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lv.6 鍛冶屋

   [Ⅰ]



 フレイさんの家に戻る頃には、お日様が山の陰から少し顔を出しており、靄があるものの周囲は明るくなっていた。

 空は青い。今日も天気が良さそうな感じだ。

 村人達も動き始めている。

 電気設備というモノがないと、人は太陽と共に生活する事になる好例である。

 そして玄関を開けると、2人はもう起きており、テーブルでなにやら話をしているところだった。

 恐らくドムさんが、昨夜の件について、また交渉しているんだろう。

 すると、ドムさんは俺を見るなり、席を立ち、こちらに来た。


「おお、コジローさん。どこに行ってたんだい? 朝起きたらいなかったんで、もう村を出たのかと思ったよ」

「裏山で剣の稽古してました。日課になってるもんでね」

「ああ、そうだったのか。どうりで朝早い筈だ」


 するとフレイさんが顎に手を当て、俺を見ていた。

 若干、品定めしてる感じがあるが、まぁそんなに気にする事もないだろう。

 この人の職業病だからだ。


「ほう、剣の修練をしていたのか。若いのに感心だな。だが、コジローさんは剣士にしては身体が細い。だから、もう少し鍛えておいた方が良いぞ。この辺りでも偶に、面倒な魔物が出たりする事もあるからな」

「ええ、俺もそう考えているところです。ところでフレイさん、昨夜の件はどうなったんですかね? ドムさんが話していた武器の製造依頼は受けるんですか?」


 そう、フレイさんはなんと、この村で唯一の鍛冶屋なのであった。

 だがとはいうものの、今は武器製造からは足を洗っており、もっぱら農具や馬の蹄鉄、包丁なんかを造ったりしているそうだ。

 年なのでもう、武器製造はしないと言っていたが……さてどうするのか。

 フレイさんは腕を組み、渋い表情になった。


「騎士剣を30本と言われたが、厳しいな。溶けやすいロギンを型に流して作る廉価武具ならできるが……領主に納める騎士剣となると話は別だ。それに儂はもう年だし、昔みたいに幾つも鍛造はできんよ。アロンを伸ばすのも、なかなか大変だからな」


 ロギンとアロンは、この地域の武具に使われる素材の名だ。

 たぶんロギンが青銅ぽい合金素材で、アロンが鉄か鋼のようなモノだろう。

 すずやニッケル、そして炭素含有量とか、成分の事を言い出すとよくわからんが、イメージ的にはそんな感じである。

 まぁそれはともかくとして、確かに剣の鍛造は大変だ。

 老人がするには骨の折れる作業である。

 するとドムさんは、祈るように胸の前で手を組んだ。


「そこをなんとか引き受けてくれると、ありがたいんだけどな。昨夜も言ったが、マティスの領主様の使いが、フレイさんの騎士剣が欲しいと、直々に俺の店に来たんだよ。だから、流石に断れなくてね。なんとかならんかね?」


 マティスは、シュレンが殺される前に一泊した街であった。

 勿論、殺人犯であるシムと一緒に、だ。

 ちなみにマティスは、このイシルとあの森を挟んで反対側にあり、結構大きな街である。

 ここから徒歩で半日という距離だ。

 で、ドムさんはマティスにある武器屋の店主のようで、フレイさんとはソレ繋がりで馴染みの仲なんだろう。

 フレイさんは残念そうに頭を振った。


「悪いが……何れにしろ、儂1人じゃ無理だよ。しかも、製作期間は60日くらいと言っていた。武器製造はそんなに簡単なもんじゃない。それにこの村には、それだけの武具を造る素材が、今は無いからな」

