第二話 再び動き出した歯車 2
家の前に着き、自転車から鞄と、帰る途中にスーパーで買った食材の袋を取り出す。
玄関の扉に手を掛け、扉が開いているのを確認して、家の中に入る。
靴を脱ぎ、鞄を玄関に置いてからキッチンに向かい、エプロンを着る。
「今日は、野菜炒めとみそ汁でいいか」
今日の献立を口に出して確認し、料理に取り掛かる。
とりあえず米を研ぎ、炊飯器に入れて、スイッチを入れる。次に野菜を適当なサイズに切って、みそ汁を作るため、鍋に水を入れ湯を沸かす。
そこで一度、料理を区切り、リビングのテレビに電源を入れると、情報番組が流れていた。あまり興味はないが音楽の代わりにはなるだろうと思いながら、料理に戻る。ちょくちょく鍋の様子を見ながら野菜炒めに入れる肉を切っていると、テレビから気になる言葉が流れてきた。
『続いては人気コーナー、【あの人は今】です』
それは、番組が昔取材した人が今は何をしているのかを紹介するコーナーだった。
それを聞いて、ふと5年前のことを思い出す。
あの人は今、何をしているのだろうか。最近の魔法少女の目撃情報を見ていると、その頻度は段々と増えているから、まだあの化け物と戦っているのかもしれない。しかしあれ以来、あの変な世界に行くことも、化け物に会うこともない。それは、いいことのはずなのに、何故か心にポッカリ穴が開いている気分だった。
ジュワ~
「あっ、やば!」
物思いに耽っていると、お湯が沸騰して、鍋からコンロに零れている。
急いで火を切ると、沸騰は収まり、お湯が鍋に収まっていく。
大きく深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「なにしてんの」
トゲトゲしい声がした方向を見ると、妹の友穂がいつの間にかキッチンに入ってきていた。
「友穂か、ただいま」
「おかえり」
妹は素っ気なく返事をして、冷蔵庫からアイスを取り出すと、すぐに自分の部屋に戻っていった。その様子をみて、ため息をつく。
何故か、妹が中学二年生になってから様子がおかしい。両親が共働きのため、少し前までは一緒に料理したり、買い物に行ったりしていたのだが、今となっては、料理は自分の役割になってしまっていた。
これ以上、妹のことを考えても仕方がないと思い、料理に戻る。
…
料理が終わり、できた料理を適当に保存してから、玄関に置いていた鞄を持って2階の自分の部屋へと向かう。
部屋の扉を開けると、部屋には、机、本棚やベッド、クローゼットがある。本棚には、魔法少女系の漫画やライトノベル、超常現象などの特集の本が置かれている。
制服を脱いで、クローゼットから風通しのいい服を取り出し、それに着替える。
着替えが終わり、時計を見ると、既に5時を過ぎている。
ネットの情報を分析した結果、魔法少女は7時辺りから出現し始める傾向がある。そのため、その時間までは暇な時間になってしまいので、公園に日課の筋トレをやりに行くことにする。
公園に着き、自転車から降りる。
この公園は非常に広く、遊具も豊富で、その中には筋トレに最適な物も少なくない。そして、その中の目玉遊具は、中央に置かれているアスレチックだ。二層の六角構造からなり、それぞれの頂点から中央の高台へ、別々の遊具を使ってアプローチができ、それを舞台に鬼ごっこをすることが、主流になっている。今も、小学生ぐらいの子供がそこで遊んでいる。
「あっ、誠司!」
その中の一人の小学生の男の子がこちらに気づいて、声を上げる。その子は、凪斗という名前で別に兄弟ではないのだが、何度か体を動かすついでに一緒に遊んだことがある。それを皮切りに、凪斗と一緒に遊んでいた何人かがこちらに注目する。
「誠司も一緒に遊ぼうぜ」
