25.篭
メロリエ湾に面した漁村、クロットに住むオー家の元には、満月と新月の夜にいつも“篭”が届けられた。
その、漁師たちが魚や貝を入れる時に使う様な、柳の小枝で編まれた粗末な“篭”を届けに来るのは、なんとメロリエ湾に棲まう“人魚”たちだったのだが、オー家の主以外は、人魚の姿を見た者はいなかった。
“篭”を届けに来る人魚の姿を見た事があるのは、オー家の現在の主、ウィルレン·オーと、今は亡き先代の主の、ウィルの父親ロウト·オーだけだった。
満月と新月の夜、海辺で翼を休めているカモメたちが、夜だというのに少しばかりの間騒がしい声をたてた後、オー家の裏手に広がる浜の、オー家の者が代々舟を舫っている栈橋へと行ってみると、その波間に浮かんでいる舟の上に篭は置かれてあるのだった。
そして、ロウトがまだ元気だった頃にはロウトが、今ではウィルが、その篭を手に取り、
「そら、間に合うように早くお帰り」
と言って、篭の中のものを外へと放してやると……いくつかの、ぼんやりと青白く光る大人の拳ほどのものが、ふうわりと宙を舞って、夜空の彼方へとそれぞれに消えてゆくのだった。
メロリエ湾の人魚たちが、オー家に届けにくる、その、篭の中身というのは――
人魚たちがオー家に篭を持って来るようになったのは、ロウトがまだ働き盛りの漁師だった頃の、ある出来事からであった。
その日、ロウトはいつもの様に、彼の小さな手漕ぎ舟で海に出ていた。
その日は、ロウトと彼の妻メーにとって、とても楽しみな日であった。
なぜなら、メロリエ湾を挟んだ向こう側のグラモーの街の学校に行っている、彼等の一人息子のウィルが半年ぶりに帰って来るからだった。
ウィルは、ロウト夫妻自慢の、クロットの村一番に頭の良い、しかも誰にでも親切な優しい青年で、ロウトは、ウィルが村の学校を卒業した後、ウィルが好きな勉強をもっと続けられるよう、グラモーの街の大学へウィルを入学させ、彼が、クロットの村で初の“学者先生”になってくれる事を楽しみにしていた。
そしてその日は、年の最後の日と次の新年をロウトたちと迎えるため、ウィルはグラモーから船に乗り、クロットへ帰って来る事になっていた。
というわけで……久しぶりに帰ってくる息子に、彼が好きな大海老でも食べさせてやろうと、ロウトは海へと漕ぎだしたのだった。
その日はあいにくと風の強い日で、海は荒れ気味で、魚たちは海の底深くに隠れてしまっていた。
だがロウトは前日から、何でもよく獲れる湾の穴場に仕掛けを下ろしていたので、まずはそれを上げてみる事にした。
仕掛けの中に獲物がどれだけ入っているかは、仕掛け篭を水から引き上げる時の重みでだいたいわかる。
そしてその日最初に引き上げる篭の重みはなかなかの手応えで、ウィルが喜びそうな、何かとびきりのものがかかっていればいいのだが、とロウトは仕掛けの縄を引きながら思った。そして仕掛け篭を舟へと上げてみると……
篭の中には、何匹かの小魚と、シロイワガイと、立派なイリエオオエビと、そしてこれまた大きなニジイロタイカイウオが一匹、かかっていた。
「やあ、こりゃまた」
その海の幸の一山に、ロウトはにっこりとした。
「いいものばかりがかかってくれたな」
ウィルが好きなイリエオオエビもだが、舟の上で音をたてて跳ねるニジイロタイカイウオに、ロウトは大満足だった。
タイカイウオは、どの種類も姿形と味がよくて、祝いの宴にはかかせない御馳走のうちのひとつだが、ニジイロタイカイウオは、その中でも一番喜ばれる高級魚だった。
「これは……しばらくお目にかかった事が無いくらいの立派なものだな」
ロウトはそのニジイロタイカイウオを押さえながら、せっかくの獲物を活きのいいままにシメてしまおうと、長年使っているナイフを取り出し、暴れまわる大魚の頭を狙った。
