1 ありえない転生
※BL作品です。
作中で過激な性的描写はほとんどありませんが、苦手な方は気をつけてください。
初投稿なのでお手柔らかに。
ふっざけんな、こんなことありえない…!
ふらついた足でトイレの個室から出ると、ほとんど倒れこむようにシンクにすがりついた。
脂汗が額から頬を伝う。思うように息を吸えず、苦しい。
記憶が――
頭の奥で“誰か”の記憶が暴れている。
体に力を込めて必死に顔を上げる。
鏡には、顔色の悪い青年が映っていた。
深紅の髪に、燃え盛るルビーのような瞳。
つり上がった目元は、睨みつけていなくても人を威圧する。口角は常にへの字に下がり、不機嫌と不満を貼りつけたような顔。
「マジか、嘘だろ……。ロイ・アルティナ……?」
鏡に映った青年は、名家アルティナ伯爵家の問題児。
BLゲームで主人公を目の敵にしていじめ、最終的には命まで狙う。やり過ぎた末に断罪され死ぬ悪役令息。
ロイ・アルティナ――それが、今の俺だった。
今の俺、という言い方になるのは、前世の俺が日本に住む普通の大学生だったからだ。
その記憶をたった今、思い出した。
頭を激しく横に振る。
前の俺は……死んだのか?
死んで生まれ変わったらゲームのキャラに、って――異世界転生ってやつ?
そんな夢みたいなこと、あるのか?
鏡に映ったロイの頬をつねる。
前世の顔にはなかった、頬から鼻あたりにあるそばかすが目に止まる。
俺の顔なのに、俺じゃないみたいだ。
「いっつ……! ……はは、夢じゃねぇのか」
思い切りつねり過ぎてしまい、なぜか笑えた。
少し頬が赤くなっている。
二つの記憶も、体に感じる重みも痛みも、すべて自分のものなのに信じられなかった。しかも、よりにもよって前世を思い出したのは学園のトイレの中――。
登校してすぐ原因不明の腹痛に襲われ、人気のないトイレへ駆け込み、スッキリ出し切ったまではよかった。
事を終えてズボンを上げた瞬間、足を引っ掛けてバランスを崩し、壁へ思い切り頭をぶつけた。
その衝撃と痛みと共に、前世の記憶が滝のように流れ込んできたのだ。
突然の記憶の激流に目が回り、へたり込んですぐに嘔吐した。
便器の中に吐き出せただけ、褒めてほしい……。
シンクの水を勢いよく出し、口の中にまだ粘っこく残る胃酸の酸味を濯ぐ。
そのまま頭から水をかぶった。
前世の俺がプレイしたゲームの中で見てきた、ロイ・アルティナの悲惨な末路が頭を巡る。
暗殺失敗で裁かれて死刑。
禁術で魔物化し、主人公たちに倒される。
堂々と殺そうとして返り討ち――。
どのルートでも、ロイの最期は“ろくでもない死”ばかりだ。
攻略の過程で何度も死ぬ姿を見て、同情はすれど本人に転生したいなんて思わない。
あとは悪事がバレて国外追放か……。
まぁ、死ぬよりはマシな話だ。
水を止め、顔を上げる。
ずぶ濡れたロイと、鏡越しに見つめ合った。
「……見れば見るほど悪役顔だな。
前の俺も善人とは言えないが、お前は傲慢でプライドも高い嫌われ者。最後はゲームのシナリオのために家族にも見捨てられ、孤独に死ぬキャラクター」
意図せず前世を思い出し、己を待つ救いのない運命を知ったせいか。父親譲りの赤い瞳が、不安げに揺らめいていた。
その顔をめがけて、思い切り殴りつける。
叩き割れた鏡の音がトイレ内に響いた。
拳を離すと、パラパラと欠片が足元へ落ちる。
握りしめた拳から血が滴り、散らばり落ちた鏡の欠片が赤く滲んだ。
割れた鏡のロイに中指を立てる。
「そんなもん、くそっ喰らえだ!
そうだろ、ロイ・アルティナ! 情けねぇ顔は俺様には似合わねぇぞ!
足掻いて、生き延びてみせろ!」
ロイとしての自分を奮い立たせ、この世界で生き延びることを決意する。
ゲームにどれだけ抗えるかはわからない。
だが、前世の記憶が蘇った以上、このまま悪役として死ぬつもりはない。
濡れた赤い髪をかきあげる。
鏡が映したロイは、もう以前と同じ顔をしていなかった。
まだ頭も心も混乱している。
それでも、少しスッキリした。
「あーあ、血が出てら」
拳についた血とガラス片を水で洗い流し、ズボンのポケットからハンカチを取り出して手を拭った。
幸い、素手で鏡を叩き割った割には出血も少なく、すぐに血も止まりそうだった。破片も皮膚に入り込んでいないようだ。
前世では使った覚えはあれど、持ち歩いたことなどないハンカチを見て、ふっと笑いが込み上げる。
貴族様って感じだな……。
肌触りの良い上質なハンカチを、上着のポケットへ乱暴に突っ込んだ。




