3.配役ミス
今日一ビックリな展開に真っ白に燃え尽きたわけだが。
それでも世界は回っているわけで、ついていけてない私を放置しても話は進んでいくわけですよ。
「実はわたくし、映像記憶能力を持っておりまして。一般的に、瞬間記憶能力などと呼ばれているものと同じです」
「へぇ……、……、……、ええええぇぇぇ?!」
なんだろね、色々キャラ渋滞してない?
「瞬間記憶能力、ご存知ですか?」
「……い、一応、存じております」
「それは、よかった」
一旦言葉を切ると、ルチアちゃんは香茶をひとくち口に含み喉を濡らす。話に少しの間をもたせることで、僅かでもエマニュエルを落ち着けさせようとする配慮なのだろう。優しいね。でも顔怖いよ。
「そのようなワケで、わたくしには他者の変化に即座に気付く特性があるのですが」
「でしょうね」
瞬間記憶能力って、アレでしょ? 一度見たものは忘れない的な。昔、そんな能力持ったギャンブラーがいてラスベガスとかで出禁になったって再現ドラマ見たもん。
「ついでに言うと、霊感らしきものも有るようで、殿下の周りに黒いモヤが」
「お祈りなら間に合っています!」
「祈りませんし、壺も墓石も仏壇も水も売りつけませんよ」
「細かいな」
「冗談はさておきまして」
「もう少し、声に抑揚つけよ?」
え、どこまで。どこまでが冗談だったの?
ルチアちゃんって、こんなキャラだっけ?
記憶の中のルチアちゃんと違くない?
いや、数えるほどしか会ったことないから語れるほど彼女のこと知らないけどさ。
「貴方が倒れられる直前、それまで見たことがない表情筋の動かし方をされ、懸想されているはずのダナ・エスピノーサに対し悲鳴を上げられるなど急激な変化が訪れたものですから。もしかして、と思いまして」
「ああ」
なるほど、それはそう。
自分は、倒れる直前に色々思い出して、思い出した衝撃で卒倒したのだから。
しかし、ルチアちゃん。やっぱり優雅ね。仕草が完璧というか、隙がない。隙が無さすぎて怖い。圧、スゴイです。
「そこで、聞き捨てならない単語を発せられましたから」
「ん?」
なんか言ったっけ?
「実は、わたくしも殿下と同じく、ある日突然我に返ったクチです」
奈落の底って抜けるんだ〜。
「この世界ではルチア・ヴィヤヌエヴァとして生きておりますが、中身は享年三十四歳男性の邑智瑞穂と申します」
ペコリと頭を下げられた。
「これはこれは、ご丁寧に。エマニュエル・アルベスこと田中麻理です。性別は女です。いつ死んだのか記憶がないので享年はわかりません」
こちらもペコリと頭を下げ返す。お名刺あったら、多分交換してる流れだ。コレ。
「目覚められたのは、昨日のアノ最中に?」
「え、あ、はい」
「やはり」
目を伏せて、一人考え込むようにコクコクと頷くルチアちゃん。
いや、そんな感じ?
もっとこう、なんかないのかな?
なんっーか。
そう、なんっーか!
「入れ物の先、間違ってますよね?!」
なんでルチアちゃんが邑智さんで、私がエマニュエルなのよ!
思わず、突っ込んでしまった。
「その前に、異物混入している段階で衛生環境対策が出来ていないと思うのですがね、保健所案件ですよ」
えっ、あっ、はい。
…………ん?
「なんか違いません?」
聞いたら、爆笑された。
ルチアちゃんは淑女なので大口開けて笑うとかは無かったけど、声上げないように両手で口塞いでソファーに身を沈めてのたうっていたので、なんか刺さったらしい。
エマニュエルって類稀なる美形だもんね。
そりゃ中身私でポンコツ発言したら刺さる人には刺さるかもね。
ごめんね!
ややあって、戻ってきたルチアちゃんはさっきまでジタバタしていた人物とは思えないくらい利発そうなご尊顔をしている。
いるよね、こういう頭良さげを隠さないシゴでき。
「大変失礼致しました」
深々。と、頭を下げられるから。
「いえ、こちらこそ。なんかスミマセン」
深々。と、こちらも頭を下げ返す。
「それで、田中さん」
「あ、はい」
なんか中の名前で呼ばれると、ちょっとむず痒いね。
「ダナ・エスピノーサについては、どうなさるおつもりで?」
「あっ、あ〜〜……」
そうだったー。ルチアちゃんはその話をしに来たんだったー。
邑智さんの衝撃に、忘れかけてた。
「エマニュエル殿下は、大層肩入れされていたようですが」
婚約破棄を求めるくらいに。というのは言わぬが花で、邑智さんはそれ以上は言わなかったけど、伝わっては来た。
ダナちゃんについては、昨日から割と真剣に考えてる。キャバ嬢営業が悪いとかは思っていなくて、エマニュエルも本気で傾いていたみたいだし。
でも、今は私なのだ。
ガワが見目麗しい男性だったとしても中身は女。
そして、性愛の対象は男。
どんなに可愛くても、可憐でも、綺麗で美しかったとしても、女性とはそういう気分になり得ない。
そして、自分自身が自分の好みにどストライクな見た目をしている。
鏡見ていれば、万事オッケーみたいなナルシスト状態だ。
この状況でそんな気持ちになるとは思えないけれど、奇跡的に性的欲求が高まったとしても、いくらでも自己完結で賄えてしまう。まぁ……、非生産的この上ないし、そんなことになったら色々新しい扉開きまくって人としてキケンな気もするんだけど。
ってか。寝起き、あんな事になってるなんて思わなかった。男性も男性で大変なんだね。
って、そうじゃない。
「そう、なんですよね。でも、私、今のところ女性としての自我が強いと言いますか……」
「わかります。わたくしも女性として生きることに日々葛藤しておりました」
「ああ……」
そうだよねぇ。三十四歳の男性が十代の女性になるって……。ん?
