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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
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副官サマの城下視察2

 西区の中で一番大きな橋に着くと、街の人たちがわらわらと集まっていた。その中心には上部に輪っかのついた、背の高い大人二人分ほどの高さの柱がゴロンと横になっている。

 僕たちは人々の隙間から柱の具合を少しだけ確認し、橋の中央へと目を向けた。

 この橋の中心の開けた部分に、今年の柱が立つのだ。

 

「あの柱なんか地味じゃない?」

 

 そんな言葉に振り向くと、僕の後方で若い女給(じょきゅう)が隣に立つ男の給仕に話しかけていた。男の給仕が背の低い女給を見下ろして、「知らないの?」と首をかしげて続ける。

 

「豪華な装飾は夏至祭の二日前から始めるんだよ。刺繍入りの帯とか高い布のとか、あと生花なんかも飾るからさ、今から飾っちゃったら雨風で痛んじゃうだろ?」

「ふーん。なら飾り付けする日に柱を立てれば良いのに。なんで今やるの?」

「各地区、占いで定められた日に立てるってのがこのあたりの決まりなんだよ。今日は西区、明後日は中央。一週間後は城門区ってね」

「ちなみに、ここの柱には魔導師も関わるぞ」

「店長」

 

 二人の給仕の後ろから出てきたやや生え際が後退した男に、給仕二人が驚いてのけぞった。

 店長と呼ばれた男は二人の間に入り、柱の近くに集まるガタイの良い男たちをあごでしゃくって見せる。

 

「柱を立てるだけなら手の空いてる男たちだけでできるが、うちの夏至祭は期間が長いし混むだろ? アレが倒れたりしたら大変じゃねぇか。だからあいつらが基本的な施工をした後に、魔導師に魔法で補強してもらうんだよ。あと雷除けとかな。ほら、あそこに魔導師が居るだろ?」

 

 店長の指差す先に見えたのは、三人の魔導師だった。服装からして冒険者ギルドの者たちだろう。宮廷魔導師ならばそろいのケープを着けている。

 僕は柱を建てる様子をもう少し近くでみようと、邪魔にならない位置を見つけて移動した。

 

「おーい! こっちは良いぞ! 引っ張ってくれ!」

 

 ガタイの良い男たちが声を掛け合って柱を立て始める。

 三本の縄を扇状(おうぎじょう)になって一斉に引くと、薄緑と白に塗られた柱が小雨の中に立ち上がった。すると、遠くで落雷の音が聞こえて、その場に居たほぼ全員が空を見上げて不安そうに眉を寄せた。

 

「おい、やばくないか?」

「あぁ、早く終わらせよう」

 

 ガタイの良い男たちは口々に言い、縄と専用の工具を使って柱をしっかり固定し始める。

 

「兄貴、魔導師連れてくるぜ!」

「おう!」

 

 若い男立ち上がり、魔導師の元へ駆け寄って連れてくる。そうすると、兄貴と呼ばれた男がしゃがんだまま振り向いて魔導師を二度見した。

 

「あ? 今年は三人でやるのか?」

「いいえ、この子がやります。見習いを終えたばかりですが腕は良いので。僕らは念のため補助に」

「ふーん。ま、できるんならチャチャっとやってくんな。雷が怖いからな」

 

 兄貴と呼ばれた男の指示で、柱の周りにいたガタイの良い男たちがそこから遠ざかる。

 柱の側にはくすんだ群青色のローブを着た魔導師が一人だけ残った。その魔導師は周りから人が全員いなくなったのを確認すると、かぶっていたフードをとって見物人の方に振り返った。

 まだ十代の前半だろうか、幼さの残る顔つきは緊張で硬い。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 初々しく周りに挨拶をして、柱の前に行く若い魔導師。

 

「かわいいですね」

 

 レティシアが背後でそう呟くように言ったので振り返ると、柱からバチッとすごい音が上がった。

 急いで柱に向き直ると、宙にわずかな魔力が放電のように散っていて、橋の上に若い魔導師が転がっていた。

 

 何が起こった?

