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103 帰ってきた日常

 全く、父上も母上もあんなに薄情だとは思わなかった!それに、兄上まで…。

 確かにサクラの消息はずっとわからないが、だからと言って死んだものと思えなどと…。それに、いい加減に婚約者を見つけろだなんて、今言わなくてもいいだろうに…。母上だってあんなにサクラの事を気に入っていたじゃないか!

 それに…、サクラがいなければ、2年前の戦争があんなに早期に収束することなんてなかったのはわかっているはずなのに…。なのに、たった1年程度で捜索を打ち切るなんて…。

 ……いや、国を背負う者の視点としては、父上達の言うことが正しいのはわかっている。むしろ1年も国を挙げて捜索し、捜索を打ち切った後も私が独自に動いているのを黙認してくれていただけでもかなりの譲歩だったのだろう。今までかかっても手掛り一つないのだ。周りの言うように、死んだと思うべきなのだろうが…。

 だが、生きている証拠も無いが、死んだという証拠も何一つ見つかっていない。だから…。

 諦めきれない。いや、諦めたくはないのだ。

 サクラ…、お前は今、どこにいるのだ…?

 サクラの笑顔が見たい…。

 サクラのいた場所に残っていた刀という東方の武器と、テントに残されていた彼女の私物の入った背負い袋。それを見つめながら、私はいつの間にか眠りについていた。


「おい、セドリム!起きろ!」

 ん…?なんだ…?いつの間にか眠っていたのか…?

「疲れている所を悪いが、少し話がある」

「兄上…。何か?」

 頭を振って残る眠気を振り払うと、ソファの上で居住まいを正して兄上と向かい合う。

「……父上から聞いた。そのことについてだ」

「耳が早いですね…。わかっていますよ。それが国の為に必要だと言うことは…」

「ああ、俺もあの戦争が終わった後に結婚をして、アリアもすでに降嫁している。俺達は王族として、果たすべき責任がある。お前がサクラのことを忘れられないのはわかっているが、国の安定を考えるなら、早いうちに考えなければいけない問題なのだ。具体的に言えば、俺の即位までに、だな」

「……ええ、皆の言う通りだというのはわかっています。わかってはいるのですが…」

「……すまんな…。サクラがいた時は、お前達の自由にすればいいと思っていたのだが…」

「兄上のせいではありませんよ…。ですが…」

「わかっている。何も今すぐに決めろと言っているわけではない。俺の即位にしても、まだ当分先の事だからな…。ただ、いつまでも今のままでいることはできないと言うのだけは覚えておいてくれ。父上や母上だって、ああ見えて随分と悩んでおられたのだ」

「……」

「俺の話はそれだけだ。疲れている所を済まなかったな」

「いえ…」

 兄上がわたしの事を心配して来てくれたのはわかっている。だが、内容が内容だけに、素直にはなれないのだ。

 席を立つ兄上を目線だけで追っていると、外が騒がしくなってきた。

 騒ぎが部屋の前まで来たかと思うと、急に扉が開いた。

「なんだ、騒がしいぞ!」

 部屋の前にいるはずの衛兵に向かって注意をするが、帰ってきたのはここにいるはずのない人物の声だった。

「セドリム兄様、失礼しますわ!……あら?エドウィル兄様もいらしたのね?お久しぶりですわ」

「エドウィル王太子殿下、セドリム王子殿下、失礼致します」

「すみません、止めたのですが…」

「いや、アリアが相手なら仕方がないだろう…。お前達は下がっていてくれ」

 突然の来訪者は、半年前に降嫁した妹のアリアと、客室付きの侍女のシフォンだった。

「それで、どうしたのだ?シフォンまで一緒になって…」

 シフォンは今も客室付きの侍女を務めている。本当なら1年前には婚約者と結婚をしているはずだったのだが、彼女もサクラが死んだことを信じず、少なくとも3年は結婚を待ってほしいと婚約者に言ったそうだ。どうしてもサクラには自分の結婚式に出席してほしかったらしい。相手の婚約者は、あの戦争でサクラに助けられた一人だったらしく、それを了承したそうだ。そしてシフォンは今も王城で侍女をしながら、サクラが帰って来るのを待っている。仕事が休みの日など、月に一回のペースでサクラの住んでいた家を掃除しに行っているらしい。私はサクラを探すことしか考えておらず、彼女の帰る場所を守るなんてことは考えもしていなかった。なので、それを聞いた時には感嘆したものだ。

