いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その8
今から35年前に辺境の地を奪おうとした、ラキリウム共和国(旧ラキリウム王国)の元軍人と、その行動を指揮した商人のカルダン。
元孤児であったカルダンは、旧ラキリウム王国の内乱の際かなり悪どいことをし、奉公先である商会の出納長から商会長に就いていた。
その進軍は、アズメロウの父ジョニーや辺境伯らの活躍で表に漏れることもなく鎮圧され、ひっそり解決していたのだが………………。
ただ、カルダンに進軍を命じた貴族(侯爵)のベイスチンは、今ものうのうとラキリウム共和国で権力を握っていた。
旧ラキリウム王国での彼は現政府に逆らうことなく、表向きは中立の姿勢を貫いていた為、粛清されずに生き残った。
多くの孤児院や救護院を自己資金で経営し、敬われる彼の裏の顔は金に貪欲な商人であった。
人身売買に携わり、国を追われた軍人達を傭兵のように使い潰す、まるで悪魔のような男。
彼は旧政府の重鎮と呼ばれ、密かに国王の座を狙っていた一人である。内乱が起こったのは、まさに想定外だった。
「まさか、あの時点で革命が起きるなど……。あと僅かで、混乱した状態の政権を奪えると思ったのに。忌々しいことこの上なし。だがわしは諦めぬぞ。たとえ孫子の代になろうともな!」
諦めない男ベイスチンは、進軍失敗後もアンディ達の住むバラナーゼフ王国に干渉を続けていた。
国公認の外交視察団に加わって、現国王や王妃の心を巧みに操り、自国の宝飾品や嗜好品、果ては人間までを与え、思考力を奪っていったのだ。
その結果が、思うままに欲望を満たす為、国費を使い込み栄華を追い求めた現状なのだった。
その資金は、本来の値段に上乗せされ、ベイスチンの懐を肥やしていく。
◇◇◇
元々国王に不向きなミュータルテは、妻メルダと共に贅沢に溺れ、父である前国王に苦言を呈されていた。
そんな彼も王太子の時は、真面目に政務を熟していたのだが、権力を握り変わってしまったのだ。
二人は不味いと思いながらも、一度知ってしまった快楽を手放せずに孤立していく。
国王ミュータルテは愛人のパールを、王妃メルダもまた愛人のヒスイを寵愛し金を貢いでいた。
パールとヒスイ、この二人はベイスチンの従者であり、情報収集とベイスチンの商品を買わせる役目を担っていた。
国を混乱に陥れて内乱を誘発させ、あわよくば善人面で弱ったこの国へ支援を行い、今度こそ国の実権を奪おうと画策していた。
王権を奪うまででなくとも、経済の流通の中心に食い込み、新たにこの国に巣食って、裏から国を支配することを目論む彼。
農産物の豊かなこの国を牛耳れば、周辺国への関税の関与や密輸も容易になることだろうと考えていた。
バラナーゼフ王国は、狙われていたのである。
この国の国費を奪い、国民を困窮に晒した現況の一因はベイスチンだった。
◇◇◇
現在の王妃であるメルダは元伯爵令嬢だったが、王妃になるには後ろ楯に心もとなく、礼儀作法も今一つであり、国の重鎮達から結婚を反対されていた。
その中には王妃(前王妃)の強い反対もあったが、ミュータルテたっての強い希望で、彼女を妃に据えたのである。
その後も側室に侯爵家の者を、優秀な者をとの声が止むこともなく、確かに精神的負担には強かっただろう。
彼女も厳しく叱責されながらも、涙を堪え懸命に学んできた。
愛する二人は、逆風に負けないように努力してきたのだ。
それが………………。
権力を手にした途端に、タガが外れたようである。
王妃の生家も権力に溺れ、強気な商売をするようになり評判を落としていたようだ。
