人の立場になって考えましょう
視点が入れ替わります。
我が家は、私の三代前、おじい様の代までは平民だった。
代々、この辺境の地で村長を務め、村を取り仕切っていた。
凄くやり手って訳では無いけども、村の為に尽力したらしい。
開墾や、道の整備とか。
お祖母様も、機織りの名手で素朴でありながら丈夫で長持ちする織物を作り生活を支えた。時々、それを物々交換していたらしい。
国からほぼ見放された、国境沿いの僻地でも稀に訪れる人はいる。
いえ、僻地だからこそ、来るのでしょう。
旅路の途中で不慮の事が起きれば、道から離れていても助けを求めにくるのが人というもの。
村で出来ることは限られているけども、堅い木のベッドの上に寝かせ、村人の普段食べている粗末な食事を提供するだけでも感謝された。
その際に御礼の品を置いていったり、村の特産品と物々交換したり。
そういう交流が細々とされて村は成り立っていた。
外部からの関わりはその程度。
この村は変わらない。
ずっとずっとずぅっと。
そう誰もが思っていたのに、ある時、それが突然、変わってしまった。
長雨が続いたある日、土砂崩れが起きた。
村人達はそろそろ来るんじゃないかって思っていて、家の中に何日も籠もりきりだった。
土砂崩れが起きた音を聞いてやっぱりなって。
目視で確認できる所だったから、しばらく寄らないでおこうって村中にお達しが出た。
辺境の地だし、特に整備されている訳でもない。
村に必要な所だけ手を入れる。
危ない所には寄らない。
そんな感覚の村人達の所に、土砂崩れに巻き込まれたって人が助けを求めてきた。
村人達はこんな悪天候が続いていたのに旅に出た人達に呆れたけども、出来る限り手をかした。
もちろん村人の安全が最優先だったから、出来ることは限られている。
危険な所には入らなかったし、日が落ちたら救助を辞めた。
助けられた人の中には、恨み事を言う人達もいた。
それでも、やれる事はやったのだ。
そもそも、こんな日に旅に出るのは命を捨てるようなものだ。
お祖父様はそう諭したらしい。
結果、何人かは助かってお迎えが来た所まで村人で担架で運んであげたりした。
しばらくして、亡骸とか残っていた物とか見つかったら丁寧に弔ったり、残っていたものは保管、取りに来た人に返した。
後日わかったのだけども、助かった人の中には高貴な人もいたらしい。
身分は明かされなかったけども。
感謝状と幾ばくかの謝礼が届いた。
そこで終わるかと思った話は終わらなかった。
助けた人は相当偉い人だったようで、お祖父様は国を救ったと言われ、それが元で男爵となった。
お祖父様は断ったのだけども、そうしないと国の体裁が保てないと脅されるように言われ受けるしか無かったらしい。
爵位はもらったけども、治める所は村そのもの。
村の敷地だけは広かったのでそのまま治めるだけ。
名ばかり田舎貴族が出来上がっただけだった。
祖父母は村長、平民だと自分達を律していた。
ただ、その子ども、私の父は違った。
途中から貴族になり、貴族の責務を負わされた。
まがりなりにも男爵の跡継ぎであるのなら貴族学校に行かねばならない。
国から通達が来て貴族学校に行かされた。
行ったら辺境育ちの猿と、バカにされたようで大層、悔しい思いをしたらしい。
平民ではあったけども、父は、祖父母の事を尊敬していたし、村を愛していた。
中途半端な知識も無かったから、素直に全部受け止め、真摯に努力して学校で中の下程度の成績を修めた。
最初は底辺だった事を考えれば、かなりの努力だ。
そして、同じように向上心に溢れた子爵令嬢と意気投合し婚姻を結んだ。
二人とも、がむしゃらすぎて周りからは引かれていたらしい。
そして、代替わりをし、領地経営は両親なりに努力をした。
泥臭くがむしゃらに。
跡継ぎも必要と二人で協力して最初に産まれたのが女の私で両親はガッカリした。
最初は男の子が良かったらしい。
彼らの計画では長男に次男、三人目に長女が産まれると決めていたらしい。
さすが、熱血真っ直ぐ人間。
今まで努力で何とかしてきたことから、子供の出生すら自分達の努力で何とかなると思っていたらしい。
