初めての戦闘、そして初めての誤射……。
10式戦車、全長9.42m全幅3.24m重さ約44t。装備化されたのが平成二十二年度(2010年度)だったため、『10式戦車』と名付けられた。
主砲は44口径120mm滑空砲、副武装として12.7mm重機関銃なども装備しており、複合装甲や増加装甲も装着出来る最新の国産主力戦車である。
その10式戦車に変身してしまった陸は、自身の姿に呆然として動けずにいた。
『国守 陸二等陸士、正気に戻りなさい。今のあなたはこの国の防人、八百万防衛隊なのですよ!』
脳内に天照の声が響く。我に返った陸はすぐに周囲を確認すると、静かに校門から外に進み始めた。アスファルトには履帯の跡が深く刻まれている、あとで補修するの大変そうな気がする……。
『デモンはおよそ十分後に、勝湖中学校の校庭で出現します。爵位を持たない偵察の使い魔と思われますので、遠慮なく撃破してください』
「りょ、了解!」
これ以上舗装を傷つけないように恐る恐る進んでいると、背後から須佐之男の怒声が飛んできた!
「何をちんたら進んでおるのだ! そんなに舗装が気になるなら、畑を真っ直ぐ直進するんだ。大丈夫、壊した畑はあとで国の補正予算から賠償しておく」
その言葉で覚悟を決めた陸は目の前のぶどう畑に突進する、しかし畑の棚を支えているコンクリート製の支柱にぶつかった瞬間頭に石が当たったような痛みが走る。
「いっ、痛えええええええ! なんだこれ、頭に凄い頭痛が走ったんだけど!?」
「そりゃ自分からコンクリートの支柱に体当たりすれば、痛みも走るわな」
呆れた顔で事実を伝える須佐之男。次いで履帯が石に乗り上げると、はだしで石ころを踏んだような痛みが……。
「なんだよこれ! 今度は足の裏がすっごく痛いぞ!?」
「履帯で石の上に乗り上げるからだ、男なんだからそれくらい我慢しろ」
「くっそぉ……。覚えてやがれ」
養父になってくれた恩人だが、今は無慈悲な髭面のおっさんにしか見えない。その後も陸は頭痛や足の裏の痛みに耐えながら、何とか中学校の上にある町の総合運動場まで接近した。すると校庭の真ん中に、黒い球体が浮かんでいる。
「なんだあれ……。校庭の真ん中に黒いものが」
『いけない! それはデモンが出現するゲート、今すぐその球体を撃って』
「えっ、でも……」
『はやく!!』
天照の声に驚いた拍子に、主砲から徹甲弾が発射された。何も考えずに撃った弾は狙いを大きく外れて、中学校の屋上に命中する。
『どこを狙っているのですか! 次は必ず命中させなさい、校舎の修繕予算全額きちんと国が出してくれるのかしら……』
天照の愚痴が脳内で続く。いつまでも聞かされたくはないので、今度は敵に照準を合わせて主砲を発射。弾が球体に命中すると、風船が割れたように弾け飛びデモンとの最初の戦闘は無事に終了する。
元の姿に戻った陸に、ペンダントを通じて天照から連絡が入った。
『初めての任務ご苦労様、それでは基地へ帰投してください』
「了解! って、迎えには来てくれないの?」
『あなたが壊した畑や中学校の修繕費用、一体いくらかかると思っているの? 予算節約のため、徒歩での帰投を命じます』
またあの丘の上まで歩いて、帰らなければならない。陸は天を仰ぐと、天国にいる父にどうしても聞きたいことを口にした。
「親父……。頼むから退役する方法を教えてくれ」
「え~それでは国守 陸二等陸士の、初陣と初勝利を祝して乾杯!」
「「かんぱ~い!」」
再び汗まみれになりながら丘を登り切った陸を出迎えた須佐之男は、ウミとクゥも呼び四人だけの祝勝会を開く。ジュースが注がれたグラスを傾けようとした時、急に部屋の中が暗くなると天照の顔が壁に映し出された。
『本日はご苦労様、陸くんには良いお知らせと悪いお知らせの二つお伝えします』
コホンと軽く咳払いしてから、天照は良いお知らせから伝える。
『国守 陸二等陸士、今回の戦果が認められ一等陸士に昇進いたしました』
「リク、昇進おめでとう」
「あ、ありがとうクゥ」
良い知らせは昇進の通知だった。クゥの祝いの言葉を、陸は素直に受け取る。
『そして悪い知らせですが……国守 陸一等陸士、誤射による中学校の校舎破損の罰として二等陸士に降格です』
「だったら知らせる必要なくね!?」
結局階級に変動なし、陸は言いようのない疲れを感じてしまう。
「リク、心配する必要ないデス! 次の戦闘でショウシンすれば良いのデス!!」
「そんな頻繁に来られても困るよ……」
やけに陽気なウミと物静かなクゥに労われながら、陸は祝勝会を終えて自分の部屋へと戻った。室内着に着替えた陸は、一日の汗を流そうと大浴場に向かう。
「そういえば、ここの大浴場は元町営の温泉だったんだよな?」
学園の建つ不動の丘には、昔町営の温泉施設があった。市町村合併で施設諸々の売却が検討された際に、須佐之男が周囲の土地ごと購入して高天原学園が誕生したのである。
天然のかけ流し温泉に浸かって疲れを癒やす、しかも八百万防衛隊の隊員は専用大浴場の利用が許可されていた。陸は真っ赤なのれんを潜ると、更衣室に続く引き戸をゆっくりと開ける。
ガラガラガラ……。
「アッ」
「あっ」
更衣室の中には、下着姿のクゥがいた……。