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010 魔術というもの

 クッキーもお茶もなくなり、クッキーを一枚しか食べれなかったわたしが憮然とした表情でお茶のお代わりを準備していると、王子が思い出したように声をかけてきました。

「そういえばサクラは前世を覚えている、と言っていたがどういった人物だったんだ?それに15歳と言っていたがあの賊の頭目に使った体術はなかなかのものだった。どこで覚えたんだ?」

 王子がそういうと、横から「ピキリ」と音がしたように感じてそちらを向くと、団長が固まっていました。

 なんでしょう?よく固まる人ですね。

 そんなことを思いながら見ていると、油の切れたロボットのような動きで団長がこちらを見。口を開きました。

「15……歳…?」

 またそれですか。みんなわたしの年齢を聞くと驚きますが、そんなに年相応に見えないんでしょうか?15歳といえばもう立派なレディなのに、失礼ですね。あと半年ほどで16歳ですし、16歳になると結婚もできるんですよ?もう立派な大人です。

 そんなことを考えていると、団長が何やらぶつぶつと言っています。

「15だと…?いや、まさかこんな子供が…。しかし15歳といえば成人だが…。しかしどうみても7か8にしか…」

 マテコラ。確かに自分でも発育不良で成長は11歳で止まったと自覚していますが、7歳とかに見られる覚えはありません。これでも初等部の頃は発育が早く、早熟といわれていたのにまさか今や発育不良とか小学生とか言われるようになろうとは…。

 いやいや、今はそんなこと考えている場合ではありません。ここはきっちり自分が15歳であるということを言っておかなくてはいけません。

「誰が子供ですか。わたしは15歳です。1日が24時間で1年が365日の世界で15歳です。あと半年ほどで16歳です。もう立派な大人です。ああ、こちらの世界で言うところの1日は12刻で時間の流れは同じです。ですのでアルセリアに置き換えても15歳で変わりません」

 そう、地球とアルセリアは時間や物理法則はほぼ同じなのです。読み方や数え方は違うものもありますが、基本的な部分は共通です。

 今まで前世の知識などはほとんど役に立つ場面もなく、むしろ邪魔なものと思っていましたが今になってようやく、役に立ってくれています。むしろ大活躍ですね。ステキです、前世。

「わたしの前世は『魔導師』と呼ばれていた人のようです。なにやら『宮廷魔導師』とか言うものだったようですね。ちなみに武術に関しては子供のころから近所の道場で教えてもらいました。前世のわたしの死因が後ろから剣で一突き、だったようなので自衛手段としての体術は必要だと思っていましたので。約10年間、修業しました。魔術は向こうの世界では全く使えなかったので、その分武術のほうに力を入れましたね」

 そう答えてお茶を一口、飲みます。

「魔導師だと?ふむ、しかしサクラの世界では魔術は使えなかったのか?あちらの世界で使えなくても、この世界で使えるということはないのか?」

 王子は何やら必死です。まあわたしの前世の知識でも魔術が使える人はかなり少なかったようですし、ましてや魔導師と呼ばれるほどの人は貴重な人材だったはずです。それが変わらないのであれば、自分の国に魔導師を引き入れようとするのも理解できない話ではないのですが…。

「アルセリアではまだ、試していません。なにせこの世界に出た瞬間からあの状態だったものですから」

 魔術とか試す時間もなかったですよ。いきなり命の危険でしたしね。

「なら今から試してみないか?簡単な魔術ならここでも問題ないだろう?」

 まあ、どこかで試す必要はありましたし問題はないでしょう。

「わかりました。では初歩の発火の魔術で試してみましょう」

 発火の魔術は、まあ…簡単にいえばライターやマッチですね。指の先に火を灯す魔術です。魔術を習い始めて最初に覚える初歩の初歩で、危険性はまずありません。

「では…。我が望むは小さき炎」

 意識を集中して呪文を唱えます。


 ちなみに呪文は術者のイメージを固めるためのもので、ぶっちゃけ、なんでもいいのです。イメージしやすいように最初に魔術の師匠から教えられますが、本人がイメージできれば呪文は何でもかまいません。

 それを理解し、自分で呪文が構成できるようになれば初級魔術師と呼ばれるようになり、初級の魔術を呪文を使わずに、イメージだけで発動できるようになれば魔術師と呼ばれます。

 そしてそのレベルを超えて自分で新たな魔術の理論を構成できるようになった魔術師が『魔導師』と呼ばれるようになるのです。

 つまり魔術師までは使える魔術は公式に発表されている構成の魔術が全てで、魔導師はオリジナル構成の魔術が使えるということです。



 魔術というのは、自分の体内にあるエネルギーを力に変換し、それにイメージを与えることでそのイメージ通りに効果が現れる、というものです。しかし、いくらイメージできてもそれが世界の法則を無視したもの、つまり理屈にかなわないものは魔術としては発動しません。

例えば「何もない状態から剣を作る」ことは不可能ですが、鉄の塊を目の前にして「鉄の塊を剣に変える」ことは可能です。そして無機物に対する魔術は、魔術自体が失敗しない限りは成功します。しかし、有機物(人間や動物といった意思のある生物)に対する魔術は、対象者の意思によって成功率が格段に下がります(気絶などの無意識状態でも)。

 つまりは「敵の血液を沸騰させる」といった魔術は難易度が高く、まず成功しません。

 ですので通常、魔術による攻撃は炎を生み出したり、水の塊や風の刃といったもので攻撃することになります。炎を生み出す魔術は「力」そのもを炎としてイメージしているので「無から有を作り出す」ことにはなりません。水の塊も「空気中の水分を集めたもの」なので、これも問題はありません。




