6.チャレンジ、成功です!
十八歳。私は今更ながらに婚活を始めた。
本日は、モレ伯爵がパトロンを務めるシェーン歌劇場で行われている舞踏会に参加している。
エマニュエル殿下の婚約者に内定って噂は根強く、中々思ったように縁談が進まないのが現実だ。それでも良縁を求めて舞踏会に参加している。
私が田中麻理として生きていた時代では、結婚は必須ではなかったから、なんか不思議な感じ。
結婚相手探しで舞踏会に参加するってさ、マッチングアプリが流行る前の街コンみたいな感じで、これはこれで面白いのだけど問題もあってね。
その問題が、最大の敵というか。ナントカ四天王みたいに弱い順に一人ずつ出てきてくれると助かるんだけど……。
「まぁ、こんな所にいらしたの!」
出たァァァァァッ!
見つからないように隅の方、隅の方と移動して、壁の花になりつつ男性からの声掛けを待っていたらまさかのエンカウント。
高貴なる血脈の皆様。生まれから貴族。生まれる前から貴族。貴族の旦那を持ち、子を儲け、血を繋ぎ、家の繁栄に身を粉にしながら、次の世代を担う貴族の若者たちを右へ左へと采配して、程よく土壌を整えることを趣味となさる方々。
徒党を組んでやってくる数の暴力。
「どうりで見掛けない筈だわ」
「皆様、ルチアさんを見つけましてよ」
仲間呼ばないでーっ。烏合の衆、無理です! 女子って、どうして団体で行動するのーっ。
エマニュエルの婚約者となれるかどうか、ギリギリまで粘っている時にお世話になった大人女子の皆様なんだけど、エマニュエルが旅立ち私に婚約者の目が無いと分かってからも何故か可愛がられてる。
「あら、まぁ。そんな質素なドレスを召されて、まるで踊りに来られたようだわ」
いや、舞踏会だから踊り目的だろ。
ワイン片手にダンスを踊る人たちもいるから、高価なドレスなんて身に纏わない。汚されちゃうからね。ダンス目的なら飾りも最小限で高価な生地も使っていない質素なドレスだ。洗濯で傷んじゃうもん。
アクセサリー類も付けない。踊っている最中にどっか行っちゃうからね。
「今日は、ダンスを……」
「アクセサリーも付けておりませんの。そのようにやる気溢れる姿では、殿方が踊りの申込みに来てしまうではありませんか」
来てもらわないと駄目なのよ! ってか、喋らせろ。
「本日は良縁を」
「此の様な目立たない場所にいらして、男性に声を掛けられたらどうしますの?!」
それ狙ってるんだってば。婚活! 婚活をさせてくれ!
「壁の花など似合いませんわ」
「そうですとも。ただでさえ、お顔が地味でいらっしゃるのですから」
「まぁヒドイ。ルチアさんのお顔立ちは、清楚と言いますのよ」
フォローしようとして何気にディスってね?
「わたくしたちとお話しましょう?」
「ほら、あちらに行きますわよ」
「えっ、ま、待っ」
「皆さん、ルチアさんとお話するのを愉しみにしておりましたのよ〜、ぉほほほほほほ」
周りを囲まれ、両腕を左右から抱えられてズルズルと引きずられていく。
ドナドナいやぁ〜! ドナドナいや〜〜っ! どんどんダンスフロアから遠ざかっていく〜っ。
心の叫びが言葉になる隙を与えないくらい、彼女達のマシンガントークは激しい。寧ろ、その早口とスピード感でよく会話が成り立ってると思うぐらい口を挟む隙がない。
そして、素早い。もう熟練のハンターか、ってくらい……いや、違う。この人たちはピットブルだ。狙った獲物は逃がさない。まさに闘犬、そして番犬。
「今宵は、デュマ夫人もいらしてますのよ」
「先程、マサーク夫人をお見掛けしましたわ」
やめろー、これ以上既婚者ばかり私に紹介するなー。せめて未婚、未婚の婚活仲間を紹介してくれ。
「オードリー様は、マサーク伯爵とプランベリーのマーベルコートにバカンスにお出掛けされていたのでしょう?」
「えっ」
ドキリと心臓が跳ねた。
「まぁ! でしたら、エマニュエル殿下とお会いしているかもしれませんわね」
「お話伺いましょ」
「わたくし、探してまいりますわ」
マサーク夫人のお友達らしいご婦人が、颯爽と輪を離れ夫人を探しに行く。たとえ話を聞けたとしても、ご婦人方が期待するような話は出てこないと思う。なんだか申し訳ない気持ちになった。
やんごとなきご婦人方は、私と殿下の仲を取り持とうと心を砕いて下さっているが、私は配役違いなれど事の顛末を知っている。
エマニュエル殿下は、そろそろダナちゃんと出会った頃だろうか。
殿下は、ダナちゃんに恋をする。
色々予定は変わってしまってるけど、大筋は変わらないみたいだから二人は出会うし、出会ったら恋にだって落ちるだろう。エマニュエルやっていたからね、わかるんだね。
二人の仲を邪魔する存在はいないから、すんなりと婚約者に収まれるのではないだろうか。
私は小さく息を吐いた。
「ルチアさん、浮かない顔ね」
「どうかされたの。どこか痛いの?」
姦しい彼女たちだが、妙なところで愛らしい。だから結局、私も彼女たちを嫌いになれないし、強く否定も出来ないんだよね。
「強いて言うなら、心が痛いです」
「まぁ!」
私を左右からガッツリロックしていたお二人が顔を見合わせる。
右に、サリア・ブキャナン侯爵夫人。左にノーマ・カムリ伯爵夫人。どちらもけしからんマシュマロパイの持ち主だ。
「何がありましたの?」
「お話しなさいな」
人の情が、ここに来て身にしみるね。
「私の王子様は、どこにいるんでしょう」
ちょっとだけ、弱音吐かせて。
邑智さんには会えない。エマニュエルに添うには足りなかった。婚活したくても避けられてて、それに気付かせないようにマダム達が構ってくれている。
「それは……」
左右の拘束が緩み、優しくブキャナン夫人に抱き寄せられた。豊満ボディありがとうございます。
甘えるようにハグし返そうとしたら、いきなり名前を呼ばれた。
「ルチア・ヴィヤヌエヴァ! 君は……!」
ホールの一角で突如響いた男性の声は、途中で口を塞がれたように中途半端に途切れる。
んんん? この展開知ってるぞ?
