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4.おろかな願い


 次にルチアちゃんがやってきたのは、あれから十五日ほど経ってからだった。

 マジでそれまで、何度死ぬかと思ったか。

 二日置きに返信不要で届くルチアちゃんからのお手紙にどれほど癒やされたか。内容は、万が一検閲されても問題ないようにお見舞い文と、庭に咲く季節の花々の話とか短く他愛もないものばかりだったけど、その短文に邑智さんの人柄が現れてて一人じゃないってこんなに心強いものなのか。って痛み入っちゃったよね。


 ダナちゃん対処法は、言われてすぐにダナちゃんに手紙を書いて、花や宝石を手配しようと思ったんだけど、一応病床の身じゃない。勝手に出歩いてエマニュエルの顔見知りに出会ったりしたら反応困るなぁって思って。咄嗟に取り繕うとか私には無理っぽそうだからさ。

 じゃあ、侍従とか侍女さんに頼んで用意して貰おうかとも思ったんだけど、それまでのエマニュエルなら多分頼めたんだよね。あの人、いい感じに王族だったからさ。でも私は庶民なんだよ、人を使うとか命令するってのに躊躇しちゃう。

 出来れば、関わり合いになりたく無いというか、ココロとカラダのソーシャルディスタンスを希望します。

 って感じ。

 なので、ほぼ毎日往診に来てくれるジェフ先生に相談してみた。


 ジェフ先生は、エマニュエルの変化に驚いていたけどルチアちゃんからそうしろって言われた。って言ったら、なんか納得したみたい。

 だからなんで、みんなエマニュエルよりルチアちゃんなんだよ。

 いや、判る。判るよ……カッコ血涙流しながら。カッコトジル。


 ということで。花は、季節の花っていうのを花屋さんお任せで選んでもらって、宝石は大きさより透明度でジェフ先生自身に選んで貰って、書いた手紙を預けて、采配してもらった。


 皆さんにおんぶで抱っこでゴメンナサイ。


「それで、ダナ・エスピノーサに請われるままに散財したと」

「だって、逢いたいっていうんだもん」


 ダナちゃんは、私に会いたい。私は、会いたくない。そうすると、愛がないとか、私はやっぱり遊びで捨てられるのかとか、ド分厚い手紙を送ってくるだけじゃなくて、エマニュエルは宮殿内のヘデラ・コテージって別棟に住んでいるのだけど、そこまで電撃訪問してくるんだもん。

 怖いよ。


 だから、君を愛しているよ〜的なことを手紙に認めてアクセサリー贈りまくりました。

 土地建物、鉱山的な不動産価値あるものは、欲しいって言われたけど後で絶対ルチアちゃんってか邑智さんに怒られるって思ってやめておいたけどね。


「過ぎたことは仕方ありません」

「ゴメンナサイ」


 今日も、書斎での面会です。

 お付きの人達には、前回同様下がってもらっていてルチアちゃんと形だけは二人っきりです。


 互いにフッカフカの長椅子に座って、二人の間にはローテーブル。本日のお香茶は、発酵茶に乾燥させた金木犀の花びらを混ぜたハーブティーです。お好みで蜂蜜とお砂糖もどうぞ。


 窓開けてたらめっちゃいい匂いしてきて、外見たら宮殿の庭に金木犀が咲いてるんだもん。思わず摘みに行って作っちゃったよね。フライパン貸してほしくて厨房に凸したら阿鼻叫喚になったのはいい思い出。


 なんか、ダナちゃんの事だけじゃなく自分の問題行動に落ち込んできた。


「大丈夫ですから。そんなに小さくならないでください」


 しおしおしていたら、慰められた。


 ルチアちゃん。顔怖いとか思っちゃっててごめんなさい。邑智さんは、すごく優しいって事だけはわかったよ。


「邑智さん、優しい」

「そのような事を言われたのは、前生と今生あわせても初めてのことですね」

「え」


 もしかして、邑智さんの初めて頂いちゃいました? って言いそうになって流石にやめた。魂の同郷者に呆れられたくない。


 そんな一瞬の葛藤など、邑智さんが知るわけもなく。

 ルチアちゃんは、ちょっと困ったように眉を下げて笑う。


「いつも顔が怖いと言われ続けていましたから」

「確かに」

「……」

「……ごめんなさい」


 ルチアちゃんってか、邑智さんの癖なんだろうな。優しく笑おうとすると、いつも困り眉になってる。

 ちょっとカワイイ。


「それで、今回見て頂きたい品物は、こちらになります」

「通販ですか?」

「水素の音はしません」


 ドン。っと、テーブルの上に置かれた木箱。見るからに怪しい文字がいっぱい書かれている木箱。心なしか、文字もウゾウゾ動いているような気がするのだけどコレって確実にヤバい奴なのでは?