 

 ほんの一瞬目を離した隙に倒れた若い魔導師。ガタイの良い男たちと魔導師仲間が慌てて駆け寄り助け起こしている。意識はあるし一見して怪我はなさそうだが、その顔はひどく疲弊して見える。

 緊張しすぎて呪文でも間違えたか?

 

「仕方ねぇな、俺がやるよ」

 

 深緑色のローブの魔導師が腕まくりをして木の杖を握りしめた。

 僕はじっとその様子を見る。

 

「礎になりし石の地面よ、その強固なる力を新しき柱に分け与えよ」

 

 簡単な補強の魔法。特に問題なく発動しているように思える。なら、やはりあの若い魔導師は緊張から失敗しただけか。

 柱に魔力の風が静かに流れ、魔法の光で柱が包まれていく。

 ふと、妙な魔力を足元に感じた。

 

「あ、おぉ! ちょっ!」

 

 とたんに深緑色のローブの魔導師の杖がグンと柱とは真逆に引っ張られた。魔導師はそれに釣られて足元がもたつきヨロヨロとよろめく。そのせいで集中が途切れて、発動していた魔法が力を失っていく。しかし、背の高い灰色のローブの魔導師が杖を掲げて前に出てそれを防いだ。

 

「何をやってるんですか」

 

 灰色のローブの魔導師は深緑色のローブの魔導師の横に並び、途切れかけた魔法を鮮やかに引き継ぐ。なかなかできる技ではない。この魔導師はかなり優秀なようだ。

 

「何って、何も! なんか変な力が働いてるんだよ! この! 言うこと聞けって!」

 

 四方八方へと暴れる杖と格闘しながら必死に訴える深緑色のローブの魔導師に、灰色のローブの魔導師はため息まじりに杖を大きく振ってから、杖尻を地面に打ち付けた。

 光っていた柱から粒子が飛散し輝きが失せる。

 かなり強引なやり方に見えたが、補強の魔法が完成したようだ。

 灰色のローブの魔導師は続けて雷除けの魔法を唱え始める。

 

「あのルカ様、あの杖に引っ張られている魔導師はどうしたのでしょうか?」

 

 レティシアが不思議そうな顔で尋ねてきたが、僕は「うん……」と頷くことしかできない。

 だって何がどうなっているのか理解できていないのだ。

 変な魔力の流れを感じるが、新緑色のローブの魔道士の杖を動かしているのはあくまで本人だ。意図していないにしろ、本人が自身の魔力で操っている。

 魔法の心得があるものならば誰しもが思うだろう。

 何を遊んでいるのだと。


「もしかして、もともとある基礎の魔法が変に作用しているのか?」

 

 僕は橋をじっと見つめる。

 アストラル城が建設された時からあると言われているこの古い橋は、老朽化で多少修繕は必要だが、()()()()()()もしっかりしているので頑丈だ。橋を建てた者たちの腕が良かったのだろう。

 僕は少しだけ橋の方へと歩んでしゃがみ、石畳の上に掌を軽く押し付けた。橋にかかっている魔法が何かを調べるのだ。

 基礎にあるのは水除けの魔法に硬化の魔法、そしてだいぶ後からかけられた強化の魔法。基礎のものと後からかけられたものでは年代が違うせいか、ちょっとだけ魔法の仕組みが違う。なら、それが今回の柱への魔法に悪く作用していると?

 

「わっ!」

 

 驚いた声と共に風船が割れるような音がした。見ると灰色のローブの魔導師の杖が宙を飛んでいる。おそらく魔力制御が切れて弾かれたのだろう。

 杖は からんからん と音を立てて石の橋に落ちて転がった。

 

「これは、困ったな。このままじゃ魔法がかけられない」

 

 灰色のローブの魔導師が困った顔で腕を組んだ。すると、頭に手ぬぐいを巻いたガタイの良い男が一歩前に出て叫んだ。

 

「それは困るぜ! 今しか作業できねぇんだよ。これからどんどん雨もひどくなるし雷だってそうだ。占いだと今日中に立てないとなんだろ? あんた達ができねぇってんならどうするんだよ?」

