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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
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副官サマの執事とメイド 前編

 シトラスの香りのするセオドール様の執務室。そこへ入るとセオドール様が勢いよく振り向いて、おもむろに片手を差し出した。

 

「これからよろしくお願いしますね。レティシア・スプリング」

 

 私はセオドール様の唐突さに少し驚いたが、差し出された手を握らないわけにわいかない。

 

「これからお世話になります」

 

 握り返して頭を下げると、手袋越しの手からなんだかやる気がみなぎる感じがした。

 初めて仕事に就いた時のような、期待に満ちたほどよく高揚した気持ちが胸に湧く。

 セオドール様のまとう雰囲気のせいもあるのだろうか。相変わらず笑顔は胡散臭いが、柔らかで、それでいてどこかピリッとした空気は今まで外で見てきたものとはまったく違う。

 

「さて、まずあなたの部屋に案内しましょうね」

 

 セオドール様はそう言って手を離すと、入って左奥の壁にある片開きの扉を開けて入っていく。私は足早に消えたセオドール様に慌てながら、遅れて後に続いた。

 扉をくぐってすぐ目についたのは、中型のテーブルと二脚の椅子だった。それも高価なものではなく、荒削りの木で組まれた質素なものだ。その奥には小さな台所があり、微かに茶葉の香りがした。もしかしたら朝にそれを出したのかもしれない。何のお茶かはわかないが、とても良い香りだ。

 

「お茶の用意と食事の用意はここでします。料理は私の担当です。私とあなたの分も作りますから、何か食べたいものがあったら気軽に相談してくださいね。もちろん、小腹が空いたら好きに使っても構いませんよ。あの小さな木のドアは倉庫で、小麦粉などはあちらに入れてあります。冷蔵庫はそこの壁の棚の中に」

 

 台所で一度足を止めて、セオドール様が指をさしながら教えてくれた。私はうなずきながら位置を覚える。

 食事をここで用意しているのは少し意外だったが、きっと色々と用心しなければならないことがおありなのだろう。

 

「ちなみに、夕食の支度は手伝ってくれると嬉しいですね。皮むきとか面倒臭いので」

 

 それはもちろん! と私はうなずいた。

 宮廷に勤めるようになって久しく料理をしていないが、きっとなんとかなるだろう。

 セオドール様はいくつか台所を使用する際の注意点を付け加えると、「まぁ、あとは追々ですね」と軽く両手を合わせて言って歩き始めた。

 次に足を止めたのは、台所から続いている狭く短い廊下の一番奥の扉の前だ。

 等間隔に並んだ三つの扉。その間隔を見るに、一部屋は小さいようだ。

  

「さて、ここがあなたの部屋です」

 

 セオドール様が扉を開けて中に入るように促す。

 私はドキドキしながら部屋に一歩踏み入れる。

 こじんまりした室内には、少し古い木の香りが満ちていた。置いてあるものは少ない。ベッドと備え付けのクロゼット、小棚と小さな机と椅子が、二組(ふたくみ)ずつ置いてある。

 

「人が増える予定はありませんから、実質一人部屋だと思っていただいてけっこうですよ。なんなら模様替えしていただいてもかまいません。私の部屋は台所に一番近いところですので、家具など移動したい時は呼んで下さい。もちろん、他の用事でも尋ねて下さって良いですからね」

 

 私はながらでうなずき返し、セオドール様に声をかけた。

 

「あの……」

「はい、なんでしょうか?」

 

 この部屋に入ってから不思議でたまらないことがあるのだ。

 

「広くありませんか?」

 

 部屋は確かにこじんまりしているが、この部屋の構造はどうにもおかしい。

 

「そうですか? ベッドと棚と……わりと手狭かと思いますが?」

「いえ、そうではなくて……。セオドール様の執務室からこの部屋まで、台所と合わせて五部屋でございますよね?」

「えぇ、そうですね」

「ドアの間隔と部屋の広さがおかしくはありませんか? その窓も、本来あそこにないはずです」

 

 ルカ様の部屋全体の見取り図を描いたら、きっとおかしなことになるだろう。

 セオドール様は窓を眺めならしばらく考えていたが、「あぁ!」と理解したとうなずいて人差し指を立てた。

 