「エドウィル兄様には用はありませんわ。わたくし達が用があるのはセドリム兄様ですの」

「俺には用が無いって…。お前、仮にも俺は次期王だぞ?」

「そんなこと、関係ありませんわ。セドリム兄様、エルちゃんを見ませんでしたか?」

「エル…?」

「ええ、エルちゃんです。見ませんでしたか?」

「エルというと、サクラの飼っていた猫の事か?」

「はい。私がサクラ様より預かっていたのですが、昨日から戻ってきていないのです」

「……猫なのだから、1日位戻ってこないこともあるのではないのか?」

「エドウィル兄様は黙っていてください。今はセドリム兄様に聞いているのです」

「今まで、エル様が帰ってこなかった日は無いのです。エル様はとても賢く、決まった時間に戻ってこられて食事をされるのです。それなのに、昨日の朝に出て行ったきり、戻ってこないのです。もしもエル様になにかったら、私はサクラ様に顔向けができません…」

「シフォンが悩んでいる所に、偶然わたくしが遊びに来たのです。わたくしも同じことを聞かれましたが、見た記憶は無かったので知っていそうな人物に聞いて回ることにしたのですわ」

「……言いたいことはわかった。まあ、アリアに聞くのは間違いだろうな。アリアはあの猫には嫌われていたしな」

「失礼ですわね。嫌われてなどいませんわ!少し、ほんの少しだけ、可愛いがろうとしたら逃げられるだけですわ」

「それを嫌われていると言うのだろう…?」

「だから、嫌われてなどいません!それを言ったら、セドリム兄様だって嫌われているじゃありませんの!わたくし、知っていますのよ?エルちゃんに手を出そうとして、引っかかれたことを!」

「人聞きの悪いことを言うな…。あれは、見たことのある猫がふらふらしていたので保護しようとしただけだ。……まさか、爪でひっかかれて鎧に傷が入るとは思わなかったがな…」

「はははっ!なんだ、お前の鎧の傷は猫に付けられたのか!?手強い魔物に付けられたものだと思っていたぞ?」

「……普通、猫に引っかかれて鉄の、しかも強化された鎧が傷つくなんて思わないでしょう?私だって驚きましたよ…」

 今はその傷も直してはいるが、目ざとい騎士達がその傷を見つけて騒いでいたのを覚えている。……本当にあの猫は魔物じゃないのか…?

「お話し中、申し訳ありません。セドリム王子殿下はエル様をご存じない、と言うことでよろしいでしょうか?」

 ……忘れていた。本題は猫を見ていないかということだったな…。

「ああ、昨日からというなら、見た記憶は無いな」

「俺も見た覚えはない」

「そうですか…。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 シフォンが礼をして退出しようとした時、またも廊下の方が騒がしくなった。今日は何なのだろうか…?

「失礼します!殿下、緊急の報告です!」

 ノックの音が終わるのも待ちきれないと言った風で、扉の向こうから焦った声が聞こえる。

 その様子に、何かあったのかと思い、すぐに入室の許可を出した。

「入れ」

「はっ、失礼します!」

 扉を開けて一人の騎士が入って来るが、部屋の中を見て驚いている。まさか、私以外に王太子や降嫁したはずの王女がいるとは思っていなかったのだろう。

「お、王太子殿下と王女殿下にはご機嫌麗しく…」

「俺達の事は気にするな。セドリムに報告があるのだろう?」

 騎士が慌てて挨拶をしようとするのを兄上が遮り、用件を促した。

「はっ、東門の兵士から報告があったのですが、本日の7の刻前に黒の英雄殿らしき人物が王都に入られたと…」

「なんだと!?それは本当か!?」

「その兵士の報告によると、7~8歳くらいの黒髪の少女で、提示されたのは冒険者カードであったと…。以前に捜索を指示されていた、黒の英雄殿の人物像と一致するのではないかと」

 今は9の刻を過ぎたところだ。さっき鐘がなったので間違いない。7の刻前に門を通ったのなら、今は家にいるはずだ。

「……もしや、エル様はサクラ様が戻られたのを察して、サクラ様のもとへ行かれたのでは…?」

 シフォンの呟きに、まさかと思うが…。そう言って切り捨ててしまうには、時期が重なっている。動物の本能とでも言うのだろうか…?

