掠めた指先
ペナルティを知らせる甲高い笛が鳴り響いたのは、後半もあとわずかとなった時だった。
「――水上!」
試合中の接触で盛大に転ぶ、なんていうのはいつものこと。
しかしそれが司令塔であり、アピールならともかくも普段ならさっさと起きあがるはずの水上亮が、右足を押さえたままなかなか体を起こさないとなれば話は別だ。
真っ先に駆け寄ってきた近藤や中西に続いて、近くにいた他のメンバーも心配気にのぞき込む。
審判の指示で飛び出してきたコーチに続いたのは、この試合をベンチで見守っていた、いつもならゴールを守っているはずの渋沢だった。
「水上」
「水上!」
「水上、どこが痛む?右足か?」
テーピングとアイシングを取り出した渋沢に、コーチの問いが飛ぶ。
しかしどうやら頭も少し打っていたらしい水上は、すぐに「……だい、じょうぶです」と声を上げた。
しかしその顔が青いことは一目瞭然で。
コーチが右足を固定するその横で、渋沢はボトルの口を開ける。
「……ンな顔すんな。平気だから」
「だが真正面からぶつかったんだぞ。本当に平気か?」
「ヘーキだって。……手ぇ貸せ」
「水上、蹴れるか?」と声をかけた近藤に、水上はもちろんと頷いた。
「ちょっとよろけただけだ。――それよりこれで決めるからな。あっちに指示出しとけ」
「わかった」
近藤はすぐさま様子をうかがう他のメンバーに、水上の伝言を伝えに行く。
「水上、足は?動くか?」
「ハイ。大丈夫です」
「痛みは?」
「……ありません。いけます」
コーチの問いかけに、立ち上がった水上はいつものように軽く足を回した。
しかし、よし、と頷くコーチや安心したらしい周りのメンバーとは裏腹に渋沢の目は厳しいままだ。
「水上」
互いにしか聞こえないくらいの小さな声でも、水上はちゃんとわかったらしい。
ち、と舌打ちする。
「うるせーよ。まだ……大丈夫だから、お前は自分のことだけ心配してろ」
「でもその足」
「いいから。これで俺が決めりゃ、試合も終わる。……お前がいなきゃ勝てねー冬賀だ、なんて風評はいらねーんだよ」
さっさと、戻れ。
そう言外に告げられて、ますます渋沢は動けなくなる、が。
「――いいから黙って見とけ」
「三……」
「君!大丈夫なら始めなさい!」
審判の声に遮られた渋沢に、水上が「ほら行けよ」と促した。
コーチが慌ててベンチへ戻る。こうなれば渋沢も戻るしかない。
「――……なら、絶対勝って、無事に戻ってこい」
僅かに触れた手の熱を最後に、渋沢も大急ぎでベンチに戻った。
そしてボールがセットされる。
ゴール前に作られた人の壁の向こうに望むものは全てあった。
距離はある、が――きっちりねらえる範囲内だ。
いつもなら近藤が並ぶ壁の中で、自らその役を買ってでた藤澤がにっと笑った。
大丈夫。ちゃんと作戦も伝わっている。
だから水上も不敵に笑ってやる。
「カッコイイね、水上」
そんな水上の横で、くす、と笑ったのは、黙って一部始終を見ていた中西だった。
「次がなきゃ渋沢の活躍だってなくなっちゃうし、気合いは十分ってとこ?」
「……うっせえ、黙れ。大体俺はそんなこと一言も」
「ハイハイ。……で?俺が蹴ろうか?」
少しだけ見える心配に、水上はバーカと笑った。
「俺がやる。勝つぞ、中西」
「……おっけー」
まだ渋沢の触れた熱が残る指を、ぐっと握りしめ。
そうして水上はまっすぐゴールを見据えた。