「そういうことですか。魔法ですよレティシア。拡大魔法とでもいいましょうか。台所以降の部屋にかけてあるのです。ちなみにその窓は開きません。天候を確認するためだけにつけたものですから。ちなみに、私の魔法です」

「なるほど。わかりました。魔法なんですね」

 

 魔法と聞けば納得がいく。

 拡大魔法、拡張魔法とも言うのだろうか。母はそう言っていた気がする。確かこれにもそんな魔法がかかっている。

 私は肩から鞄を外し、近くの棚の上に置いた。

 

「あの、レティシア・スプリング。私が魔法を使えることには驚かないのですか?」

 

 どうやら驚いてほしかったらしいセオドール様が、眉を下げて尋ねてきた。

 私はなぜ驚く必要があるのだろうと逆に首をかしげる。するとセオドール様はひどく残念そうな顔をして、ハァとため息をついた。

 

「まぁ、良いでしょう。さて、荷ほどきは後からにしていただいて、次に移りましょうね」

 

 足早に執務室に戻ると、セオドール様は立ち止まって入り口の扉を指した。

 

「掃除ですが、出た周辺の廊下と、この扉は毎日おこなってください。内扉は埃落としとノブ磨き以外は、週一くらいを目安に。それと、この執務室と台所は私がやるので手を触れませんように。あとのあなたの担当は、客間とバルコニーとルカ様のお部屋です。えーと、バルコニーへは……」

 

 言いながらセオドール様が客間への扉を開けに行ったので、私は小走りに後を追った。

 客間に入るとほんのり暖かさを感じた。魔法の暖炉をつけていたようで、まだその残り火が見える。

 ルカ様の姿気配はなく、もうすでにお出になられたようだ。

 噂で朝早くから仕事をしていると聞いてはいたが、まさかこんな時間からだとは思わなかった。

 客間の棚に置いてある時計を見ると、七時を指すにはまだ遠い。

 私がセオドール様と会ったのがおおよそ五時。ルカ様はそれ以前に起きて出たことになる。


「レティシア、あの窓です」


 不意にセオドール様に名前を呼ばれ、私は考えを中断して時計からセオドール様へと視線を戻した。

 

「この窓は両開きになっていまして、留め具はそこにあります。掃除する際は絶対にその留め具をしっかりはめてからやって下さい。まれに突風がくることがあって危ないので。いいですか?」

「わかりました」 

 

 セオドール様は絨毯に埋もれ気味の留め具を念を押すように指さした。それからセオドール様は客間をぐるっと見渡して「掃除の仕方は言うまでもないですね?」と静かに尋ねてきた。

 私はセオドール様と同じように客間をぐるっと見渡してゆっくりと頷く。

 この客間の掃除にはさほど時間は掛からないだろう。

 宮廷勤めの時には気にも留めなかったが、改めて見るとこの客間の家具や調度品は他の貴族様の部屋に比べてかなり少ない。これは喜ぶべきことだ。

 高価で複雑な装飾品の埃を落として磨くのには手間がかるし神経もすり減る。


「では次は、ルカ様の部屋ですね」

 

 客間を眺めていた私をセオドール様が片手で促した。

 ルカ様の部屋とを仕切る親子開きの親扉は開いたままだった。

 セオドール様は特に会釈も何もなく、ごく普通にそこに足を踏み入れて行く。

 私は扉の敷居の前で立ち止まった。

 なんだか妙に緊張する。

 ()()()以来、この部屋に入っていない。

 

「リネン類、特にシーツは毎日取り替えて、宮廷のリネン室に持って行って下さい」


 そう言って振り返ったセオドール様が、少し驚いて眉を上げた。どうやら私が扉の前で止まったままだということに驚いたようだ。

 セオドール様は片手を胸よりも低い位置に上げて手招きする。そうされたら、行くしかない。

 私はおずおずとルカ様の部屋に足を踏み入れる。

 朝の淡い光だけが照らす室内は、あの夜とは真逆でとても温かみがある。あの時のようなことにはならないとわかっていても、妙に体に緊張が走るのは仕方の無いことなのだろうか。


