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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
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副官サマと秘密の倉庫 前編

 北区の倉庫にあるという奪われた積荷ついて考え始めてはや数日、これといってうまい侵入方法が思い浮かばずため息ばかりが募った。

 

「はぁ……どうしたものですかねぇ……」

 

 仄暗い深夜の書記官室に、僕のため息と独り言が響いて消える。

 倉庫を調べるための手段は思いつかない一方で、日に日に新しい情報は増えてきている。

 まず、倉庫が利用される頻度についてだ。

 宝石店の男が経営するこの妖しい娼館には、決まった休みはない。客と女の子が利用したいと言えば、二つ返事で営業する。得に、平日の昼間と金曜土曜の九時以降は、客足が多いそうだ。

 調べるのなら、それ以外の時間を狙わねばならない。しかし、中に入らねばそんな客の有無も、探索の時間がどのくらい確保できるかもわからない。ナギもそこを調べられないから、僕に()()だと言ってきたのだ。

 実際、これについてが一番悩ましい。

 中に入ってじっとその機会を待つことができる人間を探すのは、今の時点では至難の技だ。

 そうやすやすと見つかるわけはないし、探すのにどのくらいの時間がかるかもわからない。

 だが、逆を言えば、中に入ってしまえさえすれば、倉庫内の警備はどうにだってなるのだ。

 警備は常駐だが、女の子が進入するには緩いそうで、新人だと言えば得に調べもされず通されるのだという。

 適材な女の子。それを知っているの中から探すと、どうしても僕の頭にはレティシアが浮かんでしまう。。

 レティシアを新人の女の子として仕立てて、僕が客を装えば、すんなり入ることができるだろうか?

 いいや、僕が一緒に入るのは無理だ。ナギの部下でさえ面が割れているのだ。普段そういった場所を利用しない僕が、突然新人の女の子とを連れて訪れたら、警戒されるのは目に見えている。

 それに、レティシアはきっと今回はそう易々と承諾しないだろう。

 

『まぁ、余計なお世話かも知れませんけど、どうするかは、お二人でじっくり決めて下さいね』

 

 ナギの言葉からするに、ナギはレティシアに頼むしかないという結論に至っているようだ。

 結局のところ、レティシアに無理にでも頼み込んで、一人で潜入して探索してきてもらうのが一番手っ取り早い。もちろん、彼女が遭遇する危険は今までの比ではないだろう。しかし、そのことを考慮したとしても、今浮かぶ案の中では唯一の良策だ。


「だから、困ってるんですよねぇ……」

 

 レティシアの、この間の様子からして、侵入することは嫌なはずだ。あのぎこちない表情は今でも目に浮かぶ。そうして、その表情を思い浮かべてしまうと、無理強いするのはどうかと悩んでしまうのだ。

 これが想い人でなければ、きっとゴリ押しして行かせていただろうに——— と思うと、これが僕の甘さなのだろうかという気がしてくる。

 想い人だろうがなんだろうが、使える人材は使ってこそ互いが生きる。

 普段通りの僕ならその考えで全てを通している。けど、今はそんな風に割り切れていない。だから、判断力が鈍っているのだろうと自覚している。

 お役に立てるのならば本望です——— と、以前レティシアはそう言っていた。しかしだ。何でもかんでもやらせていいわけじゃあない。そこに甘えすぎてはいけないと、さすがの僕でもわかる。

 不意に、部屋を照らす魔法の灯りが揺れた。

 隙間風など吹かぬ部屋で、揺らぐことのない魔法の灯りが揺れる。それは、僕の精神が影響しているからだ。

 戴冠式が近づくにつれて感じ始めた孤独。

 倉庫の件を考え始めてから、それを強く感じるようになった。

 四六時中ではないので、今まではそう気にする必要もないと思っていたが、ここにきて急に気になり始めた。

 