けれど国を守る為の国王の特権は強く、それを逆手に取るようにミュータルテ達は守られることになった。
国の混乱を避ける為、国王には代々受け継いで来た加護がある。
それが多くの者が逆らえない要因だった。
『無謀な野心を持つ者には、国を守護する女神が天誅を下す伝説』である。
実際には少ないが、高齢の王家家老がその雷を見たことがあると言う。それは王位継承権を持つ異母弟(王弟)が国王を追いやろうとし、自分の持つ軍を差し向けた時だそう。
天から城に女性の声が響き渡り、次の瞬間には王弟と供の軍勢は焼き焦げていたと言う。
『妾は初代の王と約束した。よっぽどのことがない限り、この国に戦争は起こさないことを。
それにこの国には、既に妾が祝福を与えた聖女がおる。
万が一にもその子に怪我を負わせることになれば、殺すだけでは済まさんぞ! 夢ゆめ忘れるでない』と。
当時の家老は、聖女の存在を曾祖父から聞いて知っていた。
遥か昔、瘴気に立ち向かい村を守る努力した者達に、女神が力を与え住み良い地にしたことを、寝る前の夢物語として。そのような話は多くの者も、親に聞かされ知っていたそうだ。
何を隠そう、それはラミュレンの生まれたアマニ伯爵夫妻の、先祖の話である。
さすがに初代王家の話は、王族にしか伝わらぬ極秘事項であり、当時の家令も宰相も詳細を知らされていなかった。
けれどこの一件で、公になってしまった訳である。
それから王家の簒奪は禁忌とされ、今に至るのであった。
けれど裏を返せば、武力ではなく野心からのものでなければ良いのではないか? そう思える言葉だった。
だが欲に溺れた者は、都合の悪いことを見ないようにする。ミュータルテもそう。彼はだから、王位を譲らないのだから。
◇◇◇
この国を食い物にしたいのは、他国の者だけではない。ミュータルテを唆し、彼の傍に愛人となる者を近付けた者は、この国のあるファルコ侯爵。
この侯爵家とカルダンが繋がり、そこからベイスチンも一枚噛むことになる。
ミュータルテの兄は武力に優れ、王太子を辞退し軍部を支配へ向かい、弟は感性に優れ芸術家の育成と、過去の美術品の保存に努めることを望んだ。
兄弟の中で知性的で、でも気の弱いところのある彼が、消去法で国王に繰り上がったのである。
元から国王など望んでおらず、妻のメルダも王妃などになると思っていなかった。
そもそも彼は、第二王子だったのだから。
だからこそ身分などを気にせず、彼女を愛したのだから。
始めから国王になるなら、その覚悟もできただろうに。
彼の不幸は兄と弟がその才能に特化し、特に兄の王太子の放棄を容認したことである。
「今さらメルダと別れるなんて、できる筈がない。それなら他の者に王位を譲って下さい!」
「ならん。お前が次代の王となるのだ。なに、多少頼りないお前でも、兄弟が支えるのだから心配はいらない。ただ目立つことなく、粛々と仕事を熟すことだ。
新しい改革など望まんのだから」
(誰でも、良いのだな。ただ王の血さえあれば……。ならばメルダのことも、あれほど責めなくて良いではないか)
ミュータルテは勘違いしていた。
彼は十分に優秀だった。ただ他の兄弟が異様に出来すぎなだけで。
だからこそメルダへの期待値も、否応なしに上がっていたのだ。
懸命に努力したが多くの悪意に晒され、期待に応えきれず疲弊したミュータルテとメルダは、もう限界だった。
それに一早く気付いたのが、ファルコ侯爵だった。
彼は二人の心に寄り添い、そして唆した。
カルダンは魔法国の血が混じる孤児だった。
彼が知らずに持っていたスキルのは『魅了』で、その力で商会長の娘を娶り、自らが長になった。
順当でない昇格に増える敵は多かったが、ファルコ侯爵が後ろ楯になり守られることになった。