それでも最初は長子ということで、それなりに大事にされた。
5歳頃に下に長男、それから次男、三男が産まれてからは家庭内の地位は下がった。
何しろ、視野狭く猪突猛進タイプの両親だ。
跡取りに意識が行ってしまったのだろう。
その頃に私に、前世の知識が蘇った。
前世はある程度大人になるまで生きていたのだろう。
両親の行動を見て、毒だなと断じる精神的余力があった。
お陰で生き延びることが出来た。
いや、あのまま儚くなってしまったら父母の目が覚めたかもしれないが・・・。
いやいや、覚めることはないか。
あの猪突猛進バカ夫婦だから。
冷めたのは私の心だ。
長男教。
男至上主義の家庭の中で私の地位はただの召使い。
無料でこき使える子守。
私の立場はそんな感じ。
子供ながら出来る手伝いをやらされ、働かされた。
明らかに無理だろレベルの事もやらされた。
前世の知識や、精神レベルのお陰で助かってしまった。
もちろん出来なくて失敗した事もあったが、叱責されても「何を無理な事言ってるんだ。」と、心の中で舌を出していた。
いや、失敗しまくって諦められてた方が良かったかもしれないな。
出来ると思われて働かざるを得なくなってしまっていたから。
両親には出来ないと言うことやりたくないと言うことが理解できない。
そもそも、彼らもストイックに自分達を律していたのだから。
子供にもそれを要求したのだ。
領の発展の為に、お金をつぎ込む。
教師を学校、医師を招致しての医療院。
そして、開墾。
そこにお金をつぎ込む。
自分達の事は最小限にしてつぎ込みまくる。
村民からの支持は爆上がりだ。
存命だった祖父母はやり過ぎって窘めてくれたけど、聞かないよね。
上手く回っているから余計に聞かない。
私は本当に良く働いた。
無駄なお金は使えないから、自分の身の回りの事は自分で出来るように。
自分の事以外も出来るように。
家の切り盛りから内職までさせられた。
両親の口癖は『自分の食い扶持は自分で稼げ』だった。
その癖、高位の貴族に嫁ぐ事も想定してマナーも学ばせられた。
教師は母だ。
村の子供達も出稼ぎに行かせると言ってマナー教室なるものを開き、私を筆頭に村の子供達に超スパルタで教え込んだ。
ちなみに私は貴族学校は女子は勿体ないからと行かせて貰えなかった。
そして、15になったら王都に村の子供達と一緒に出稼ぎに出させられた。
弟達の学費を稼いで来いと言われたのだ。
そのまま黙々と働き18になったある日、手紙が届いた。
嫁入りさきが決まったという手紙だった。
その後、貴族学校に通う弟が当主代理として私を引きうけにやってきた。
久しぶりに会った弟は13歳だと言うのに、随分成長していた。
祖父母も大きい人だったから遺伝だろう。
今すぐ職場を辞して、そのまま婚姻先に向かうと言う。
どこに向かうかも私には説明もない。
弟は長男教のお陰で私のことを小間使いだと思っている。
質問をするが、『学校も行けないバカに答える事はない。』なんて言われる。
説明も無く到着したのは某侯爵家。
出迎えた人に、弟は愛想笑いを浮かべて、ふつつか者ですが宜しくお願いします。
なんて頭を下げる。
弟よ。
お前は何を学んでいるんだい?
お前が頭を下げたのは、執事だぞ。
しかも下級だ。
立ち居振る舞いとか雰囲気で察せ無いのか。
頭が痛くなったが、やってしまったものはどうしようもない。
これは幸先悪いなと思っていれば出されたのは紙切れ一枚。
婚姻届だ。
これにサインしろと言われる。
弟にせっつかれてもうどうしようもないので、サインする。
一緒にサインする。
え・・・。いいの?弟で。
と、思ったけど、弟は頭を下げて帰っていってしまった。
執事だって気づいていないままだろう。
あの子はダメだ。
内心、弟にダメだしする私に執事が説明してくれた。
結婚相手の侯爵家嫡男様は私とすれ違いで外国に旅立ったのですって。
あぁ、知っている。
と、深く深く納得した。
末王女様と結ばれない恋を諦めきれず、外交官として王女様の後を追ったんでしょう?
