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聖女の火傷跡

漆黒の翼を広げたエルの前に、空間が歪み、一人の女性が姿を現した。


 それは、天界の辺境にいるはずの、盲目のシスター・クラリスだった。


彼女は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべ、エルの頭を撫でるように手を差し出す。


「ああ、なんて無残な姿でしょう。可哀想な、私のエル」


 その声を聞いた瞬間、エルの体に条件反射的な安堵が走った。だが、覚醒した悪魔の本能がそれを激しく拒絶する。


「……シスター、教えてくれ。僕の背中を、毎日焼いていたのは……あなたなの?」


 クラリスは首を傾げ、さも不思議そうに微笑んだ。


「焼く? いいえ、私はあなたを『形成』していたのですよ。悪魔の翼は、芽のうちに摘み続けなければ、あなたのような『清らかな少年』の人格を保てなかった。私があなたの背中の皮を剥ぎ、聖水を流し込み続けたのは、すべてあなたが『自分が天使だ』と信じる時間を長くするため――つまり、愛ゆえの処置です」


 彼女の指が、エルの背中から突き出た黒い翼の根元に触れた。かつてエルが「聖なる温もり」と信じていたその指先は、今や氷よりも冷たく、そして鋭い。


「盲目のふりをしていたのも、あなたの醜い変化に気づかないフリをするため。すべては、天界に仇なす災厄を、最も効率よく、最も美しく『自爆』させるため。……エル、あなたは最高傑作です。私の教育通り、あなたは世界を憎む『純粋な悪』になってくれました」


 クラリスが手に持っていたロザリオを握りつぶすと、エルの懐にあった「手紙」が、最後の一押しとして青白く発火した。


「あああああああッ!!」


 エルの心臓に、無数の針が突き刺さる。


 それは、エルがこれまで人々に捧げてきた「偽りの救済」のエネルギーを逆流させ、彼自身の魂を焼き切る術式だった。


「……さあ、テオ。仕上げなさい。この子が自分自身の憎悪で焼き尽くされる前に、その心臓を刈り取って」


 クラリスは、かつてエルを抱きしめたその腕で、冷酷に処刑の合図を送る。


 彼女の背中には、血のように赤い、禍々しい「天使の羽」が広がっていた。


 エルは、自分を「天使」だと言ってくれた親友と、自分を「選ばれた子」だと育ててくれた母親代わりの女性を見つめる。


 二人の視線には、一滴の人間味も、一片の情けもなかった。


あるのは、ただの「目的を達成した道具への無関心」。


「……そうか。僕が祈っていたのは、神様じゃなくて、君たちの悪意だったんだね」


 エルの目から、一筋の黒い涙がこぼれ落ちた。


 その瞬間、書庫の全ての記憶の結晶が黒く染まり、砕け落ちた。


もう、あの純粋な頃のエルはいない。

ついに次回最終回!エルは一体どうなってしまうのか?!ぜひ、お楽しみに!

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