「そんなことを言われても、妙な力で弾かれちゃって魔法がかけられないんだ。なんだか魔力の消費も激しい気がするし……今日はギルドに僕以上の魔導師は出てきていないから、今日中にやりたいのなら宮廷魔導師に頼む他ないね」

 

 灰色のローブの魔導師は「申し訳ないけど、僕たちには本当に無理だよ」と少し悔しそうに言ってうつむいた。

 手ぬぐいを巻いた男が、ガタイの良い男たちや見物している西区の人間に尋ねる。

 

「どうする? 宮廷魔導師に頼みに行くか?」

「そうするしかねぇんじゃ仕方ねぇな」

「直接オレらが頼みに行くのか? 役所に行って役人に連れてきてもらった方が良くないか?」

「じゃあ誰が行くよ? 俺は役所嫌いだからイヤだぜ?」

「ならおやっさん行ってくださいよ。役人に知り合いいるでしょ?」

「まぁそうだけどよ……役所に行っても時間ばっかりかかるぜ? やっぱり直接宮廷魔導師に頼みに行った方がいいんじゃねぇか?」

「どっちみちおやっさんお願いしますよ! 俺らより色々わかるでしょ?」

 

 おやっさんと呼ばれている年配の男は、眉を寄せて「うーん」と唸りしばらく黙り込んでしまった。

 周りの人たちがどうしたのかと首をかしげる。すると、おやっさんと呼ばれている男は大きなため息をついて上目使いに言った。

 

「俺はよぉ。どうにも宮廷の魔導師様が苦手でな……おっかねぇんだ」

 

 ガタイに見合わない弱気な発言に、僕は「えー?」と驚いたが、宮廷魔導師が苦手だと言う人間は多いので仕方がないかとため息をついた。

 宮廷魔導師は魔法が使える兵士だ。普通の魔導師たちよりも近寄り難いしとてもお堅い。中には気さくな者もいるが、そういった宮廷魔導師に出会う確率はかなり低い。それ以外にも敬遠される理由はあるが、おそらくこの年配の男には当てはまらないだろう。

 

「じゃあどうすんだ? 占い通りの日に立てないと縁起が悪いとか言うけど……」

 

 男の話に店長が口を開こうとすると、突然けたたましい爆発音がしてぐらりと地面が揺らいだ。

 倒れまいと踏みとどまって音の方角を見ると、北の空に煙が上っている。


「おい! ヤバイぜ! 魔導師がそこの水門を壊しやがった!」


 息もきれぎれに走ってくる痩せた男が倒れ込む。

 

「はぁ? 水門て、貯水塔のか?」

「そ、そうだよ! 近くで仕事してたら突然どーんてさ! 見たら魔導師が三人くらい魔法ぶっ放してんだぜ? たまげるわ!」

「店長。貯水塔壊れたって大丈夫なんですか?」

「ん? あぁ、最近そんなに降ってないし、ここの川は広いから大丈夫だと思うが……」


 おもむろに川を覗き込んだ僕の腕を、レティシアが強めに引き戻した。

 

「ルカ様、あまり前に出ると危のうございます」

 

 険しい顔つきに怒りの色が見える。

 流石に子供じゃないから川に落ちるほど身を乗り出したりはしない——— と言いたいところだが、僕は何も言わずに二・三歩下がり、会話している男たちに視線を戻した。

 

「どこの魔導師だったか見たか?」

「え? えーと……多分、宮廷のやつだと思う。ローブが黒に金縁だったから」

「あぁ、また宮廷魔導師か……」


 ()()とはどういうことだろう。ぜひ詳しく尋ねたいところだが、今は無理だろう。

 僕はため息をついて夏至祭の柱を見上げる。

 あまり目立って魔法を使うことは避けたかったが仕方ない。

 

「あの、僕がやりましょうか?」


 僕は柱から視線を話し合う面々に向けて声をかけ、右手を顔の高さにあげて一歩前に出る。

 一斉に集まる注目に、キリキリと胃が痛む。こういうのはどうにも苦手だ。

 手ぬぐいを巻いた男が眉を寄せて僕に尋ねてきた。

  

「できんのか?」

「まぁ、できると思いますよ?」

 

