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1.我に返りました。

お読み頂き、有り難うございます。

最後までお付き合いいただけると嬉しく思います。

「ルチア・ヴィヤヌエヴァ! 君との婚約を……!」


 ホールの一角で突如響いた男の大声は、途中で口を塞がれたように中途半端に途切れた。


「マニュ様?」


 はくはくと口を動かし、固まった男。傍らに置いた女性に腕を組まれているのは、エマニュエル・アルベス。王太子を父に持つ彼は、順送りにいつかはこの国の国王となる現在は王子殿下だ。


 そして、そんな彼の腕にぶら下がっているのはダナ・エスピノーサ。この国では子爵だが、ひろーい原っぱの先にある隣国では伯爵位を賜っている剛勇の将な家の娘である。


「婚約を、何でございましょう」


 正面から受けて立つのは、ルチア・ヴィヤヌエヴァ。


 三代前に大河を挟んだ向こう側の隣国から王女が輿入れした由緒ある侯爵家のご令嬢だ。


「こ、こここ……こ?」


 ギギギ……と建付けの悪い門戸が開かれるようにエマニュエルの首が動き、左腕にぶら下げた令嬢へと顔が向けられる。


「マニュ様?」


 潤んだ若葉色の瞳がエマニュエルを見上げていた。


 ふんわりマシュマロタッチな双丘に腕が挟まれている。見た目は柔らかそうだが、コルセットに押し上げられ、サポーターにより中央に寄せられたそれは、上は柔らかだが下半分とサイドはなかなかにギチギチでゴツゴツだ。


 美の追求とは、如何ともし難い苦痛と鍛錬の賜物なんだな。


 なんて考えてから、いや、そんな観察をしている場合ではない。と、我に返る。


 現実逃避をしていたようだ。


 ゆっくりと深呼吸をしよう。この状況で何を今更と思われそうだが、ちょっとだけ、精神的猶予がほしい。


 ああ、何だっけこういうの。


 そうそう、乙女ゲームの世界に転生しちゃった女性が悪役令嬢でどーのこーのうんたらかんたらでザマァして溺愛されてスローライフで人生勝ち組ヤッタネたえちゃん! ってやつよね!


 そうそう、知ってる知ってる〜〜。


「スゥ~〜ハァ〜〜」

「あの、マニュ様?」


 それまでの勢いが止まってしまったエマニュエルにダナだけではなく彼らに注目していた面々も戸惑い始めた。

 ルチアは、胡乱げな瞳を隠そうともせずエマニュエル達を注視している。


「いやぁぁぁぁっっ! 痴女ぉぉぉぉっっ!」


 しっかりとダナに絡め取られていた腕を引き抜くと彼女から距離を取るように後退り、エマニュエルはそのまま後ろ向きに卒倒した。


「きゃぁぁぁ! マニュ様っ」

「王子!」

「エマニュエル王子!」

「王子殿下!」

「エマニュエル様!」


 遠くで声が聞こえる。


「王子……!」

「だ、誰か医者を!」

「エマニュエル王子!」


 ダメ、無理。


 無理ぃ〜〜〜〜っ。


 エマニュエルは、そのまま意識を手放した。




 ○




 読み物としての婚約破棄物の多くは、なんかよく出来た婚約者への愛情が拗れて別の女性に気を移し、添い遂げようと謀反を起こすも杜撰で稚拙で拙速なやり口から当たり前にやり込められその地位を失うか、元婚約者にあてがわれた新しい恋人がそれはそれはよく出来た人格者で、婚約破棄した相手と添い遂げるより幸福になるという顛末を迎えて終劇となる。

 その時、物語となる主人公を傷付けた諸共が不幸になっていると尚良し。みたいなオプションも要求されたりする。


 さて、ここで考えてもらいたい。


 もし、そのような物語の、それも性格の不一致から婚約破棄を申し出ようとする愚か者に自分がなっていて、いざ「婚約を破棄する!」と宣言する直前というか最中というか、もう引くに引けない状況になっている時に、「何やってんだコイツ」と、我に返ってしまったら。


 そりゃ~卒倒くらいすると思うんだ。


 ってか、性格合ってないんだから円満な夫婦生活とか無理だし、婚約解消して新しい相手とやり直したい。って言ってるのに。

「彼女ほどの才女はいない」だの、「仮面夫婦など貴族社会では当たり前」だの、「国内のパワーバランスを考えろ」だの。親の都合を子供に押し付けるのはどうなんだ。って話じゃない。


 まぁ、お相手となる婚約者様もその辺りは毒食らわば皿までみたいな感じで飲み込んでくれていたから事が荒立つとかなかったけど。正直、先方からも無理です。って言ってほしかった。そうしたら、王子が癇癪起こすみたいにハジケたりしなかったと思うのよね。


「ってか、なんで王子なのよ……」


 ふかふかベッドに埋もれるように寝かされていたエマニュエルは、パチリと目を覚ますと天蓋に施された刺繍を見つめながら呟いた。


 今の私は、エマニュエル・アルベス。十九歳。十三から十八まで特権学校であるキングスコレッジに学び、十九である今はギャップ・イヤーとしてひろーい原っぱの先の隣国でボランティアに励んでいた。


