101 英雄!?
この落ちる感覚、何度やっても慣れません!
どこまで続くんですか、この穴は!?
終わりのないスライダーのように、どこまでも続いているように思えます。もちろん、以前の経験から終わりがあるのは知っているのですが…。
落下の感覚に耐えていると、やがて遠くに光が見えてきました。
その光に合わせて、わたしは身体を入れ替えて足が下に来るようにします。
そして光に包まれる前に、身体を強化して衝撃に備えます。
「きゃうっ!?」
ドスン、という衝撃と共に、足から痺れるような感覚が伝わってきます。が、強化された身体は衝撃に耐え、なんとか無事に着地出来たようです。
「……これ、下手をすれば落下の衝撃で死ぬんじゃないですか…?」
もしも受け身すら取れずに頭から落ちれば…。そんな想像にぞっとします。
そんな風にならなくてよかったと思いながら、辺りを見回しました。
「……木、ですね…」
見渡す限りの、木。
木々に囲まれた、開けた広場のような場所でした。
少し離れた場所に、泉のような物があります。
「……ここって…」
既視感を覚えます。いえ、既視感ではなく、過去に見た場所です。
「……3年前に落ちてきた場所ですよね…?」
あの時は、賊と王子達騎士が戦闘をしていました。今は風と木々が揺れる音くらいです。
「……つまり、あちらの世界とこちらの世界の位置関係は、何かしらの法則がある、ということでしょうか?いえ、それよりも問題は、ここから歩いて移動しないといけないということですか…」
馬車で移動した距離を、歩いて移動する。それを考えただけで、気が滅入ります。
「はぁ…。仕方がありません。日のあるうちに村まで辿り着ければいいのですが…」
3年前の記憶を探りながら、森の外へと歩き出しました。
なんとか真っ暗になる前に、村へ辿り着くことができました。確か、ラティスの村でしたっけ?サティス?あれれ?
まあ、なんでもいいですか…。まずは宿を取らないと…。
魔具のポーチの中には銀貨が何十枚か入っています。これだけあれば、王都へ行くまでは何とかなるでしょう。問題は……あれからどれくらい過ぎているかということです。
確か、ギルドへ預けているお金は行方不明になってから3年でギルドの物になると言っていました。もしも3年以上が過ぎていたら…。わたしは全財産を失っていることになります。いえ、それだけならまだましなのですが、もしも数十年、百年以上も過ぎていれば、知っている人はいない可能性すらあるのです。
知るのが怖い、でも知らないといけない…。そんな相反する感情に襲われながらも、村に一軒しかない宿屋に着きました。
その扉を開けて、中へと入ります。
「いらっしゃい。旅の方かい?」
元気よく掛けられた声に顔を上げると、見覚えのあるおばさんでした。
「……あれ?あんた…」
「……おかみさん、ですよね…?」
3年前に来た時もいた、女主人です。
「あらまあ、久しぶりだねぇ!元気にしてたかい?」
「あ、はい。なんとか…。おかみさんもお元気そうで…。所で……部屋とご飯をお願いしたいのですが…」
そう告げると同時に、くぅ…とお腹が鳴りました。
「す、すみません…。お昼も食べていないので…」
恥ずかしくて、声も小さくなってしまいます。
お昼も食べずにずっと歩き詰めだったので、お腹はぺこぺこです。
「あっはっは、空いている所に座りな。すぐに用意するよ。ああ、部屋の方も空いているから大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます…」
適当にテーブルについて少しすると、おかみさんは言葉通りにすぐに湯気の立つスープとお肉、パンを持ってきてくれました。
「いただきます!」
お腹が減っていたわたしは、すぐに目の前の食事に手を付けました。
「……これはっ!?」
スープを一口飲むと、この世界の料理だとは思えない味がしました。簡単に言うと、きちんと味があるのです。
「どうだい?前にあんたがやっていたのを真似てみたんだが…」
あの一回から、ここまで味を調えたのですが…。
「……そう、ですね…。これでも十分ですが、欲を言えば出汁はもっと時間をかけて煮込んだ方が、味に深みが出ると思います。それと、香草や調味料は、材料によって種類や量を変えたほうがいいかと思います。香草やハーブはそれぞれで色々と効果が違うので、中には香りは薄くてもお肉の臭みを消せるものもあるんです。そういったハーブを使えば、風味がもっとよくなるのではないでしょうか?」
とは言うものの、一度見ただけの料理からここまでくるのは大変だっただろうと思います。かなり試行錯誤をしたに違いありません。
「ふむ…。参考にしてみるよ」
「そうですね…。煮込み料理に使うなら、乾燥させたローリエの葉っぱを一緒に入れて煮込めばいいですよ。このスープだと、お鍋に2,3枚も入れれば十分だと思います。焼くのなら、タイムですね。他にもマジョラム、ローズマリー、セージなどがありますが、これらはお肉の種類によって相性があります。鶏肉ならタイム、豚肉ならセージといった具合ですね。ただ、それらは相性がいいと言うだけで、他のお肉でも効果はあるので好みで試してみるのもいいでしょう。ハーブと一緒に焼くのもよし、焼いてからでも好みによって振りかけるのもいいです。これらの一部はお魚の臭みを取ることもできるので、色々試してみてはどうでしょうか?」