「素材の手配なら私がするよ。人も探そう。お願いできないかな? マティスの名工と云われたフレイさんの剣は、領主様のお気に入りでもあるんだから」


 剣の鍛造か。

 日本刀の仕組みやその過程は、一応、知識としてあるから、興味のある話であった。

 それにシュレンの剣は西洋剣だし、ここで武器製造を学んで、自分の日本刀を造ってみるのも良いかもしれない。

 俺が使う剣術は、基本的に、日本の武具による武芸だからだ。

 ちなみに鬼一兵法は、失伝した京八流一派のようだが、その辺は実を言うと、俺もよくわからない。

 そもそも、平安時代の陰陽師・鬼一法眼を祖とすると云われてはいるが、その人物が本当にいたのかどうかすら、確証がないからである。

 ハッキリ言って謎だ。

 とはいえ、俺の家は律儀にも、代々、その兵法を現代に伝え続けて来たのであった。

 今回、俺が死んだので、恐らく今後は、弟がそれを伝承していくんだろう。

 さて、話が逸れた。今は剣の鍛造だ。

 正直言うと、生前は刀匠も興味のある職業ではあった。

 素材の他にも熱する炉や、焼き刃土、そして拵えの問題もあるので、そんな簡単な話ではないが、面白そうであった。

 それに力仕事なので、この身体の鍛錬にもなるだろう。

 つーわけで、立候補してみよう。


「じゃあ、俺が手伝いましょうかね? 剣の鍛造って興味あるんですよ」

「おお、こんな所に良い人がいた。なぁフレイさん、コジローさんもこう言ってるがどうだい?」

「おいおい、コジローさん。良いのか? アンタは剣士なんだろう?」

「剣士だからこそ、興味があるんですよ。命預ける武具にはね。この国の武具の製造過程を見てみたいんです」


 フレイさんはキョトンとしていた。

 まさか、剣士がこんな事を言うとは思わなかったんだろう。


「コジローさんは若いのに、変わった剣士だな。ここの兵士や剣士は、剣を消耗品としてしか考えておらんのに」

「変わり者とはよく言われますよ」


 剣は消耗品。

 オヴェリウスでも武官が装備する武具以外は、そんな認識であった。

 下級兵士達の武具に至っては、ほぼ廉価武具ばかりだったとシュレンも記憶している。

 そう、確かに消耗品なのだ。それは間違いない。

 かくいう日本も、戦国時代の武家以外はそんな感じだったから、正しい価値観ではある。

 そもそも、刀は武士の魂などという戯言(ざれごと)も、平和な江戸時代にできた慣用句だからだ。

 だがそうは言っても、古流剣術を現代に伝える我が桜木家では、刀剣はやはり神聖なモノなのである。

 そうやって育ってきたので、俺は今更、そんな風には考えられないのだ。

 

「まぁコジローさんも手伝ってくれるのなら、考えてみてもいいだろう。それに、この村の者でも手伝ってくれるのが少しはいるからな」

「本当かい! 是非、前向きに考えてくれよ、フレイの旦那」


 さて、後はフレイさん次第だ。

 どういう決断を下すのかはわからないが、俺は流れに身を任せるとしよう。



   [Ⅱ]