でも、まさか。なんで……?
「殿下?」
ふんわりぱいに後ろ髪を引かれつつ、ブキャナン侯爵夫人から身を離し声がした方向を見れば、口を開けたまま固まった男性の瞳が大きく開かれた。
「君は、……何でございましょう」
心臓が、バクバクいってる。
高い天井には、王冠をイメージしたシャンデリアが輝き、大理石の白い壁、金の装飾が部屋を飾り立て、磨き抜かれたクリスタルグラスが光を弾いて煌めく。
花々が咲き乱れるような色とりどりのドレスを身に纏った女性たちが、スラリと背筋が伸びた男性にリードされ、時に軽やかに、時にうっとりと見つめ合いながら華麗に舞い踊る。お伽噺のような煌めく幻想空間の中に、ここに居るはずのない人が自分を見て立っていた。
私がエマニュエルだった時、ダナちゃん連れて帰って来たのもっと先じゃありませんでしたか?
なんで一人で帰ってきてるんですか、ダナちゃんどこに置いてきたんですか。
「君は、いつも早急すぎる」
いつの間にか奏でられていた曲は止まり、踊ることをやめた人々、お喋りを楽しんでいた人々、来場者に極上の時間を過ごしてもらおうと尽力していた人々、ホールにいるあらゆる人々の関心が自分たちに向けられたのを肌で感じる。
逃げ出したい。そう思うのに、あなたは私の気持ちを察するのがうまいのね。
安心させようとして笑うと困り眉になるの、ズルい。
「カムリ伯爵夫人、知らせて頂き助かった」
「いえ」
カムリ夫人もブキャナン夫人も殿下が現れ、声を掛けられるとキレイにお辞儀をして迎え、半歩下がる。私も同じように膝を折らないといけないのに、殿下の顔を見ていたくて体が動かない。
「皆も、有り難う」
エマニュエルらしく。けれど、エマニュエル以上に凛々しく振る舞うこの人は、私の予想通り理想的な完璧王子だ。
彼のねぎらいの言葉を合図に、私の周りを囲っていたマダム達が、ひとり、またひとりと花びらが外れ舞い落ちるように離れていく。
「元気よく跳ね回る子鹿は、とても愛らしかったですわね」
「本当に。ただいつ何処に顔を出すか分からないから探すのに一苦労しましたけど」
「これで少しは、我々も落ち着けるかしら」
「わかりませんわよ、逃げ出すかも」
「それは大変、まだまだ見守りが必要ですわね」
オホホホと、嫋やかな仕草で口元を隠し笑う貴婦人たちは、どっかの有名な絵画にありそうな雰囲気だ。
女三人寄れば姦しいとはいうけれど、それが五人も六人も増量されていたら勝てる気がしない。
そんな彼女たちが、ワインを飲みにテーブル席に行きましょう。なんて周りに聞こえる声で話し、どこの劇場の歌劇が良かっただとか、どこそこの商会で扱っている乳香が香り立ちが良かったなどと、すっかり殿下の登場をなかった事にして去っていくものだから、気を利かせた楽団長はそっと指揮棒を上げ、楽団員はそれに従い軽快で華やかな曲を奏で始める。
音が鳴れば、それまでの成り行きを見ていた人たちも、再びダンスを楽しむために向き合い、見つめ合ってステップを踏み始める。何もかもが元通りに。ただ、私と彼だけが切り取られたように残されたまま。
「明日、出掛けましょう」
「は?」
ん? 何の話じゃ?
「わたくしとデートする約束でしたよね」
今度はルチアの瞳が、まんまるに見開かれた。
「どうでしょう?」
だから、その困り眉は卑怯なんだって!
あとちょっとの距離を二人の間に残して立ち止まって、両手を広げるなんてマジで卑怯、許さん。
後で覚えていろ!
心の中で罵倒しながら、私は淑女にあるまじき小走りでエマニュエルに駆け寄るとそのまま彼に抱き着いた。
「勿論です!」
21時更新分で完結となります。