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3 温室

「寮へ帰れないとはどういうことだ」


寮へと歩いている途中で、今度は見回りの教師に見つかり呼び止められた。体調不良で寮へ帰ることを伝えたところ、今は入れないと言われた。思わず眉間に皺が寄る。


「その、今日は設備点検の日で、何もなければ午後の授業が終わる頃に点検も終わる予定だよ。数日前から通達があったと思うけど……」


そういえば、今朝出る時も従者にそんなことを言われた気がする。興味ない話はとことん聞かないのも直さないといけないな。

頭の痛いことばかりだ。


「……はぁ」


自分にため息をついたのに、教師はヒッと声をあげた。気の弱そうな教師は声をかけたのが俺だと気づいてからずっとびくびくとしている。


「あの、その……具合が悪いなら治癒室へ行くのはどうかな?あそこならベッドもあるし、治癒師が診てくれるよ」


治癒室か。

前世でいう保健室みたいな場所だ。回復魔法や薬品を使用できる治癒師が常駐している。ゲームでも回復するのに使用してたな。

寮へ帰るより治癒室のほうがここから近いし、中庭を通っていけばさらに近道にもなる。


「なるほど。そうするか」

「うんうん。そうしなさい。僕からブランドン先生に事情は説明しとくからね。じゃあ!」


教師はそういうと、そそくさと去っていってしまった。ブランドン先生とは学年を取りまとめる監督官だ。髭を蓄えたじいさんで怒るとなかなか怖い。


……


学園の中庭はさすが王立なだけあって広く、綺麗に整備されている。


今は授業中なので誰もいないが、普段は水の精霊ウンディーネをモチーフにした噴水の周りによく生徒たちが集まっている。

通り抜けるために歩いていたが気持ちのいい風が頬を撫で、誘われるように奥へ進んだ。ふと、中庭の奥まった場所に温室があることに気がついた。


「あんな所に温室なんかあったか?」


本当に広いのでいまだにこうした発見がある。 妙に気になったので近づき、外から中を覗いた。

誰もいなさそうだ。

入り口の扉を見つけたので開けてみると鍵はかかっていなかった。


中は魔法で空調や湿度を管理しているのか、外とは違い少し暖かかった。

温室とは名ばかりのその空間は、まるで手入れの行き届いた私設庭園のようだった。


通路には敷石が丁寧に並べられ、小さな水路が静かに流れている。花壇には薬草や魔力を帯びた奇妙な植物が並んでいるが、どれも秩序立って配置されており、むしろ美しさを感じさせた。

おそらく授業で使う薬草を育てているのだろう。植物のそばには小さなプレートが設置されていた。


「回復草……ポーションの原料か」


そういえば、ゲームのミニゲームで薬作りってのがあったな。学園にある薬学科の調合室で、薬草や素材を掛け合わせていろんなアイテムを作れる。

貴重なアイテムが作れるのも良かったが成功率をあげると、ある攻略対象と親しくなれるんだっけな。

その攻略対象がお気に入りだった前世の妹を思い出す。


『見てこのスチル!かっこいいー!ほんと尊い!!やっと見れたんだよ!』


携帯から目を離しちらりと見たテレビに映るゲーム画面には、綺麗な顔をした男が微笑んでいた。


『ほーん。まぁ、戦闘メンバーにいると役立つよなコイツ』

『私の最推しをコイツ呼ばわりするなー!』

『だってコイツ、ここまで攻略すんのにすげー時間かかったんだぜ?俺の時間返せよな』

『ゲーム手伝うくらいいいじゃん。どうせお兄ちゃん暇でしょ』

『暇じゃねーわ。ゲームの得意なお兄様にもっと感謝しろ』


妹の頭へチョップすると、甘えったれな笑顔でこちらを見てきた。生意気だけど可愛い妹。前世の妹なら、ゲームの世界に生まれ変わって飛び跳ねて喜んだだろうかと思いが巡る。


夢中になって語る姿やゲームが出来ないと甘えてくる姿をおぼろげ思い出し思わず目に熱いものが込み上げてきた。


ロイにも兄弟がいる。

優秀な兄と姉。そして、2年前に産まれた幼い弟だ。

正直、兄弟仲は良くない。


兄は幼い頃から何をしても優秀で、今は他国へ留学している。姉に関しては癇癪やわがままばかりの弟に早々と愛想をつかし、家の中でも顔を合わせることは少なかった。たまに会うことがあっても、嫌味を言われて終わる。