 俺がフレイさんの家に厄介になり始め、70日くらい経過しただろうか。

 お陰で、この辺りの地理的な事も、少しわかってきたところだ。

 この2カ月程、なかなかに面白い体験ができた。

 剣の鍛造も然る事ながら、村人達との交流もあり、俺の名前もすっかりこの村に浸透した。

 村人達も、最初は得体の知れない者のように俺を見ていたが、今では仲良く過ごす事ができている。

 フレイさんの知人という事で、早くに気を許して貰えたようだ。

 まぁ郷に入ったら郷に従えという感じで、俺もあまり目立つような事はしなかったのも大きいだろう。

 こういう小さなコミュニティーは、そういう輪を乱す人間を極端に嫌うからである。

 まぁそれはさておき、つい先日、領主に納める騎士剣は作り終えたところだ。

 その為、今日はそれらを引き取りに、ドムさんが輸送の荷馬車と共に、こちらに来る事になっているのである。

 つまり、依頼達成の日というやつだ。

 しかし、この2カ月余り、有意義な日々を過ごせた。

 フレイさんの鍛造技術を間近で見れ、その製造過程を知る事が出来たので、刺激のある毎日であった。

 そして、俺もその合間を利用して、自分の刀を作り上げる事が出来たのである。

 但し、俺はまだまだ未熟故、日本刀モドキのモノしか作れなかったが。

 やはり、金属の折り返し鍛錬が甘いのと、焼き刃土の加減がよくわからないからである。

 おまけに拵えも、この地域にある代用品で対応したので、本来の意味での日本刀ではないのであった。

 その為、見た目はそれっぽいが、恐らく、日本刀としては一流のモノではない。

 本物を振るった経験があるからこそわかる感覚であった。

 桜木家は古流剣術を伝えている事もあり、当然、真剣も二振り保管している。

 銘は見てないので本当かどうかは知らないが、親父曰く、その内の1つは室町時代の備前派の刀工、盛光のモノらしい。

 その2つの刃渡りは3尺と2尺5寸。つまり、90cmほどの大太刀と70cmほどの太刀であった。

 そして、今回の作刀にあたっては大太刀の方を参考にした。

 シュレンの長剣と同じくらいの長さというのもあるが、それよりも実戦を考えての事であった。

 やはり、化け物を相手にする事があるので、間合いを広く取れる武器の方が有利だからだ。

 まぁそんなわけで大太刀モドキを造ったわけだが、今所持しているシュレンの剣よりも業物とは言えた。

 こんなモノでも、切れ味が全然違うからである。

 研ぎが若干甘いが、まぁまぁ実用に耐えるモノにはなっただろう。

 ちなみにだが、フレイさんは俺の鍛造工程を聞いて、最初は首を捻っていた。

 当然だ。剣を造るにしてはかなり面倒な作業が多いからである。

 だが出来上がったモノを見て、度肝を抜かれたのか、フレイさんは刀身を暫く魅入っていたのだった。

 初めて目にする刀というモノに驚いている風であった。

 そして俺に「どこでこの製法を学んだ?」と訊いてきたのである。

 俺はこう答えておいた。


「人伝に聞いたんです。折れず、曲がらず、よく斬れる、カタナという剣の話を。これは聞きかじったのを試してみたんですよ」


 するとフレイさんは、「世の中には色んな剣の作り方があるのだな」と、感心したように頷いていたのである。

 フレイさん自身にも刺激のある作品になったようだ。

 と、まぁ色々と話したい内容ではあるが、刀剣の話はこのくらいにしておこう。

 さて、今は夜明けが明けたばかりの早朝である。

 俺は今、自分の刀を背中に担ぎ、また森の中へとやってきたところであった。

 あのゲスなペンギンと、話したい事があったからだ。

 というわけで、俺はいつもの大木の陰に隠れ、エールペンデュラムスを開いた。

 そして白紙部分に手を置き、奴に語り掛けたのである。


(おい、ゲスペンギン。今いいか?)

『なんだゲス人間。今のお前が習得できる力はもうないぞ。新たな力を得たいなら、精々、徳を積み、身体を鍛える事だな。ま、最初の頃から比べると、少しはマシになったがな』


 という文字が浮かび上がってきた。

 相変わらず、嫌味臭いペンギンである。


(そりゃどうも。だが今日はその話をしに来たんじゃない)

『なんだ?』

(お前……以前、俺をスカウトしに来たと言ってたよな? どういう意味だ?)

『文字通りスカウトだよ。あの日のあの瞬間に、あの男に転生させられる魂のな。その中で、お前が一番強い魂をしていた。ただそれだけの事だ。盟約にはそうなっていたんでな』

(一番強い魂を転生だと……なんだそりゃ?)

『気にするだけ無駄な事だ。今更どうにもならん。お前はあの時点で死んだのだからな。お前はここで、第二の人生を紡ぐしかないんだよ』


 コイツは何かを知っている。

 恐らく、この転生自体、何か理由があるに違いない。


(それはわかるが……なんだ、その盟約って?)

『それは言えないねぇ。契約とはそういうものだからな。機密事項だ。ついでにいえば、お前は知らなくていい事だよ。今はまだな。気長に生きていけや。しかし、お前、渋くなったなぁ。どうしたんだ、髭なんか生やして? 髪もロン毛にしてさ。色も良い感じで日焼けして、すっかり放浪の剣士風になってんじゃん。お似合いだよ』


 そう、俺の見た目は確かにそんな感じだ。

 命を狙われていた為、変装もかねて髭を伸ばしているのであった。

 まぁとはいえ、髪の毛に関しては、いつか切るつもりだが。


(放っとけ。俺はお尋ね者らしいから、あえて無精髭を生やしてんだよ。つか、見えてんのか?) 

『ああ、見えてるよ。マヌケ面がな』

(それこそ、放っておいてくれ)

『そういや、今日はあの沢山の剣を運ぶんだったな。お前も護衛で付いてくんだろ?』

(ああ、それがどうかしたのか?)

『行き先はマティスだったな。なら、もしかすると出会いがあるかもな。ま、あんましいい出会いではないかもしれないがね、www』


 最後のwwwは笑いの意味なんだろう。

 コイツはネットスラングを時々使うので、どういう風にこのメッセージを送ってるのか気になるところだ。

 というか、日本文化を知り過ぎだろ。

 わけがわからない自称神のペンギンである。

 しかし……気になる予言であった。

 本当かどうかわからないが、念の為、注視するとしよう。

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