2 ネフライト先生
俺が転生したこの世界ーー
BLゲーム【月下の誓いと光のキス】は、中世ヨーロッパ風の世界に魔法や魔物が存在するファンタジー学園恋愛ゲームだ。
舞台はノックスティア魔法学園。
王族や貴族が通う名門だが、優秀なものであれば商人や平民の子も入学することを認められる。
主人公ユーリ・イグナスは村育ちの平民だったが、ある日、魔物から村を守ったことで類稀なる光魔法の才能が発覚。
素直でまっすぐな性格で、貴族相手にも勝気なところが玉に瑕だが、分け隔てなく接する姿に攻略対象たちは惹かれていく……。
物語としては学園生活と、光魔法を狙う組織との戦いがメインであり、ロイは中ボス的な扱いだ。
このゲームは恋愛だけではなく、戦闘の難易度も高かった。
キャラ攻略にも大きく関わってくるため、完全攻略を目指した前世の妹に頼み込まれて、戦闘や厄介なイベントなどを手伝っていた。
だがしかし、BLゲームの世界。
ましてや名家の次男として産まれ、家族の中で唯一傲慢で粗暴な問題児。
使用人にも煙たがられ、取り巻きの下級貴族を従えて学園で威張り散らす、典型的なドラ息子に転生するとは誰が想像できる。
「さて、ここからどうするか……」
まだ午後の授業が残っているが、このまま学園に留まり対策も無しにゲームのキャラたちに会うのは避けたい。
特に主人公のユーリは、俺にとって歩く死亡フラグ。
要注意人物だ。
不用意に彼に会い、泣かせでもしたら攻略者たちによってその場で首が飛びそうだ。
一人、静かな場所で記憶の整理と今後について考えよう。
「それなら寮に戻るのが1番だよな」
学園は全寮制度で、生徒は同室が主だが高位貴族であるロイは個室と従者を用意されている。
トイレから出ると、廊下は静かだった。
次の授業までもう間も無いからか、皆すでに教室にいるのだろう。
さっさと寮へ戻ろうと、廊下を駆け出し角を曲がったところで教師と鉢合わせた。
その顔を見て、げっ!と思わず言いかけて口をつぐんだ。
反射的に身をひるがえし、逆方向へ逃げようとしたがーーー。
「ロイ・アルティナ。どちらへ? 教室はそちらではありませんよ」
呼び止められ、チッと思わず舌打ちが出た。
仕方なく立ち止まり振り返ると、ゲーム攻略キャラのネフライト・ロハンバースを見上げた。
銀フレームの眼鏡の奥から、くすみがかったグレーの瞳がこちらを見ている。
きっちりと教員服を着こなし、鮮やかな新緑を思わせる緑の髪を、シンプルな留め具でひとまとめにしている。
家紋が描かれた留め具は、ネフライトが貴族の生まれであることを示す。
穏やかそうな雰囲気を持ち、少し微笑むと女のようだ。
さっそく攻略キャラの一人と会うとは、ついてない。
ネフライトは、生徒に舌打ちされ怒っているのか、それとも元々胡散臭い顔なのか、にっこりと笑みを浮かべこちらを見ていた。
「……腹が痛いので今日の授業は休みます」
「今しがた走っていましたけど?」
「腹が痛過ぎてトイレへ行く途中です!」
「元気な声ですね」
落ち着いた声で揚げ足をとられ、ギリギリと奥歯が鳴る。
こいつ、仮病だと思ってやがる。
ネフライトのこの態度も理解はできる。
不真面目な授業態度やサボり癖。教師にも横柄な態度をとってきた日頃の行いのせいだろう。
ほとんどの教師は俺に対して諦めているが、ネフライトは違う。
貴族としての立場など関係なく、教師らしく注意をするし、物おじもしない。ロイを生徒として扱う。
飄々とした舐め腐った態度は気に食わないが〝表向き〟には良い教師だと思う。
「……おや、珍しいですね。いつもみたいに
『俺はアルティナ家の息子だぞ!教師が生意気な!道を開けろ!』
……とか言わないのですか?」
いつもの横柄な態度を真似されたが、安い挑発に乗る気はなかった。こいつは面白がっているだけだ。
「なんだか今日は妙に大人しいですね。なにかありましたか?」
ネフライトは表向きは教師だが、裏の顔はとある組織に属するスパイだ。
強力な光魔法の使い手であるユーリを誘拐する計画を、水面下で進めている。
学園内に協力者が欲しいネフライトは、ユーリを敵視する俺に巧みに近づいてくる。
利用されて行った悪事は多々とあり、転落人生の半分は、こいつに焚きつけられた結果と言っていい。
そう思うと、この澄ました顔がだんだん腹立たしくなってきた。
「ロイ君?」
黙り込んだ俺を心配してか、肩に触れようとしてきたネフライトの手を払いのけ、睨みつける。
「腹が痛いと言ってるだろ。気安く俺に触るな」
ネフライトの体を押し除けて歩き出し、背中を向けたまま中指を突き立てた。
ちなみに、前世も品が良かったわけではない。
「不愉快だ。二度と話しかけるな」
「……」
決まった。
これ以上ない拒絶!と心の中でガッツポーズをとっていると、いつもの取り巻き下級貴族たちがやってきた。
「ロイ様ー!」
「うお!なんだお前ら!」
「ロイ様!お探ししたんですよ!」
「我々おいて、どちらへ行かれていたんですか?!」
ロイに負けず劣らず意地悪そうな顔の二人が、ぐるぐると周りを動き回り邪魔くさい。
せっかく決めたのに、台無しになった気がする。
ネフライトへ目をやると、教室の方へ歩いていくのが見えた。
とりあえず、この場は引いてくれたらしい。
だが、先ほどの中指アピールくらいでは引き下がる相手ではないだろう。
目的のためなら、これからも接触してくるはずだ。
そのたび相手にしなければいいのだが、ゲームの中で俺とネフライトが手を組んだ過程は、ほとんど語られていなかった……と思う。
油断はできない。
できるだけ関わらないようにしよう。
「ロイ様?!」
「ロイ様、ネフライト先生と何が?!」
人が真面目に考えているのに、いい加減、周りをウロチョロとする取り巻き達がうざくなってきた。
「あー……ネフライト先生には声をかけられただけだ。俺は腹が痛くてトイレに行ってたんだよ。心配させて悪かった」
取り巻きたちにそう言うと、彼らはポカンとしていた。
「なんだよ」
「ロイ様が謝った……」
そう言った取り巻きの一人が、すぐに不敬だと気づき、慌てて口を手で塞いだ。
怯えた目で、俺の出方を伺っている。
「……もういいから、お前らは授業へ行け。俺は寮へ帰って寝る」
しっしっと手を振って追い払う。
取り巻きたちは不気味なものを見たと言わんばかりに顔を見合わせていた。
そんな彼らを置いて、その場を後にした。
投稿後に何度も手直ししてます。
申し訳ございません。