 うん。そこで出会っちゃったんだよね、ダナ・エスピノーサに。


「ナンテコッタイ」


 婚約者にも両親にも国にさえ、鬱屈した思いを抱いていたエマニュエルは、ダナに出会ったことであらぬ方向に暴発してしまう。

 いやぁ、燃えたね。色んな意味で。


 おかげさまで、このザマだよ。


 若気の至りというか、猪突猛進というか。とにかく婚約をなんとかしたいで婚約破棄を叫ぼうと思ったら、途中で私が目覚めました、と。


 重だるい腕を上げ、左手をシーツから出すと額に手の甲を当ててゆるゆると息を吐き出す。


 全くもって、やってらんねぇな。


 突然の『私』だ。


 それまでのエマニュエルの人生。エマニュエルの思い。エマニュエルの価値観。全部分かってる。

 それはもう、物語をガッツリ読み込んだあとのように頭に入ってる。

 エマニュエルは私で、私はエマニュエルだ。


 でも『私』は、エマニュエルじゃない。


「普通さぁ、性別は揃えるものだろう?」


 ついでに年齢も。


 十九とかいつの間に通り過ぎたよ。って年齢だし、性自認『女』なんだよなァ……。


「自己を認識した直後に、この辱め……。許さんぞ、神」


 あと、存在を主張する衝動は余所事を考えるとおさまっていくみたいなの、どっかで見た気がして色々考えてみたけど、全然そんなことないじゃん。


 ゴソゴソとシーツの中で身動ぐ。


 もーマジで、若いって色々大変。




 ◇




「殿下、お目覚めに?」


 部屋に入ってきた年配の男性に声を掛けられた。


 名前は確か、ジェファーソン・モユルリ。所謂、侍医って奴だな。私を含め、王族の診察を行い、治療に携わる医師たちの一人で、モユルリ氏はエマニュエルの主侍医だ。生まれた頃からエマニュエルを診ている。


「体はだるいし、気分が悪い」


 ベッドでゴロゴロしながら、これからどうするかを考えていた私は氏の登場に大人しく起き上がり、彼が診察しやすいようにベッドの端に腰掛ける。

 こんなサイズのベッド、海外ホテルの富豪が泊まるお部屋紹介みたいな番組でしか見たことなかったよ。


「失礼しますね」


 顔色を見て、目の色を見て、下瞼をめくり、舌、喉の奥と順に確認して、触診で首の張りやシコリがないかも確認する。

 喉を見ているときに「えーって言ってみて」って言われて、おじーちゃんカワイイなって思ってしまった。

 勿論、ウキウキでえーって言ったよ。


 あと、腕にごっついベルトベルト巻かれて、そこにコキュコキュ空気入れられる。何事って思ったら血圧測るやつだった。血圧が少し高く脈拍に乱れがありますね。なーんて言ってベルトを外されたんだけど、アレってどんな仕組みになってるの?


「身体的にはいたって健康だと思いますが、何かしら気に病むような事がありましたか?」


 よくぞ聞いてくれました! 実はね……。

 なんて話せるわけ無いでしょう?!


「気に病む。……気に病むというか、自分自身に失望したというか」

「おや、ようやく御自身も王室の一員であるとご自覚頂けたのですかな」

「そっちじゃないかな〜」


 乾いた笑いをこぼせば、肩を竦められた。

 おい、ジジィ。


「ダナは、どうしてる?」

「そこは、ルチア様ではないのですか?」


 自然と猫背が増し、ため息が漏れた。


「ルチアは、……あの人は、こんな騒動なんとも思ってやしないよ」


 エマニュエルの記憶の中にいるルチア・ヴィヤヌエヴァという人物は、とても厳しい人格者だった。

 恐ろしいくらいにブレない。言語学習は趣味だとかなんとか言って、五カ国語くらい話せたはずだ。何もかもが、エマニュエルより格上。エマニュエル自身も、色々頑張ってはいたんだけどね。地頭が違うのか、はたまた努力の量が違うのか。全然勉強やっていないのスタートラインが違えば、その人にとっての全然やっていないの定義が変わるって奴だ。


「そうでもないと、わたくしめは思いますがね」

「だったらいいね」


 力なく笑うとモユルリ氏は、私の肩を抱いてあやすように髪を撫でてくれた。どうやらエマニュエルは、幾つになっても先生の中では五歳児のままらしい。


「心の揺らぎは危険です。一過性のものだと思われますが、もし長く続くようなら対策を練らねばなりません。神祇官に来てもらえるよう手配致しましょう。それまで暫くは、大人しくお過ごし下さい」


 神祇官ってなんだっけ? って考えて、神様に対してお祈りしてる人達だって思い出した。なるほど、エクソシスト的ななんかされるってことかしら?

 まだまだ馬車移動が現役な時代だもんね。悪魔祓いとかも普通なのかも。


「わかった。暫くは誰にも会いたくないから、面会は最小限にしてもらえるように頼んでおいて」

「承りました」

「先生」


 部屋を出ていこうと荷物を纏めて手にしたモユルリ氏を呼び止める。


「ありがとう」


 モユルリ氏……いや、モユルリ先生……ううん。ジェファーソン先生は、エマニュエルにとって絶対に自分を守ってくれる味方だったんだな。


「ご自愛ください」


 昔から変わらない好々爺とした笑顔を残し、先生は部屋を出ていった。


「……」


 扉が完全に閉まる音を聞いてから、仰向けにベッドに倒れる。


 いやぁ、もう。ここに来て、泣きたいわーーっ。


「歳かな」


 やっぱり、ちょっとだけ泣いた。






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