「発動しないようです」

 わたしの呪文では魔術が発動しませんでした。

 どうやら知識はあってもわたしは魔術が使えないようです。

「そうか」

 王子は少し、残念そうに言います。

 魔術が使えたら国に取り込むつもりだったのでしょうか。面倒なことにならなくてよかったです。

 わたしは小説にあるようなトリップ物の王道として、冒険者として生きていくつもりです。国になんて仕える気はありませんよ、面倒ですし。

 しかしながら、魔術が使えないのは残念です。初級でも使えれば旅もずいぶん楽になるでしょうに。がっかりですね。

 まあ、使えないもののことを考えていても仕方がありません。これからのことを考えましょう。

「王子、明日は王都へ向かうと言っていましたが、王都までご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」

 とりあえずは明日のことです。この村から王都まで馬で1日と言っていましたから、馬車に便乗させてもらえればかなり助かります。

「ん?ああ、かまわない。こちらも助けてもらったからな。礼もしたい。一緒に来てもらえると助かる」

 よし、移動手段確保です。しかしお礼はいりません。面倒そうですし。

「ありがとうございます。でもお礼は結構です。こちらも助けていただきましたので」

 ここはきっちりしておくほうがいいでしょう。

「いや、さすがに何もなしでは王族としての立場もある。礼はさせてもらう。それにサクラはこの世界に来たばかりだろう?金もツテもないだろう。これからどうするつもりかは知らないが、礼は受け取っておいたほうがいいと思うが?」

 ふむ、確かにわたしはお金は持っていませんし住む場所もありません。冒険者として動くにしても、まずは寝床と食事の確保は必須です。ノートや筆記具をいくつか売れば当面の生活費は確保できるでしょうが、売りこむところも問題になりそうですね。下手なところに売り込めばややこしいことにもなりそうですし、面倒事の可能性は避けたほうがいいでしょう。

「わかりました。お礼は受けさせて頂きます。わたしは冒険者として登録しようと思っています。登録さえできれば後は何とかなると思いますので。冒険者として生活しながら元の世界に戻る方法を探そうと思っています」

 この世界で生きていくための知識はありますからね。

「冒険者か。この世界の知識があるということだが、元の世界に戻る?方法はあるのか?」

 わたしがこの世界に来た原因のあのまっくろい穴のようなものも大体想像がついています。前世の知識に似たようなものの知識がありました。あの穴のようなものはこの世界であふれた力の塊が暴走したものだと思われます。ごく稀に、ですが、過去にも同じことがあったと記録されていたのを見た気がします。前世で生きていたころの数百年前の話らしいですが。

「元の世界に帰る方法は今のところわかりません。前世の知識からすると、わたしがこの世界に来たのは全くの偶然でしょう。この世界にあふれる力の一部が暴走して、わたしのいた世界と一時的に繋がったのだと思います。そういった文献を読んだことがある、と記憶しています。一種の事故ですね。同じことが起こる可能性は文献からすると数百年から千年単位でしかないようです。同じことが起こることは、少なくとも生きている間は無いでしょう。可能性としては新たな儀式魔術くらいでしょうか。同じ現象を意図的に起こすことは不可能ではないと思います。ただ、魔導師を数十人単位で集めないと無理でしょうけど」

 現時点でわかっていることを話しておきます。うまくすればいざというときに協力してもらえるかもしれませんしね。

「ふむ、今の状態でそこまでわかるのか。サクラの前世とやらはかなり優秀な魔導師だったようだ。どうだろう、その知識をこの国のために役立てるつもりはないか?」

 失敗しました。取り込む気満々ですね。腐っても王子ですか。今の話でこちらの知識がかなりのものだと思われたようです。実際、前世のわたしとやらは魔導師としての実力もさることながら、知識が異常に多かったようです。賢者様、とも呼ばれていたようですし。

 しかしわたしは国に仕える気はありません、何度も言いますが面倒です。国にかかわると厄介事が満載でしょうしね。きっちり断っておきましょう。

「せっかくのお誘いですが、わたしはいつか元の世界に帰るつもりです。それもできるだけ早く。国に仕える気はありません。それに冒険者をしていれば色々な人や物事に出会います。それが元の世界に戻ることにつながるのではないか、と考えています」

「そうか、ならここまでにしよう。気が変わったらいつでも私を訪ねてきてくれ。歓迎させてもらう」

そう言って王子は席を立ちました。意外と物分かりがいいですね。もう少しごねられるかと思いましたが。

「そろそろ夕食の時間だ。二人とも、食事にしよう」

 おや、もうこんな時間ですか。部屋もかなり暗くなり、窓から外を見れば夕日も沈みかけているようです。空が藍色に染まっています。時間にして6時過ぎくらいでしょうか。

「そうですね、お腹も減りました」

 わたしも席を立ちます。団長も席を立ったようです。団長ほとんどしゃべっていませんね。

 わたしはおかみさんから借りていたカップやポットなどを片付け、お盆に載せます。それを持って部屋を出ようとすると、横からぬっと手が出てきました。

 手が出てきたほうを見ると、団長がいました。団長の手はわたしの持っているお盆にかかっています。どうやらお盆を運んでくれるようです。意外と紳士ですね。

「ありがとうございます」

 わたしはお礼の言葉をいって、ドアを開けました。


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