純愛ってお花畑層の女子に支持されているお二人だ。
冷静な層からは痛々しい二人だとして疎遠にされている。
嫡男様は外交官として赴任したがった。
だけど、既婚者というのが条件。
妻になる人間を探しているが見つからない。
そんな評判は私の耳にも入っていた。
そこにウチの親がウカウカ嵌まった訳だ。
嫡男様が無理矢理探してきた嫁だからお義母様は私のことなんて気に入らない。
よりどりみどりだったはずの嫁が、元平民の辺境の娘だなんて。
認められないだろう。
その後、家族の誰にも紹介されることなく、部屋に案内された。
恐らく使用人部屋。
行儀見習いをして下さい。
と、言われてメイド服を渡された。
恐らく、結婚した事は内緒にされて、私は新しいメイドとして働かされるのだろう。
嘆いている間もなく、侯爵家の新人メイドとしての私の日々が始まった。
だけども、良くわかっていない両親からは一応の嫁入り道具が届いた。
男爵家としては精一杯の品なのだろう。
いや、ケチったようだ。
弟達の進学費用がかかると言っていたから大したものは用意できなかったのだろう。
貧相なそれらを見て、お義母様と義妹様らしき人がせせら笑っていたのを目の端で捉えながら、私は窓を磨いていた。
下級メイド達には私は新人メイドとして紹介されていたので、それなりの待遇を受けていた。
ただし、無給だ。
職業は奥様で、給料が支払われる訳でもない。
奥様の為の支度金みたいなものも割り当てられない。
何とも馬鹿馬鹿しいことになったと思った。
****
生まれた時代が悪かった。
僕たちの恋はそんな一言で終わりを迎えた。
いや、終わりじゃ無い。
終わりにさせない。
この世の制度では一緒になれなくとも、僕たちは魂で繋がっている。
終わりの無い、永遠の愛を僕は君に捧げよう。
君は王女。
国の為に隣国に嫁ぐ。
僕は侯爵家の嫡男。
君のために、国と国の架け橋になろう。
その為にはどんな手でも使う。
外交官として隣国に赴任するためには既婚であることが絶対条件。
相手を探すも、中々見つからない。
条件を下げて下げて、伝手を辿って、紹介されたのは某男爵家の長女。
三代前は平民。
しかも僻地の村長だったらしい。
調度良いだろうと紹介されて、時間がないので、即日、身一つで来るようにと伝えたら本当に来ると言う。
こちらが出した条件ではあるが呆れてしまった。
高位貴族との縁づくことを望む身の程知らずな女だろうと母は言う。
到着した女性を隠し窓から確認する。
凡庸な女。
今後も関わることは無い名ばかりの妻には、挨拶も必要ないと思い、すぐ出発できるように用意していた馬車に乗り込んだ。
婚姻書類にサインをしたという報告を受けて、僕は旅立った。
後は家の者に委ねた。
結婚式などはやるつもりもない。
元々、男爵家からは、名ばかりの結婚でも構わないという返答をもらっていた。
役に立てるならば、娘も承諾済みのはずだと。
その言葉通りに受け取って、僕は他国で仕事に邁進した。
外交官という立場だけど、僕は精一杯彼女を支えていく。
直接的に彼女を幸せにすることはできなくとも、少しでも彼女の支えになりたい。
彼女の幸せが僕の幸せ。
たった一人。
他国の王宮で生きている彼女。
本来なら嫁入りに同行したかった。
文化も風習も違う。
どんなに心細いだろう。
どんなに寂しいだろう。
意地悪を言う人はいないだろうか?
ちゃんと食べられているだろうか?
故郷が懐かしいと泣いていないだろうか?
