lv.9 従者の行方
[Ⅰ]
酒場で少し酒を飲みながらレティアと世間話をした後、俺は彼女を外に連れ出した。
世間話と言っても、彼女には俺の素性を話さないようにお願いしての会話だったので、少しぎこちないモノだった。
その為、もっと深く話ができる場所へ、移動する事にしたのだ。
俺はレティアに、ゴート区域であまり人のいない場所を案内してもらった。
そして彼女は、とある場所で立ち止まったのである。
「ここで良いでしょうか? ここなら恐らく、誰にも話を聞かれないと思います」
そこは、街を仕切る古びた城塞の突き当たり。雑然としていて、確かに人の気配がない所だった。
廃材みたいな木や割れた石、大きく変形した使えない武具が乱雑に放り投げられている。
つまり、ゴート区域の廃材置き場みたいな所なんだろう。
悪く言えばゴミ捨て場である。
「ああ、ここで良い。さてそれじゃあ、本題にいこうか。レティアさん……貴女に訊きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「俺の従者にシムという男がいたんだが、レティアさんはその男の事を知っているかい?」
「侍従のシム様ですか?」
「ああ、そいつだ」
レティアは言いにくそうに話し始めた。
「シム様は……このマティスにおります。ですが、今はちょっと面倒な男の所におられるのです」
「面倒? どういうこと?」
「一時期、シム様は荒れておられた時期があったんです。そこで厄介な男と問題を起こされて……」
「荒れていた……」
なんかよくわからんが、初耳な話だ。
「はい……ですが、それはかなり前の話です。恐らく、今から60日くらい前だと思います」
「なんで荒れてたんだ? 話が見えないんだが……」
60日くらい前というと、俺を殺害して数日後といったところだ。
罪悪感に苛まれていたんだろうか?
「それはわかりません。ですが、その前から塞ぎ込む日が続いていたのです。ロイさんの酒場にも入り浸る日々が続いていて、ずっと独り言のように同じ事を言ってました」
「独り言? 何を言っていたんだ?」
レティアは顎に手を当て、思案顔になった。
「確か、こんな内容だったと思います。『私はなんて事をしてしまったんだ。取り返しのつかない事をしてしまった。幾ら、ルザリア様のお願いとはいえ……なんて事を』と。それを繰り返し言ってたのです。何の事かはわからないのですが……」
話の感じからして、俺に毒を盛った事のようだが、問題は、なぜそれを気に病んでいたのかである。
「へぇ、他には何か言ってなかった? 例えば、ルザリアの事とか」
「すいません、シュレン王子。私はそれしかわかりません。他の子に訊くと、もう少しわかるかもしれませんが……」
するとレティアは、おずおずと頭を下げ、侍女のような所作をしたのである。
これは、言っておかねばなるまい。
俺はレティアに耳打ちした。
「レティアさん、さっき酒場でも言ったが、俺の身分はなるべく口にしないでくれ。それと、その王城にいる時のような作法や言い方もやめてくれないか」
「え? なぜですか?」
「色々と事情があるんだよ。だから元の身分は伏せておいてほしい。それに、もう……オヴェリウスという国は無くなったんだ。今の俺は君達と同じで、放浪の身なんだよ。元王族というだけだ。これからは変に気を使わなくていい」
レティアは悲しげに俺を見た。
「シュレン様……」
「それもだよ。酒場でも言ったが、今後はコジロー、もしくはコジローさんで頼む。今は訳あって本名は使わない事にしてるんでな。それと、敬う必要もない。できれば、友人と話すよう、普通に話してくれ。それに……俺は君に敬われるほど、立派な人間でもないからな。今になってようやくわかったよ」
シュレンの情けなさは、城にいた者なら、よく知っている筈だろう。
弟の方が、次の王に相応しいと言われていたからだ。
レティアはキョトンとしながら俺を見ていた。