けれどその対価が、隣国の国王を手中に収めると言う途方もない作戦。
断れる時期も術も、カルダンには残されてはいなかった。
だが彼が魅了を使ったのは、ほんの最初だけ。
国王に寄り添う愛人パールは、若くて幸せだった頃のメルダに似ていた。何でも許容し、彼を支える優しいメルダに。
今のようにイライラし、余裕のない彼女とは違う理想の女性。
そして王妃メルダも、幸せだった頃のミュータルテに似たヒスイを愛した。自分だけを見て、優しく声をかけて抱きしめてくれる彼を。
彼女の生んだ王女オーロラは、ヒスイの子である。けれどミュータルテは、罪の子であるその王女を愛した。
何となく自分に似ている王女を。
禁忌を破った国王夫妻は、カルダンに言われるままに物を買い、ファルコ侯爵の提案されるままに資金を注ぎ、ファルコ配下の伯爵らにも不正を許した。
その頃には、前国王になっていたミュータルテの父母は勿論のこと諫言をした。
既に言うことを聞き入れる状態にはなかったが。
趣味に愛人に現を抜かしても、そこまで愚かではないミュータルテは、それらしい言い訳をしてやり過ごした。
そこそこに賢い彼は、側近達を自分に都合の良い者に入れ替えて、水面下でファルコ侯爵らと手を組んで悪政を振るい続けた。
必要な援助金の減額や、水増し請求でファルコ侯爵らに利益を与え、大事な政策も彼らの息がかかる者に明け渡した。
「どうせ誰でもできることなのだ。俺でなくとも良いだろう」
そんな気持ちが、彼に拍車をかけたのだった。
今さら遅いことだが、前国王夫妻はもっと彼に寄り添い、彼のサポートにまわり戸惑うメルダを支える必要があった。
気遣いが不足していたのだ。
前国王夫妻は優秀だったことで、凡人の気持ちが理解出来なかったようだ。
国の急激な腐敗に気付いても、深く根を這った悪意はなかなか正せるものではなく、トカゲの尻尾切りになっていた。
その間にも王太子であるアルリビドは、トリニーズとジョルテニアらと証拠を積み上げ、協力者を増やしていく。
ミュータルテの傍に侍るファルコ侯爵達は、レラップ子爵領の情報を容易に手にし、ちょっかいをかけ始め返り討ちに合うことになる。
「げせぬ。レラップ子爵に向かわせた者が、一行に戻って来ぬではないか。何をしておるのじゃ!」
ファルコ侯爵は部下のウェジナ伯爵達に、魔法使いの子供を拐う指示を出していたが、成功の報告を聞かず苛ついていた。
けれど伯爵達の部下は動物に変化させられるし、伯爵は夜間に蛇やらイノシシやらに悩まされ、精神が衰弱状態だった。悪事に手を染めまくった彼でも、平静は保てなかったようだ。
動物に変化させられたの者達については、所詮は子供の魔力なので1か月程で元の姿に戻っていた。
けれどその間の野良状態の時に、食事が出来なかったり強い猛獣に追いたてられたりして、大怪我をしたり儚くなる者も多くいた。
無事元に戻っても、野良状態の時の記憶が凄惨でトラウマとなり、普通の生活に復帰できる者は極僅か。
復帰できた者は、選ばれた猛者だと言って良いだろう。
最初に彼らは自宅に戻ったが、気持ち悪いアシンメトリー (左右非対称)で、息子や父と気付く者がおらず追われた。時には石を投げられ、棒で叩かれ、護衛に蹴られたりもした。
そんな中で元に戻った時。
辛い生活の中で後悔し己の所業を悔いた者、アンディ達やウェジナ伯爵を憎んだ者、夢みたいだと動じない者と様々だった。
アンディは人拐い達を尋問し、ウェジナ伯爵やファルコ侯爵のことを知っていた。
実際に手を下したのがウェジナ伯爵だから、ファルコ侯爵にまで手を出さなかっただけである。
けれど監視の手は伸びており、既に秒読みである。