「セドリム兄様、シフォン。サクラちゃんのお家に向かいますわよ!今の報告が本当にサクラちゃんなら、お家に戻っているはずですわ!」

 そうだ、考えるのは後でいい。家に行けばサクラかどうかわかるのだ。

「おい、俺には声をかけないのか?」

「エドウィル兄様は好きにすればいいですわ。来たければついてくればいいのですわ。衛兵、わたくしの乗ってきた馬車を門へ回すように伝えなさい。……さぁ、行きますわよ」

 なぜかアリアに先導されて、私達4人はサクラの家へと向かった。


「明かりがついていますわ…」

 馬車に乗ってサクラの家の前まで行き、玄関の前まで行くとアリアがぽつりと呟いた。

 確かに、玄関の向こうにかすかだが、明かりが灯っているのが見えた。

 やっぱりサクラは帰って来たんだ…。

 それを確信すると、すぐにでも駆け込みたい気持ちを抑えて玄関を叩いた。

 しばらくして、玄関の向こうに人影が映る。

 カチャカチャと音がして、玄関が開いた。

「お待たせしました。どちら様……って、みなさんお揃いでどうしたんですか?」

 2年間、探し求めていた彼女が姿を現した。

 2年前と変わらない、真っ黒な髪。子供のような小さな姿。愛らしい顔。鈴のような声。全てが変わっていない。

「……今、変な事を考えませんでしたか?」

 訝しそうに、私を見上げる姿に我慢の限界が来た。

「サク「サクラちゃん(様)!」

 ……アリアとシフォンに先を越された…。

 私が手を伸ばす前に、サクラは二人の女性に抱き締められていた。

 伸ばしかけた手の行き場所を無くし、仕方なくその手を降ろして話しかける。

「サクラ…、会いたかった…」

 声をかけると、女同士で再会を喜び合っていたのを一旦止めて、その黒い瞳を私に向けてくれた。

「……王子、お久しぶりです。こちらでは2年が過ぎていたそうですね」

 その言葉で、今までサクラがどこにいたのかが分かった。サクラは彼女が本来いた世界にいたのだ。道理でどこを探しても見つからないはずだ…。

 だが、彼女は戻ってきてくれた。今、私の目の前にいる。

 もう離さない。この2年間、どれだけこの瞬間を待ち望んだことか…。

 次に会えた時に、言おうと思っていた言葉を伝えよう。もう、彼女がどこにも行かないように…。

「サクラ、聞いてほしい…。私はお前の「にゃ~」

「エル?どうしたんですか?大人しく待っているように言ったのに…」

「エル様!やはりサクラ様の元へ帰ってらしたのですね?よかった…」

「あ、あはは…。シフォンさん、ごめんなさい…。エルが黙って出て来たようで…。それと、ずっとエルの面倒を見ていてくれて、ありがとうございました」

「いえ…。サクラ様が戻ってこられたのですから、それで十分です」

「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、それだとわたしの気持ちが…」

「そうですか?あ、なら一つだけお願いがあります」

「え?なんですか?わたしに出来ることなら何でも言ってください」

「いえ、大したことではないのですが…。私の結婚式に、サクラ様も出席して頂きたいのです」

「……え?そんなことでいいんですか?っていうか、シフォンさん、まだ結婚していなかったんですか!?確か、婚約者がいるって言っていましたよね!?」

「うふふ、シフォンったら、サクラちゃんが戻って来るまで結婚はしないなんて言っていましたのよ?」

「え?じゃあ、もしもわたしが帰ってこなかったらどうしていたんですか!?ずっと結婚しないつもりだったんですか!?」

「いえ、さすがにそれは…。サクラ様が行方不明になって、3年が過ぎれば結婚はするつもりでした。それまでは待ちたいと…。私の我儘ですが、婚約者も承諾してくれましたので…」

「ああ、そうなんですね。よかった…。あ、もちろん、喜んで出席させてもらいます」

「はい、日取りが決まったら連絡しますね」

「楽しみにしていますね。あ、王子、話の腰を折ってすみませんでした。さっきは何を言いかけていたんですか?」

 ……今私に話を振るのか?兄上、笑うな!

 しかし、こうやって改めて言われると、緊張が…。一度タイミングを外すと、なんとも気まずいな…。

「あ、あー、その……サクラ?」

「はい?」

「私は、だな、サクラの…」

「わたしの?」

「セドリム兄様、頑張ってください!」

「殿下、ファイトです!」

「ふっ、男らしく行け!」

 おい、そこの野次馬!うるさいぞ!どこかへ行け!ニヤニヤしているんじゃない!

「ん、ゴホン…。私は、サクラの…(ゴニョゴニョ)」

「え?なんですか?」

「私は、サクラの……サクラの料理をずっと食べたいと思っていた!」

「へ?あ、そういえばずっと夕食を食べに来ていましたよね。そんなにわたしの料理を食べたいと思ってくれていたなんて…。丁度夕食を作っていたところなので、食べて行きますか?あ、皆さんもよかったらどうぞ。少し時間はかかりますが、待って頂けるのなら、ですが」

「う…。ああ、頂こう…」

 いや、そういう意味では無いのだが…。

 ……おかしい。平民の間では、こういうのがプロポーズとしての言葉だと聞いたのだが…。もしかして、サクラの世界では違うのだろうか?

 それにしても…、どうしてこうもタイミングが悪いのだ…?いや、今の遣り取りでも、私がきちんと説明をすれば…。だが、告白の言葉をその相手に説明するって……絶対に無理だろう…?

 はぁ…、今はサクラの料理がまた食べられることを喜ぼう。次の機会があれば、必ず…!

「「「……ヘタレ…!」」」


最後が中途半端な感もありますが、一応これで完結となります。

あとがきも掲載予定なので、よろしければそちらも読んでみてください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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