 うなずいて答えると、灰色のローブの魔導師が二歩ほど前に出て言った。

 

「できると思いますよって、あなた所属はどこですか?」

「所属は……宮廷魔導師ですよ。今は非番ですけどね」

「身分証は?」

「まぁまぁ、できるってんならやってもらおうぜ? にいちゃんもいちよ帝国民なんだよな?」

「えぇ、帝国民ですよ」


 雨除けのフードの下から微笑んで見せると、灰色のローブの魔導師が肩をすくめて一歩下がった。

 僕は柱の立つ橋の中央へと足を踏み出す。

 背後でレティシアが止めたそうに手を伸ばしたが、僕は片手を上げてそれを静止した。

 宮廷魔導師の印象を今以上に悪くするのは良くない。

 水門を破壊したのが本当に宮廷魔導師かどうかはわからないが、民がそう認識したのなら僕はそれを挽回する義務がある。

 単に僕がそこに属しているからというだけではない。

 先ごろあった東の帝国の動乱のせいで、かねてからあった魔法優位と反魔法主義の溝がより深くなってしまった。動乱を扇動したのが宮廷魔導師だったというのが大きな原因であることはほぼ間違いない。

 宮廷魔導師は全員が魔法優位だという間違った認識も最近広がりつつある。これは宮廷魔導師としても執政官としても見過ごせることではない。今は宮廷魔導師だけに苦手意識が向いているから良いものの、将来的にはその害は魔導師全般に及ぶ。

 魔法が使えても使えなくても平等であることは、この帝国の理念の一つだ。

 僕が柱に魔法をかけることでそれが保てるのなら、喜んで手を貸そう。


「さて、どんなものですかね」


 柱から少し離れたところで立ち止まり、周囲の気配を読む。

 先程の魔導師たちが余分に散らせた魔力がちらほら宙に残っているが、その他は特に変わったところは感じられない。

 わずかに振り返って灰色のローブの魔導師を見る。

 彼はおそらくギルドの中でもかなり上位の魔導師だろう。宮廷魔導師の中でも彼と同等の魔導師を探すのは大変そうだ。そんな彼が失敗したとなると、それを超える力がこの柱の近くに潜んでいるということになる。

 やり遂げる自信はあるが、どんな力が潜んでいてどういう状態になるかわからないというのは気がかりだ。

 失敗した魔導師たちは魔力の消費がどうのと言っていた。それが本当ならば魔法の発動中に妨害してくるその力に対抗しなければならい。力の正体を知りたいが、魔法を発動させなければわからない。

 行き当たりばったりは好きじゃあないが、まず始めに基礎にある古い魔法陣を打ち消すことから始めるのが良いか。

 僕は静かに杖を地面に下ろし、瞼を閉じてゆっくり息を吐いた。

 フードや肩に落ちる雨粒の音が徐々に大きくなり、ゆっくり響き始める。

 一気に高まっていく集中力。この感覚が好きだ。

 時間の流れが一瞬遅く感じ、それと同時に僕はゆっくりと目を開く。

 中央の橋桁(はしげた)の左右から波動が出ている。基礎にある魔法陣の始点はその中心だ。

 錫杖を持つ手にわずかに力を込めて魔力を流すと、見つけた始点二箇所に向けて一気に放つ。

 ほんの少しだけ途切れる周囲の雨音。

 魔力の波が駆けたせいだ。

 魔法陣の始点が(ほころ)び、千切れた魔法文字が宙に散った。

 

「ハハッ。昔の魔導師も大したことないですね」

 

 始点が綻んだらあとは一気に剥ぎ取るだけだ。それは難しいことじゃあない。

 基礎の魔法陣二つを剥がし終えると、僕は残りの魔法陣剥がしに取り掛かる。しかし、その作業はすぐに阻まれてしまった。

 基礎の魔法陣が消えたことで現れたどうにもおかしな魔力の流れ。これが先の魔導師を邪魔した力だろう。

 彼らは急激な魔力消費を訴えていたが、これはどちらかというと乱されているのに近い。

 西橋を分断するような気持ちの悪い流れが、僕の魔力に悪さをする。

 本来ならば僕の意思でまとまるはずの魔力の大部分が飛散していく。そこで気づいたのなら魔法の発動をやめれば良いのだが、魔導師の性質なのか飛散した分の魔力を無意識に補填(ほてん)してしまう。そのせいで、予定より多くの魔力が消費されていく。これが急激な魔力消費の仕組みだ。