その子に呼ばれ、アスレチックに近づく。その子と共に遊んでいた子供達がこちら気づき、近づいてくる。その全員は、何度か遊んだことのある顔見知りである。
「ああ、今日もまた鬼ごっこするか?」
こちらがそう問いかけると、全員が賛成する。
どっちが逃げる側かを問うと、最初は子供達が追う側、自分が逃げる側になった。制限時間は5分、スマホのアラームをセットする。範囲は六角形の中ならどこに行ってもいい。全員配置に着き、自分の掛け声でアスレチック鬼ごっこが始まる。
小学生チームが5人の5対1、普通にやれば挟み撃ちをされて10秒と持たない。しかし、身長と運動神経の差で、自分は縦横無尽にアスレチックを移動できる。そのため向こうは、上手く連携しない限り捕まえることは困難だ。ただ、全員この場所での鬼ごっこに慣れており、何回か自分と対戦したことがある。中でも一番厄介なのが、凪斗だ。その子だけが唯一、自分の動きに付いて来る。ただ真っ直ぐこちらを追いかけて来るだけなのだが。向こうの方が数が多いため、そういった行動をして来る奴が一人でもいると、相当キツイ。そのせいで休むタイミングを一切与えてくれない。
やっぱ上達してんな、連携も円滑になってる。
気づくと、六角形の頂点で3方向から挟み撃ちされる。遊具の柵に乗り、地上に降りようとするが地上でも一人が降りて来るのを待っている。
普通に降りたら確実に捕まるな。
一旦柵から降りてから一呼吸おき、助走をつけて柵に飛び乗り、力いっぱいジャンプする。
地上で待っていた子から、遠く離れた場所に着地し、1回転して受け身を取る。着地の勢いを殺し切らず、それを利用して、トップスピードで走り出す。そこで、ポケットに入れていたスマホのアラームが鳴った。
見せつけるように、ポケットからスマホを取り出し、空に掲げる。
「俺の勝ちだ」
「クソ! 負けた」
それぞれ悪態や悔しそうな顔をしている物の、どこか楽げにしている。
「誠司、さっきのどうやるんだよ」
そんな中、凪斗が問いただしてくる。多分、あの受け身の取り方だろう。
使えて、特に損はないので、全員を集めてやり方を教える。
受け身の使い方を教え、その後は、お互い攻守を交代して遊んでいると、6時手前を告げる放送が流れる。
「今日はここまでな、子供は帰る時間だ」
「あと一回だけやろ」
「わかった、あと一回だけな。それと俺が鬼で、全力で行くぞ」
6時を過ぎると、親が心配するだろうと思ったが、凪斗達の願いも無下にする気になれず、そう提案し、全員を配置につかせる。
開始の掛け声と共に、一気にトップスピードを出す。それは、身体能力の差に物をいわせ、一切の駆け引きをさせず、遅い奴から捕まえていく作戦だった。
一人、また一人と捕まえていく。そして最後に残ったのは凪斗だった。
最後の一人を捕まえようと、少しづつ距離を詰めていく。そして、凪斗が中央の高台へ向かったとき、何か違和感を感じ立ち止まった。そして気づくと、凪斗が消えていた。
「えっ!?」
先程まで、確かにそこにいたはずなのに、凪斗の姿はどこにもなかった。
周りの奴に聞いてみても、全員「消えた」としか言わない。
そこで、最後にいたはずの高台に向かうと、不意に寒気がする。
そこには何もないはずなのに、何かがある。何も見えないのに、何かが見えている気がした。
とりあえず、凪斗が消えたことを警察に報告してもらうため、子供達を家に帰らせ、自分だけその場に残り、もう一度そこに向き合う。
恐る恐るそこに手を差し伸べると、手が半分消える。それに驚き、咄嗟に手を引くと、手は元通りになっている。
やっぱり何かがそこにある。
もし、この先に一歩でも踏み出せば、何かが変わってします気がする。
(だったら、あの少年を見捨てるのか?)
自分の中で自分に問いかける。
「そんなん、決まってんだろが!」
意を決して、その一歩を前に踏み込んだ。