が、その時、ひときわ大きく魚が跳ねて、ナイフの先がわずかに魚の腹のあたりをかすめるや、そのまま、一番の獲物と、ロウトの愛用のナイフは、バシャン、という水音と共に海の中へと落ちてしまった。
「あっ!」
波の下に見えなくなってゆく二つの影を見つめながら、彼は、息子に食べさせてやりたかった御馳走と、使い慣れた道具の二つを一度に無くしてしまって、がっかりした。が、
「まあ、いいやな」
ロウトはため息をつき、苦笑を浮かべて言った。
「ウィルの好きな海老は手に入ったし。仕掛けも他にまだある。ナイフは……明日にでも、浜の海女の誰かにでも探してもらおう」
それからロウト夫妻は、ロウトが漁で持ち帰った獲物で夕食の支度をして、夕方、暗くなる前にクロットに着く船で帰って来ると言っていた息子を、今か今かと待っていた。
しかし、日が暮れてとっくに家にたどり着いていい頃になっても、ウィルは帰っては来なかった。
だがロウト夫妻は、今日のこの風で船が遅れているか、あるいは船が出なくなってしまい、陸路で帰る事にして、それで遅くなっているのかもしれない、とも思い、息子が帰って来ればすぐにでも食べられるよう、テーブルに食事を並べたままで待っていた。
しかし……
すっかり夜になってしまってからも彼等の息子は帰って来なかったため、妻のメーは、もう少し待ってみようと言うロウトを家に残して村の船着場へ様子を見に行ってしまい、ロウトは一人、暖炉の前に取り残されてしまった。
それからしばらくした頃。
ロウトの家に誰かがやって来た。
それにロウトは、メーとウィルが帰って来たのかとも思ったが、しかし、それは妻たちではなかった。
「こんばんは」
ドアの外で、誰かが言った。それは聞きなれない声だった。
「開いてるよ」
誰だろう、と思いながらロウトは言い、ドアを開けた。
と、玄関先に立っていたのは……
このあたりでは見かけない、目鼻だちは美しいが、何やら異様に青白い顔色で、ひょろりとか細い体格の、奇妙な男だった。
「夜分に恐れ入ります」
ロウトが少しばかりけげんに見つめるなかで、礼儀正しく男は言った。
「ロウト·オーさんですね?」
「ああ、そうだが」
「ご無理をお願いして申し訳ありませんが、少しばかり御足労いただけますでしょうか。私がご案内いたします」
男はロウトを無表情にじっと見つめた。
「……?」
それにロウトは、何やら気味の悪いものを感じた。が、
「どうしてもあなたにお願いしたい事があるのです。長くお手間はとらせません。さあ」
男は、ロウトをなかば急かす様に、そして有無を言わせない様子で言い、自分について来るよう、手招きをして彼をうながした。
ロウトは言われるままに、見知らぬ男の後をついて行った。男は彼の方を振り返りながら、ロウトの小舟が舫ってある栈橋へと、足早に歩いて行った。
「どこまで行くのかね?」
「私の主のところまで」
男は栈橋の上でロウトを肩越しに振り返って言った。
「あんたの……主?」
男の言葉に、ロウトはあたりを見回した。だが栈橋には、彼等以外の人影は無かった。
「ええ」
しかし、そのロウトに男はうなずき、それから、
「さあ、私にしっかり掴まっていて下さい。絶対に放してはいけませんよ」
男はロウトの腕をぐいとばかりに強く掴んで、そして、
そのまま男は、栈橋から海へと飛び込んだ。ロウトの腕を掴んだまま。
ザブン、という大きな水音が耳に殺到したかと思うや――
それからロウトは、気を失ってしまった。
メーが、グラモーからの船が強風にあおられて、グラモーの沖で転覆してしまったらしいと、村の船着場で聞いて血相を変えて帰って来たのは、それからしばらく後の事だった。
それからどれくらい経ったものか。
ロウトは自分の名前が呼ばれ、身体が揺すられているのに、目を覚ました。
「……?」
ぼんやりとあたりを見回すと……そこは薄暗い、見知らぬ部屋だった。と、
「お加減はいかがですか、ロウトさん」
彼の顔をのぞきこんで、あの見知らぬ男が言った。
