楽園への足跡
山頂にそびえ立つ「静寂の書庫」は、天界のどの神殿よりも白く、静まりかえっていた。
そこはかつて、下界と天界の境界を守る要塞であった。
今はただ、過去の記憶を保管しているだけの場所だ。
「ついに、、ついたんだね、、。」
エルの声は震え、掠れていた。
道中で「手紙」によって削られた体力はもう限界だった。
彼の肌は透けるように白くなり、傷からは絶えず拍動が感じられる。
「ああ、ここにお前が望んだ『真実』があるんだ。」
テオは重厚な、白銀の扉を迷いなく押しひらく。
広大な書庫の中には、無数もの「記憶の結晶」が浮かんでいる。
そこには、天使たちの歴史が映し出し、穏やかな光を放っていた。
書庫の中央には、一際大きな鏡があった。
ーー真実の鏡。
そこに映るのは、見る者の「魂の起源」であり、隠された過去の全てを暴き出すという、伝説の鏡。
「さぁ、見ろよ。お前が何者で、何があったのかを。」
反響するせいか、テオの声がいつもより低く聞こえる。
エルは吸い寄せられるように鏡の前へ行く。
そのとき、エルの傷が、これまでにない叫びをあげた。
ポケットの手紙がエルの背中を焼くように熱くなる。
まるで、「それを見るな」とでもいうように。
「これを見て、、いいのかな、、」
「今更なにを言っているんだ?自分が天使だと証明したいんだろ?シスターの愛が本当だって、確かめたいんだろ?」
テオがエルの肩に手を置く。
その手は氷のように冷たかった。
鏡の表面が波紋のように揺れる。
映し出されたのは、燃え盛る火の中で、泣きながら赤ん坊を抱いている一人の美しい天使。
「あ、、お母さん、、?」
エルの瞳に、初めて「母」の姿が映り、思わず涙がこぼれる。
「愛しているわ、、私の、、、」
母の唇が動き、エルはその言葉をすぐ目の前で聞いたように感じた。
だが、そこで映像は終わらなかった。
母の後ろから、無数の天使が剣を抜き、彼女を囲む。
母は、自らの羽を盾にして絶叫していた。
「よかった、、僕は愛されていたんだ、、。」
エルが安堵の息を漏らしたその瞬間。
鏡の中の母が、赤ん坊の背中に鋭い剣を突き立てた。
「ひっ、、、!!!!」
エルの息が止まった。
母は泣いていた。
しかし、その瞳に映っていたのは慈愛ではなく、逃れない運命に対する「恐怖」だった。
「ごめんなさい、、!ごめんなさい!あなたは生まれてきてはいけなかったの、この『厄災』を天界に招いてはいけなかった、!!」
母の手によって、背中の翼がえぐりとられる。
赤い鮮血が飛び散る。
地面が赤く染まる。
ぼとり、と翼が落ちる。
そこで、鏡の映像は返り血で染まり見えなくなった。
「あ、ああ、あああああッ!!!!」
今までの旅で「自分は天使だ」、と信じさせていた全ての根拠が音を立てて崩れ落ちる。
テオが、鏡の前で崩れ落ちるエルを、ゾッとするほど冷たい目で見てくる。
もう、そこには絆などなかった。
ただ、冷酷な処刑人しか、その場にいなかったのだ。