——きっと僕らがやることのほとんどは、誰にも理解されないんだよ——


 自然と何度も思い出されるアレス皇子の言葉。

 その言葉は、理解してほしい欲求からくる孤独を表している。

 僕の感じている孤独も、それと似ているとは思う。そうして、それを感じている時には、無性に人恋しくなる。

 誰かが側にいてくれたらと、強く思うのだ。

 理解されない孤独を感じた時に、手を伸ばしてすぐ温もりを感じられたなら、その孤独とともに生きていけるのではないかと、そんな期待をしてしまう。

 考えてみると、もしかしたら自覚するずっと前からこの孤独を感じていたのかもしれない。だからこそ、まだ宮廷で働いていたレティシアを知らずに目で追っていたのかも……。

 本能が、癒されたいと求めていたのかもしれない。

 雰囲気や仕草、側にいると落ち着く女性。

 ともに生活しても、良いと思える女性。

 それを、知らずに探していた可能性はとても高い。

 僕の生活に入り込んでも良いと思える人間は、男女ともにそうそう見つからない。

 セオドールだって、いわば特別なのだ。


「無理やり押し通して、もしもそこで何かあったら——— とか、考えるような人間じゃあなかった気がするんだけどなぁ、僕という人間は……」

 

 大きな独り言が口をついた。

 僕がもしも、今独り言ちたみたいなことを気にするような人間だったら、前回のカルークの夜会にレティシアを連れて行ったりはしないし、そもそも、お供に連れて行こうなんてことは絶対にしないだろう。

 お供に連れることはそれだけで注目されるし、危険が増える。

 もしも本気で守りたいと考えるなら、人目を引かないように外に極力外には出さないし、十分に気をつけると思う。

 まぁ、今更そんな、()()()()とか言い始めても、遅いんだけれど……。

 

「やっぱり、頼んでみるしかないかな……」

 

 椅子の背もたれが軋むほど背中を預ける。

 どうあがいても、最後にはレティシアに頼むことが結論として浮かんできてしまう。

 うってつけなのはわかっている。

 けど、決められない。

 

「はぁ……」

 

 もし、無理強いしたら、離れてしまうのでは?

 国にとって重要な事案で、大切な役割だとそう言ったとしても、理解してもらえない可能性もある。

 平和に向けての策でも、理解されないかもしれないという孤独はいつもつきまとうのだ。

 アレス王子だけじゃなく、ルーイもこれを感じているのだろうか?

 少しだけ考えを逸らしたくて、ルーイのことを思い浮かべてみた。

 ルーイか……いいや、ルーイはもしかしたら、僕の抱えている孤独なんかよりも、もっとずっと大きなものを抱えているかもしれない。

 ルーイの背景のことを考えると、自然と思考が暗くなり始めた。

 今、それについて一人で考えるのは良くない。

 そう頭の奥で冷静な自分が思考の進みを遮った。そうすると、ふと、ドアの外に気配を感じた。

 反射的に振り向くと、ちょうどそれに合わせるようにドアノブが回る。

 軋みもせず、音もなく開いていくドア。その隙間に見えるのは、表情の曇ったルーイの顔だった。

 ノックも挨拶もなく、ただ扉を開けて顔を覗かせたルーイに声をかける。

 

「ルーイ、どうしたんです? こんな時間に」

 

 深夜の廊下にはルーイの他に気配はない。

 小部屋になっている書記官室には、大きな廊下の入り口以外には警備はいない。

 ルーイから返事は返ってこない。

 ルーイは、開いたドアを静かにくぐり、後ろ手ででゆっくりドアを閉じ、そこから数歩、僕の方へと亡霊のように歩いてくる。

 一駆けすれば手が届くくらいの、そんな微妙な距離に立ち止まるルーイ。まだ口は閉じたままだ。

 魔法の灯りがルーイの影を床に伸ばす。

 その影が動く気配はない。

 ルーイはもうしばらくだけ黙ってから、ゆっくりと話しをし始めた。

   

「例の、襲われた隊商の件だが……」

「あぁ、どうなりました?」

 

 カルークの件についての報告か——— と、僕は座った腰を少しだけ浮かせ、ルーイの方へと体を向けた。

 ルーイの表情から察するに、互いの追っていた企みの先が繋がったと言いにきたのだろう。

 

「オレの追っていた件も、結局のところ首謀者はカルークだった」

「戴冠式の阻止、ですね? カルークの目的は」

「そうだ」

 

 ルーイが頷いて僕を見た。

 

「全てオレに任せるってことで、本当に良いんだな?」

 

 ルーイの言葉は諸処が端折られていて説明が足りない気がするが、質問は動く前の確認と言うことだろう。

 

「えぇ、そうして頂けるなら」

 

 頷いて答えると、ルーイは再び無言でその場に立つだけになってしまった。

 その後についてを話すのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「……奪われた荷についてが気がかりだ。お前は何か掴んだか?」

 

 唐突に、ルーイは神妙な面持ちでボソリと言って、僕にゆっくり顔を向けた。

 意図せずわずかに、僕の口元に溢れてしまった笑み。それをルーイは見逃さず、僕に向けて苛立った空気を投げつけた。

 