「あ、ああ……」
まだ何が何やら朦朧としているままに、ロウトは言った。
「さ、これを飲んで下さい。気分が良くなりますよ」
男は小さな壜をロウトに差し出した。
ロウトは男に言われるままに、その小壜の中のものを一口飲んだ。
それは、ロウトが今までに口にした事のない、とても強い火酒だった。
それにロウトの朦臘とした意識は一度に吹き飛んだ。
「お目覚めしてすぐに申し訳ないのですが」
酒の強さに目を白黒させているロウトにかまわず、男は言った。
「どうぞこちらへ。あなたに助けて頂きたい方がいるのです」
男はロウトを案内して、先に立って歩きだした。と、その先を行く男の足元をふと見ると……
それは人間の足ではなく、なんと魚の下半身であった。
「……!」
ロウトはそれに目を見開き、足を止めた。
「そうです」
そのロウトを振り向いて、男は言った。
「私たちは人魚です。メロリエ湾の」
「に、人魚……?」
「ええ。普段は、私たちの方からあなたがた人間の前に姿を現す事はありませんが。しかし、今日はあなたでなければ出来ない事をお願いするために、ここへと……我々人魚が棲まうメロリエの海の底に来ていただいたのです。
どうか恐がらないで。あなたに危害を加えたりはいたしません」
そう言いながら、男は先を歩いて……いや、ふうわりと漂う様に廊下を泳いでゆく。
が、今いるところはどうやら海の底であるらしい(?)というのに、ロウトは少しも息苦しくはなく、ちゃんと息も出来て、水の中の重苦しい抵抗も何も感じられず、まるで空気の中にいる様だった。
しかし部屋の窓の外を見ると、薄暗い月明かりの下、そこには岩や砂地から生えた海草が波に揺れ、その間を魚たちがすいすいと泳いでいた。
「さ、こちらへ」
ロウトがいた薄暗い部屋から少しばかり離れた、立派な、大きな部屋に男は彼を招き入れた。そこには……
たくさんの人魚たちがいた。
立派な部屋に似つかわしく、部屋の調度もどこかの王侯貴族の広間の様に豪華で美しいものばかりだったが、その中に、ゆうらりとたたずんでいる人魚たちの姿は、豪華な調度以上に美しい者たちばかりだった。
だがその美しい人魚たちは、その誰もが痛ましく、悲しそうに沈んだ表情をして、ロウトを見つめていた。
見れば……その悲しそうな人魚たちの真ん中に置かれた、これまた立派な寝台の上には、一人の人魚の青年が胴に包帯を巻かれ、額に汗を浮かべて苦しそうに横たわっていた。
「わざわざの御足労、恐れ入る」
その寝台に横たわる人魚の青年の枕元にいた、青年よりも歳をとった、堂々とした姿の人魚の男が言った。
「私はこのメロリエ湾の人魚の王だ。この度はぜひともあなたのお力をお借りしたく、おいでいただいた」
「…………」
ロウトはなにやら丁重で重々しい口調に、人魚の王と、寝台の上の青年を交互に見つめた。
「これは、あなたのものですか?」
と、そのロウトに、ロウトを部屋へと案内してきた人魚は、何かを差し出した。
それは……ロウトが海に落としてしまったナイフだった。
「あ、ああ……?」
ナイフを見つめて、ロウトは不思議そうに言った。
「そうだが。どうしてここに……?」
男はナイフをロウトに渡しながら、なおも念を押すように言った。
「あなたのものに、間違いありませんね?」
「ああ、そうだ、たしかに。私のものだ」
ロウトはナイフを手に取ってうなずいた。
「あなたは今日、湾で漁をされていた時、そのナイフを海に落とされたが」
ロウトに、やはり重々しい口調で、人魚の王は言った。
「その漁の時、捕まえそこねたニジイロタイカイウオは、実は私の息子だったのだ」
「……?」
「我々人魚は、昼間は、あなたがた人間の目につかない様、魚やイルカの姿となって、波間に顔を出す。あなたがた人間の目につきやすい昼間は、水面の近くに行くなと、私はきつく言っているのだがな。
