鏡の中の断罪
「、、、嘘だ!こんなの嘘だ!!」
エルは、鏡を掻きむしるようにしながら叫ぶ。
鏡の中の母は、生まれたばかりの赤ん坊の背中を何度も刺し続けたまま、狂ったように笑い、そして泣いていた。
血に染まった赤子の背中についていた物。
それは、白純の翼ではなく、ドロリと闇が溶けたような肉塊ーー「悪魔の翼」だった。
「お母さんは、僕を助けようとしてー」
「いいや、違う。彼女はお前を殺そうとしたんだよ。エル」
背後から、氷のように冷たい声が響いた。テオだ。
テオの顔には、あの軽薄な笑みはなかった。
見たことがないほど鋭く、無機質な瞳でエルを見下ろしている。
「お前は天使と悪魔の間に生まれた『不純物』。それがお前の正体だ。天界の調和を乱すその呪われた血を、彼女は自分の手で根絶やしにしようと考えた。、、だが、彼女は殺しきれなかった。」
テオはゆっくりとエルに近づいていき、エルのポケットに入っていたボロボロの手紙を取り出す。
「やめて!テオ!それはシスターが、、、!」
「シスター?あぁ、あの『飼育官』のことか。、、なあ、この手紙が何を守っているか、教えてやろうか?」
テオは、手紙を鏡に映す。
文字が歪み、隠されていた真実の記述が浮かぶ。
そこには、クラリスへの公的な指示が書かれていた。
『検体「エル」の背中に、定期的に聖水を浸透させ、悪魔の翼の再生を未然に防げ。彼の苦痛を天界のエネルギーとして回収せよ』
「回収、、せよ、、、?」
「そうだよ。あれは、手当てなんかじゃない。合法的にお前の生命力を削り取る拷問だったのさ。お前は、ただの『電池』として生かされていただけなんだ。」
エルの中で何かが音を立てて千切れ落ちた。
シスターの優しい指先。
暖かい聖水の温度。
すべては、自分を焼き、命を削るための牙だったのだ。
「それじゃあ、僕が人々を救えるあの力は、、?あの、『浄化』は、、!」
「救う?笑わすんじゃねぇ。それはただの『捕食』だ。」
テオが鏡を指差す。
そこには、エルに『捕食』され、廃人のように座り込んでいる人々の姿が映っていた。
「お前は悪意を喰らい、自分のエネルギーに変えただけだ。お前が善行だと思い込んでいたことは、自分の腹を満たすだけの、ただの醜い食欲だったのさ」
エルは自分の手の平を見る。
雪のように白く、清らかなはずなのに、今は泥にまみれ、どす黒く見える。
「あ、ああ、ああああ!!」
背中の傷が内側から激しく脈打つ。
絶望が彼の血を黒く染める。
これまで「天使」として押さえつけられていた、エルの本性が、その殻を破ろうとしていた。
だが、テオの言葉にはまだ「毒」が残っていた。
「さあ、エル。自分が何者だったか、十分理解できただろ?ーーだったら、お前の役目はもう、終わりだ。」
テオが背中から、見たことがないほど禍々しい、黒い処刑剣を抜き取る。
それは、「悪魔を屠るため」ではなく、「完成した絶望」を刈り取るための刃だった。