「シュ……いえ、コジローさん。お変わりになられたんですね。前の面影が全然ないです。堂々と話されますし、見た目も逞しくなられたというか……まるで別人のようです」
レティアは俺の顔からつま先まで、順に目を這わしていた。
彼女の知ってるシュレンではないんだろう。
偽物のように思ったのかもしれない。
「そ、そう? まぁ俺も、そこそこ苦労はしたからね。グランゼニスの所為でな」
俺はそう言って遠くを見た。
あまり触れてほしくない部分だから、話題を変えよう。
「まぁいい。で、話を戻すけど、シムは一体何をやらかしたんだ? 今はどこにいる?」
「シム様は、このマティスで悪名高いキエーザの所にいます」
「キエーザ……って、誰?」
初めて聞く名前であった。
どことなくサッカー選手っぽい名前だ。
「このマティスのシグルードに所属する剣士です。シグルードでも1、2を争うくらい腕が立つ剣士なんですが、金貸しみたいな事もしていて、しかもかなり悪辣なんです。この男の所為で、酷い目に遭う者も多いんですよ。シム様もそれで……」
シグルードとは魔物討伐を専門に請け負う組織である。
オヴェリウスにもあったように記憶している。
この組織は協同組合的な団体で、設立には、国やその地の領主も少し関わっている。
簡単に言えば、RPGによく出てくる冒険者ギルド的な組織であった。
それはともかく、話を聞く限り、シムは闇金の半グレに引っかかったという事のようだ。
これはまた面倒な展開である。
「あのバカ……で、キエーザって奴はどこにいるんだ?」
「え? キエーザの所に行かれるんですか? それはやめておいた方が……」
するとレティアはドン引きするように、俺を見ていた。
何か不味いのだろうか?
「ダメなのか?」
「シュ……じゃなくて、コジローさん。やめた方がいいです。アイツは冗談が通じる相手ではないですよ。私、アイツが大嫌いなんです。しかも凄い女好きで……私、アイツに胸とかお尻とか触られましたもん。しかも強引に……思い出しても腹が立ちます!」
レティアはイラっと来たのか、握り拳を作っていた。
相当嫌いなんだろう。
しかも、なかなかのエロ男のようだ。
おまけに、レティアの胸と尻を強引に触ってきたとな。
それは捨て置けぬ。
羨ましい……最後までやられたんだろうか?
それとなく訊いてみよう。
「へぇ、レティアさんはキエーザって奴に酷い事されたのか? もしかして、子供作る行為とかも?」
するとレティアは顔を赤らめた。
うむ、ストレート過ぎたか。失敬!
「い、いや……そこまでは、まだされてないです。でも、やられちゃった子はいると思います。というか、シュレンさんも、そういう風に考える事あるんですね。意外です」
と言って、レティアはジト目を送ってきた。
軽蔑されたかもしれんが、男子たる者、色を好むは健全の証よ。
「俺も男だからねぇ……悶々とする時はあるよ。しかし、キエーザって奴は、君のその胸と尻を揉みしだいたのか。羨ましい……じゃなかった。なんてけしからん奴だ」
俺はそこで、レティアのちょうど良い感じの胸と尻をガン見した。
レティアは恥ずかしそうに胸を両手で隠す。
おのれ、異なことを! ちょこざいな!
よいではないか、某に、少し拝ませてくれても!
「そ、そんなに見ないでください。それに、揉みしだかれてはいないです。ガッシリと触られただけで……」
「まぁどっちでもいいけどね。それはそうと、シムはキエーザって奴の所にいるんだな? どこにいるんだ、ソイツは? ちょいとシムに訊きたいことがあるんでね。探しているんだよ」
「そうですか……わかりました。でも危ない奴ですよ。それでも良いんですか?」
「構わんよ」
「じゃあ、私が案内します」
さて、シムの居場所はわかった。
キエーザかギョーザか知らんが、とりあえず、行ってみるとしよう。
一度死んでいる所為かはわからんが、あまり怖さというモノはない。
どうやら俺は少し、図太い人間になってしまったようだ。
こういう治安の悪い異世界は、このくらいで良いのかもしれない。
などと思う、今日この頃であった。