lv.5 魔法書
[Ⅰ]
俺とドムさんは、フレイさんの家で一晩明かした。
床で雑魚寝だが、屋根のある場所で寝れるだけ、まだありがたい。
ちなみに、シュレンも祖国からの逃避行で、野宿はそこそこ経験している。
まぁ色々と大変だったようだ。
食事も満足に摂れない日々があったみたいである。
戦乱の最中にオヴェリウスを出国しなければならなかったので、無理もない話であった。
特に温室育ちのシュレンには過酷だったことだろう。
とまぁそんな苦労話は置いておくとして、俺は夜明けと共に目を覚ました事もあり、フレイさんの家を出て、今は村の中を散歩しているところだ。
村内は靄がかかっており、ぼんやりと若干視界が悪い。
住民達もまだ寝ているのか、そんなには見掛けなかった。
自警団の者達くらいである。
で、俺はただ村の中を散歩しているのかというと、そうではない。
勿論、理由があるのだ。
それは何かというと、魔法書エールペンデュラムスについて調べたかったからである。
その為、人が来なさそうな場所を、俺は今、探しているのであった。
というのも、シュレンの記憶によると、一般の人々にとって魔法というものは、少々恐れられているモノでもあったからだ。
理由として、魔導師が少ないのも関係しているだろう。
つまり一般人は、魔法を目にする機会がそんなにないので、得体の知れないモノに映るのである。
それはシュレンにしても同様であった。
寧ろ、グランゼニスとの戦争で、より一層、そういう考えになっている感じだ。
魔法による死人戦法を見たら、誰だってそうなるだろう。
まぁとはいえ、それはシュレンの考えであり、俺は興味津々であった。
やはり、魔法にはロマンがあるからだ。
中二病と言われようが、なんだろうが、男子たる者、人生で一度は魔法の真似事をするからである。
まぁそんな事はさておき、俺は今、朝靄が漂う中、民家がない裏山へと、静かに足を踏み入れたところだ。
裏山に来たのは、そこが一番安全そうだからである。
で、夜明けの山中だが、流石にかなり薄暗い。が、本が読めないほどではなかった。
その為、俺はとりあえず、山中の大きな木の陰に行き、そこでエールペンデュラムスを広げたのである。
さて、続きに目を通すとしよう。
勿論、ご利用は計画的にの後だ。
『汝……無地の部分に手を当て、欲しい力を願うがいい。書が認めれば力を得られよう。但し……その力は汝の血によってのみ生み出される。使い方を誤れば身を滅ぼす事になろう。ご利用は計画的に』
いきなり怖い事が書いてあった。
おまけに、消費者金融モドキの注意書きが、また出てきたのである。
大事な事なので2回言いました的な文言であった。
それはともかく、どうやら魔法を得られた場合、その力を使うには血が必要と言いたいのだろう。
つまり……失血である。
「え、ちょっと待って……これ本当か? いやいやいや、マジックポイントが血液はアカンやろ……場合によっては本当に死ぬやん。どうしよう……試すのも抵抗があるんだが」
俺は動揺し、思わず声が出てしまっていた。
当たり前だ。こんな事が書かれてたら、誰だって躊躇するだろう。
だがこの世界では、厄介な魔物の最上位に吸血鬼がいるので、これがもし本当なら納得がいく話であった。
血が魔力なら、吸血鬼は人間よりも簡単に補充できるからだ。
とはいえ、現実世界のヴァンパイア伝承と同じく、この世界の吸血鬼も、太陽がダメらしい。
なので、そこまで無敵でもないようである。
ま、今はそんな事よりも、契約をするかどうかだ。
どうしよう。
「少し怖いが……とりあえず……やってみるか。まずは火からいってみよう」
俺は小さく独り言を呟きながら、2ページ目の白紙に手を置き、燃え盛る火をイメージしながら、静かに祈った。
(ウッス! 炎の魔法を使えるようになりたいっス!)
