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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
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副官サマと長い夜の帳3

 レティシアがリリアーナと共に出て行った直後、ルチアーノ公が僕を見つけてやってきた。

 

「ルカ、こんなところで奇遇だな」

「ルチアーノ公、二週間ぶりでしょうか。お元気ですか?」

「あぁ、元気だぞ!」

 

 宮廷で会った時のようなさりげない挨拶を交わして、じっとお互い見つめ合う。

 その間に思っていることは同じだろう。

 

——どうしてこの夜会に?——

 

 貴族主義・魔法優位が集う夜会に、僕が居るのもルチアーノ公が居るのも普通に考えたらおかしい。

 僕もルチアーノ公も本来はそのどちらでもない。

 なのにこの場に居るということは、ルチアーノ公も何かを探っているのだろうか?

 

「ルカは一人で?」

「いいえ、連れの誘いで……。紹介したいんですが、今は少し外していて……」

 

 言葉尻を濁したのは、リリアーナはそう早くは戻らないないと思ったからだ。

 リリアーナはレティシアをこの場から離すつもりで連れて出ていったわけだし、それに彼女はレティシアについて良く思っていない。外に連れ出して、レティシアと話をしないということは無いだろう。十中八九、何か言われるに違いない。それも、すぐ済むような話ではないと思う。

 正直、二人きりにするのは不安だ。どんなことだって起こり得るのだから。

 しかし、それを心配したところで僕はここを離れられない。だからこそ、僕は事前にレティシアに万が一が起こった時の行動について話してある。何かがあったとしても、きっとうまくやるはずだ。あとは、レティシアの運を信じるしかない。

 

「護衛はつけてきたんだろう?」

「えぇ、もちろん。ちゃんと護衛をつけてきましたよ。ルチアーノ公は相変わらず心配性ですね」

 

 レティシアとリリアーナについての心配事を胸の奥へと押し込めてから、ルチアーノ公に苦笑して答える。すると、カルークがするりと会話に入ってきた。

 

「ルカ様のお連れの護衛は腕が立つのだそうですよ、ルチアーノ公」

「ほぉ、それならば安心ですな」

 

 意味ありげな視線をカルークが寄越したが、護衛が噂のメイドであるということは話題にあげてこなかった。ルチアーノ公の手前遠慮したということか。どのみちそんな話題を広げられては困るので、僕にとっては幸いだった。

 僕はカルークの気が変わらないうちに話題を変えてしまおうと、ルチアーノ公へ質問を投げる。

 

「ルチアーノ公は良くこの夜会においでなのですか?」

「いいや。三度目、でしたかな?」

「さようでございますね」

 

 ルチアーノ公がカルークに伺うような視線を向けると、カルークが頷き返した。

 三度目ということは、この場に溶け込もうとしているということだろうか?

 まさか、僕が知らないだけで、本当はルチアーノ公も貴族主義や魔法優位だったりしないよな? と、要らぬ考えがふっと沸いた。

 人は一度でも怪しいと感じてしまうと、全てが怪しく見えてくるという性質を持っている。その考えに囚われてしまうと判断が鈍る。

 僕は沸いた疑問を思考の外へ追い出すために、ルチアーノ公から一度視線を逸らしてカルークの方へと向けた。

 カルークの周りにはいつの間にか三人ほど男が立っていて、全員が満面の笑みで僕とルチアーノ公を見ていた。

 どの顔も、宮廷の政務区で良く見る顔だ。

 三人ともカルークとは部署は違うが、彼と年齢は近い。もしかしたら同期なのかもしれない。

 カルークについてはまだ、人物像とその思想、簡単な交友関係くらいしか調べられていない。カルークは生まれが商家ということもあって、交友の幅が他に比べて非常に広い。全ての関係を一つ一つ調べるには気の遠くなる時間がかかる。できるだけ目星はつけたいと、ナギも言っていた。

 誰と誰がどういう繋がりか、わずかばかりでも情報が欲しくてルチアーノ公に尋ねる。


「ルチアーノ公はどなたのご紹介で?」

「ジョルジュ・ハラージュという政務官だ。先日私の夜会に来た折に、面白い集まりがあると誘われてな」

 

 ルチアーノ公は軽く首を掻きながら教えてくれたが、僕はその答えがどうにも腑に落ちなかった。

 ハラージュはいったいどういうつもりでルチアーノ公を誘ったのだろうか?

 この夜会の主義に抱き込める算段があったからか?

 そうしてそれは、本当はいったい誰の考えだったのだろうか……。絶対にハラージュの考えでは無いだろう。

 議会やデクス邸での言動を見た限り、彼にはそんな複雑な謀事ができるような素養はなさそうだ。

 ただハラージュは先ほど、カルークがレティシアを責めた際にカルークに意見していた。その様子からするに、リリアーナ同様カルークとはそれなりに信頼関係があるのだろう。

 なら、ハラージュを裏で操っているのはカルークか?

 ちらりとカルークを見ると、カルークは他の政務官を交えてルチアーノ公と話し始めたところだった。

 そういえば、ハラージュはどこへ行ったのだろうか?

