギルドの方でも評価させて頂いていますし、依頼の達成率や諸々の事情を鑑みて、ということです!決してフジノ様を低く見ているわけでは…」
「ふふ、冗談です。ということは、片道3日、討伐を含めて都合7日といったところですか。わかりました。条件付きでその依頼を引き受けます」
「え?本当ですか!?……で、その条件とは?」
「そんなに構えないでください。条件は、もしもランクDで対処できないような状況だった時に追加の報酬を出して頂きたいのです。もちろん、ランクDで対処できる範囲なら報酬はそのままで結構です。どうですか?」
「え…?」
「駄目、ですか?」
「い、いえ。それだけでいいんですか?」
「なんですか?もっと無茶な条件を付けたほうが良かったですか?」
「そ、そんなことは…。わかりました。内容によって追加で報酬は出させて頂きます」
やけにあっさりと認めましたね…。ということは、このくらいは最初から用意されていた、ということでしょうか。まあ、何もなければランクD分の報酬が無駄に出るわけですから、ギルドとしては出費を抑えたいところなのでしょう。ギルドも慈善事業じゃありませんしね。
「ではそういうことで。出発日と集合場所はどこですか?」
「あ、はい。出発日は明日の4の刻で、集合場所はここ、ギルドの喫茶室です。受付に言って頂ければ案内致しますので」
「わかりました。では明日の朝に来ますね」
さて、7日となると色々準備が要りますね…。
この後の予定を考えながら、ギルドを後にしました。
「おはようございます」
翌日、指定の時間よりも少し早く、ギルドの受付に行きます。
「あ、フジノ様。おはようございます。冒険者の方はまだ来られていないので、喫茶室の方でお待ちいただけますか?」
アイリさんも早くからご苦労様です。しかし、いつから受付に入っているのでしょうか?
たまに遅くなった時も受付で見ましたが、この時間に受付にいて、夜までとなるとかなりの労働時間じゃないのでしょうか?働きすぎじゃないですか?労働基準法違反じゃないでしょうか?
おっと、この世界に労働基準法は無かったですね。
いえ、やはり働き過ぎだと思います。余計なお世話かもしれませんが、顔見知りになっているんですから少しは心配してしまいます。こんなに働いていたら、恋人と会う時間もないんじゃないでしょうか?……あ、だからまだ独身なんですね。
「失礼ですね。出会いが無いだけです。私だって素敵な出会いがあれば…」
あれ?わたし、声に出していました?
「その憐れむような目を見れば想像がつきます!」
む…、ですが、出会いと言えば沢山あるんじゃないですか?だって冒険者のほとんどは男性の方ですし、誘われたりするんじゃないですか?
「冒険者の方は遊びで声をかけて下さるだけですよ…。それに、冒険者は少し怖くて…」
毎日沢山の冒険者を捌いておいて、今更何を…。
「お仕事とプライベートは別なんです!もう!後が閊えているんですから早く喫茶室に行ってください!」
……わたしの後ろには誰もいませんが?
「いいから早く行ってください!」
仕方ないですね。しかし、声にも出していないのに会話が成り立っているって……やはりアイリさんはエスパー?
「顔を見ていればわかります!早く行ってください!」
むぅ。そんなにわかりやすいでしょうか…?
仕方なく、アイリさんに追い立てられるように喫茶室の方へ移動します。
喫茶室は相変わらず冒険者で溢れていますが、空いている席を見つけてお茶を注文します。
丁度その時に、4の刻を告げる鐘が鳴りました。
護衛対象の冒険者は遅刻ですか。約束の時間に遅れるなんて、信用を失いますよ?
この世界では約束の時間に多少遅れるのは普通のことなのですが、時間に厳しい日本で育った私は5分前行動が染みついています。特に目上(今回だとわたしがそうなります)の相手を待たせるなんて、してはいけないことです。
まだ見ぬ冒険者に軽く溜息をついて、運ばれてきたお茶を飲みながら待つことにしました。
今回のお話は南北様の案を参考に…。
ご期待に添えるかどうかはわかりませんが…。