「なんとかの指とか入っているヤツですか?」

「指ではなく、足ですね」

「足……」


 沈黙が落ちる。


 二人の視線は、ローテーブルに置かれた古めかしい木箱に釘付けになったままだ。


「――――足ぃ?!」


 ようやく回路が繋がって、叫んで長椅子の背に縋り付く。


「ま、ままままままま」

「干からびてはいますが、人の足とかではないですから」


 言いながら、ルチアちゃんは木箱の蓋を開けた。霊験あらたかそうな模様が織り込まれた生成りの布が顔を出す。


「そういう問題じゃなくてぇ!」


 怯える私を他所に、布に包まれた何かを取り出したルチアちゃんは、それを手に載せた状態でこちらへと差し出す。


「三つの願い、という民話をご存知ですか?」

「え?」


 するりと畳まれていた布が滑り落ち、中から干からびた鶏の足が出てきた。


「元は、木の精霊の願いを聞き入れた木こりの話なのですが、それをホラーテイストにパロディ化した猿の手という小説の方が有名かもしれません」

「あ、それなら知っています。猿の手に願いを……」


 掛けたら息子が死んで、ゾンビになって帰ってくるやつぅぅっ!


「この世界では、猿ではなく鶏に似た魔物の足が願いを三つ叶えてくれるそうです」


 ニッコリ。


 ルチア・ヴィヤヌエヴァには、悪魔な笑顔がよく似合う。





 三つの願い。


 あのお話は、発言には責任を持ちましょう。というものだ。あと、身に余る願いより、身の丈にあった願いのほうが幸せになれる。といった話。


 それが、いろんな作家に何度も擦られていくうちに、宿命を変えようと試みれば、災いが降りかかるって方向にシフトチェンジした。


 まぁ、何事にも責任は発生し、それは自分自身でしか清算できない。って根っこの部分は同じなんだけどね。


 何事にも代償は付き纏う。


「三つの願い」

「ええ」


 邑智さんと私の共通の願い。


 そんなの――――。


「私との、入れ替わりを願うんですか?」


 今、私の魂はグラグラだ。ジェフ先生のお墨付きがあるくらいグラグラでフワフワで簡単に引っこ抜けるだろうなって感じらしい。


 ルチアちゃんは、答えない。


 邑智さん。いっぱいいっぱい苦労して来たんだと思う。この数日で、私も心折れそうになった。


 自分じゃない誰かの人生を自分として生きなきゃいけなくて、そこは長ーい年月をかければ受け入れられる日が来なくはないだろうけど、性別が逆って、こんなに苦しいものだとは思わなかった。


「成功するかどうかは、わかりません」

「はい」


 藁にも縋る思いって所かもな。


 そうか。


 そうかもな。


「あの、邑智さん」

「はい」


 ルチアちゃんは、いつもキリリと厳しい顔。笑うとハの字の困り眉。カワイイ、カワイイ。


「私、エマニュエルのビジュめちゃめちゃ好みなんです」

「は、……はぁ」


 折れず、腐らず、ルチアちゃんを立派なご令嬢にするために、真っ直ぐに生きてきた人だもの。


 きっと、邑智さんがエマニュエルになったら内も外も完璧な王子様になるんだろうなぁ。


「だから、入れ替わったら一度でいいのでデートしてください」

「田中さん?」

「二目ぼれ、したいので」


 鶏の足を差し出すルチアちゃんの手を、挟み込むように上と下から手を重ねる。


「私と邑智さんを入れ替えて」


 驚いた顔をしたルチアちゃんを見て、「あれ。私、なんかやっちゃいました?」って言いたかったのに。視界が真っ白になって、音も聞こえなくなって。唯一、金木犀の匂いだけがずっとしていて。


 両方の感覚が戻ってきたと思ったら、金木犀の木の下に立っていた。



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