ライオネルの訪問と置き土産
【十月九日午前十時、乙府駅南口ロータリーの真剣公像前にデモン戦闘員及びデモン怪人出没。十時半、八百万防衛隊到着。十一時、戦闘員の全滅を合図に郊外戦に移行。乙府駅から終狩駅まで電車で移動(交通費はこちらで負担)。終狩駅から乙州採石の採石場まで徒歩で移動して、到着次第郊外戦を行います】
『……………………』
天照以下、学園長室に居る者全員が固まっている。これではまるで……。
「これではまるで、戦隊ヒーロー物の撮影じゃないか」
皆の気持ちを須佐之男が代弁してくれた。そう、このタイムスケジュールの通りに進むと戦隊ヒーロー物の撮影と同じである。違う点をあえて指摘するなら、場所を移動するのにロケバスではなく公共交通機関を利用することだが……。
「交通費をあちらで負担してくれるなんて、ずいぶんと太っ腹ね」
「だから問題はそこではないぞ、姉上!」
再び須佐之男がツッコミを入れる。いくら貧乏所帯の八百万防衛隊とはいえ、敵方から交通費の心配をされるようでは目も当てられない。自分達で払うと言いたいが、それよりももっと大事なツッコミどころを誰も指摘しようとはしない。
「それよりもデモン達、ちゃんと電車に乗れるのか?」
「…………」
デモン怪人の姿次第では、最悪警察を呼ばれかねない。駅の改札で止められるからだ。悪辣な罠の可能性も捨てきれないが、その心配をさせなかったのが書簡の続きである。
【なお次回以降巨大化怪人が登場しますので、先方におかれましては合体などの対抗手段を御用意してお待ち頂けると幸いです】
天照や須佐之男は、上手く言葉を発することが出来ずにいた。明らかにこれまでと違う敵の出現、そこまでは良い。だが方向性があさっての方角を向いているのだ、本気で日本を攻め落とす気があるのか聞きたくなる。どうするべきか考えあぐねていると、追い討ちをかけるように学園に常駐している警備員から来客の連絡が入った。
『天照 大日女先生にお渡ししたい物があると、ライオネル・グラフ様がお見えになっておりますが学園長室まで案内しても宜しいでしょうか?』
「はあっ!?」
デモンの指揮官が単身で、防衛隊の本拠地を訪ねてきたのである……。
「あなた……ここまで一人でやってくるなんて、正気なの?」
「あっ、ご挨拶が遅れました。このたび倭方面軍の指揮官を拝命したライオネル・グラフと申します。若輩の身なれど、誠心誠意任務につとめる所存。どうかお見知りおきを」
「まあまあご丁寧に。八百万防衛隊の司令官をしております、天照大神と申します。今後ともよろしくお願いします」
仲睦まじく名刺交換を始める二人、敵対関係にあるとは思えない。今回の訪問にどんな意図があるのか、それをまず問い質さねば。
「ところであんな書簡を渡して早々に自らやってくるなんて、おまえ何が目的だ?」
「そうそう、書簡と一緒にこれを渡しておくのを忘れていたから届けに来たんだ」
そう言いながらライオネルが懐から取り出したのは、YR中央本線の定期券。乙府駅~小月駅の区間で、有効期限が一年間もあった。
「とりあえず十枚渡しておく。毎月第二と第四土曜日のデモン出没日には乙府駅の近くで待機していてくれるとありがたい」
「何故、第二と第四土曜日だけなんだ?」
当然と思えるこの疑問に、ライオネルが事も無げに答える。
「第二と第四土曜日は学校もお休みだろ? 学業に支障が出ないように、スケジュールを組んだつもりだ。もちろん中間試験や期末試験の前は、出没しないように心がけよう」
「いやいやいや、相手の都合関係なく襲撃するだろ普通。『人間なぞ皆滅びてしまえ!』みたいな感じで」
「それがいけないのだ!」
陸のツッコミに、ライオネルは猛然と反発した。あまりにも生真面目なので、デモンというのが信じられなくなってくる。
「相手を力ずくで従わせては、消えようのない怨恨を遺してしまう。我らの存在を認めてもらい、ゆるやかに共存を目指していくのがお互いにとってより良い選択だと思うのだ」
「共存って言われても……ねえ?」
即座に答えを返せるものではなかった。長い年月争ってきた相手、しかもその敵に陸は父を殺されている。争わなくて済むならそれに越したことは無いが、簡単に頷けるほど陸は大人ではない。
「答えを今すぐ出してもらおうとは考えていない、お互い大勢の仲間を失っている。簡単に水に流せないことを承知の上で私は提案しているのだ、少なく見積もっても十年二十年の時間を必要とするだろう。その間に人間達と共存していく空気を、場所を作っていこうと思うのだ。そのために私はこの国の子供達が好むものを、テレビとやらを通じて情報を集めてきた」
戦隊ヒーロー物のお約束に近い行動予定は、彼なりの人間に対する配慮のようだ。今後共存をめざす中で、デモンが怖い存在ではないと周知させる必要性を感じたのだろう。
「ひとつ大事なことを伝えるのを忘れていた、今年のデモン出没は十月の第二第四土曜日の二回だけだ。十一月と十二月の第二週は中間や期末試験が重なったりしているので中止することにした」
「十二月の第四土曜日まで除外した理由はなんだ?」
何気なく思ったこの疑問を、陸は彼に聞くべきではなかった。テレビで偏った知識しか得ていないデモンの伯爵様は、余計な火種をこの場に残したのである。
「十二月の第四土曜日は聖夜だ、恋人と過ごす大切な夜を邪魔するのは野暮だろう?」
ウミとクゥの間で、一瞬だけ火花が舞った。三人で過ごすのも悪くないが、出来るなら二人だけで過ごしたい。この争いにもう一人ライバルが加わることなど、二人はもちろん陸本人すら知る由もなかった……。