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6.甘い囁き



中庭を離れ、廊下を歩く。

授業終わりの生徒たちとすれ違うが、険しい顔の俺を見て避けていく。


怒りが収まらない。

頭は妙に冷えているのに、胸の奥だけが熱を持って暴れていた。


自分の気の短さにはつくづく嫌になる。

嫌になるのに、止められない。

ロイ・アルティナとはそういう人間だ。

だが、それにしても——あの程度の挑発で取り乱すなんて。


前世を思い出したからこそ感じる、自分への違和感。胸の内から湧き出す熱に体が乗っ取られているような感覚。


この体……何かが変だ。


「こらー。そこの赤髪の生徒!周囲を魔力で威嚇しながら歩いちゃだめですよ」


聞き覚えのある声が後ろからした。

赤髪と名指しされたので俺のことだろう。


足を止め振り返る。ネフライトだ。


「おや、ロイ君でしたか。今は体調より、機嫌の方が悪そうですね」


驚いた様子だったが、すっとぼけた顔から俺だとわかっていて声をかけたのは明白だ。


「おい。話しかけんなって言ったよ…な……?」


ネフライトが持っているものを見て、わなわなと手が震える。


「……それ」


ネフライトが持っていた関係者以外立ち入り禁止とかかれた札を指差す。


「これですか?壊れていたのを用務員さんが見つけて直してくださったんです」

「まさか。中庭の温室の、か?」

「ええ、そうです。お忙しそうだったので預かって私が掛け直しに行くところです。

ちょうど中庭へ用事もありましたし……おや、どうしました?」


俺が絶句しているのを見て、ネフライトは首を傾げる。


さっさと直しておいてくれれば、温室でルーカスやカイトと出会わずに済んだのに。

……いや、鍵が開いていた時点で俺なら入っていたか。

たらればを考えても仕方ない。


「なんでもない」

「……そういえば、これを受け取る時に用務員さんから一階の男子トイレの鏡が割れてたと聞きました」

「……」

「どうにも自然に割れたのではなく、誰かが故意に割ったようでして。大変怒っていましたよ」


俺が今朝、前世の記憶を思い出して、つい割ってしまった鏡のことだ。あのままにしていたのが見つかったか。

名乗り出ても面倒なことになりそうだ。このまま知らぬフリをして黙っていようとした矢先、ネフライトの目が、傷ついた俺の右手に向けられる。


「確か、今日のお昼前にロイ君と出会ったのもその辺りでしたね?なにか知りませんか?」


視線の意味に気づき、急いで右手を隠したが遅かった。

この行動がさらにネフライトを確信させたのだろう。目が笑っている。完全にバレたな。


「犯人は誰なんでしょうね。普段から問題行動の多い生徒だったら、謹慎処分もありえるかもしれません」

「……たかが鏡程度に大袈裟な。弁償すればいいんだろ」


開き直ってみせると、はぁ…とイラつくため息をつかれた。


「そういう考えはよくありませんね。なんでもお金で解決なんて」

「……金以外の解決方法は?さっさと言え」


裏の顔を持つネフライトだ。

なにか怪しげな頼み事をされるかもしれない。

ネフライトがにやりと笑い、俺は緊張で喉を鳴らした。


「そうですね。では、こうしましょう。明日からの授業には必ずでること」


拍子抜けな提案に、身構えていた体の力が抜ける。


「それだけか?」

「もちろんありますよ。明日の授業終わりに課題を渡します。今回のサボりはそれで許してあげましょう」


ネフライトが何を考えているのか分からなかった。

これもまたなにか意図があるのかと勘繰るが、いまいちピンとこない。

俺が訝しんでいると、それを察したのかネフライトは続けた。


「ロイ君。もう少し真面目に授業を受けていただかないと、成績不十分で退学になってしまいますよ」


ネフライトが肩にポンと手を置いた。


「私は心配しているんです」


俺をまっすぐと見る真剣な眼差しと優しい声に、気持ちが落ち着いてくる。

地味な装いをしているが、攻略キャラなだけあって顔が綺麗すぎて思わず見つめ返してしまう。


「貴方のような生徒が自分の価値に気づかないままだなんて」


ネフライトは穏やかに微笑む。


「勿体ない」


勿体ない———。妙にねっとりとしたこびりつく言い方に、ハッと目を覚ます。


なるほど。これがこいつの手口か。


愛情に飢えた生徒に甘い言葉をかけ、親身な教師を装う。

そうして最後には手駒にする。

今の段階でネフライトにとって、俺という共犯者候補を失うことになるのは避けたいだろう。


絆されかけたのもあり、こいつの言うことを聞くのは癪だが、この提案を跳ね除ける意味がない。


ルーカスにも心を入れ替えたと宣言したのだから、真面目に授業を受けるだけで攻略者二人の好感度が下がらないと考えれば一石二鳥か。


「わかった。俺も退学はごめんだからな」

「良かった。いつもこれくらい言うことを聞いていただけると助かるんですが」


余計な一言が多いやつだ。


「そうだ!今から温室でユーリ君の光魔法の実験をするんですが、一緒に来ますか?光魔法が草花の成長にどのような影響を及ぼすのか、いいお勉強になると思うんですが……」

「行かねー。興味ない」


バッサリと断った。

ユーリ、ルーカス、カイト、ネフライト……。今や温室はゲーム主要キャラのイベント会場となっている。どこの悪役が、のこのことそんな場に行ける。


それにどいつもこいつも敵意満載で、こちらはすでにお腹いっぱいだ。

ユーリにも、最低限会いたくない。


「そうですか。ではまた明日の授業でお会いしましょう」


少しがっかりした様子のネフライトは温室へと向かっていった。


警戒すべき相手だが、話している内に不思議とあれだけの怒りが収まっていた。あのヘラヘラとした態度には気が抜けるが、今回は役に立った。


いや、それこそがスパイとしてのネフライトの手腕なのか?


「……今考えてもしかたない、か」


そして俺はやっと、念願の寮へと帰ることができた。

帰って早々、待ち構えていた従者に小言を言われたがうるさいのでさっさと寝室へ逃げた。


ベッドへ横たわる。


突如として思い出した前世の記憶のおかげで、自分の破滅を知り生きると決めた。

攻略者たちとの関係や家のこと、そして俺自身のこと。

まだ問題はあるが、今日はもう疲れた。


目を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。




予告したのに遅くなってしまい、申し訳ございません。

また、投稿後に6話本文を少し追記と手直しをしています。

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