4 第三王子と、疑いの眼差し
短く綺麗に整えられた髪は、一見して黒髪に見えるが光の加減で深い濃紺だとわかる。
後ろ姿の彼が、僅かにこちらを向く。
だが、顔ははっきりと見えない。
唇が開く。
「……お前がなぜここにいる」
低く、凍てつくような声だった。
………
目を覚ましてすぐ、どこにいるのかわからなかった。ぼんやりとした目で屋根に絡まる植物を見て、温室で眠ってしまったことを思い出した。
こんな長椅子で眠ってよく落ちなかったものだ。
「やぁ、起きたかい?」
声がしたほうへ、ふいと顔を向ける。
向かいの一人がけの椅子に金髪の美しい生徒が座っていた。
驚いてすぐに体を起こすと胸元からネックレスがこぼれ出た。
慌てて服の中へ戻す。……気づかれただろうか。
本来、不要な装飾品は禁止されている。
もっとも、目の前の人物は例外だ。
王家の紋章が刻まれた指輪が、それを物語っていた。
攻略対象のルーカス王子だ。
「おはよう。ロイ。こんな所で寝ているなんてなかなか大胆だね」
ぐっと身構える。
陽の光をそのまま結晶にしたような金の髪は、柔らかく煌めいている。青い瞳は湖面のように澄み、肌は陶器のように白かった。
美しい彼が笑みを浮かべれば、見る者すべての心を解きほぐすだろう。
王位継承権第三位のルーカスは光魔法も使える。だが、その才能はユーリほど突出しているわけではなく、どちらかといえばその美貌と知性のほうが人々の興味を引いている。
「お見苦しい所をお見せしました…。失礼ながら殿下こそなぜここに?授業中では?」
丁寧な俺の口調に一瞬驚いた様子のルーカスだったが、くすりと笑った。
「とっくに終わったよ。その様子だと長いこと眠っていたみたいだね」
「体調が悪かったのでここで休んでおりました…」
しまった、と冷や汗が出た。
これだけ立派な温室なら、王族所有の建物だったのかもしれない。そこまで考えずにノコノコ入り込んで眠ってしまった。
「ここにどうやって入った?」
ルーカスの冷ややかな声に空気がぴりつく。
「……扉が、開いていたので」
嘘ではないが信じてもらえないだろう。
その証拠に、ルーカスは俺を見据えたまま表情を動かさなかった。同い年とは思えない威圧感がすでにある。
このまま会話を続けるのはまずい。
「勝手に入り込んでしまい、申し訳ございません。
すぐに出てゆきます」
立ち上がり頭を下げようとしたところで
「待て」
と、止められてしまった。
詫びれば解放されると思ったが、簡単には行かせてくれないか。
「確かにここの扉は開いていたが、普段は管理をしてる者以外は立ち入り禁止だ。
その理由のひとつに、ここでは特別な薬草も栽培している。売れば高値がつくものから、毒になるものまで」
その美しい指先が俺の制服を指さす。
「持ち出されては困るんだ。出すなら今だよ」
これはーー盗みを疑われている。
確かに。素行の悪い生徒が、管理された温室で呑気に寝ていただけと言い訳したところで、何か目的があって侵入したと思われても仕方ない……か。
「ここへ入ったのは偶然です。何も持ってはいませんので、どうぞお調べください」
堂々と両手をあげ、好きなだけ調べるように促した。
「リュー」
ルーカスが左手を上げて合図するといつからそこにいたのか、護衛騎士が現れた。
短髪の黒髪を刈り上げており、細目の隙間から鋭い眼光が俺を見下ろした。王子の護衛は隊服を着用し学園内での帯刀を許されている。
リューは俺の身体検査を済ませるとルーカスに耳打ちをした。疑いは晴れたようだ。
「どうやらこちらの早とちりだったようだ。申し訳ない」
「いえ、紛らわしい真似をしたのは俺なので」
リューに探られた場所をこれ見よがしにはたきながら、身だしなみを整える。嫌味っぽかったかと思ったが、疑われて少し腹が立っていたのでこれくらい許されるだろう。
「そうだね。次からは許可なく入らないように。この施設のものを傷つけることは許されないからね」
「承知いたしました」
これで帰れるとホッとしたのも束の間、ルーカスは俺の挙動を見逃してはいなかった。
「……今日の君は少し様子がおかしいね。
大人しくて不気味だ。ほんとうに具合が悪いのか……それとも、またユーリに何か企んでいるのかな?」
ユーリの名前とともに、王族特有の青い瞳がわずかに敵意を向けてきた。再び緊張感が走る。
「彼は、君が午後からの授業に現れなかったことを気にかけていたよ。問題児の君が授業をサボるなんてよくあるのにね……お人好しだよ、まったく」
そう語る声色が少し柔らかい気がした。
ルーカスは王族なのに面倒見のいいキャラで、同じ光魔法のユーリと早い段階で仲良くなる。攻略もそこまで難しいキャラではなかったはずだ。
ユーリへの好感度は着実に上がっているのか。
尚更、ルーカスには近づきたくないし、近づかれても困る。
足を揃え、できるだけ姿勢を正し右手を胸に当てた。
「何も企んではおりません。信じていただけないかもしれませんが、本日より心を入れ替えました。
よって今後は勉学に励み、ユーリに対して嫌がらせの類はしないと、この場で誓います」
本気だと伝えるために騎士の真似事をしてみたが、やりすぎただろうか。
ルーカスが呆気にとられている。
「……とりあえずその言葉を信じよう。君のことは見ているからね」
納得してもらえたようで胸を撫で下ろした。
目は光らせてるぞ、としっかり警告はされているが、人目も憚らずに嫌がらせをしてきたんだ。急にしませんと言っても、信用が無いのは当然だろう。
でも今はそれでいい。
まだ聞く耳を持ってくれてるだけでありがたい。
「じゃあ、また明日の授業で」
先ほどまでのピリついた緊張感が嘘のように、にこやかな笑顔で手を振られた。
「失礼致します」
頭を下げ、ルーカスたちの横を通り過ぎた。
温室の扉まで来た時に振り返り、ルーカスたちの背中を見た。
あのリューとかいう奴……なんか覚えがある気がする。
うーん、と頭をひねる。
攻略対象ではないが、なんだか厄介な奴だったような……。
リューの横顔は、優しくルーカスを見守っている。
なんとなく、一抹の不安を覚えながら温室を出ようとドアノブに手をかけようとしたところで、急に扉が開いた。あ、と思ったのも束の間、開いた扉の前に生徒が立っていた。
ユーリの幼馴染であり攻略対象のカイトだ。
目の前にいるのが俺だとわかると眉間に皺がより、ひどい仏頂面になった。
「お前、ここでなにしてる」
不愉快さを隠す気もない声だ。
どうして、関わらないと決めた直後に次々と攻略対象が現れるのか。呪いか?それともシナリオを外れようとする俺への試練か?




