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4.阿闍世


「山神ぃ、アンタそのうち『This man』になるんじゃなーい? かわいいかわいい都市伝説、キャアキャア言われちゃうかもね~。ぽぽーぽぽぽぽ。コレ、悪夢の呼び込みくんのマネぇ」

「……悪いが、言っている意味がわからない」


 うらぶれた小屋の上がり框。古びた玄関戸から見える一面の菜園を眺めながら、アヤメはひといきに猪口を煽った。

 背を逸らしたついでに「マスタぁー、おかわり持って来てぇ~!」と奥間に向かって叫ぶと、無精な人間めいた所作に山神が眉を顰めるのがわかった。


 『地天じてん』の地に居を構えた小屋は、その外見どおり、暇を持て余した老骨たちの憩いの場となっている。


 なかでも農具や釣り具に混じって積み重なった酒樽は、広くない室内のいたるところを圧迫している。雰囲気だけならば場末のスナックといったところだろうか。

 テーブル代わりにボードゲームに興じる神々の姿も散見され、内も外も騒がしい。


「誰がマスターや、誰が」


 間を置かずして、お盆に徳利を乗せた素朴な印象の少年が現れる。

 背格好は未成熟な子どものそれであるが、表情ばかりが柔らかく、老成した大人然としている。


「お客さん、今日はもう終いにしといたほうがええわ。ややこしいのに絡まれたらかなわんしな」

「だってさぁ、レオンズ負けちゃったんだよぉ? あ~もう! っンであそこでハズすかな゛ぁ~~~!?」


 山神は小首を傾げた。聞き返しこそしないものの、頭上に「れおんず?」と疑問が浮いて見えるようだ。

 新進気鋭のサッカーチームが敗北したことは、天変地異に等しくアヤメにとって由々しき事態だ。だが彼女を酒の席に誘ったのは、これとは全く関係がない。


「そうそうマスタぁー、こっちね、山の。ホラ、前に話したひきこもり」

「そんなことまで話してるのか!?」

「新規さん連れて来たんだから、たぁ~んとサービスしてやってぇ! モチ、アヤメちゃんにもね~」

「ああ、あんたが! お噂はかねがね聞いとります、うちは地天の代葩ヨヒラちゅう者です。あんたな、そない若い子に心配さしたらあかんやろ。ちゃんとご飯食べてはりますか? こっちに顔見せてくれへんさかい、生きてんのか死んでんのかもわかれへんねん。あ、そうそう。帰りにそこの野菜、持ってってな。礼なんかいらんよ」

「は、はあ。お構いなく……」


 身を固くする山神の背を、酔っ払いらしくカッカッカと高笑いを上げながら叩く。


 この不愛想な女神の考えは、手に取るようにわかった。ヨヒラの保護的な性質は、つい訪れたばかりの悪夢を彷彿とさせたに違いない。

 いや、そうでなければ困る。だってそれが目的なのだから。


 夢は、無意識を反映する鏡だ。


 その無意識のひとつに『トラウマの再演』というものがある。

 人間は、過去に経験した恐怖の感情を自分自身から切り離すことができない。何度も何度も繰り返し反芻して、より鮮明に恐れや辱めを想起する。


 なんなら自他共に認めるテキトー屋であるアヤメですら、そういう黒歴史がないわけではない。


 かつて、現世に”マイク”という遣いを送ったことがある。

 マイクは美しい歌声で人々に愛され、日々を歌って過ごした。しかしある日、呼吸器を患い、感染症を恐れた領主から首を刎ねられる。

 神の加護を賜ったマイクは首から上を失ってなお、それまでと変わらず生活をつづけた。

 領民は奇跡といってありがたがり、領主はこの現象をさらに探求すべく、領民の首を次々と刎ねた。

 やがて町から人が消え、領主を含めただれもが第二のマイクに成れないと証明された頃、マイクは食事を喉につまらせ死んでしまった。

 首の断面から栄養を得ていたマイクは、しかし異物を取り除いてくれる者がいなくなったため、死ぬに死ねなくなっていた。見兼ねたアヤメが加護を放棄するまで、亡びた町でひとり首を延々掻き毟っていたのだ。