「リネン類は部屋を伝えれば新しいものをくれますので。予備のものはこの棚にありますが、絶対に切らすことのないようお願いします。あとは……まぁ大丈夫でしょうが念のため。この棚以外はルカ様の私物がございます。仕事の書類などもございましょうから、許可なく触らないほうが身のためですよ」

 

 私が何に緊張しているのか〝知っていますよ〟と言わんばかりのセオドール様の笑み。

 知らずに抱え込んでいた左肘から手を離し、私はキュッと唇を横に結ぶ。

 許可なく触ったその結果は、身をもって経験している。二度と同じ過ちは犯さない。

 

「ひねくれ殿下の戴冠式も迫ってまいりましたからね。宮廷の使用人を入れるのはあんまりしたくなかったので、あなたに来ていただけて助かりますよ。正直もっと早くに信頼のおけるメイドを確保するつもりでしたが、私の目にかなう者がおりませんでね。期待していますよ、レティシア・スプリング」

 

 セオドール様の〝期待している〟という言葉は非常に重い。本当に期待しているのか、不用意なことをするなという警告なのか、ついつい考えてしまう。

 セオドール様の眼鏡には光が反射していてその奥の感情が読み取れない。

 

「あ、期待していると言っても、無理をしろと言っているのではありませんからね? くれぐれも体調が悪い時や不都合が生じた時には申し出てくださいね。私にでもルカ様にでも良いですから。これは優しさではありませんよ? 命令です」

 

 思わず息を飲み込んでしまうほどの緊張感が身を包んだ。痺れるような威圧感に、嫌でも身が引き締まる。

 反射の()れた眼鏡の奥に、紫がかった黒い目が覗く。その目に映る光は鋭く、ルカ様のそれと重なった。

 

「心得ております」

 

 自分でも驚くほど緊張して硬い声が出た。

 セオドール様は私の様子に満足してか、よしよしとうなずいて、両手の人差し指を右に向けて片目をつぶった。

 

「では次は、脱衣所と浴室に」

 

 脱衣所と浴室に続く扉は引き戸で、どちらも使用していない時は開けたままでいいとのことだった。風通しを良くするためだろうか。

 

「脱衣所は特に注意点はありません。浴室も……わかりますよね?」

 

 そう言われて浴室をじっと見回す。

 床は高価そうな石の床。傷をつけずに全体を磨くのは大変そうだが、浴槽一体型なので猫足の物より手間は省けそうだ。

 それにしても広い浴槽だ。これなら楽々と足を伸ばすことができる。

 いいなぁと、まじまじ浴槽を見ていた私は、ふと気がづいた。

 あれ、コックが一つしかない?

 

「あの、コックは一つだけですか?」

 

 セオドール様に尋ねると、不思議そうに首をかしげた。

 

「水道室から水だけ引いているのですが……?」

 

 そう言ったセオドール様に、私はあぁと納得がいった。

 お二人とも魔導師だから、お湯の出る設備は要らないのだ。水を出して指でも鳴らせばあっという間にお湯に変わる。お湯の温度変更など朝飯前だろう。それにしても水しか出ないとなると、かなり困ってしまう。

 私は魔法が使えない。使用人室の浴室は確認していないが、もしかしたら相談しなければならないかもしれない。

 

「っ、あ、あなた! 何をいきなり!」

 

 セオドール様の焦った声とともに、ザァァ と頭から水が降ってきた。

 キュッ と、私の手ごとコックをひねるセオドール様に、私は顔を上げる。

 コックのことを考えていたら、ついついひねってしまったようだ。

 

「……こういう事は、良くあるのですかね?」

 

 眼鏡の水気を飛ばしながら尋ねるセオドール様に、私は慌てて首を横に振る。


「いいえ! 実家以外でやったのは初めてでございます!」

 

 実家でやったのも子供の頃の話だ。内心、私も驚いている。外に働きに出てからは〝つい〟とか〝うっかり〟なんてことはなかった。

 ルカ様の日記帳にしたってそうだ。最近の私はどうにも油断しすぎじゃないか。

 

「良いでしょう。まぁ、良いでしょう……」

 

 セオドール様は怒りを抑えるためか二度繰り返し、自身の濡れた髪を解いて束ね直した。

 