しかし若い者たちは、ことに陽の光の中で泳ぐのが好きでな。それで時折、本当の姿は我等人魚だと知らないあなたがた人間に捕まってしまう。
そして我が息子も……今日、いらぬ遊び心から、あなたの仕掛け篭にかかってしまい、あなたのナイフで傷を負ってしまった。そして今、ここにいるのが、元の姿に戻った、私のかわいい、大事な一人息子だ」
人魚の王は、寝台の苦しげな青年を見つめた。
「……!」
ロウトはその言葉に驚いた。
「あの立派な魚が……?」
「そうだ」
人魚の王はうなずいた。
「そしてあなたの手から逃げだす時に、あなたのナイフで自らを傷つけてしまった。
あなたの仕掛けにかかってしまった事も、自らを傷つけてしまった事も、それはこちらの落ち度だ。それについては何もあなたを責めようとは思わない。
しかし、我が子のために一つだけあなたにお願いしたい。我が子のこの傷を、治してやっていただきたいのだ」
「傷を……?」
「そうだ」
人魚の王は再び深くうなずいた。
「我等のような、自然の精を多く受けて生きている者たちの身体は、誰かに傷を負わされても、傷を負わせた者が、使ったその刃を傷口にあてて回復を願えば傷は治る。
どうかお願いする。私の大事な一人息子を助けてやってくれまいか」
人魚の王がそう言うと、他の人魚たちが、王の息子の包帯を解きはじめた。人魚の青年は、腹に痛々しい大きな傷を負っていた。
「…………」
ロウトはその傷を見つめると、そのまま、手にしたナイフを青年の傷口にそっと押し当て、目を閉じて、傷の回復を祈った。
と、不思議や、しばらくもすると、青年の深い傷はまるで嘘の様にふさがってゆき、青年の苦しげな表情も、ほっとした様な安らかな表情に変わった。
「おお」
きれいに治った息子の傷に、王は歓喜して言った。
「ありがたい。感謝いたしますぞ。これでもう心配ない」
「……」
ロウトは自分の目の前で起こった事に信じられない面持ちで、自分のナイフと、人魚の青年の腹を見た。
「ご面倒をおかけした。さ、お礼を差し上げたいゆえ、あちらの宝物庫へおいでいただこう。どれでも、すきなだけ取っていただいて結構ですぞ」
人魚の王は嬉々として、ロウトを部屋の外へと案内させた。
と、その部屋を出たところの窓辺に、何やら……青白くちろちろと光るものが入れられた、篭がつるされてあった。
「……?」
篭はロウトたちが仕掛けに使うものと間じくらいの大きさのもので、ロウトはその篭の中の、不思議に光るものは何なのだろうかと、篭に歩み寄って中をのぞきこんだ。
篭の中には――何か、蛍の様に光るものがいくつか閉じ込められていて、篭の中をふわりふわりと飛びまわっていた。と、それを見つめているロウトに、
「……父さん?」
聞き慣れた声が、どこかから彼に言った。
「父さん?」
「……?」
その声は篭の中から聞こえてきている様だった。
ロウトはもう一度、篭の中を見つめた。
「父さん!僕です、ウィルです!」
篭の中の、青白い光のうちの一つが、ロウトに言った。それはまさしく、彼の息子の声であった。
「ウィル……??」
ロウトは篭の中の光に言った。だが彼にはそれらの光のどれが息子の声を出しているのかはわからなかった。
しかしよく見てみれば……いくつかの青白い光は、息子の声以外にも、何やらすすり泣きの声をあげているものもあった。
ロウトは後ろの人魚の王たちを振り向いた。
「これは……?」
「それは――海で亡くなった、あなたがた人間の魂です」
王は言った。
「私たちは、この近辺の海で亡くなったものの、まだ自分が死んだ事に気づかず、海の上でさまよっている人たちの魂をそうやって集めては、まとめて天に放してやっているのです」
「海で死んだ……?」
ロウトは篭の中の光を再び見つめた。
「父さん」
篭の中で、彼の息子の魂は言った。
「僕は今日、グラモーからの船に乗って帰る途中、船が風にあおられて、船が転覆してしまったんだ。船は欠航する予定だったんだけど、船で湾を渡りたい者がたくさんいてね。
