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昔語り、今語り

昔語り、今語り【源範頼】:出会い

作者: 藤沢みや

このお話は実在の歴史上の人物を調べた上で創作しております。

実際に生きた人物をモデルとする以上、ふじさわのできる限りで資料にあたっておりますが、あえて定説ではない説や、自分で想像した説などを使用しております。

どうか、鵜呑みにせずに楽しんで頂けたらと思います。



 今日、生れ落ちてから一度も会ったことのない『兄』という男と対面する。













 兄弟とはなにか‥‥‥




 離れ離れで育ち、父は同じだが母親の違う私たち。

 そんな状況下で「慕う」などという感情を持ちえるか、疑問しか感じない。

 両手をついて、頭を下げる。

 板の床に、人が歩く気配。

 円座わろうだに座る男。狩衣の柔らかな音が室内にこだまする。







「面を上げよ‥‥‥兄弟なのだ。畏まることもあるまい」

 聞こえてくるのは衣と同じ柔らかな声。変声期の途中なのだろう、少ししゃがれている感じがする。

 ここでは固辞をするべきだ。

 理性はそう囁く。

 自分は遊女の子であり、相手は正室の第一子。

 ―――だが。

 思えば、画然たる差があるのだ。最初のうちに相手がどれくらいの態度で無礼だと感じるか、測っておくのは悪くない手でもある。

「兄上‥‥‥お初にお目もじ仕ります。範頼のりよりと申します」

 顔を上げて、正面から見据えると、そこには冷たい瞳。

 この人が、兄‥‥‥源頼朝。

「遠いところからよく参られた」

 顔は笑っているが目が笑っていない。

 きっと‥‥‥彼も同じ。

 兄弟など、血の繋がりなど‥‥‥なんの役にも立たないと。

「範頼殿と相対して話したい。席を外してはくれまいか?」

 頼朝が周囲を見渡して微笑する。

 だが、同席している乳母子めのとごたちは動こうとはしない。

 範頼は利き手の傍に置いていた刀を一番傍にいた安達の者に渡す。

「私には兄上を傷付けるつもりは毛頭ありません。これは、誓いの証。どうか、二人で話をさせて下さい」

 瞳を潤ませ、嘆願する。

 抑揚のある声音。心底そう思って周囲を一人ずつ見る。

 嘘をつくには自分がその嘘を心の底から信じていると思い込むことから始まる。

「承知した。ただし、一人は扉の外に待機させます故」

「了承した」

 頼朝の冷ややかな声に(ああ、これはバレているな‥‥‥)と内心で吐息を零す。

 家臣たちが座を外し‥‥‥気配が探れなくなるまでしばしの沈黙。

 ようやく、いいかと思った時に真っ先にあがったのは兄、頼朝の笑い声。

 彼はくつくつと体を折り曲げて笑っていた。

「頼朝殿‥‥‥」

 溜息をついて見上げると、彼は口元を押さえている。だが、笑いは治まらないらしい。

「お主は、芸達者だな」

 笑いながらも彼は言う。

「お褒めに預かり恐縮です」

 苦笑を零して頭を再度下げる。

「範頼殿の名付け親は?」

当麻たいまの‥‥‥」

 名付け親は後ろ盾と同義のこと。だからこれを聞くのは、彼が自分の拠り所を気にしているという証。素直に答えると頼朝は瞳をわずかに細めた。

「藤原ではなく?」

「‥‥‥名目上は熱田の方々の配下ですが、私の心は当麻にあります」

源家げんけよりも‥‥‥?」

「はい。当麻の、当麻なりの繁栄‥‥‥それが願いです」

「当麻なり‥‥‥ね」

 範頼の言葉に、頼朝は口元に指をあてた。

「ところで、私はあなたのことをなんとお呼びすればよろしいですか?」

「‥‥‥好きに呼べばよい」

 そっけない返答に浮かべた苦笑はそのままに。

「兄上、頼朝殿、佐殿すけどの‥‥‥あなたを兄扱いして、慕っている振りをするなら兄上ですかね。頼朝殿だと名前で呼ぶというのは対等だと意識しているようですし、佐殿ではちょっと身を引き過ぎな気もします」