僕が常に寄り添ってあげたい。
心配で心配で仕方がない。
職場に到着してからは、必死で働いた。
同時に色々提案もした。
留学生交換。
文化の交流。
だが、どんな企画を立ち上げても、問題になるのは道の事だ。
この国と生国は隣接している。
だが、険しい山脈が連なり、通れる場所は限られている。
王都から行くには迂回しなくてはならない。
最短距離の道を整備するように両国に働きかけた。
道沿いの住人からは反対もあった。
整備し続けるには無理があると言うのだ。
粘り強く折衝した。
様々な事業で得た伝手のお陰か協力者が思いのほか居て、馬で何とか通れるくらいの道を整備できる話になった。
いつか、何かがあった時に彼女を連れてこの国から逃亡することを想定して最低でも小型馬車は通れるくらいの道にしたかったのだが仕方が無い。
いずれ拡幅するとして、今はこれで妥協するしかない。
とにかく、行き来が盛んになれば色々な物資を運びやすくなる。
僕は道の整備に私財も投じた。
自分の給与をつぎ込み、実家にも援助を頼んだ。
自ら、現場に足を運んだこともあった。
お陰で一年足らずで道は通った。
反対しつつも近隣の村人も手伝ってくれたらしい。
人の行き来が盛んになり、僕の立ち上げた事業も次々と実現した。
生国の音楽隊や劇団を呼び寄せたり、芸術品の展覧会も開いた。
食糧の輸入もし、生国での食事が摂れる店も開いた。
事業が成功する度に、両国の相互理解が深まっていく。
移住者も増え、国が違えど結婚する人達も現れた。
新たな夫婦が誕生し、身に子供を宿したなど慶事を聞く度に嬉しくなる。
その度に僕と彼女の繋がりが深くなっていくような気がした。
これが僕たちの愛の形。
この一代だけで終わるものじゃない。
今、立ち上げた事業がこの先もずっとずっと続いていく。
繋がった夫婦達も、国同士を繋げていく。
僕たちは子供を成す事ができないけども、この続いていく事業や、子孫達が僕たちの子供のようなものだ。
遣り甲斐を感じて、僕は仕事に邁進した。
事業が成功すれば彼女の立場はより盤石になっていく。
でも、近づきすぎてはいけない。
彼女の立場が悪くなる。
さり気なさを装って故郷の物を王宮に差し入れる。
お菓子や織物・小物を。
本当は彼女だけに献上したいのだけども、彼女の侍女・側近にまで行き渡るように手配する。
物流が良くなっているから贈り物も手配し易くなっている。
だが、もっと道が広ければもっと献上できるのに。
歯がゆい思いをする。
音楽鑑賞会・展覧会などのの事業に来賓として彼女を招き、来賓の彼女から挨拶のお言葉を頂く。
元気そうな彼女の声に安心する。
時に、伴侶となった王太子と出席されて僕の胸はキリキリ痛む。
でも、それでも良い。
この痛みを乗り越えてこその愛だ。
彼女が輿入れしてから数年。
まだ子供は出来ない。
彼女の立場は弱いままだ。
王太子殿下に側妃を勧められているという話もあった。
僕はもっと頑張らないといけない。
もっと国同士の交流が深まるように、行き来しやすい国になるように。
やはり道の拡幅は大事だ。
僕は国に一度帰り、実家に援助を頼むことにした。
今までの事業立ち上げで支出はあったが、その後十分すぎるほど利益を得ている。
侯爵家は富んでいるはずだ。
数年ぶりに国に戻り、先に王宮に挨拶に上がる。
そこで、王より労いの言葉をかけられた。
僕の働きを労う宴を開くとも言われ誇らしく思う。
是非、妻を連れて参加するようにとの言葉には顔を顰めそうになったが堪えた。
屋敷に戻ると、思った通り家は富んでいた。
華やかな調度品は増え、使用人も増えていた。
両親に王からのお言葉を伝え、名ばかりの妻の準備をさせるように依頼する。
一緒に宴に出るのは気が進まないが仕方が無い。
そんな気持ちでいたが、母が顔を顰めて言ってきた。
名ばかり妻が男と駆け落ちしたのだと言う。
