番03:準備2
「シフォンさん、綺麗…」
準備を終えたシフォンさんを見て、思わず溜息が出てしまいます。
シンプルなエンパイアタイプのウェディングドレスなのですが、レースや銀色の刺繍があしらわれていて近くで見るととても手がかかっているのがわかります。ですがそれが全然嫌みでは無くて、刺繍が光を反射して輝いているようにも見えます。結い上げた髪やメイクも、シフォンさんのすっきりとした顔立ちを際立たせていて、いつものシフォンさんより5割増しで綺麗に見えます。もちろんいつものシフォンさんも綺麗なのですが、綺麗さの方向性が違うというか、同じ女でも見惚れてしまいます。
「ふふ、ありがとうございます」
くぅっ、その少し照れたような笑顔も年齢の割に可愛すぎます!(ゴメンナサイ)
こんな花嫁を貰える人は幸せ者ですね!
わたしもいつかはこんな風にウェディングドレスを着て、誰かの隣に立つのでしょうか?幸せそうにしているシフォンさんを見ると、ついそんな事を考えてしまいます。
頭の中でウェディングドレスを着た自分を想像してみます。
……うん、子供の劇が思い浮かびました。って、そうじゃなくて!
……今度は大丈夫です。
真っ白なウェディングドレスを着て、バージンロードを歩きます。エスコートをしてくれる父はいませんが、祭壇の前で微笑みながらわたしを待ってくれている王子のもとへ…。って、どうして相手が王子なんですか!?
慌てて頭を振って妄想を消します。
「あら?どうしたんですか?もしかして、ご自分の式を想像してしまいましたか?サクラ様のウェディングドレス姿、可愛らしいでしょうねぇ…。バージンロードを歩き、祭壇の前で待つセドリム王子殿下の元へと近付いていく姿…。サクラ様、是非式の時は参列させてくださいね!」
どうしてみんなわたしが考えていたことが分かるんですか!?覗いていたんですか!?っていうか、シフォンさんの中ではそれで決定なんですか!?
「もちろん、わたくしも参加いたしますわよ!お兄様の式なら、妹のわたくしが参列するのは当然ですわ!」
「あらあら、では私も母として参加ですね?」
お二人も決定事項ですか!?わたしの意思は!?
「サクラちゃんはお兄様の事が嫌いなのかしら?」
いえ、そういうことではなくてですね…。そりゃ、嫌いかと聞かれればNOですが…。
「よかったですわ!サクラちゃんはお兄様の事が好きなのですわね!」
いや、だから…。というか、わたしは喋ってないのに何故か会話が成立していますよね?どうしてですか?やっぱりエスパーですか!?
「サクラちゃんがわかりやす過ぎるだけですわ。今から婚約してとなると、式は早くても半年後になりますわね。ああ、ですが婚約発表をして、式典をして、それから式の準備となると時間が…」
「ちょっと待って下さい!なんで勝手に話が進んでいるんですか!?そもそも、婚約どころかまだ告白だって…」
「それもそうですわね…。ということは、サクラちゃんはお兄様が告白すれば問題ないということですのね?」
え?そりゃ、順序としてはそうですけど…。ですが、それはされてみないとわからないというか、想像できないというか…。
だって考えても見て下さいよ?あの王子ですよ?ヘタレの代名詞と言える王子ですよ?それにわたしの事をどう思っているかなんてわかりませんし…。そもそもがなんの魅力もないわたしになんて、あり得ないと思いますし。王子の身近には魅力的な女性が沢山いますし、身分だって…。そりゃ、嫌われてはいないと思いますが、でもあれは料理に対してであって…。ゴニョゴニョ。
「もう、大事なのはサクラちゃんの気持ちですわ!他の人がどうこうでは無くて、お兄様に告白されてどう感じるかですわ!仮に、でいいですから、考えてみてはどうですの?」
仮に、ですか?王子が私に告白…。この場合は、付き合ってくれとかそういうのではなく、結婚を前提としたものですよね?王子の場合だと、「私の妻になってほしい」だとかでしょうか?ふむ、二重の意味であり得ないと思いますが…。
とりあえず想像してみます。
……。
ボンッ!
「きゃぁっ!?サクラちゃん!?」
「サクラ様!?」
「あらあら?」
足に力が入らなくなり、へなへなとその場に座り込んでしまいました。心臓もバクバクとしています。わたしはどうしてしまったのでしょうか…?
