無垢なる略奪
2週間後、エルたちが通った村には、ある「奇跡」が、語り継がれていた。
ーー天使と名乗る少年に触れると、心の病が治る。
活気に満ちた市場の隅で、エルは今日も誰かの手を握る。
今回の女性は、愛する人を亡くし、自暴自棄になっていたそうだ。
エルが女性の手を握ると、すぅっと心地よい「なにか」が全身を駆け巡る。
「あぁ、不思議。あんなに悲しかったのに、今はちっとも悲しくないわ。」
女性は夢遊病者のような足取りで立ち上がり、空虚な笑みを浮かべながら去っていく。
「あぁ、よかった。また一人救えたみたいだ。」
エルの喉は、焼けるように乾いていた。
人を、救えば救うほど背中の痛みはましになる。
代わりに、意識の底で、「もっと、もっと」と名も無き獣が声をあげているような感覚に陥る。
テオと話し合って、僕の能力で人を救いながら旅をしているが、今のところ何も情報は集まっていない。
「なあ、テオ、少し休みすぎじゃないか?」
木にもたれかかっているテオは、エルのことを崇め称えている連中に冷ややかな目を向けながら退屈そうに口を開いた。
「でも、僕の力でみんなを救えるなら、、、」
「お前が吸い取ってるのは『悲しみ』じゃない、『心』そのものだ。気づかないのか?あの女、泣き止んだ代わりにもう笑うことも出来ねぇぜ」
エルは指先を見つめた。
確かに、僕が救った人は皆、生気のない、完璧な人形のようになってしまう。
でもそれは、苦しみから解放された反動だと自分に言い聞かせた。
「そんなことないよ。テオは心配しすぎなんだ!」
エルは心配を追い払うように、クラリスの手紙を握りしめた。
そのとき、市場の入り口が騒がしくなった。
白銀の甲冑の騎士ーー天界の執行官が、馬を飛ばして現れたのだ。
「不完全個体、『エル』および同行者を発見。これ以上の越境は許さぬ。今すぐ身柄を拘束せよ」
冷酷な声が聞こえる。
その瞬間、一人の執行官が放った剣の先がエルの首元を捉えた。
「待ってッごめんなさい!赦して!ねえ、殺さないで!」
「黙れ!穢れし者め、その力、天界の法に背向く禁忌なり!」
絶対絶命の瞬間だった。
エルの前に立ち塞がったのはテオだった。
どこから持ち出したのか、短剣で、執行官の剣を鋭い音を立て、弾き飛ばした。
「ボヤボヤするなエル!逃げるぞ!」
エルたちは急いで走り去った。
執行官は追いかけてこなかった。ただ、冷ややかな目で見てくるだけだった。
「テオ、、、ごめん、僕のせいで君まで追われる身に、、」
「気にすんな。お前は『特別』なんだろう?」
テオは一度も振り返らなかった。
二人の少年が走る。一人は微笑を浮かべ、もう一人はポケットからはみ出た手紙についている金の光が天空につながっている。
少年は、まだ、何も気づいていない。