数ヶ月、隠して行方を捜したが行き先はわからなかった。
今日、男爵家から領内に戻ってきているのを発見したこと、男爵家は責任をとって爵位を返上し、平民に戻るという知らせがきたのだと。
全く失礼だと母は怒り、父は顔を顰めていた。
僕は、全く構わないと思った。
いずれ離縁するつもりだったのだから厄介払いが出来た。
宴に一緒に出なくて済む。
調度良かった。
上司に今回の事を踏まえ、外聞があるので宴は遠慮すると伝えると上手く対処すると言って貰えた。
僕は元々の予定をこなし、街道拡幅の計画を提出して彼女の待つ国へ戻った。
すると、彼女から要望が届いていた。
表向きは外交官の僕への手紙。
生国のスイーツが懐かしく、侍女達と味わいたいので差し入れて欲しい。
店に伝えてすぐさま用意して届けに上がった。
その時に、王女様づきの侍女に囁かれた。
王女様はこの国から脱出したがっていると。
どうやら、仲良くしていると思われた王太子殿下との仲は冷え切っているらしい。
王太子殿下は側妃候補と仲を深め、彼女を冷遇し始めていると。
なんということだろう。
僕は頭を殴られたような気持ちになった。
政略で嫁いだとはいえ、国の為に身一つで来た女性を冷遇するなんて。
男の風上にもおけない。
僕はすぐさま生国に密書を送り、王女様の里帰りを計画した。
生国からは難色を示された。
もう少し穏便な方法は無いかという返書を握りしめる。
大事な王女様を蔑ろにされて黙っていられる訳がない。
こうしている間にも王女は難しい立場になっている。
見ていられない。
すぐさま連れて帰ってしまおう。
計画を立てた。
ひっそりと、こっそりと夜半に小型馬車を寄せ、そして、行けるところまで進み、近隣の村で一泊、それから馬に王女様を同乗させて山越えをする予定だ。
全部の道を、小型馬車が通るようにしておけば王女様に負担をかけることなどなかったのに。
悔やんでも仕方が無い。
今は彼女を守ることが何より大事だ。
計画は上手くいった。
途中まで。
小型馬車に乗り込んで、最低限の人数で護衛しながら山道を行けるところまでいく。
そして、細い道になる所で馬に乗り換えてと思った所で、道が塞がれていることに気づいた。
土砂崩れだ。
道が完全に埋まっている。
馬ですら進めない。
地図を便りに近隣の集落に徒歩で向かう。
辿り着いてみれば、人気は無く、空き家が数軒あるのみ。
夜は更け、これ以上動き回るのは危険と判断し、空き家で一晩を過ごす。
王女様は怖いと震えていた。
あぁ、お労しい。
高貴な身でありながら、こんなあばら家で一晩を過ごすとは。
夜明けと共に、山道を進む。
歩くので精一杯の旧道。
王女様には過酷な道のりでちっとも進めない。
道も荒れている。
地図に記されている集落をいくつか見つけるも、悉く人気は無かった。
それでも、何とか夜に見つけた集落よりも人が住んでいる気配がする場所に辿りついた。
保護を依頼すると、何と断られてしまった。
「王女様を保護しているんだぞ!この国の者として当然のことであろう!金なら払う!」
叫ぶが、皆困ったように首を左右に振るばかり。
「連れてきたよ~!」
年老いた男が子供に手を引かれてやってきて村長だと名告った。
ようやく話が通じるかと思えば、村長は言う。
「ここは国に見捨てられた地。国の管轄外の場所なのですよ。助けるか助けないかは我々に委ねられています。村には村の生活があって余裕があるときは助けます。ですが、今は余裕がありません。ご自分で何とかなさってください。」
冷たく言い放たれた。
なんということだ。
そんな訳はない。
ここは、新興貴族・・・男爵の土地であったはずだ。
男爵は道の整備に大層、協力的で・・・。
「えぇ、その男爵は爵位を返上したんですよ。この間、受理されまして。だから、救助する義務は無くなったのです。」