 魔力の流れを乱す力。この力がどこから働いているのか突き止めないといけない。そうしてそれが何なのかも。

 呪いの類ではない。人が作った力ではない気がする。もっと自然に近い形のものだ。


 抗魔石(こうませき)

 

 ふと過去に読んだ古い書物にあった魔石を思い出した。

 強い呪いに使うとされる貴重な石で、魔導師の魔力の流れを乱すとあった。しかし、数が少ないという理由で詳細は記されていなかった。

 

「本当にそんなものがあると?」

 

 自分の魔法の発動を遮られるのはすごく苛立つし腹が立つ。

 空に稲妻が走ったのが見えた。あとに続いた音が先ほどよりも大きい。

 魔法の行使は雷を引きつけやすい。早く作業を進めないと術者が雷に打たれる確率が上がる。

 僕は飛散した魔力を観察して打ち消そうとしてくる力の源を探す。

 欄干(らんかん)の真下で視線が止まった。

 そこには魔力が集まっていない。そこにあるのだろうか、抗魔石が。

 僕は欄干まで走り、その上によじ登る。

 

「どこにある?」

 

 慎重に欄干の向こう側に降りて下を覗き込むが、うまく見えない。

 激しくなった雨粒が口や目に入ってうざったい。もはや雨除けのフードは無意味だ。

 僕はフードを引きずり下ろした。

 湿った髪が額に張り付いて気持ちが悪いが、それよりも、橋の上にいた時よりも激しく魔力が乱されていることの方が嫌だ。魔法を使っていないのに、体内の魔力が勝手に外へ抜けていく感じがする。

 

「一人でやる仕事じゃなかったですね」

 

 せめてもう一人、ルーイでもいれば楽になっただろう。そんなことを考えながら、僕は落ちないように気をつけて先ほどよりも奥を覗き込み錫杖を掲げた。

 切りそろえられた同じ材質の石をじっくり照らして見ていく。一つだけ異質な石があった。

 橋桁の段差の裏に、ひっそりとくっついている拳大の石。

 なんとか手を伸ばして取れた石は、持っているだけで吐きそうになった。

 

「レティシア!」

 

 吐き気を堪えて欄干から呼ぶと、レティシアはすぐに走ってきた。

 僕は石を押し付けるように彼女に渡しながら言う。

 

「その石をこの橋から遠ざけてください。とりあえずあの店の花壇にでも隠しておいてください」

 

 何か尋ねたそうな顔だったが、レティシアはうなずいてさっと踵を返し橋を駆けて行った。

 僕は欄干の上にもう一度よじ登り、柱に向かって錫杖を掲げる。

 濡れた外套が強風にあおられて僕を後方へと引っ張る。

 グッと踏みとどまらなければ橋の下に落とされてしまいそうだ。

 稲光が雨に濡れた石橋に反射し、直後にほぼ真上で雷鳴が響く。

 レティシアの姿がガタイの良い男たちの向こう側へ消えた。

 乱れた魔力の流れが落ち着きを取り戻し始めたが、普段よりもずいぶん操りにくい。それに、爪先の感覚もない。足全体も冷えて痛い。雨に濡れたせいもあるんだろうが、大きな原因は急激に大量の魔力を失ったせいだ。

 だんだんと視界が曇る。

 これは早く仕上げてしまわないとまずい。

 僕は掲げた錫杖を振るい、強化の魔法陣を打ち消して柱に雷除けの呪文を呟いた。

 

「ルカ様!」

 

 ほんの目と鼻の先に雷が落ちた。 

 ビリビリと橋が揺れて足元が揺れる。

 柱が淡く光っている。雷は当たっていない。

 どうやら雷除けは済んだみたいだ。

 僕はゆっくり瞼を閉じる。

 

「あぁ、ダメだ………眠い」


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