下の弟に至っては、実は産まれてから会ったことがない。母は妊娠がわかってから別宅で過ごしており、産まれてからも本邸に顔を出すことはなかった。

そのまま学園に入学したので、そういえば母の顔も久しく見ていないな。


記憶の中にある前世の妹とのやり取りは懐かしいが、現世との違いに複雑な気持ちになった。


ロイは……俺は、どこにいても孤独だった。

この性格のせいで兄弟はおろか、両親からも距離をとられ腫れ物扱いされてきた。愛された記憶はない。

前世の妹を思って込み上げた熱も、すぐに冷えて消えた。


悪役にはおあつらえ向きの人生ってか……。


足元にあったジョウロを蹴飛ばした。

ガコッという鈍い音だけが響く。

気が晴れるかと思ったが、何も変わらなかった。


「……」


視線を上げると、転がったジョウロの向こう側で木製のパーゴラが静かに佇んでいるのが目に入った。


クッション付きの長椅子と1人掛けの椅子が2脚。小さなローテーブルも据えられている。

ラウンジスペースみたいなものだろうか。

どうせ寮へはまだ帰れないんだ。治癒室へ行くのも面倒になってきたのでここで休むのもいいかもしれない。


中へ入ると、アーチを描く屋根には植物の蔓が編むように絡まり、葉の隙間から差し込む光が揺れる影を足元に落としていた。


長椅子に腰を下ろし、一息ついて制服のタイを緩め、胸元のボタンを外した。 ずるずると体を倒し長椅子へ寝転ぶ。柔らかなクッションに体が沈み込む 。


状況整理や対策を立てる前に厄介な攻略者の一人であるネフライトに会ってしまったのは誤算だった。

だが、これからどうするかはもう決めていた。


ゲームのシナリオやメインキャラ達に極力関わらずに真面目に学園生活を送る。


シンプルな作戦だがこれが最善だろ。真面目にしていれば家族も見直してくれるかもしれない。何かあった時に、かばってもらえれば御の字だ。

問題は……。


「もうすでに結構やらかしてんだよなぁ」


ユーリに対してかなりの嫌がらせをしているだけではなく、先ほどのネフライトの態度もそうだが多方面に対して傍若無人にふるまっている。


いまさら謝罪したところで気味悪がられるだけだろうし、敵意がないと仲良くするパターンは気色悪いので無し。ならばもう関わらなければいい。そうすれば俺が死ぬ理由もなくなる。


ユーリはもちろん、特に避けたいのが攻略対象。

確か五人いたな。

そのうちの一人は特殊な隠しキャラなのでスルーできる。あとは、


幼馴染のカイト

第三王子のルーカス

教師のネフライト

そして……学園の歴史上一番の天才と名高いエルヴィン。


「……」


覚えている限り、どのルートになっても俺に明るい未来はない。友情エンドでさえ、ロイを倒して仲が深まってしまう。


いや、人殺しとして仲良くなってんじゃねーよ!


イラついたあまり怪我をした手を握りしめてしまったらしく、痛みで我に返った。

昔から、癇癪持ちですぐに感情的になってしまう。


深呼吸をして落ち着かせる。


前世は訳の分からないうちに死んでしまったんだ。

今世は少しでも長生きしたい。

悪役子息としてこの世界で生き残ると決めたからには、まずは自分自身を律することから始めたほうがいいかもしれない。

目を閉じて、さらに深い呼吸を繰り返す。


もうゲーム展開は始まっている。後戻りは出来ない段階だ。ーー冷静になれ。


シナリオなんかに負けてたまるか。

俺は必ず生き延びる。


「……ん?BLゲームってことは……」


悪役に転生したことに頭がいきすぎて、すっかり抜け落ちていたが、BLゲームの世界なら恋愛対象はやはり男なのだろうかと今更ながら不安になった。

前世の俺の恋愛対象は女で、男に興味なんてなかった。


そう ……たとえ以前のロイが誰かに思いを寄せていたとしても。前世の俺を思い出してしまった以上“俺”が男を好きになるなんてありえない。


「……ありえないんだ」


胸元のシャツをグッと握り、疲れのせいかそのまま眠りへ落ちていく。

改行が難しい……。

次はもう少し早めに投稿の予定。

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