「知っているんだな?」

「……さぁ、どうでしょう?」

 

 奪われた荷がどこにあるか、僕はルーイに教えたくない。

 その理由を、ルーイは十分わかっているだろう。

 お互いの間に再び沈黙がは日凝ろうとすると、ルーイの手に、そうするのが自然のように、杖が現れた。

  

「おや……。今日はまた、ずいぶんと好戦的ですね」

「知っているなら教えて欲しいね」

 

 攻撃姿勢をとったルーイの周りの魔力が高まる。

 

「そんなに積荷の行方が気になりますか? どうして?」

 

 僕は受けて立つつもりで椅子から立ち上がり、錫杖を取り出す。

 

「積荷は回収すべきだからだ。アレは国のために、しかるべき場所に保管しておくべきだ」

「まぁ、量が量ですからねぇ」

「それが分かっているのなら、早く教えろ」

 

 ルーイの杖を握る手に力が籠る。

 力づくというのは好きではないが、ルーイがその気なら魔法を使わずにいることはできない。

 逃げるにしろ、応戦しなければ無理だ。

 僕も周囲に魔力を集める。

 二人の周囲に集まる魔力のせいで、窓際のカーテンが捲れ上がった。

 高まり凝縮されていく魔力が、窓ガラスを振動させる。

 先に動いたのはルーイだった。ほんの少しつま先が動くと、光の玉が飛んできた。

 肩慣らしの攻撃魔法だ。

 当たっても打撲くらいだろうが、当たってやることはない。

 避けると光の球は壁に飛散したて消えた。

 壁ギリギリで魔力を散らす絶妙な魔力操作はさすがだ。壁には傷一つない。

 ルーイは攻撃の手を休めることなく、次々と手を変えて魔法を放ってくる。

 壁沿いに並べておいてある仕事机らの前を、僕は早足で移動しながら避ける。

 攻撃自体はぬるいが、それがずっと続くわけはなく、不意に強力な攻撃魔法が飛んできて、慌てて足を止めて体制を整えた。

 炎系統の魔法だ。

 その形は丸く見た目は白い光だが、受ける感覚は炎そのものだ。

 額が熱い。チリチリする。

 ルーイは炎系統の魔法は苦手だったはず。昔はこんな威力の物は扱えていなかった。

 きっと忙しい中でもきちんと修練をしているのだろう。

 魔法使いとしての姿勢は、現在(いま)は僕よりルーイの方が優秀みたいだ。

 油断して攻撃を受けてしまわないように慎重に防御しながら光の球をかわし、立て続けに強力な攻撃を数回受けて、ふと気づく。

 ルーイの攻撃には、怒りが滲んでいる。

 やり場のない怒りをぶつけているみたいな、そんな感じだ。

 その怒りは、言葉にできないものなのだろうか?

 誰に向けての感情なのか、わからない。

 僕か? アレス皇子か? それとも家のことか、自分にか、それとも、別の何かに向かってか。

 何も話さないのでは、僕だって何もわからない。

 言葉なく、怒りの込められた魔法が飛んでくる。

 ほんの数分間の魔法の交戦だが、部屋の中は悲惨なくらいメチャクチャになってしまった。

 机の上に整頓され置いてあった書類は全て床に落ちてしまったし、綺麗に並べられていた椅子もちぐはぐに床に転がっている。

 大きく壊れているところはないが、よく見ると散乱した小物が当たってできた傷が机などに見られた。

 このあたりで打ち止めにした方が良さそうだ。

 僕は中級程度の雷の攻撃魔法を錫杖に溜め始めた。

 うまく当たれば痺れて動けなくなるし、防いだとしてもその威力とほぼ同等の魔力を消費するために隙ができ動きが止まる。

 錫杖の先に凝縮していく雷の魔法に、ルーイが気付いて視線を向けた。しかし、ルーイのとった行動は僕の予想していたものとはまったく違った。

 杖を構え直し、静かに呼吸を整えて、真っ直ぐ僕を見据える。

 その杖には、僕が放とうとしている攻撃魔法と同程度の炎の魔法が浮かぶ。

 そんなルーイに僕は焦りを覚えるが、放つのを互いに止める時間はもうなかった。

 

「え、ちょっと! ルーイ!」

 

 僕の間抜けな声とともに、互いの魔法が互いに向けて飛び立った。

 

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