 範頼はわざとらしく腕を組んで考える姿勢を見せた。

 頼朝はまた身を捩って笑う。

 腹を押さえ、目が涙目になっているのは気のせいではないだろう。

「私は、恐縮ですが兄上とお呼びするのが、他の弟達に対しても妥当なところだと思うのです」

「くっくっく‥‥‥ああ、私もそう思うな」

「‥‥‥兄上は意外と笑い上戸ですか?」

 了承をされたので、そのまま兄上と呼んだ。

「お主が面白過ぎるだけだろうに」

「つまらない奴だと言われた記憶のが多いのですが」

「まるで、狸と狐の化かし合いだな」

「私は狸ですか」

「どうして、私が狐だ‥‥‥」

 そこまで言って二人して顔を見合わせた。そして破顔。

「兄としての感情を、私に求める気がないのか?」

 その、質問には頼朝の全てが詰まっている気がする。

「生まれも育ちも顔立ちも、なにもかもが違うのに、ただ父親が同じということだけで絆を求められても私は困ります」

「同じく」

「兄上には他に大事なものがたくさんあるでしょう? ぽっと出の私に気を遣う余裕があるならば、乳母殿の勢力を大事にしたほうが御身おんみのためだ」

「まったく」

「当麻が鉄工に詳しいことをご存知ですか?」

「‥‥‥いや」

 突然の話題転換に頼朝は言葉を濁す。だが、範頼はあえてそれを無視して話をする。

「鉄材の豊富な土地で侵されることなく暮らすこと。これが当麻の一族の最大の願いです。私はその願いのために全てを捧げることを幼少時に誓いました」

「‥‥‥そうか」

「ですので先約がありますから、兄上との誓約はこの先約と被らない程度でしか守ることができません」

「はっ!」

 声を上げて笑う兄の姿を見て、範頼はようやく心の奥からの笑みを浮かべた。

 やはり、目の前の怜悧な男を兄だと慕うことは自分にはできない。

 兄弟という感情は、一緒に育った当麻太郎に感じる感情に近いと認識しているためか、どうしても違うと思ってしまう。

 この男は盟友としては尊敬ができると思う。

 お互いに守りたいものが違う。

 だからこそ、互いに手を組んで、協力をすることは可能だろう。

 自分達の関係は‥‥‥ただ、血が少しばかり繋がっている提携関係。

「兄上にとって‥‥‥」

 これだけは聞いておかなければならない。

「血の絆、とは?」

 正面から兄と呼ぶ人の顔を見据えて問い掛ける。どうか、自分の思い描く返答に少しでも近くあってくれ。

 頼朝は脇息きょうそくに肘を置いて、薄らとした笑みを口元に乗せる。

「本音で答えるべきだろうと推察するから、本気で答えるぞ」

「ええ、お願いします」

「迷惑だ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 その、答えに衝撃が走る。

 ――― 浮かぶのは笑み。

 喝采をあげたい気分だ。

「そのお答え、嬉しく思います」

 範頼は頭を垂れた。

 目の前にいるのは兄という名の盟友。

 それを体に刻ませる儀式‥‥‥





「私も、同じ意見です」




 二人の少年の、それが出会い。












源平関係に関しては既に十五年以上関連する「歴史小説」を読んでおりません。(あえて読まないようにしています)

登場する歴史上の人物の性格が、ある小説や漫画に似ているということもあるかとは思いますが、資料をあたった上で想像しております。

ふじさわにとって、歴史小説は大空に浮かぶ大量の星(説)からなにを採って星座を作るかというものに似ています。

そのため、新説が発見された場合は小説を削除する場合もございます。

あらかじめご了承下さい。

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