コントロールの闇に浮かぶ月
時は20XX年。
AIの支配下にある現代でも、唯一干渉不可能なもの。それは人の心。
しかし人の強過ぎる感情は、時に危険な思想へも繋がりうるのでは、といった懸念が意図的に世間に広められ、人々は不安を煽られた。
印象操作に成功した政府。なんと、人が抱く感情の中で1番想いが強力とされる「愛」の感情を制御するべく『全国民において、今後直接的な愛の言葉を伝えることを一切禁ずる』といった驚きの法律を定めてしまった。愛の言葉を発しようものなら、すぐさま人工衛星でAIが探知し、厳罰がくだされるとのこと。
会社員のナツメは頭を抱えていた。
4年付き合った年下の彼女に、意を決してプロポーズを、と考えていた矢先このような事態に巻き込まれたのだ。
彼を悩ませるのは数年前、映画の帰り道で耳にした彼女の言葉。
「プロポーズってさ、『愛してる』のシンプルな言葉の方が気持ちが伝わると思うんだ。
言葉は形に残らないけど、だからこそ記憶として、2人だけの大切な宝物になる気がするんだよね……」
耳を赤くして、はにかみながらそう話した彼女。その可愛らしい姿に、心を熱くした感覚は今も忘れない。
「いつかきっとこの望みを叶えてあげたい」
ナツメはあの時、そう強く思ったのだ。
ところが最近になり、そんな彼女のささやかな望みさえも果たせない不自由な世界へ、未来は変貌を遂げてしまっていた。
「愛してるの言葉の代わりになるもの……」
ナツメは考えを巡らせ、あるエピソードかふと頭に浮かぶ。
文豪、夏目漱石の逸話である。
「I love you」を「我、君を愛す」と直訳した教え子に、漱石が「日本人はそんなことは言わない。月が綺麗ですね、とでも訳しておきなさい」と返したとされる逸話だ。
「これは、いいんじゃないか……?」
読書を好むナツメらしいアイディア。
「月が綺麗ですね」の言葉ならば、政府のタブーに触れることはない。おまけにプロポーズらしいロマンチックさも兼ね備えている。
ただ1つ問題なのが、彼女は読書に疎いこと。肝心なこの言葉の表す意味が、きちんと伝わるのかということだ。
「彼女の心に届くような言葉……」
政府の目を掻い潜るべく、ナツメの愛の言葉探しが始まった。
愛の言葉を発せなくなった世界で、我々は何をもって想いの丈を伝えるか。
漱石ら文豪たちが後世に残した、言葉に秘めたる想い。古より時を越えて、現代人の心へと届く言の葉の物語たち。
闇に浮かぶ月が今、満ち始めるー。
拙い初投稿作品でございましたが、最後まで
お読みいただきありがとうございました。
果たしてナツメは、愛する彼女に
無事プロポーズを遂行できるのでしょうか。
この後は、芥川龍之介や太宰治ら文豪たちの
文学作品に登場する一節と絡めながら、
他にも片想いや失恋などにスポットを当てた
「短篇集」として物語は続く(?)予定です。
小説家になろうラジオの特別企画
「なろうラジオ大賞2」応募作品です。
『コントロール』を題材にした初投稿作品、
少しでもお楽しみいただけますと幸いです。