番01:ジューンブライド
6月のよく晴れた日。王都にあるこの教会で、今日は盛大な結婚式が行われます。
侯爵家同士の結婚式ということもあり、招待客や付近の賑わいはかなりの物になります。そう、今日式を挙げるのはシフォンさんとその婚約者の方なのです。わたしのせいで2年以上も待たせてしまっていましたが、ついに今日、二人は結ばれるのです。
6月と言えばジューンブライドですが、あれってギリシャ神話が由来らしいですよね。主神ゼウスの妻ヘラのローマ神話での別名がジュノー(Juno)で、この女神が守護するのが6月(ジューン、June)だったと記憶しています。ジュノーが守護の一つが婚姻であるということ、そして主神の正妻であることから「6月に結婚した花嫁は正妻として幸せになれる」というジンクスらしいですが、そもそも一夫一妻制の日本では関係ない気もします。ギリシャ神話のゼウスと言えば、浮気で有名ですしね…。それに、6月と言えば日本では梅雨です。せっかく6月に式を挙げても、雨だとなんだか残念な気がしますよね…。まあ、そもそもが異世界のここでは関係ない気もしますが。
式は午後からなのですが、わたし達はかなり早めの時間から教会に来ていました。なんでも、わたしのドレスも用意してくれているということでしたので、その準備の為でもあるのです。というか、どうしてわたしまで教会で着替えなのでしょう…?
しかし、その時までわたしは完全に油断をしていました。誰がドレスを用意していたかなんて気にもしていなかったのです。つまり、わたしはのこのこと罠の中へと自ら飛び込んでいったのです。それに気が付くのは、すでに逃げ場を失い、手遅れとなってからでしたが…。
案内されるままについてきた部屋は、花嫁の控室でした。それはまあ、別に良かったのですが…。
「シフォンさん、本日はおめでとうございます」
「うふふ、有難うございます、サクラ様。サクラ様もお忙しいのに、無理を言ってすみませんでした」
「いえ、わたしが戻って来るまで2年も待ってもらったのですから。と言っても、出席するくらいしかできませんが。むしろ、侯爵家の結婚式にわたしのような平民が参列してもよかったのですか?」
「ふふ、なにを仰います。サクラ様は今や英雄様ではないですか。黒の英雄様の出席を喜びこそすれ、非難するものなど誰もおりません」
「その英雄様は止めてください…。まあ、迷惑にならないのならいいんですが。……で、どうして王妃様とアリア王女がここにおられるのですか?」
そう、部屋にはシフォンさん以外にも、王妃様とアリア王女がいたのです。しかもご丁寧に、わたしが部屋に入った途端にメイドさんズが入口を塞ぐようにドアの前に立ちました。
嫌な予感がひしひしとします。
「なぜって、もちろんサクラちゃんの準備の為ですわ。それと、わたくしはもう王女では無いのですから、その呼び方はどうかと思いますの」
「はぁ。では何とお呼びすれば?」
「そうですわね、好きに呼んでもらってもいいのですが、お姉ちゃんやお姉様というのもいいですわね…」
「……えっと、アリアお姉様…?」
ふむ、それほど抵抗はありませんね。そういえば、学校では一部の生徒は上級生の事をお姉様と呼んでいましたね。わたしは呼んだことはありませんが、それと似たような物でしょうか?