「金なら払う!私のこの懐中時計もくれてやる。」
「金もいらんですよ。ここでは金は無くても生きていけます。時計も要りません。ここではお日様が時計代わりです。」
そんな事を言われて逆上する。
怒鳴り、腰に下げていた剣まで抜いただろうか。
だが、目の前が真っ暗になってそこで俺の意識は途絶えた。
次に目覚めたのは逃げてきたはずの国の、検閲所。
山のふもとに作った施設だ。
そこの拘置室だった。
目覚めると共に、貴賓室へと連行された。
そこには王女も窶れた様子でいた。
いや、王女だけではない。
生国と、嫁ぎ先の国の外交官のトップもいた。
何故か、あの村長も。
目覚めたか。
そう言われて、今回の顛末について話をされた。
**************
上に立つ人って言うのは、平民のことを何とも思わない。
人を踏みつけるのに慣れた人は踏みつけても何とも思わない。
それが普通のことだから、常識だから。
だから何も思わないのだ。
貴族は、平民や下級貴族を同じ人間だと思っていない。
それが、長い間、貴族を見ていて思いしったこと。
だから父母が、見返したい。
上位の貴族になりたいって、形振り構わないのもわかる。
だけども、父母が必死になって貴族位にしがみつくせいでしわ寄せは他に来るわけで。
だって、必死になって出せるものは何でも出すから生活が困窮してしまう。
産業も耕作地も無い山だらけの土地を何とかやりくりしているのに、生活向上とか言って村に学校を作ったのは良いけど、維持できなくって村民は出稼ぎに行かされる。
学校に通うべき子供達が働きに出ないと生活が回らなくなる。
その上、貴族の子供は学校に通わせろって言われるから更に学費がかかる。
見事な悪循環。
人がいないのに、その上に、道の整備。
無理だってわかっていても
「はい。喜んで!」
って、請け負ってしまう。
負けたくないっていう気持ちが強過ぎちゃって、現実が見えていないのではないかしら。
それでも、皆、村人は言えなかった。
父母が貴族学校で苦労したって知っていたから。
一応、村のことを考えてくれているって知っていたから。
だけども、やっぱり街道を作り整備し続けるっていうのは無理だった。
だって元々地盤が悪い場所なのだもの。
長雨が続けばすぐ土砂崩れが起きてしまう。
何故、長年、ここが見捨てられた土地だったかと言えば、安全に通れない道だからだ。
それでも、最短距離だから、通ろうする人はいる。
いるけど、結構無謀なこと。
そもそも、村の成り立ちは遭難者の為の山小屋経営から始まったのだと言う。
何代何代も前の王弟が、遭難者に心を痛めて現地に入ったとかなんとか。
本当かどうかわからないけど。
その王弟が領地を分けてもらうのに、この区域を希望したのだと。
王領とすれば王が管理しなくてはならない。
だからこそ地図上には統治者がいない事になっている。
それは村長にだけ伝わっている言い伝えだ。
もはや伝説のレベル。
王都の人間では知っている人はいないだろう。
私も信じてはいない。
何代も何代も何代も、それが続いてどんな成り行きがあったのかわからないけども、賛同者がいて村の形になったと。
だから、村と言っているけども、遭難しやすいところに集落が数件散らばっている構造だった。
日々の生活を過ごすだけで精一杯。
そんな人たちに道の整備を命じても、簡単にはできない。
今までみたいな獣道的なものならまだしも。
馬が通れるだけの道でも整備は大変。
草は生えるし、石も落ちてくるし、落ち葉とかで埋まっちゃいそうになるし。
それを必死にやっていれば、自分達の生活が疎かになっていく。
王都の人間は知らないだろうけども、そこかしこの道はすぐに埋まったりしていた。
整備しても整備しても終わらない。
中には怪我だってする村民も現れた。
自分達の生活を疎かにしてまで得るものって何?