「あの。邑智さんは、いつからルチアちゃんになっていたんですか?」
数少ないルチアちゃんとの思い出を探っても、ルチアちゃんはずっとルチアちゃんだ。子供の頃から変わらない。エマニュエルと婚約が結ばれたのがエマニュエルが十三の時だから、ひとつ下のルチアちゃんは十二のはず。
「わたくしルチア・ヴィヤヌエヴァが、我に返ったのは八歳の時でした」
「――――?!」
多分、ものすごい顔していたんだろうね。ルチアちゃんが少し困ったような、私を労るようなそんな曖昧な笑顔を浮かべる。
「だいっ……丈夫、じゃない、……ですよね。八歳……八歳かぁ……」
三十四歳男性が、八歳の女児になるって。予想の遥か上空を通過していったわ。
「八歳でしたね」
そうして、ポツポツと邑智さんが我に返ってからの十年を話してくれた。
気が付いたら、ルチアちゃんちの庭にいた事。それまでルチアちゃんは、ブランコで遊んでいたらしいのだけど何処からともなく良い香りがしてきて、そちらに向かって歩いていったらルチアちゃんの中に邑智さんが目覚めたんだって。
「邑智瑞穂としての記憶があると言っても、強く記憶に残った出来事や、日々繰り返していた日常のあらましとかですし。個人のアイデンティティの最たるものとして名前は覚えていましたけどね」
大の大人の男の人が、幼女として暮らすって毛根死滅するくらい困難なことだったと思う。それなのに、邑智さんは淡々と経験則から異文化を受け入れることの重要性や気持ちの落とし所、ロジック整理など私にもわかり易く、説明してくれた。
凄い尊敬できる。
男の人なら惚れちゃうのに。
いや、男の人だよな。
でも、今は女なんだよな。
ややこしいな。
「つまり私もエマニュエルを傍らに、半分同化したみたいな状態で十年は過ごすことになる。って事ですよね」
「実際にはわかりません。わたくしは、そうだった。というだけです」
「はぁ……」
なんか、はぁ。と、まぁ。の間みたいな声が出た。
私としての記憶。私としての区別、識別、自我。
エマニュエルとしての記憶。エマニュエルとしての思考、感情、慟哭。
二つの存在。なのに、私の中でエマニュエルが理解出来てる。ただ根っこの部分ではどうなんだろう。
なんだろう。
なんだか、これって。
「演劇みたい」
エマニュエルという役を演じている私。
ルチアという役を演じている邑智さん。
性別無視して配役しちゃった。みたいな?
「取り替えれれば、いいのに」
ボソッとこぼしたら、ルチアちゃんは、くるくるお目々をまん丸にして。そのあとゆっくり、日曜の朝の番組に出てくる悪の女幹部みたいな笑顔になった。
「確かに。テレコになっているなら、直せばいいですね」
ん。テレコってなんだ?
ああ、全くその通り。とか、古典ですね。とか、とりかへばやと来ましたか。とか、カケラも私が理解できない単語を並べて一人うんうん頷いたあと、ルチアちゃん兼、邑智さんは帰るって立ち上がった。
展開早くない? 私全然ついていけてないんだけど。
「少し、探しものをしたいと思います」
「はぁ」
「見つかり次第、参上しますので。暫しお待ちを」
「はい」
よくわかんないけど、頷いとこ。
「あと、ダナ・エスピノーサについては、彼女と恋人同士の甘いやり取りを成す自信がないならお会いしないことです。豹変した恋人に、彼女が無駄に傷付くだけですから」
「あー……そう、ですね。確かに」
ダナちゃんに痴女って言っちゃったんだよな、私。
あのときはびっくりするばかりで、ワケ分ってなかったからな。
「花束に宝飾品とカードを添えて贈って下さい。多少の時間稼ぎにはなるでしょう」
ん?
「そうですね、ネックレスあたりが無難なのではないでしょうか」
んん?
「それでは、殿下。御機嫌よう」
颯爽と去っていく後ろ姿を見送って、私は邑智さんのキャラがますますわからなくなっていた。
花束にネックレスにカードって……
夢見る乙女テンプレわかり過ぎ男?
「えっ、マメ男? スパダリ? ワンチャン……ホスト?」