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lv.3 害獣駆除

   [Ⅰ]



「だ、誰かァァ!」


 声はこっちに向かって、凄い勢いで近付いてた。

 シュレンの記憶によると、ガルマは1体の動物を群れで狩る習性があるようだ。

 油断ならない獣だが、ちゃんと武器を扱える者ならば、それ程怖い獣ではない。

 但し、女や子供に老人、そして不用心な奴は、ちょくちょくやられているみたいである。

 この地域では害獣扱いになっている獣だ。

 とはいうものの、シュレンが生きていたならば、この状況にビビっていた事だろう。

 なぜならシュレンは、温室育ちで臆病な奴だったからだ。

 つまり、甘ったれた馬鹿野郎な上に、王族の中でもビビリな奴なのである。

 それもあり、この身体は弱々しい貧相な肉付きであった。

 全然鍛えられてないモヤシ体型。ガッカリである。

 シュレンにはオランという1つ下の弟がいるが、そっちの方がガッシリしており、武勇に優れていたくらいだ。

 ちなみにデータとして言うなら、身長175cmくらいで、体重は45kgから50kgほどのガリ体型である。

 身長は生前の俺とそんなに変わらんが、体重が問題だろう。

 この背丈ならば、やはり65kgはないと、武術における十分な筋力が得られないからである。

 恐らく、今の筋力では、日本にいた時のように、俺は剣を振るう事ができないに違いない。

 これに関しては、完全にパワーダウンである。

 だが今更、無いものねだりしても仕方がない。

 とりあえず、一旦、その辺の木々に身を隠し、様子を見るとしよう。

 俺は付近の木陰に身を潜めた。

 程なくして、木々の間を縫うようにして、1人の男が必死の形相で駆けて来る。

 現れたのは、中肉中背で無精髭を生やしたオッサンであった。

 色はやや浅黒く、中東系の顔つきだ。

 また、頭にターバンみたいなのを巻いており、アラブの商人みたいな格好をしている。

 ちなみに、この辺りでよく見かけるファッションである。


「ヒ、ヒィィィ、ガルマだァァ!」


 オッサンは命からがらといった感じで、付近を走り抜けていった。

 続いて、オッサンの後を5匹のガルマが追い掛ける。

 ガルマはシュレンの記憶通り、茶色い体毛で覆われたハイエナ風の獣で、成体のドーベルマンくらいの大きさであった。

 結構、厳つい顔付きである。逃げているオッサンも大変だ。

 だが、それも終わりを迎える。

 なぜなら、少し離れたところで、オッサンが転倒したからだ。

 その隙に、血肉に飢えたガルマ共は、オッサンを取り囲む。

 もう逃げ道はない状況であった。

 万事休すである。


「はわわわ……もうおしまいだ……あぁ、神よ」


 オッサンの諦めたような声が聞こえてくる。

 仕方ない。見殺しは後味が悪いから、害獣駆除をするとしよう。

 ガルマの生態がシュレンの記憶通りなら、なんとかなる筈だ。

 俺はそこで頭を覆うフードを捲り、腰に帯びた長剣を抜いた。

 刃渡りは90cm程の西洋剣。なかなかの長物である。

 木々の多い森では少々扱いにくいが、剣術の稽古で長物を使う事もあるので、別に扱えないわけではない。

 寧ろこの状況だと、間合いの取れる長剣は渡りに船だろう。

 しかも、シュレンは殆ど剣を使ってないので、刃こぼれも全くない状態であった。

 その為、そこそこの切れ味が期待できそうな剣なのである。

 ただ、日本刀より重いので、この身体でどのくらい扱えるか未知数だ。

 もうこうなったら、覚悟を決めて戦うとしよう。

 俺は正眼に構えると静かに襲撃現場へ近づき、ガルマの注意をこちらに向けた。


「ワンワンワン」


 犬の鳴き真似だ。

 とりあえず、『ハァイ、注目ぅ!』の意味を込めて、やってみただけである。

 だが、狙い通り、ガルマとオッサンが俺に振り向いてくれた。

 と、次の瞬間、1体のガルマが俺に飛び掛かってきたのだ。

 単調な攻撃の為、俺は出来得る限りの力を籠め、ガルマを袈裟に斬りつけた。

 その刹那、「ギャヒン」という悲鳴を上げ、ガルマは血しぶきを上げながら横たわる。

 俺は続けざまに、付近にいるもう1体にも袈裟に振るった。

 そして、真っ赤な鮮血と共に、ガルマの首が地面に転がったのである。

 なかなかの切れ味だ。王族の持つ剣なので、流石に、なまくらではないようである。嬉しい誤算だ。

 俺はそこで半身になり、下段に構えた。

 残りのガルマ3体は「ぐるる」と唸りながら後ずさる。

 下がるところを見ると、一応、俺に恐怖しているようだ。これは良い兆候である。上手くいけば逃げてくれるかもしれない。