「はぁ~、一口にハーブと言っても奥が深いんだねぇ…」
「そうですね。気をつけないといけないのは、摂取しすぎると身体にはよくないと言うことです。適量なら薬にもなりますが、何事も過ぎれば毒になりますから…」
「ああ、気をつけて色々試してみるよ。ありがとうね」
ふぅ…。ちょっと話し過ぎましたかね?まあ、これくらいだと大丈夫でしょう。
さて、他の料理も食べましょうか。
料理を食べ終えると、やっと人心地をつきました。食後にミルクを飲みながら、改めて食堂を見回すと、あちこちでお酒を飲みながら話に花を咲かせています。と言っても、格好からして旅人ではないようなので、村の人でしょうか。
耳を澄ませていると、色々な話が聞こえてきます。その中でも、一つのテーブルの会話が耳に止まりました。
「だからよぉ、英雄様は絶対に生きているって」
「いいや、死んだから名前すら出てこないんだ。誰に聞いたって、英雄の行方を知っている者はいないんだぜ?王様だって1年以上も探していたのに、手掛りすらわからなかったって話だぜ?」
「探し方が悪いんだって!もしくは見つかっていても、隠しているとかよ」
「しぃっ!馬鹿か!?滅多な事は言うもんじゃねえぞ?兵士にでも聞かれたら、しょっ引かれるぞ」
「でもよぉ、英雄様のお陰であの戦争にも勝てたって話だぜ?英雄様がいなかったら、あの戦争で生き残った者の半分以上は死んでいたって話だしよ」
「だからってお前、言っていいことと悪いことがあるだろうが…」
英雄様?戦争?行方不明…?気になる単語がいくつか出てきましたが…。
もう少し詳しく聞いてみたいですね…。
「あの…、今のお話を詳しく聞かせてもらえませんか?」
情報収集ということで、わたしはその二人組に声をかけてみました。
「あん?なんだ?お嬢ちゃんが何の用だ?」
うわっ、お酒臭いですね…。
「あ、いえ…。ちょっと今のお話に興味がありまして…」
「はぁ?まあ、かまわねぇけどよ…。いいか?英雄様は絶対に、どこかで生きているんだ!死んだなんて言うやつもいるが、英雄様が死ぬはずはないからな!」
「馬鹿言え!国を挙げて1年も探したのに手掛りすらないんだぞ?生きているわけがねぇって!」
「なんだと!?」
ああ、これだから酔っ払いは…!
「喧嘩をしないでください!それよりも、英雄様ってなんですか?」
「ああ!?英雄様も知らねぇのか…。これだからガキは…」
むかっ!……我慢、我慢です…。今は情報を聞くことが優先です…。
「落ち着けって。英雄様って言うのはな、2年前の戦争で王国軍を助けて勝利に導いたっていう、一人の冒険者の事だ。噂じゃ、敵の仕掛けた罠を見破り、窮地に陥った王国軍を単身で救い出した上に、敵国の魔術師を一網打尽にして、さらに敵の指揮官までも倒したっていう話だ。まあ、噂だからどこまで本当かは知らないが、少なくとも敵の罠を見破って王国軍を助けたって話は本当らしいぜ?だが、戦争が終わってみれば英雄様の姿は影も形も無くて、王家が必死に探したらしいが、手掛りすら見つからなかったって話だ」
「それでも、助けられた兵士は英雄様を探しているらしいが…。兵士の話だと、その見た目から黒き英雄なんて呼ばれているらしいが、俺達はただ英雄様って呼んでいるけどな」
「なんでも珍しい武器を使っていたって話だが、戦場にはその武器だけが残っていたって聞いたな」
「……その戦争って。ソウティンス国が攻めてきた時の事ですか?」
「ああ、もうすぐ2年になるが、急にソウティンス国が6万もの大軍を国境に向けて進軍して来たんだ。王国は7万の兵で迎え撃ったが、ソウティンス国の罠で危うくその半数以上が失われるところだったって話だ。その罠を見破り、王国軍を救ったのが英雄様ってわけさ。英雄様がいなけりゃ、今頃王国はどうなっていたかわからないからな。俺達がこうして酒を飲めるのも、英雄様のおかげってわけさ」
……その戦争は、やはりあの戦争の事ですよね?じゃあ、珍しい武器を持った、行方不明になっている英雄って、もしかして…?
とにかく、あの戦争が2年前ということはわかりました。……しかし、あちらの世界とこちらの世界の時間の流れはどうなっているのでしょうか?法則性はわかりませんね…。そもそも、偶然が重なって起こることなので、法則なんてないのかもしれませんが…。
「あ、お話し、ありがとうございました」
必要な情報は聞けたので、さっさと退散することにします。今の話だと、英雄の正体は伝わっていないようなので大丈夫だとは思いますが…。
「なんだ、もういいのか?」
「そう言うな。子供はもう寝る時間だからな」
「はっはっは、ここからは大人の時間ってか?」
……わたしだってもう18なんですけどね?
また飲み始めた二人から離れて、ミルクを飲み干してから部屋へと移動します。
とにかく、王都まで移動すれば生活は何とかなりそうですね…。
……英雄の話は聞かなかったことにしましょう。
次の日、保存食と外套などを買ってから、王都へ向けて出発しました。
以前は馬車で1日でしたから、徒歩だと2日~3日ってところでしょうか?
まあ、のんびりと行きましょう。




