7.そして、はじまり。
「我に返られたのは?」
「今の今です。エマニュエルは、カムリ伯爵夫人から貴女が積極的に舞踏会に参加していると報せが届き、慌てて帰ってきたのですが……」
邑智さんは、私と同じようにルチアの記憶を持ちながらエマニュエルの中に戻ってきていた。
エマニュエルと私の婚約が調わなかったのは、彼が私が十八になったら自ら結婚を申し込みたかったからだそうだ。
なにそれ分からん。
だって、私の中のエマニュエルの記憶にはそんなの無いんだもん。
南ベルグ語圏のプランベリーに向かったのも、あちらの風習をエマニュエルが体感したかったからだとか何とか。
ルチアが南ベルグ語を習得したのは、あちらの国に憧れたからだとエマニュエルは思っていたらしい。その辺りの元凶は、邑智さん版ルチアが始まりなんだけど、邑智さん的にはプランベリーの歴史が英国の成り立ちに似ていたから興味を持ったんだそうだ。
面倒クセェな。
そんなワケで、プランベリー式に私にプロポーズするつもりだったエマニュエルは、私が勝手に暴走して結婚相手を探し始めたことに心底焦ったのだそう。
私を囲っていた大人女子たちは、エマニュエルの夢見る男子的行動を掌握していたらしく、彼がギャップ・イヤーを無事終えて帰ってくるまで私の縁談がまとまらないように守り抜くつもりだったらしい。
有り難いけど、迷惑なんで止めてください。ってか、知っていたなら教えてほしかった。
カムリ伯爵夫人からの手紙には。
今のうちは、自分達が邪魔をしているが、どうやらシェーン歌劇場での舞踏会に参加するつもりらしい。
あの会場で出会った者達の成婚率は八割以上、自分達にも阻むのは難しいかもしれないと書かれていたそうだ。
それを読んで、血相を変えてエマニュエルは緊急帰国したらしい。
そして、予定より早いけど私にプロポーズしようとして声を上げたところで、邑智さんが我に返ったと。
そう言えば、ここの世界管理システムものすっっっごい雑だった。
最終的に帳尻が合えばいいというか、細かいことは気にすんな、的なというか。色々ガバガバにズレても、似たような大きな節目に為れば、それで許されていく。みたいな。
エマニュエルは、ダナ・エスピノーサと出会っていたけど、のんびりしたルチアが心配でダナちゃんには興味を示さなかったらしい。なんだろう、素直に喜べない。
邑智さんは、あの鶏の足を握りあった状態から、気が付いたら舞踏会の真っ最中で、目の前にはルチアって状況に一瞬焦ったらしいが、すぐにそれまでのエマニュエルが流れ込んできて、ストンと自分の中で収まったんだそうだ。
順応力っていうか適応性高過ぎじゃありませんかね?
これだからシゴでき男は。
「八歳からですか?」
「そうです」
本当に大変だった。大人が子供の振りをするって、ちょっとだけエマニュエルになってる間に体験させられたアレコレ並みに大変だった。
でも、この十年って助走期間が私には必要だったのかもしれないとも思った。大人って、無条件に子供には優しい。庇護しなきゃいけないって自然となるんだろうね。だから、この十年で沢山助けられて、愛されて、叱られもしたけど褒められる事も多くて、そうやって毎日過ごすうちに、この世界で暮らしていくって現実に腹を括れた気がする。
「それは、……お待たせしました」
「はい。お待たせされました」
見つめ合ってから、クスクスと笑い出す。
今は、歌劇場の裏庭に面した回廊をエスコートされて歩いている。
柱の陰では私達と同じように会場を抜け出したカップル達が愛や恋を育んでいるので、時代や世界が変わろうと恋人たちの思考パターンは同じらしい。
そういった意味では、私達もイチャパラするためにホールを出たと思われているかもだけど、残念ながら記憶のすり合わせが主な目的だったりする。
「エマニュエルは、貴女のことを妻にと望むほど想っていたようです」
「そうですか」
「自分は、正直わかりません。ですが、好ましくは思っています」
心臓ヤバイ、死にそう。この人がルチアちゃんだった時も思ったけど、ストレート過ぎるのよ。
正直なんだろうけど。
「吊り橋効果と言われるものでしょうか」
「かもしれません」
「そうですか」
こ、れは、どっちなのかな。
喜んでいいやつ?
「なので、初めから始めましょう」
「ん?」
腕の輪に通した手に、そっと上から彼の右手が重ねられる。
「自分と、恋を始めませんか?」
「私で良ければ、喜んで」
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