あるのだが、アルリビド達の落としどころの為にも、様子見に徹している。
アンディ、ステアー、彼らの魔法使いの仲間達は、いつでも攻撃姿勢ができている。
「先生。俺も弟子達も準備万端ですよ。空間転移も直属3人娘のうち、2人できるようになりました。
俺も大型魔獣1体なら、即送れますよ」
「おおっ、良いねえ。僕もさぁ、サクッとやった方が楽なんだけど、いろいろあるみたいでさあ。ちょっと待っててよ」
「えー! じゃあ、アンディ先生が決めて下さい。ステアー様の嫁に誰が良いかを」
「嫁? 奥さんってこと? マジか! 僕より恋愛面充実してるんだね」
「ちょっと先生。真面目に受け取らないで! マジでへこむから!」
そんなステアーのことなど(面白いから)、無視するアンディと彼女達の話は続き。
「そうですよ。一番活躍した者がなれるって、ステアー様と約束したんだもん。頑張ったから、空間転移もチョチョイのチョイです。でも肝心な時に、ストップがかかるなんて! 酷いです」
「アンディ先生に無理言わないの。この勝負は保留よ!」
「何よリラったら。貴女だけ空間転移が出来ないから、そんなこと言って、有耶無耶にしようとしているんでしょ?」
「ち、違うもん。アンディ先生は関係ないじゃない。クルミって焦り過ぎよ」
「まあ待ちなよ、みんな。俺はここで決めるって言ってないぞ。ポイント高いよねって、言っただけで…………」
「騙したの? 酷いよ、ステアー様」
「ダリヤ、落ち着け。どっちにしても、お前らまだ子供だろ? 婚約しか出来ないぞ!」
そんな彼女達はダリヤ9歳、リラ10歳、クルミ11歳とまだステアーから見ると幼子である。
「「「婚約でも良いです。私として、ステアー様」」」
「ああもう。ああ言えば、こう言うし」
お困りのステアーをニヤニヤして見ているアンディは、完全に楽しんでいた。
「もう、先生。そんな顔してると、アズメロウ様に嫌われますよ!」
「え、ええ! 彼女ここにいるの? 嘘!」
居ないのを確認し嘆息するアンディは、焦っていた。
「居ないじゃん。止めてよね、寿命が縮むじゃん!」
「いや、居ないですけど、態度に出ちゃいますよ。そういうの。だから俺のこと、もっと構ってよ。もう子供のお守りは辛いっす!」
半ば泣き顔の彼に、アンディは優しく微笑んだ。
賑やかな領地は食べ物に困ることもなく、日々各自が研鑽に進んでいる。
この地に来たばかりの時は、まだそれほど裕福ではなくて、ステアーも暗い表情をしていた。10年あまりが経過しこんな顔を見られるなんて。
(僕も歳をとったもんだ。でも退屈はしないし、居心地が良いな)
ステアーは現在18歳であるが、彼女はいない。アンディに丸投げされた弟子の面倒(子育て)をして、それどころではなかったから。
そんなステアーも、それが嫌ではないのだ。
移り過ぎる月日を楽しむ彼ら。
「みんなー、今日の夕食はカレーよ。集まって」
「あ、メロウ。すぐ行くよ。僕、腕が疲れたの。スプーンであ~んって、食べさせてよ」
「な、何を言ってるんですか? 恥ずかしい……。でも腕は大丈夫? 後で見せて」
「や、優しい。さすが僕のメロウ。最高!」
「ちょっと、アンディ。今日は少し変よ。何か良いことでもあったの?」
「うん、あった。だからぎゅとして」
「な、もう。ご飯食べてからね」
「「「「!!!(わあ、幸せそう。あのアンディ先生が、あんな顔してる。恋って素敵だ(わ))」」」」
冷やかさない大人な子供達と、子供のように甘えるアンディ。そして少し前から、アズメロウからメロウに呼び名も変わっていた。
今の二人は、公私共に認める恋人である。
王国が大変な中、確かな愛が育っているみたいだ。