 アヤメは悔いた。自分が遣わせなければ、こんなことにはならなかったのに、と。


 実際、カナオという人間は、強烈なトラウマから殺人衝動に身を堕としたと聞く。

 姑息な現実改変を目の当たりにし、山神は再び失望したか。あるいは義憤に駆られたか。いずれにせよ介入した経緯は想像に容易い。


 忘れたくても忘れられない記憶は、必ず表層に影響を及ぼすものだ。


「アヤメ、ちゃんと聞いているか?」

「あー、ハイハイ。シンママちゃんのはなし? 聞いてます聞いてます。あーいうオンナぁ、助けて欲しいわけじゃないの。苦しみが自分のものかどうか確めたいだけ。そのサナトリウムが、大理石の床! 形状記憶合金でできた家族愛! ってわけ。ホラ、最終的にイヤになったら、ちゃぁーんと”夜明け”のお迎えあったでしょ? それでいーんですってぇ、夢なんて。だって意味ないもん」

「この間と言ってることが違うじゃないか」

「こないだぁ? なんて言ったっけ?」

「”悪夢にも意味がある”って!」

「そうそう、悪夢を楽しめるのはヒトの権利でしょ~? あんまり邪魔しちゃ悪いですってぇ」


 「けど、」と山神が言い募るのを、新鮮な気持ちで耳を傾ける。この杓子定規な女神はドがつくほどの堅物で、人間嫌いではあるが、それ以上に純心だ。


 人と関わった罰でそれはそれは惨たらしい思いをしたに違いないのに(っていっても想像の域を出ないけど)、なおも首を突っ込まずにはいられない。

 それが彼女の面白いところだ、と思う。好ましいと言い換えてもいい。


「過去の過ちや苦しさが美化されるのは、そうしないと絶望してしまうからじゃないのか? なりふり構わず奮起しないと駄目になってしまうことが、自分自身のことだからよくわかるんだ。それを夢だからと見逃して、いざ現実に戻ったらどうなる? 同じ顛末をたどらないとも言い切れないだろう」


(そりゃあ、心配よねぇ。今度は現実で困ったことになっちゃったら? って。夢でやったみたいに逃げて、その逃避に子どもを巻き込むんじゃないかって、そう思ってもしょーがないわ。それだって、アンタのものさしで測るまでもないってのに)


 夢は無意識の反映だ。だから、山神が「たかが夢」と切り捨てられない気持ちもわかる。

 なにせカナオが夜明けを迎えられたのは、夢を拒絶できたからではない。ただ単にそれだけの時間が経っただけ、なのだから。


「はーぁ、アンタって下戸ぉ? もう、ほーんと感心しちゃう。アンタが通ったあとの道って、ぺんぺん草の一つも生えないんでしょ~ね~~~」

「なんだそれ。どういう意味?」

「ホントぉどぉ~いう意味ぃ? 山神にわかるかなぁ? ねぇマスタぁー」

「そやなあ。お酒が無うてかて幸せにはなれるけどな。お酒があるからこそもっと幸せでいられるんやって。そこのところ分かっとかなあかんで」

「ちょっとマスタぁ? それぇどっちに言ってる? 山神ぃ!? ヤバ、釈迦に説法! キャハハ!」

「すんませんなあ、お客さん。今日はワールドカップがあったもんで、この子、なんぞえらい興奮しとるようなんですわ。ご用があるんやったら潰れてしまわんうちに済ませてもろたほうが、よろしいでしょうなあ」

「……わーるどかっぷって、現世のスポーツのやつか?」


 勢いづけてグラスを空にしたアヤメを慮ってか、ヨヒラは山神のとなりに腰を下ろした。気を遣わせてしまったか? 口角を吊り上げて笑っていたつもりだが、実際のところ苛立ちが隠し切れていなかったかもしれない。