 この貧相な身体で、今はあまり戦いはしたくないので、もう少し威嚇するとしよう。

 俺はジリジリとガルマに近づいた。そして奴等はまた後ずさる。

 その様子は、気後れしている感じであった。

 ガルマは意外と臆病らしいので、そろそろ戦意を無くしそうである。

 さて……とりあえず、2体のガルマは一の太刀と二の太刀の連撃で葬れた。

 まさか異世界で、家に伝わる古流剣術、鬼一兵法(おにいちのひょうほう)を使う事になるとは思わなかった。

 日本にいた時は、奥義の伝承という目的もあったが、どちらかというと、運動としてやっていた側面が強いからである。

 但し、戸惑いもある。

 なぜなら俺は今、あっさりと殺生をしてしまったからだ。

 迷いなく剣を振るえているのは、恐らく、シュレンの倫理観も影響しているのだろう。

 この感じだと、自分に牙を向く人間に対しても、迷いなく剣を振るってしまいそうであった。

 恐るべし、異世界の倫理観である。

 少し自制が必要かもしれない。

 まぁそれはさておき、ガルマは恐れをなしたのか、程なくして、この場から退却したのだった。

 ガルマは恐怖に負けてしまったようだ。

 とりあえず、一安心である。

 俺はそこで剣を鞘に戻すと、オッサンに声を掛けた。


「さて、おじさん……大丈夫ですか」


 オッサンはそこで安堵の息を吐いた。


「すまんな、旅の人。助かったよ。まさか、こんな日中に、ガルマに襲われるとは思いもしなかったんでな。私も1体は倒したんだが、数が多すぎてどうにもならなかった」


 ガルマは基本的に夜行性だが、薄暗い場所だと出ることもあるみたいだ。

 オッサンはその辺を甘く考えていたんだろう。


「ガルマが狩りをするのは基本的に夜ですけど、しないわけじゃないらしいですよ。特に、こういった薄暗い森の中は、稀に出ることもあるそうです。今後は気をつけた方がいいですね」

「そうみたいだな。しかし、アンタ……凄い剣裁きだな。見た事ないような剣の構えするし。旅の剣士か何かか? 見たところ1人のようだが」


 オッサンはそう言って周囲を見回した。

 素性は話さんようにしよう。


「ええ、1人旅です。おじさんも旅の途中ですか?」

「ああ。私はこの森を抜けた所にあるイシルの村へ行く途中だよ。アンタはどこに向かってるんだ?」


 シュレンは、このアルディオン国の王都アーレスに向かっていたが、俺には関係ない話だ。

 勿論、向かう理由も知っている。

 だが、俺はシュレンであって、シュレンではない。

 面倒事を背負うのは御免である。


「とりあえず、自分探しの旅といったところです。この年になって、色々とわかんなくなってきたのでね」

「まぁ若い内は色々と考えたくもなるわな。それはそうと、特に目的ないなら、私と一緒にイシルに行かないか? アンタは腕が立つ剣士みたいだしな。それに、お礼もしたい。どうだろう?」


 これは誘いに乗るしかないだろう。

 今後の事をゆっくりと考えたい。


「じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒させて貰おうかな」

「そうか、ありがたい。私はドムだ。アンタはなんていうんだい?」

「俺は小次郎と言います」

「コジローさんか。この辺じゃ聞かない名前だな。まぁいい。さて、それじゃあよろしく頼むよ。私もあんな事があった後だと、心細くてね」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 するとそこで、俺の腹が「グゥゥ」と盛大に鳴った。

 運動したので胃も動き出したようだ。

 ちょいとハズイ雰囲気になったのは言うまでもない。


「あのぉ……ところで話が変わるんですが……何か食料ってありますかね? 昨日の昼頃から何も食べてなくて……」


 ドムさんはニコリと微笑んだ。


「今、お腹が凄い要求してたな。いいだろう。ちょいと待っててくれ。まだクランが少しあった筈だ。おお、あったあった」


 ドムさんはそう言って、背中の道具袋からクランを出してくれた。


「こんなので良かったら食べてくれ」


 ちなみにクランとは、乾パンやクッキーみたいな保存食である。大きさも、それらと同程度だ。

 ここでは旅の携帯食として、広く食べられている携帯食であった。

 旅の途中、シュレンも勿論、何度も口にしている。

 なので、食べた記憶はあるのだが、正直、微妙な味であった。

 とはいえ、この際、贅沢は言えんので、ありがたく頂くとしよう。


「助かります、ドムさん。では頂きます」――

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