LiVAは価値を映した
三万二千と五百七十一円、僕の残された命をカネに変えると、この程度らしい。
なるほど確かにそう診断されると、僕が生きることに価値がないと言われる所以が分かるものだ。命の価値を、重みを、意味を、『LiVA』は教えてくれる。
良い時代になったものだ、なんていう言葉はきっと今の僕には似合わないのだろう。しかし二十を超えただけの僕でも、世界は目まぐるしく感じていた。
無機質な白のはずの部屋。視線を向ければ煌びやかな色があちらこちらで、己の有用さを主張してくる。日を跨げば知らない色が目に飛び込み、視線を背けても別のアプリケーションが擦り寄ってくる。
昔ならばこの甘えん坊な世界も喜んで受け入れるために、不格好なチップを埋めていた。世界は今、目の前で広くなっていると、正しく子どものように居れた。
こんな狭い自由で不自由な空間に閉じ込められてからは、その濁流から離れていたわけだが、きっとこの一年の間にも、また世界には僕の知らない数字が生み出されている。何も無い空間に新たな世界が生まれている。
人と人は、近くて遠くなっている。
兄は昨日も、僕に触れた。僕には何も分からなかったが、兄は何かを感じ取っているのだろう。半年前には透明な板を通して見ていた、僕の好きな笑顔も、部屋の中へと入って来るようになってからは、あまり見せてくれなくなった。ホログラムなのだから偽物の笑顔で良いのに、顔を背け、逃げるように去っていく。
だから僕は、『LiVA』を呼び出した。
知らないアプリケーションの一つ。使用者の少なさからランキングには載らず埋もれた瓦礫の一つ。暇で仕方がない僕は、瓦礫の山の一番上に置いていた。
LiVAは問うた。「本当によろしいですか?」なんていう 、AIによる擬似感情を持たない、前時代的とも言うべき文で。当然、YESと答えるだけ。
兄はこの選択をどう思うだろうかとか、命の価値を知る意味があるのかとか、今後の生きづらさを分かっているかとか、このアプリケーションに信頼を置くのかとか、そんなことはどうでもよくて。
ただ、価値を知りたかった。
三万という価値は、如何程なのだろう。僕には、安いな、としか思わない数字だった。僕の不自由を繋ぎ止めるためのこの部屋は、はたして幾つのゼロを重ねなければならないのか分からない。こんな僕の命は、それだけのことをしても三万円なのだ。
兄に、家族に、もういいと、この数字を見せたなら。この価値通りの生き方をすることができたなら。僕は少しくらい楽になるだろうか。
変わりゆく世界の片隅を申し訳程度に眺めるだけでもこの世は充実する。この世は変化に溢れている、幾ら時間があれど手持ち無沙汰なんてことはない。
しかし日々を楽しむだけの堕落した人生になってしまえば、価値がないと言われても仕方のないことだ。親不孝も甚だしい。
脳に刻まれた三万は、いつの日か二万になり、一万になり、千、百、十、一。零。カウントダウンが見えるわけでは無いけれど、この数字はきっと目に見えてしまう。
僕はこれからも価値を失っていくのだ。順当に。人に生かされ、機械に生かされ、夢の世界に生かされた僕という生命は、もう価値を増やすことは無い。
あとは零を待ち、消えるだけなのに。ホログラムの霧は揺れている。