 本当は、レオンズの勝敗などいいのだ。ミヤビの人間観察も。懲りないなあ、とは思うけど。ただ、ポーズだけでいいから、何かをしていたかっただけ。


 ―――自分の手を汚さない方法で巫女の代替わりを捜し始めてからというもの、引け目を感じてユメジに会いに行けていない。


 モンタージュで目を、口元を、輪郭を移し替えながら、まだ見ぬ第二の巫女のことばかり考えている。こんな不義理を無二の友にだけは悟られたくなかった。


 自分が傲慢な領主でない証明ができない限りは、まだ、たぶん。関わってはいけない。


「あんたも、昔に誰かを傷つけてしもたんやな。そないな話しぶりや」

「昔、というか……。夢のなかで、わたしは人間にかける言葉を間違えた。彼女の許せないものが彼女自身であることは、とうに気が付いていたのに」


 ヨヒラが見透かしたように言う。「昔に?」唐突とも思える単語に顔を上げると、そっぽを向いた山神の耳だけが見えた。


「『償いたい』、よう分かるで。せやけど、何もせんといてほしいって思てる相手の気持ちにも寄り添うてあげなあかん。ただ同じ空の下で生きることを、なんとか許してもろてるだけ。一生憎まれて、嫌われ続けるっちゅうのもな……償いの一つのかたちやと、うちは思うよ」

「……何か勘違いしてるようだが、わたしは人間に対してそこまで深い関係を求めていない。向こうはわたしの名さえ知らないはずだ。恐らくもう会うこともない」

「そっか、悪いこと言うてしもたなあ。年取るとつい口出ししてまうもんやな。せやけどあんたも偉い神さんやったら、そんな暗い顔しとったら舐められてまうで。運動しぃや、運動。あの畑な、うちのもんなんやけど空いてるとこは好きに使うたらええし。アヤメも教えたってな」

「まかせときぃ~マスタぁー」

「だから、マスターはやめぇや」


 様子が気になって山神の頬を突っつくと、彼女はこちらを向くことなく徐に立ち上がった。心なしか包帯の隙間から見える肌が赤らんでいる気がする。

 「そろそろおいとましましょ~かぁ」と追って横に並ぶが、今度はその場から動かない。どうやら挨拶がしたいらしい。


「……あの。ヨヒラ、さん。また来てもいいですか?」

「ん? そら当たり前やん。いつでも来てな。あ、これな、庭で採れたキュウリと里芋。重いで気ぃ付けてな。来週あたりならトマトもええ感じに熟れそうやし、タッパーかなんか持ってきたらええよ」


 別にそこまでじゃ……という困惑がありありと伝わってくる。あれよあれよという間に両手いっぱいに紙袋を持たされた山神は、助けを求めるようにアヤメを窺った。

 散歩コースから離れた犬みたいで面白いから、見ないフリ。


「そうや、ミヤビさん、やったっけ? パンはお好き? ここでやってる交流会にな、いつも山ほど持ってきてくれる人おるんよ。『みんなでどうぞ』言うて、特別に安ぅ売ってくれはるねん。うち一人じゃ食べきれへんし、良かったら持ってってな」

「それって、…………いや、なんでもない」


 余分な感情の混じらないヨヒラの瞳は、こちらを見通すようで、なんだか遠くを見ているようでもある。善意で一層あどけない表情は、こちらのありとあらゆる意欲を削いでしまう。


(わかる、わかるよその気持ち!)


 山神―――ミヤビのあまりに不格好な愛想笑いに釣られて、アヤメはとうとう噴き出した。


「ヨッヒラ~、それってぇ、高齢者狙った特殊詐欺でしょぉ~!? カモ過ぎてダサ~!」

「ア、アヤメ! ちゃんと言うな!」



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