午後早く•魔法の泉で水を汲む
この作品は、独立した短編ですが、香月よう子さんの企画を応援する、互いに関連性のないハッピー異世界恋愛のシリーズの第四作としてもお楽しみいただけます。
投稿時間間違えてしまいました。
15時のつもりが5時になっていた!
表現の修正をしました
ロディは丈夫な革靴を履いて、森の奥へとやってきた。この森は、入り口の辺りはごく普通なのだが、秘密の小道を見つけたら魔法の泉に辿り着く。
それは夜、妖精のランタンが導く。または朝早く、小鳥たちの鳴き声に導かれる。或いは真昼に、風の歌が呼びにくる。
ロディは5歳の時、魔法の泉にやってきた。森でキノコを摘んでいる時に、ベリー摘みの少女から教わったのだ。
ロディはその時、慎重に美味しく安全なキノコを選んでいた。特別なキノコを手に入れて満足したすぐ後で、ふと影が差し目を上げた。
赤やオレンジのベリーが、緑の藪に賑やかな様子で散りばめられている。瑞々しく輝くベリーを背にして、赤、青、黄色、紫の汁を口の周りにつけた少女が、指先を舐めていた。
光を浴びてじっと見下ろすその少女は、ロディが今まで見たことのない不思議な雰囲気を纏っていた。生命力に満ちて、それでいて凪いだような。ロディは、少女をベリーの甘酸っぱい香りが見せる夢かも知れないと思った。
「君は妖精なの?」
「違うよ。ミル村の粉屋のナンシーだよ」
焦茶色の三つ編みを麻紐でキュッと縛ったその健康的な少女は、今では菫色の瞳が愛らしい乙女になった。
「おやつのベリーパイの為に、木苺を摘みに来たの。あんたは?」
「僕はロディ。うちはレザ村の靴屋だよ」
「おんなじ髪だね」
「ほんとだね」
2人は同じ色で同じ髪質の頭をしていた。それがとっても気に入って、子供らしく大笑いした。
「ロディは不思議な目の色だね」
「僕の村には沢山いるよ」
ロディの瞳は金と緑と紫が混ざり合い、光の当たり方や見る角度によって、まるで違って見えるのだった。
「レザ村では森色っていうんだけど、行商人さんたちは、レザ村以外では聞かない色だって言う」
「そうだね。あたしも知らない」
ナンシーは、背中で手を組んで屈んだり伸び上がったりしながらロディの瞳を覗き込む。
目の粗い茶色の麻でできたワンピースをゆらゆらさせて、一生懸命色を捉えようとする。
やがて目を覗くのに飽きたナンシーは、ベリーが半分くらい入ったブリキのバケツを振って駆け出した。
「いいとこあるんだ!」
「あ、ナンシー、危ないよ」
ロディも慌てながら追いかける。
「カッコウの木の苔を踏み」
ナンシーは、歌うように唱えて苔むした根っこをトンと踏む。足元が光って姿が消えた。驚いたロディも真似をする。
「カッコウの木の苔を踏み」
たちまちナンシーが現れる。麻紐を編んだサンダルで、踊るように枝々を潜ってゆく。
「こりすの樫でキノコに挨拶」
ナンシーは、大きな樫の木の根元で、ひょろりと青白いキノコに向かって、丁寧にお辞儀をした。途端にキノコがぼうっと光り、再びナンシーが見えなくなった。
ロディも再び真似をして、茶色い麻の背中で跳ねるきっちり編んだ焦茶色のおさげを追いかける。
「小鹿の坊やの水飲み場を渡り」
ナンシーが細く速い瀬川を飛び越えると、川の水が光る。
「アゲハの遊ぶ草叢を抜け」
丈の低い草花が木漏れ日に笑う中を駆け抜ければ、花々が光る。
「イヌイバラのトンネル棘にご用心」
トゲトゲの中に飛び込むが、不思議に傷付かず、イヌイバラの茂みが光る。
「今日は!森の皆さん。魔法の泉に水汲みに来たよ!」
5歳の時と同じ手順で、元気にやって来たロディが、魔法の泉に集まる森の仲間に挨拶をする。
魔法の泉の水は、汲んでも冷たく滋味に溢れ、跳んでも跳ねてもこぼれることがない。使えば無くなるが、ほんのコップ一杯ほど貰って行けば、一回分に必要なだけ使えるのだ。
そのかわり、たくさん汲んで行っても、一回分に必要なぶん以上は消えてしまう。
一回分。何に使うかよく考えて使うのだ。入れ物はひとつだけ。ふたつめに入れようとしても消えてしまう。きっかり一回分だけ。
リスや小鳥や妖精たちが泉の広場に集まっている。小さな釣鐘型の花や大きなまるい花びらの花が、静かに揺れて香っている。
ロディがみんなに挨拶すると、緑や茶色の光の斑点を身に纏った人影が飛びついてきた。
「ロディ!今日は私が早かったね?」
「ナンシー!」
嬉しそうに抱き合う2人は、土に汚れた靴を履いている。ナンシーの靴は、もう麻紐のサンダルではない。ロディが作った丈夫な革靴だ。
5歳の頃とやっぱり同じ、2人揃って真っ直ぐな焦茶色の髪の毛を、泉の運ぶひんやりとした風が梳いてゆく。2人は明るい笑顔で見つめ合い、幸せな口付けを交わした。
お読みくださりありがとうございました
この連作は、毎週土曜日15時頃に投稿しています。