とりあえず、意識を手放したいと思います。きゅぅ…。
「あれ…、わたし…?」
ぼんやりとした目で、天井を見上げます。
……そういえば、意識を失なったんでしたね。
「ああ、よかった…。目を覚まされたのですね」
「シフォンさん…?わたし、どれくらい気を失っていましたか?」
顔を向けると、心配そうな顔が見えました。
せっかく綺麗にメイクしてあるのに、そんな顔をしていたらもったいないですね。
場違いにもそんな感想が頭に浮かびました。そんな顔をあさせているのは自分だというのに…。心の中で苦笑します。
「ほんの少しの間です。急に倒れられたので心配しました…」
ああ、またそんな顔を…。
「心配させてすみません。もう大丈夫ですから」
「駄目です!無理をしてまた倒れでもしたら…!申し訳ありません、体調が悪いのに無理に式に来て頂いて…」
シフォンさんは起きあがろうとするわたしを押しとどめます。
って、今おかしな言葉が聞こえましたよね?
「体調が悪いって、わたしが…?」
「そうです。現に今も倒れられたじゃありませんか!顔も真っ赤で、私、凄く焦ったのですよ?」
「え?いや、あれは体調が悪かったわけでは…」
やばいです。なにか誤解させてしまっています。
「え?ですが…」
「わたしは全然大丈夫ですから!ほら、こんなに元気です!」
慌てて起きあがって、大丈夫な事をアピールします。ところで、どうしてこういうアピールって力瘤(出来ませんけど)のポーズだったり屈伸なんですかね?
「えっと、ではどうして急に…?」
その質問に、それまで必死にアピールしていた身体がピタリと止まりました。
……言えません!あんなことを考えていて倒れただなんて、恥ずかしくて言えません!ほら、今も思い出しただけで顔が…!
「あ、あははは。そ、それよりも!王妃様とアリア王女はどちらに?」
「え?あ、お二人は式場の方へ…。お二人ともサクラ様の事を心配しておられましたが、もうすぐ式の時間でしたので…」
あ!そうです!急がないと式が始まってしまいます!
「わたしも式場の方へ行きますね!大丈夫、わたしは元気ですから!」
「あ、サクラ様!?」
後ろから制止の声が聞こえますが、恥ずかしさと申し訳なさがあってわたしは急ぎ足で部屋を出ました。
ドアを開けて確認もせずに部屋を飛び出します。しかしそれがいけなかったのでしょう。
「むぎゅっ!?」
飛び出した途端、何かにぶつかってしまいました。勢いもあって、“それ”に抱きつくような体勢になってしまいます。
バタン
後ろでドアの閉まる音が聞こえます。
「サクラ…?」
頭上から聞こえてきた声に、ビクッと身体が震えました。
恐る恐る視線を挙げて行くと、困惑を浮かべた顔がありました。
「お、王子!?」
ぶつかったのが王子で、今の状態が王子に抱きつくようになっているのを認識して、慌てて閉まったばかりのドアまで後ずさります。
「ど、どうして…?式場の方へ行ったはずでは…」
まさかこんな場所にいるとは思っていなかったので、挙動不審になってしまいます。今はとてもタイミングが悪いです。
ほら、心臓が凄い勢いで動いています。
「いや、サクラをずっと待っていたのだが…。それに、母上とアリアからサクラが倒れたと聞いて心配でな…」
ずっとって、もしかして追い出されてからずっとですか?あれから1刻近く経っていますよ?
「見たところ、もう大丈夫そうだが…。いや、少し顔が赤いか?今から式場まで行くのだろう?私も一緒に…」
「だ、大丈夫です!一人で行けますから!でわっ!」
ひぃ、顔がまともに見れません!今は、今だけは無理なんです!
王子に背を向けて、慌てて式場に向かって走り出します。はしたない?今はそんなこと関係ありません!
ですが、慣れない靴とドレスなのがまずかったです。ええ、裾を踏んでしまい、見事にこけました。
「きゃっ!?」
ビタン!
幸いにも、床には毛足の長いじゅうたんが敷かれていたので怪我はありませんでしたが…。ですが、だからといって恥ずかしさが軽減される物ではありません。
「大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってきた王子に起こされます。
「うう、大丈夫です…」
恥ずかしさで逃げたあげく、すぐにこけて起こされるなんて…。穴があったら入りたい気分です…。
「サクラ、心配だからエスコートさせてくれ」
「はい…」
もう断るという選択肢は出てきませんでした…。
わたしは俯きながら、王子の隣を歩きます。
「サクラ」
「……なんですか?」
「そのドレス、似合っているな。一瞬誰だか分らなかった。き、綺麗だと思う」
な、なにをいきなり!?王子のくせに、王子のくせに!
何さりげなく恥ずかしいことを言ってくれちゃっているんですか!?
ちらりと横目で見た王子は、照れたように反対の方向を向いていました。おかげで、真っ赤になっているであろうわたしの顔は見られずに済みましたが…。
「あ、ありがとうございます…」
それ以降はお互いに無言で式場まで歩きました。