冷静なわたしとは裏腹に、呼んだ途端にアリア王女、いえ、アリアお姉様は挙動不審になりました。具体的に言うと、顔を真っ赤にして自分の身体を抱き締めるようにして、くねくねと身体を捩れさせ始めたのです。
「ああっ!まさかこれほどまでに破壊力があるだなんて…。ハァハァ、こ、今度はお姉ちゃんでお願いしますわ…!」
えっと、なんだか変質者みたいで怖いですよ…?一瞬ですが、兄を思い出してしまいました。
「……アリアお姉ちゃん?」
その剣幕に少し怯えながら言うと、アリアお姉様は一瞬硬直したかと思うと、そのままふらりと後ろに倒れて行きました。
なぜかすぐ後ろにはメイドさんが待機していて、その身体を支えていましたが…。
「……わたくしとしたことが、危うく気を失うところでしたわ。呼び方一つでこの攻撃力…。サクラちゃん、恐ろしい子…!」
「……で、結局何と呼べばいいんですか?」
というか、この年でお姉ちゃんはないでしょうに…。それにお姉様もどうかと思いますよ?呼んでから言うことじゃありませんけど。
「そうですわね…。どちらも捨てがたいですわ…。お姉様は優雅な感じがしますし、お姉ちゃんは親しさを感じさせます。ああ、どちらにしたら…!」
すみません、怖いです。というか、そんなことで真剣に悩まないでください。
わたしが引いていると、それまで沈黙を保っていた王妃様が口を開きました。
「アリア、落ち着きなさい。どちらの呼び方も駄目ですよ?」
「え?お母様、どうしてですか!?」
「いいですか?今姉と呼ばせても、将来は立場が反転するのですよ?その時になってまた呼び方を変えるのもおかしいでしょう?」
「……そういえばそうですわね。わたくしとしたことが、そのことを失念していましたわ。サクラちゃん、わたくしの事は好きに呼んでください」
……あれ?今凄く妙な事を言いませんでしたか?
「はぁ、それではアリア様でいいですか?」
アリア王女に確認をしたのですが、答えたのは何故か王妃様でした。
「そうね。そのくらいでいいんじゃないかしら?いい機会だから、私の事は“お義母様”と呼ぶように」
「は?」
今、何かニュアンスが間違っていませんでしたか?
というか、どうして王妃様の呼び方まで変える必要が?
「お母様、ずるいですわ!自分ばっかり!」
えっと、あの…?
「いいじゃないの。そうだわ。シフォンもこの際だから呼び方を変えてみてはどうかしら?」
「いえ、私は今のままでも十分に親しくさせていただいていますので。それよりも、いつまでも喋っていてはサクラ様の準備が出来なくなりますが?」
「あら、いけない。それじゃあ始めましょうか」
その一言で、だれきっていた空気が変わります。さすが王妃様と言ったところですか。
って、どうしてみなさんにじり寄って来るんですか?その手の動きが怖いですよ?
「さあ、サクラちゃん?準備をしますわよ?……ハァハァ、2年ぶりのサクラちゃんのお肌……ジュル…」
「え?いや、ちょっと…?」
迫って来るアリア様に恐怖を感じ、思わず後ずさります。が、いつのまに後ろに回ったのか、シフォンさんにぶつかりました。
「サクラ様、大人しくしていれば痛くはありませんから…」
「え?それ、なんか違う…」
「ハァハァ、サクラちゃん…」
「ひぅっ…」
「サクラ様…」
「いやぁ…」
前門のアリア様、後門のシフォンさん。
逃げようにも背後からはがっちりとシフォンさんに捕まえられています。どこにそんな力があるのかと思うほど、どう足掻いても抜けれそうにありません。
っていうか、片手で身体をまさぐらないでください!
「くふふ、覚悟なさいな…」
「ふぇ…、たすけて…」
「うう、その潤んだ上目遣い…。もう我慢できませんわ!」
「やっ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
後日談です。
アンケート結果から、戦女神同盟様の物をベースに書いてみました。
感想等でジューンブライドの由来はローマ神話では?と疑問を頂きました。
再度調べたところ、wikipesiaではローマ神話となっていますが、ギリシャ神話とローマ神話は幾つかの神は共通で、今回出てくる女神もローマ神話ではジュノー(ジューノ、Juno)、ギリシャ神話ではヘラ(ゼウスの奥さん)となっているそうです。
内容としては決して間違いというわけではないのですが、ややこしいのと説明不足と思われるので若干の追加と修正を行っておきます。