と、柔道部員のように。
するとその直後、なんと白いページが発光し、妙な紋様が浮かび上がってきたのである。
そして俺の中に、何かが入りこんで来たのだ。
それは不思議な感覚であった。
まるで今の紋様が、俺の中に刻み込まれたような感じだからだ。
「え、なんだ……今のは……ん?」
すると続いて、紋様の下に古代文字が浮かび上がってきた。
そこにはこんな事が書かれていた。
『炎の印・アタール 力を得たいなら、意識を集中し、口に出さず神秘の言葉を唱えよ…… 』
そして、更にその下に、呪文のような古代文字が浮かび上がってきたのである。
恐らく、コレを唱えないと、魔法が発動しないんだろう。
俺は恐る恐る、その言葉を心の中で唱えた。
すると俺の掌から、ソフトボール大の炎の塊が出現したのだ。
「ウホ……出たよ、熱い炎が……」
炎はメラメラと燃え盛っている。
それはまさに、アンビリーバブルな現象であった。
だがそこで、微妙に眩暈がしてきたのである。
そして、ご利用は計画的にの注意書きが、俺の脳裏に過ぎったのであった。
続けるのが怖くなった俺は、そこで思わず、集中を切らしてしまった。
と、その直後、炎はフッと消えてしまったのだ。
「あれ、炎が消えた……」
どうやら意識を外すと、魔法は不完全なモノになるようだ。
とはいえ、魔法の習得方法と発動手順は、なんとなくわかったところである。
なかなかによくできた設定であった。
というわけで、次はアレをお願いしてみよう。
(傷を治す力が欲しいッス。というか、回復魔法を使えるようになりたいッス)
するとまた、妙な紋様が浮かび上がってきた。
そこには古代語でこう書かれていた。
『生命力の印・ハオム』
続いて、また同じように、発動の呪文が浮かび上がってきたのだ。が、試す気にはならなかった。
なぜなら、さっきの眩暈は貧血の可能性があるからだ。
シュレンも知らない驚愕の事実だが、今にして考えると、思い当たる節があった。
実はオヴェリウスにいた宮廷魔導師達も、魔法をあまり使いたがらなかったからである。
国王である父のお願いでも「自然界の法則をみだりに歪めるのは、神への冒涜にあたります」などと言って断ることがあったくらいだ。
恐らくは、コレが本当の理由なんだろう。
使わないのではなく、使いたくないのだ。
まさに、命を削る行為だからである。
恐らく高度な魔法になると、命に係わる状況へ陥るに違いない。怖っ。
「なるほどね……そういう事だったのか。さてと、もうお腹いっぱいだし。最後のお願いでもするかな。上手くいくかどうかわからんけど、お願いはするだけしてみよう」
というわけで俺は、次の白紙ページに手を置き、気合を入れてお願いしたのであった。
(もう十分に異世界は満喫したッス。なので、できればクーリングオフする魔法を使えるようになりたいッス。オナシャス!)と。
すると、なぜか知らないが、今度は日本語の文字が浮かび上がってきたのである。
そこには、こんな文章が書かれていた。
『はぁ!? できるわけねぇだろが! 一方通行だっつってんだろ! 往生際悪ぃんだよ! 異世界転生舐めんな!』と。
俺はその文字を見るなり固まってしまった。
予想外の言語が浮かび上がってたからだ。
「え?」
そして、なぜかわからないが、消しゴムで消すかのように文字は消えていったのである。
なんとなく、慌てて消しているかのような挙動であった。
だが、今の文言を見て、俺はなんとなく正体がわかったのだった。
コイツは恐らく、あのペンギンに違いない。あの野郎……。
俺は白紙に手を添え、心の中で奴に語り掛けてみた。
(お前……あの自称神様のペンギンだろ?)
するとまた日本語が浮かび上がってきた。
『ただいま大変混みあっております。恐れ入りますが、暫く待ってお掛け直しください』
電話かよ。というか、なんで日本語なんだよ。
俺は構わずに続けた。
(おい、聞こえてんだろ、ペンギン! 文句言わんから、事情を聞かせろ。どういう事なんだよ。お前知ってたんだろ? 俺をシュレンにインストールしたのは、お前だからな)
暫くすると、また文字が現れた。
『そんなの私に訊かれても知らん。私は古き盟約によって、お前を転生しただけだからな。残念でした。バーカ、バーカ』
ムカつくペンギンである。
程なくして、文章はまた同じように消えていった。
どうやら、書いたら消してるようだ。
つか、どっかのネット掲示板にいる荒らしみたいな奴である。
(お前は喧嘩売ってんのか。それはともかく、盟約って何だよ?)
『知らないよ。私は都合の良い魂を見つけて、お前をスカウトしただけだ。そういう約束? を、私がその昔、お前等のような奴としてたんだろ』
コイツはなかなかの糞神のようだ。
これが素の状態なんだろう。
(してたんだろって……お前、自分の事だろ?)
『お前なぁ、私がどんだけ神をやってると思ってんだよ。お前等みたいに、高速短命のミジンコみたいな奴等とした約束なんぞ、いちいち覚えてられるか! もう忘れたわ! 叶えてやったんだからありがたく思え! ボケナス!』
(誰がボケナスじゃ! なんて口が悪い神だ。いや、お前は神じゃない。お前は迷惑系の糞な自称神様だよ!)
『あーあー聞こえない。なんだって糞人間? なんか言った?』
(なんなんだよ、お前は! さっきまで汝とか言ってたくせに、それが本性か!)
『そうだよ悪いか! それと、汝とかなってる部分は、そういうフォーマットになってんだよ。いちいち言わせんな!』
(フォーマットって言うな! つか、お前、本当に神なのかよ! お前、そんなので神を名乗って恥ずかしくないのかよ!)
『全然恥ずかしくないねぇ。格別だねぇ~』――
とまぁ、そんなやり取りをした後、俺はフレイさんの家に戻ったのであった。
本当にイライラさせる糞ペンギンであった。
腹が立つ展開だったが、コイツがいないと魔法を習得できなそうにない。
なので、今回は俺が最終的に折れておいた。
だがいつの日か、ギャフンと言わせてやる。