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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
48/50

副官サマ二人5

 レティシアと共に、ナギに会いに執務室へ戻ると、ナギは昨日と同じように部屋の窓際に立っていた。

   

「呼び戻してすみませんね」

「いいえ。何かわかったんですか?」

「えぇ、二つほど新しい事が」

 

 そう言いながら、ナギは窓際からこちらにゆっくりと振り向いた。

 執務室にはアレス皇子もルーイも居ない。ルーイはともかく、アレス皇子はどこへ行ったのか? そう思って皇子の席を見ていると、ナギが気づいて同じように皇子の席を見ながら言った。

 

「皇子なら、オレとすれ違いに出かけていきましたよ」

「そうですか……」

 

 僕は頷いて、自分の席へ歩きながらナギに、「では話を聞きましょうか」と先を促した。

 

「じゃあ早速。まず一つ目ですが、カルークの企みについてです。どうやらその実行日は、戴冠式の前日だったようです」

「前日、ですか?」

「えぇ。ほら、前日にあらかた主要人物を集めて予行演習をするでしょう? その時を狙っていたみたいです。アレス派をどうにかしようという計画だったみたいですね」

「へぇ……」

 

 それは、大それた計画をしていたものだ。

 気づかず予行演習をしていたらと思うとゾッとするが、アレス皇子がカルークを怪しんだように、その気配を感じていた者は少なからず居たことだろう。

 例えば、ルチアーノ公だ。

 カルークの夜会に何度か訪れていた様子のルチアーノ公は、おそらく探りを入れると同時に牽制もしていたのだろう。

 あとは、気づいていたのは僕の知るところではルーイか。

 

「それで内容は? 予定が決まっていたのなら、段取りも済んでいたんでしょう? 短剣をどう用いて実行を?」

 

 集められ、多くの高官に配られた短剣。その用途がわからない。

 アレス派を粛清しようにも、武闘派ではない高官たちの方が圧倒的に多いのだ。短剣一本でどうにかなるようなことではない。

 

「それが、どうやらあの短剣には特別な魔法がかけられていて、実行の際に発動する仕組みになっていたみたいですね」

「時間制の魔法ということですか?」

「というよりは、条件付きの魔法でしょうか。あるきっかけがあって初めて、その効力を発動するといったところです。調べでは、一撃目が必ず当たる魔法が見つかりました」

「その短剣は今ここには?」

「二本しか持ち出せなかったので、まだ部下に残りの解析をさせているところです。夜には終わると思いますんで、あとでお持ちしますよ」

「そうして下さい」

 

 条件付き魔法の仕込まれた短剣。その仕組みは気になる。その条件がどういったものなのかもだ。

 それにしても、一撃目が必ず当たる魔法といえば、それはどちらかというと呪いに近いように思える。もし、それが本当に呪いや呪術に相当する物だったら、扱った人間にはなんらかの代償が生じるはず。それについても調べてみたいな。

 

「短剣についてはルーイも気づいていたんですかね……」

「は? ルーイ様ですか?」

 

 ナギは突然ルーイの名前を出されて眉を寄せた。

 僕は頷いて答えを促す。

 

「えぇ。ちょっと気になりましてね」

「はぁ? そこは、どうなんですかね?」

 

 ナギは瞳をぐるりと一周させて考えみてから、僕に視線を戻して尋ね返してきた。

 その目は、〝オレよりもあなたの方が詳しいんじゃないんですか?〟と言っている。

 僕はため息をつきながらナギに言う。

 

「まぁ、ルーイは気づいていた……もしくは知っていたんだとは思います。さっきルーイと話した時に、カルークの件と自分が調べていた件が行き当たったと認めていましたし。ルーイはきっと、戴冠式の予行演習時に合わせた謀反だったとハナから勘ぐっていたんじゃないかと。だからそれに対する情報は、僕よりも持っていたんだと思いますよ。あくまで僕の予想ですけどね」


 特に、隊商から積荷を強奪する計画を立てるくらいだ。勘を裏付けるほどの正確な情報を掴んでいたに違いない。もしかしたら、アレス皇子が僕にカルークについての調査を命じたあの時、ルーイはすでにこのことについて何か掴んでいたのかも知れない。

 家の事情がとかなんとかと言っていたが、単にうまく交わしておきたかっただけだったのか。

 アレス皇子の頼み事を受けたら、必ず報告しなければならなくなるからな。

 

「それで、どうします? ブリュッセル・カルークの企み。阻止についてはどう動きますか? まだ計画は中断されていないと思いますが……」

「あぁ……その件については、僕に考えがあるのでナギは動かなくて良いですよ」

「はぁ?」

 

 僕の言葉にナギは怪訝な顔を向けた。

 レティシアには先ほど言ったが、僕とルーイの調べる件の先——— その目的が同じであれば、ルーイはそれを自分の手で処理すると約束した。その約束は、必ず守られずはずだ。

 僕は簡単に先程あったことをナギに説明した。すると、ナギは「あぁ、そういうことですか……」と納得して二度頷いた。

 