「なぜ二人とも濡れている?」

 

 浴室の入り口から急にルカ様の声がして、セオドール様と同時に顔を向けた。

 (いぶか)しげに寄せられた眉。セオドール様が立ち上がってルカ様の下に行き、簡単に事情を説明した。そうするとルカ様はちらと私に目を向け、ありえないと言ったように唇の端をわずかに上げて笑って言った。

 

「それはそれは。まぁ、早く着替えることですね」

 

 

 

   *  *  *  

 

 

 

 濡れた服を着替えたレティシアが客間に戻ってきた。

 キョロキョロと床を見渡してから首をかしげ、ふと僕に気づいて背筋を正す。

 

「僕がやっておきました」

 

 そうレティシアに言って僕は読んでいた本を閉じ膝に置く。そうするとセオドールが入ってきて、レティシアと同じように床を見渡して呟いた。

 

「おや、なんだ。もう掃除されてますね」

 

 僕は一つため息をつく。セオドールはそれで言いたいことがわかったようで、うなずいて踵を返した。その背に僕は尋ねる。

 

「もうレティシアへの説明は終わったんですか?」

「えぇまぁ、今日のところは」

 

 セオドールの顔に、何故そんなことを聞くのかという疑問の色が浮かんだ。

 

「ならちょっと借りても?」

 

 そう尋ねると、セオドールはゆるく笑って返した。

 

「それはどうぞ。この娘の主人はルカ様なのですから」

「では、ここからは僕からの注意点などを」


 僕は立ち上がってレティシアに視線を投げた。

 セオドールが歩いてきて僕から本を受け取る。本を渡してから僕はレティシアについてくるように言って、廊下へ出た。


「ルカ様。今日はお休みでございますか?」

 

 廊下に出ると見回りの警備兵が二人歩いて来て声をかけてきた。顔見知りのこの兵士たちは、普段からとても愛想が良くこうして声をかけてくれる。

 僕は「まぁそんなところです」と返事をして、傍らのレティシアに顔を向ける。

 

「僕が雇ったメイドです。今後顔を合わせることもあるでしょうから、よろしくお願いします」

 

 兵士は二人ともレティシアをまじまじと見て「おっしゃる通りに」とうなずいた。


「では我々はこれで」


 兵士たちが敬礼をして元の順路を歩いていく。僕はレティシアを促して彼らとは反対側の廊下を進む。しばらく行くと、レティシアが「どちらに?」と疑問を投げてきた。普段宮廷のメイドが用事もなく訪れる方角ではないからだろう。

 

「僕が普段よく行く場所を案内しておこうと思いまして」

 

 振り向いてそう言うと、それが重要なのだろうかと不思議そうな顔をされた。

 僕はまぁ不思議に思っても仕方がないかと説明を始めた。


「昔、セオドールに僕を探す時にとても大変だと言われたことがありまして。ほら、ここ凄く広いでしょう? それから休憩場所とか、良く行く場所は告げるようにしているんです。あなたも今後、僕を呼びにくることがあるでしょうからね、教えておこうかと」

 

 レティシアは聞いて納得したのか深くうなずいた。

 アストラル城の敷地は広く、皇族が住まう棟だけでも数棟ある。玉座のある政務区は本城にあるが、騎士区や宮廷魔導師の研究棟などは独立した建物の中にある。そうして一つ一つの建物の間には大小の庭園があり、慣れていなければ大人でも迷子になってしまう。

 攻め込まれた時の対策にと、少しばかり複雑な設計にしたと過去の文献に書いてあった。

 静かで人気がない場所は、大抵がそんな迷路の奥だ。宮廷の喧騒から離れたい時に、僕はそうした場所へと良く訪れる。

 

「政務区の僕の執務室はご存じでしょうから、温室と他の場所ですね」

「温室でございますか?」


 レティシアの声が少しだけ高くなった。どうやら温室に興味があるようだ。

 僕は階段を降りる途中で窓からちらりと見える温室を指さして立ち止まる。


「同僚のルーイと共同で薬草を育ているんです。そんなに大きくないんですが……あ、ほら、あそこです。ちなみに客間のバルコニーからも見えますよ。僕やルーイが忙しい時は水やりをお願いしたいので、詳しくは後から——— 」