って村民が思うようになって、やらなくなって。
やらない分を埋める為に村長の仕事そっちのけで父母が整備に走って。
村民からの不満が溜まりに溜まった所に、そこに私が逃げ帰ってきて、とうとう村民は怒った。
私、ボロボロになってたからね。
逃げるのに時間がかかったわねぇ。
なかなかに高位貴族の家から抜け出すっていうのは大変なのよ。
ともかく、なんとか村に帰ってきた私を見て皆怒り、私が男と一緒に駆け落ちしたって侯爵家から知らせがあってまた怒り。
これ以上、お貴族様のいいなりになんてなっていられないって意見が噴出。
男爵位を返そうって話になった。
そもそも道の整備だって私の婚家だからって事で皆力を合わせてくれていただけだから。
私が虐げられていたって聞いたらやっていられないって思うわよね。
調度、道の整備で父母も怪我して、無理だってなった。
そこで、皆で相談した。
このまま爵位を持っていたら領内を整備しないといけない。
けど、もともとは見捨てられた地という位置づけだ。
爵位を返したら義務はなくなる。
そういう話にもっていくことになった。
私が不義を働いたって言う話は非情に不本意だけど、それを利用して辞めようと言う話になって、私ももうどうでも良かったから頷いた。
もう村から出ることないしね。
それで、爵位を返したらすっごい楽になった。
自分達の事しかしなくて良いのだものね。
弟達も貴族学校を退学して家に戻ってきて憑きものが取れたみたいに穏やかになった。
貴族学校が相当ストレスだったみたい。
私への態度を謝ってくれて、
「姉ちゃんの面倒は一生見るよ。」
なんて言ってくれる。
もともとの性格はイイコだったんだ。
お姉ちゃんは自分の冤罪醜聞よりも弟が元に戻ったことが何より嬉しかった。
冤罪悪くない。
って思っていて、
で、今。
責められている男をまじまじと見る。
初めて顔をみた。
私の元旦那様らしい。
綺麗な顔の優男。
手も綺麗。
肉体労働なんてしたことがないだろう、苦労をしらない外見をしている。
そのお綺麗な優男は、
何とも身勝手な事ばかり口にしている。
王女様が大切。
味方のいない異国で心細く、冷遇されている王女様を守りたい。
虐げられている彼女をそのままにすることは国の為にもならない。
王女を救う事は、我が国の矜持を守る事に繋がる。
自分は彼女の為に強いては国のために動いた。
命がけで。
寝食を忘れて交渉に走り、情報を集め、スパイ容疑で捕まるリスクを恐れず、時に雨に濡れるのも厭わず外に立ち尽くし・・・などと、力説する姿に呆れてしまう。
いや、何言ってんだよ。
命がけって、道整備だって命がけよ。
いつ崩落してくるかわからない地盤工事をするのは、どれほどの恐怖であったか。
雨に濡れるなんてレベルでは無く、土砂塗れになって作業をする。
ぼんやりとして、彼の演説を聞いているのか聞いていないのかわからない王女様。
こちらもお人形のように綺麗なお顔をしている。
いや、生きているお人形なのかもしれない。
染み一つ無い肌。
艶々の髪。
清潔で仕立ての良い衣服を着て。
半目になって祖父の後ろに控えている私に隣国の大使は憐れむ眼差しを向けた。
「それは、彼女を前にしても胸を張って主張できるのですか?」
彼はギョッとした顔で私を見た。
そう、初めて見た。
「彼女?失礼ながらどこかでお会いしましたか?」
そんな事を言われて大使は首を左右に振った。私も肩を竦めてしまう。
「見たところ平民のようだが。」
大使が名告るようにと、言ってくれた。
本当は名乗りたくないのだが、私は諦めて礼を取った。
嫌だと言っている時間ももったいない。
「初めてお目にかかります。名前は名告っても覚えていらしゃらないかと思いますので、割愛させていただきまして。曾て、男爵家の令嬢であり、あなた様の名ばかり妻でありメイドであり、不貞の疑いをかけられて離縁、平民となりました。ただの女でございます。」
「えっ?」
ずっと、えっ。えっ。って言ってる。
本当、何か、ムカつく。
「その、彼女が何か?何故、この場に?話し合いは済んでいますし、わざわざ謝罪の場を設けてもらっても意味がありません。いや、なんで今、ここにいるんだ?賤しい身の上でありながら高官達の話し合いについてきて恥知らずにも程がある。そんなに私に未練があったのか・・・・。」