「じゃあ、その件は終わりということで、二つ目にいきますかね?」

 

 ナギは頷いてから少しだけ目つきを鋭くさせて話を始めた。

 

「二つ目は、強奪された物資についてです。一部ですがね、所在がわかりましたよ。北区の倉庫に保管されているそうです」

「北区の?」

「えぇ」

 

 それは、ルーイが奪ったものか、それとも第三者にか。

 ナギに尋ねてみると、ナギは第三者に奪われた方だろうと言って続けた。

 

「倉庫の持ち主は、貴族区で小さな宝石店を営んでいる男ですが、ルーイ様とは面識がある程度で、あまり深い関わりはありません。ですので、隠されているのは第三者に強奪された分だと」

 

 ナギは言い切ってから、なぜか困ったように笑った。

 

「まぁ、わかってるのはそこまでなんですどね。その先はちょっと調べにくくて……」

「どういうことです? 宝石店の倉庫なんでしょう?」

 

 所在がわかっているのなら、夜中に侵入するなりして確かめればそれで事実確認は済む。それを、ナギは〝調べにくい〟と言った。ということは、この宝石店は、ただの宝石店ではないということだ。

 ナギにどういうことだと視線を送ると、なんだか口籠もりながらモゴモゴと話し始めた。

 

「その……実は、宝石店っていうのは、表向きなんですよ。店主の——— あの男の本当の仕事は、高級娼館の経営でして……まぁ、娼館といっても、商品の女の子たちは貴族の娘なんかがほとんどで——— あー、なんて言うんでしたっけ? 出会い系? そんな感じの店なんですよ。ほら、いるでしょう? 貴族の娘さんでちょっとお盛んな娘。あとは、ちぃっとばかし悪知恵が働く子とか守銭奴とか……そんな子が多く、その店を利用してるんですよ。遊び感覚でね」

 

 ナギはちらとレティシアの顔を伺った。

 どうやらナギは、レティシアが年頃の娘だからと気にしている様子だ。

 僕もレティシアの顔を見てみる。

 硬派のレティシアは案の定渋い顔をしている。

 まぁ、年頃ではなくとも、娼館と聞いたら女性はあまりいい気はしないだろうが。

 

「その倉庫は娼館の中に?」

「あー……まぁ、そうかな。女の子たちが逢引きに使う部屋もある倉庫って感じですかね。そんな建物が何個かあるんですよ、北区と貴族区に……」

「倉庫の場所はわかっているんでしょう?」

「えぇ、所在地は確認してありますよ」

 

 それなのに、どうしてナギは妙に曖昧な言い方をしているのだろうか。

 どうにもこの情報は気にかかるな。

 

「倉庫に強奪された物資があるとわかった、その情報元は?」

 

 僕の質問に、ナギは〝やっぱりそうきたか〟と少しだけ片眉を上げて、「それが……」と頬を掻きながら言った。

 

「まぁ……タレコミなんですわ」

「……その情報を持ってきた人物は信用できるんですか?」

「実の所、タレコミをしてきた人物はわからんのですよ」

「はぁ?」

 

 情報があるのに人物がわからないとは、どういうことだろうか。

 

「いやね、朝起きたら店の郵便受けにこれくらいの紙切れが入った封筒が入っていましてね。そこに、昨夜強奪された物資はここだ——— って、倉庫の住所が書かれていたんです」

「それで、調べてみたと?」

 

 ナギは「まぁ……調べるっていうか」とまた曖昧な返事をした。

 ちょっとばかり苛々してきた僕は、眉を寄せてナギを見る。するとナギは、慌てた様子で説明を始めた。

 

「いやね、あの男は裏の世界ではかなり有名な人でね……頭がすこぶるキレるんですよ。職業がアレですからね、用心深さは他の比ではないです。しかも、オレみたいな人間のことは、ほとんど把握してましてね。部下も含めてです。顔が割れちゃってて……変装してもバレちゃうし……いつも通り調べるには厄介なんですよ」

「でもこうして報告してきましたよね? 倉庫の所在は確かめたってさっき聞きましたし、どういうことです?」

「所在だけは確認できますよ。外からでもわかりますから……ただ中身はね……」

 

 倉庫の中に強奪された物資があるかどうか、それを確認するのが困難だと、ナギは言いたいのか。でも、それを確かめない限り動けないのではないか?

 

「本当は、タレコミがあった時、疑ったんですわ……けど、オレでは判断がつかなかったんですよ。あの男の倉庫に本当に物資があるのかは、確率は五分五分だと思って……」


 ナギは一呼吸置いてからはっきりとした口調で言った。

 

「オレはどうしても、国の厄介ごとにあの男が首を突っ込む——— 手を貸す・出す、なんて思えなくて……」

「なるほど。でももう半分の確率では、倉庫に物資があると思っているんですよね?」


 尋ね返した僕に、ナギは頷いて続けた。


「えぇ。勝手に倉庫を利用されている可能性がありますんで」

「そんなことが可能なんですか?」

 

 用心深い男の倉庫を、勝手に利用するなんてできるのだろうか?