それで波の高い沖には出ないで、海岸沿いに進んでたんだけど、グラモーからいくらも出ないところで、大きな横波を受けてね……」
「なんだって……!?」
ロウトは息子の言葉に息をのみ、そして人魚の王に言った。
「お願いです、この子を、この子を助けてやって下さい!この子も、私の大切な一人息子なんです!お願いします!!この子さえ助かるのなら、他にお礼などいりません!」
「…………」
人魚の王はそのロウトと、篭の中の魂を見つめた。
「あなたの息子さんは、今日亡くなったのですね?」
王は言った。
「それなら、まだ間に合うのかもしれない。あなたの息子さんの身体さえ無事であれば。では、さあ、こちらへ。急がなければ」
人魚の王はそう書うと、ロウトに手招きをした。
そして海の底の館から出ると、ロウトを連れてきた男にロウトをグラモーまで送り届けるように言いつけ、ロウトには、波の上に出たら、すぐに篭を開けて中の魂たちを外に放してやるように言った。
そして……
「さあ、着きましたよ」
次にロウトがふと気づくと、彼は人魚の男が姿を変えた大きなイルカの背にまたがって、すでに海の波間にまで帰ってきていた。
「さあ、早くあなたの息子さんの魂を篭から出して」
イルカの姿のまま、人魚の男は言った。
「……」
ロウトは篭から、ウィルたちの魂を放った。
それらの青白い光の群れは、何度かロウトの周りをくるくると大きく回ると、星空の中へと、それぞれの方向に散って行った。
「ウィル!」
それらの光を見上げ、ロウトは叫んだ。
「間に合うんだぞ!」
「さあ、私たちも参りましょう」
そのロウトに人魚の男は言い、波間の遠くに浮かぶグラモーの街の灯を目指して、猛スピードで泳ぎだした。
そして。
またもやロウトがふと気がつくと……今度は彼は、どういったわけかグラモーの船着場の真っ只中に立っていた。
「……」
はっとしてロウトがあたりを見回すと、彼の周りは、まるで戦場の様な人の波でごったがえしていた。
「……ウィル!」
彼はその人混みをかきわけて歩きだした。
見れば、あちらの方では、命拾いしたらしい者が家族と抱き合って喜んでいる。
そしてかたやこちらの方では、すでに毛布や帆布を被せられて、港の冷たい石畳の上に横たえられた遺体に、やはり家族の者がすがりついて声を上げて泣いている……
「ウィル……!」
ロウトは人混みの中を見渡しながら叫んだ。
「ウィルレン!」
と、彼のその声に
「父さん!」
どこかで、聞き慣れた声が返事をした。
「ウィル?!」
声の方を振り向くと、向こうの方から彼の息子が元気な姿で手を振り、ロウトの元に駆けだして来ていた。
「ウィル!」
「父さん!」
彼の息子は、すでに彼よりもずっと背が高くなってしまっているというのに、まるで小さかった子供の頃の様に、父親に飛びついた。
それから。
人魚たちはオー家の人間を、海で亡くなった者の魂を放つ役、として見込んだのか、満月と新月の夜にはいつも人魚たちから、魂を詰め込んだ篭がオー家の元に届けられた。
ロウトとウィルレンは、その魂の中には、まだウィルの様に助かる魂があるのかもしれないと、篭が届けられてすぐに中の魂たちを空へと放ってやるのだった。
そして今やロウトの魂自身が、定められた年月をまっとうして天に召されて久しくなってしまったが、今でもウィルは届けられた篭の魂たちを、彼の子供たちと一緒に、空へと帰していた。
「さあ、よく見ておくんだよ」
青白く輝く魂を放ったび、ウィルは子供たちに言って聞かせた。
「そしてこの魂たちが、元の身体に戻る事が出来る様に、祈ってあげなさい。お前たちが大きくなる頃まで、人魚たちがこの篭を持ってきてくれるかどうかはわからないが」
そう言いながら、ウィルはいつも、人魚たちの“魂の篭”の魂を、放ってやるのだった。