「何を言っているんだ。」
両国の大使が彼の言葉を遮った。
全く呆れてしまう。
「君は、いったい何を言っているんだ。恥知らずなのは君の方だ。本当に申し訳ない。」
両大使が私に頭を下げた。
「良いのです。もう、我が領・・いえ、わが村は何もしません。それでよろしいですね?」
村長が言う。
「もちろんだ。今までの感謝を受け取って欲しい。」
「いえ、いいです。要りません。その代わり、もう私達の事を放っておいて下さい。
そのまま忘れられた地としてください。」
「そんな!折角の道を誰が整備するんだ!!」
無責任すぎると叫ぶ。
「誰もしませんよ。誰も通しませんから。」
村長が答える。
大使達も仕方ないと言うように頷いた。
そして、彼らは私の元旦那様に告げた。
「君は、何を見ていたのかい?何の情報を得ていたのかい?彼女を妻に勧められた意味がわからなかったのかい?」
呆れたように告げて、全てを話してあげていた。
もともとは誰も管理できないくらい荒れた土地であったこと。
村に住む人が通る人を出来る範囲で救助して、両国とも村人に感謝していること。
助けられなかった人の親族が逆恨みをしているが少数派であること。
その村長の係累を妻にもった君だから両国の人があれだけ協力したのだと。
彼女を妻にしたから村も一丸となって道の整備に協力したのだ。
その彼女を妻として遇せず、メイドとしてこき使い、貶め、罪まで被せて追い出した。
それは許しがたいことだ。
その説明にも、元旦那様は、
「ですが、平民が協力するのは当然のことでしょう。私は王女様を一番に考えて働きました。国の為にです。彼女と王女様では価値が違う。」
なんて反論して更にしらけた空気が流れていた。
「本当に知らないのか?いや、知っている人は少ないが、外交官を志すなら知っていて当然だぞ。王女が尊いと、言うなら彼女は5代前のそちらの国の王弟の子孫だよ。ちなみに王弟の伴侶はこちらの国の王女で、二人で駆け落ちしようとして、あの山で遭難したのだ。
王弟は平民となって、妻を偲んで暮らしたいと言って村を興したのだよ。」
「し・・しかし、途中で平民の血が混じって。」
「王の愛妾が平民だったとしても、王子として扱うであろう?」
グッと元旦那は言葉に詰まっていた。
「でも、何代も平民で・・・。」
「その間に、両国の貴族から婿入り、嫁入りがなされていたんだ。君は知らないだろうがね。問題はそれよりもね。君が今言ったことなんだよ。王女の為、王女が一人で寂しいから、そう言ったが。」
「えぇ!一人で心細かったと思います。私が支えました。」
「違うだろう。君が支えるべきは彼女だったろう。君が言ったこと、国に輿入れではないが、侯爵家に嫁入りした彼女にも当てはまるだろう。それが想像できなかったのか?相手の立場にたって考えることができない。そんな君には、外交官など無理だ。いや、その前に情報も把握していない。本当に呆れる。」
けちょんけちょんに言われている元旦那様。
けど、理解できないんだろうね。
自分こそが正義!って感じだったから。
まぁ、そういう人だから仕方が無い。
もう関係の無い人だしね。
そう思って、旦那からの謝罪も何も無かったけど、そこから失礼した。
それから風の便りで、旦那様のお家が没落したって聞いた。
それは仕方ないでしょう。
両国から睨まれたんだものね。
王女様は嫁ぎ先に戻されて、半幽閉みたいな感じで暮らしているみたい。
それも仕方ないでしょう。
やっちゃったもんね。
私は、ぼんやりと山ヤギを追いながら空を見上げてぼんやりする。
それにしても旦那様、あんなに王女様の事心配してアウェーに嫁入りする人の気持ちわかるのに、私の事は欠片も気にしなかったなぁ。本当に人として扱ってなかったんだなぁ。
時々、あの時の事がフラッシュバックの様に蘇って胸がモヤモヤする。
するけど、少しずつ消化していくしかない。
自分の気持ちは自分で折り合いをつけるしかないのだから。
ただもう少しだけ時間がかかりそう。
それだけの事だ。