 

「さっき言ったでしょう? 貴族の娘さんたちが利用することが多いって。客も貴族が多いですからね、そそのかされて〜なんて事があるかも知れません。働いてる女の子たちは倉庫を自由に使えますしね。道具や衣装を置いていたりしていますから」


 ナギはちょっとだけ妖しい笑みを浮かべたが、すぐにレティシアが居ることを思い出して、ヘラリと笑って肩をすくめた。そうしてチラと、流し目でレティシアを見ながらボソリと呟く。

 

「まぁ、まったく警戒されずに調べられそうな人間が、居ないこともないんですけど……」

 

 ナギが言わんとしていることに気づいたレティシアは、目を見開いて一歩後退した。

 

「いやいや! やってほしいとかは思ってないですよ? もしかしたら、罠だっていう可能性も捨てきれないし!」

 

 慌てて両手を振って見せたナギが、とんでもない単語を吐き出した。

 

「罠って……それは、僕が調べていると知った上でということですか?」

 

 ()という単語は、どうやらうっかりこぼしてしまったようで、「うっ」と素早く手で口を覆った。しかし、もう聞いてしまったのだから、そんな仕草をしてたところで遅い。

 僕は右手の指先をナギの口元の手に向けて、軽く右に振る。

 覆った口を外して説明をしてもらいたいという意味を込めてだ。

 ナギは、その指示にぎこちなく従い、手をゆるゆると外して説明を始めた。

 

「その……罠だって言ったのは……なんだってわざわざオレのところにタレコミに来たんですかね? って、疑問がありまして。だって思いませんか? 俺がルカ様の下でこそこそしてるのを知ってるのはごく一部です。店にいる時はほとんど変装してますし、この顔には滅多になりません。だいたい、あそこが拠点だって知ってるのは、それこそあの娼館の男とかくらいですし……」

 

 確かに、言われてみればそうかもしれない。だが、だいたいあの辺が根城だろうという予想をつけている人間はいるだろう。魔法で隠されている店を見つけられなくても、店外にあるポストに手紙を入れることは可能だ。

 

「それに、盗まれた物資だってんなら、昨夜の一件を知っているということでしょう? なら、ルーイ様が関わっていることも知っているはず。彼のところにタレ込んだって良かったわけですよ。それをわざわざこっちに持ってくるなんて、我々にどうしても調べて欲しいって、言われているような気になりませんか?」

 

 僕らに調べて欲しいという理由は、なんだろう?

 ルーイやカルークならば物資確保と喜びそうな話だが、僕にとっては、なんの得になるんだ?

 罠……か。こういったことが起こるとは、まったく考えていなかった。

 カルークやルーイのこと、特に戴冠式を脅かすような企てにしか、目がいっていなかった。

 

「けれど、もし罠だったとしても、物資が本当に倉庫にあるというのなら回収しないといけません」

 

 それが他の悪事に使われる可能性はある。

 三分の一の積荷でも、鉄や鋼の量は半端じゃない。使い捨ての武器を多く製造できるだけの量はある。このまま裏の世界の男の倉庫に置いていていい品ではない。

 

「じゃあ、どうします? 家宅捜索しますか?」

「それは……」

 

 どうしたものか。

 家宅捜索は令状を取るまでの申請で時間がかかる。この場合いい選択肢ではない。

 潜入・侵入して調べるのが一番だ。でも、ナギは出来ないという。それなら、誰か他に頼まなければならないが、一体誰に?

 この件は非常に敏感だ。何しろ戴冠式や謀反が関わっているのだから。そこを踏まえて、かなり信用のおける人物にしか頼めない。それか、まったく無頓着な人間で、口の軽くない人間か。だけど、そんな人間はどちらも思い当たらない。

 いっそアレス皇子に報告して、判断を仰ぐか?

 あれこれと案は浮かんでくるが、どれもしっくりこなくて腹の底から重いため息が出る。

 いっそ、セオドールに頼んでみても良いが、目立つからな。明らかに不向きだ。

 なら、やはりレティシアに頼むしかないのだろうか?

 レティシアを見ると、すぐさま首を横に振られた。

 その表情はとても不安そうだ。

 

「少し、時間を下さい」

 

 ナギにそう伝えると、ナギは「承知しました」と言って軽く敬礼をして見せた。

 それから、「じゃあこれで」と僕とレティシアに挨拶をし、扉に向けて歩き始める。

 僕は背もたれに深く背を預け、頭の中を整理し始めた。

 

「お茶をお入れいたしましょうか?」

「えぇ、お願いします。種類はお任せしますよ」

 

 レティシアに返事をすると、ふいに視界の端に映り込んでいたナギが、扉の前で立ち止まったのが見えた。

 なぜ立ち止まったのかと視線を向けると、ナギは少しだけ振り向いて僕とレティシアの顔を順に見て言った。

 

「まぁ、余計なお世話かも知れませんけど、どうするかは、お二人でじっくり決めて下さいね」

   

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