 

 レティシアが僕のすぐ横から窓の外を覗いた。

 適切な距離ではあると思うが、なんだかドキドキしてしまう。

 新品の服の香りに混じっていい匂いがする。


「図書室に行ったことは?」


 僕は咳払いをして話題を変え、階段を足早に降り始める。すぐに二階に差し掛かり、三又の廊下が見えてきた。


「図書室の場所はわかりますが、入ったことはありません」

「場所がわかるならばけっこうです。本の返却などもしてもらいますので。あぁ、もし読みたい本があるのなら、僕の貸出証で借りてもいいですよ」

 

 そう言うとレティシアはちょっとだけ嬉しそうな反応を示した。しかしすぐに〝いいのかな?〟と眉を寄せてしまう。

 僕はその様子が可愛く思えて思わず微笑んだ。

 

「セオドールもよく使っているので気にすることはありません。お好きにどうぞ」


 宮廷の図書室の貸出証を持てるのは皇族・役人・宮廷魔導師のみだが、信頼のおける者を使いに行かせることもあり、本人でなくとも本の貸し出し・返却が可能だ。

 僕たちはそんな話をしながら一階に降り、隣の棟との回廊から外へと出た。

 ここ数日はよく晴れているから土も草もよく乾いていて歩きやすい。


「こちらは魔導師棟への道では?」

 

 レティシアが低く切りそろえられている木々の隙間を見ながら言った。

 

「そうですね。ここをまっすぐ行くと魔導師棟です。僕とルーイは魔導師長も兼任しているので、そちらにもたまに行きますね」

「そちらへも呼びに行くこともございますか?」

「今まではそういったことはなかったと思いますが……魔導師棟へは行きたくないですか?」

 

 妙にソワソワしているレティシアを見るに、あまり足を向けたくはなさそうだ。

 

「その……魔導師棟の使用人は別枠でしたので、足を踏み入れぬよう言われておりました」

「へぇ。それは知りませんでした。仲が悪いとか?」

「そこまでは存じませんが、魔導師の方々があまり好まれないと伺っております」

 

 まぁ確かに、研究室や実験室に使用人が出入りするのを多くの魔導師は嫌がる。僕もそうだった。それを知って、使用人の別枠を設けたのかもしれない。


「そういえば、あなたの母上は元宮廷魔導師だとか?」

「あ、はい。でも私が十になる頃には辞しておりましたので、あまり良くは存じません」

「では魔法についてもあまり?」

「はい。基本的な物以外はわかりません。私は魔法が使えませんので、教えなかったようです」


 なるほど。なら水場については後で考慮しなければならないか。水しか出ないからな。

 午後に近い日差しが木々の間を降りてくる。

 少し先に小さな東屋が見えた。

 

「晴れている時はあそこの東屋で昼食をとったり休憩したりします。アレス皇子たちと時間が合えば、お茶などもしますよ」

 

 そういえば最近、アレス皇子やルーイたちとお茶や食事を共にしていないな。

 

「ルカ様たちは仲がよろしいんですね」

 

 レティシアに言われ、まぁそういうことになるのかと記憶をたどった。

 二人とも幼少の頃からの付き合いで、特にアレス皇子とは大陸を渡り東の帝国にまで旅をした。半ば無理やり連れて行かれた旅だったが、今となっては良い思い出だ。

 主従関係はあるが友人と言っても間違いではないだろう。ルーイとは、友人というよりは研究仲間に近い気がするな。

 

「先ほども、ルーイ様と温室のお手入れをされているとおっしゃっておられましたし、素敵でございますね」

 

 何か、レティシアから良くお嬢様方から向けらる視線を感じる。もしかしたらレティシアも、僕やルーイたちに対して変な憧れがあるのだろうか?

 よく居るのだ。理想や空想の中の僕らを偶像崇拝する者達が。

 アレス皇子を支える理想的な副官たちとか何とか。

 ちらとレティシアを見る。

 あまり浮ついた感じはしないが、側で働くとなるとわからないからな。

 僕は温室の扉を引きながらレティシアに提案した。

 

「あなたについて色々と知りたいのですが……教えていただけますか?」


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