 リリアーナが出て行ってから姿が見えない。

 

「ルチアーノ公は最近、アルバハーム将軍とはお会いしていますか?」

「そう度々ではないが、宮廷や他の夜会で顔は合わせているぞ」

「そうですか。私どもは、以前よりルチアーノ公に一度聞いてみたいと思っていたことがあるのです。この機にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「話題によるが、とりあえず質問してみるといい」

 

 にこやかにルチアーノ公が頷くと、カルークの隣の政務官が意を結したような顔で口を開いた。

 

「公は、アルバハーム将軍のことをどうお思いで?」

「どう、とは?」

「アルバハーム家は代々貴族主義・血統主義を貫いており、何代か前からはずっと反皇帝派でございましょう? それなのに、あなたは後任にアルバハーム将軍を推された。どうしてそのような決意ができたのか、我々は不思議でならないのです」

「奴が執政官を退いた理由も、結局のところ反皇帝派が執政官の座に居るのは良くないと、他方から意見が上がったからでした……そうなる未来は、あなたほどの人ならば予想できていたはず。それなのに何故? と」

 

 貴族主義・血統主義と、さも無関係の他人事のように話しているが、ここに集っている人たちはアルバハーム家の掲げている主義と同等であり、反皇帝派だ。ルチアーノ公にそんな質問をぶつけるのは、単に疑問に思っていたからという理由だけでは無いだろう。

 ルチアーノ公の答えによっては、自分たちが政権に割り込む機会があるかもしれないという欲念がうっすらと見えている。

 ルチアーノ公はどう返すのだろうと、僕は静かに答えを待った。

 

「その質問は、私がアルフレッドに後を任せると決めた時からよく尋ねられる。未だにな。だが答えはとても単純だよ。任せると決めたのは、私がアルフレッドを信じていたからだ」

 

 ルチアーノ公はおかしそうに笑って、質問してきた政務官たちの顔をゆっくりと見た。

 アルフレッドというのはアルバハーム将軍と現在呼ばれている人物で、ルーイの義理父だ。

 

「では、アルバハームが魔法優位も掲げていたら、どうしておりましたか?」

 

 カルークの質問にルチアーノ公は笑ったまま、

 

「もしそうだとしても、彼の能力や判断力には問題はなかったし、同じように座を譲っただろうと思う。きっとな」

 

とカルークに片目を瞑って見せた。

 その少し戯けた感じがアレス皇子と似ていて、わずかに気がほぐれた。

 ルチアーノ公という人は、なんともおおらかというか豪胆というか……きっと物事を、僕らなんかよりも広い視野で見ているのだろう。

 

「もし、僕がそういう思想を持っていても、ルチアーノ公は止めませんか?」

 

 興味本位で尋ねてみると、ルチアーノ公は同じように笑って答えてくれた。

 

「それがルカの本心ならば、止める必要はないだろう? ただ、それが国を導くのに支障が出るほどというならば、止めるかもしれぬな」

 

 そうだろう? と首を傾げられて、僕は小さく頷いた。

 

「ルチアーノ公のお話はとても興味深いですね」

 

 カルークがそう言って笑うと、周りの政務官たちもうんうんと同意して頷いた。そうしてカルークがルチアーノ公にまた何か話かけようと口を開くと、一人の使用人が慌てた様子で近づいてきて、遠巻きにカルークに目くばせをして見せた。

 カルークはわずかに不機嫌そうな顔をして、近くに来るように使用人を小さく手招いた。

 使用人は遠慮がちに近づいてきて、カルークにひそひそと耳打ちする。

 横目で使用人の口の動きを盗み見ると、〝隊商が襲撃された〟というところだけ、何となく理解できた。

 隊商とは、カルーク家のだろうか?

 どちらにせよ穏やかな話ではない。

 

「少し、確認しなければならないことが出来まして、申し訳ないが一度失礼します」

 

 カルークが僕とルチアーノ公に頭を下げて、使用人を連れ足早に広間から出て行く。

 

「何があったのでしょうな?」

 

 ルチアーノ公が飲み物を持って回ってきた給仕から、グラスを一つ取り上げてぼんやりとカルークが出て行った扉を眺めてつぶやいた。

 僕は答えずに、その場に残った政務官たちに視線を向ける。そうすると、その中の政務官の一人のカフスに見慣れない紋章を見つけた。

 羽の生えた正面を向いた蛇。

 ここへ来る前にナギから教えられた優生統律会の印だ。

 周りを良く見てみると、周囲で談笑している人たちの中にもちらほらとその印が刻まれた装飾を身につけている人たちが居る。

 その数は思っていたほど多くはないが、何だか不気味に感じた。

 印をつけた者たちは、一見してそんな思想を持っているようには見えず、とても穏やかそうなのだ。

 談笑している話し方や声の調子、その仕草も、どちらかといえば優生思想とは真逆の思想を連想させる。

 奇抜な思想との差異。そのことが、僕に不気味と感じさせているのだろうか。

 

「お客様は、お飲み物は?」

 

 考え事をしている僕に、ルチアーノ公にトレイを向けていた給仕が尋ねてきたので振り向く。

 銀のトレイには大小のグラスが置かれていて、大きなグラスには赤い葡萄酒、小さいグラスには蜂蜜酒と、もう一つはどんな酒かはわからないが、琥珀色の液体がグラスの七分目あたりまで注がれていた。

 

「ルカ様、ちょっと前を失礼しますよ」

「あぁ、えぇ……どうぞ」

 

 同じ場で話していた政務官が二人が僕の前に出てきて、トレイからグラスを取り上げて僕に微笑む。

 

「ルカ様はお飲みにならないのですか?」

「僕は今日は、お酒はやめておきます」

「そうですか、では失礼して」

 

 尋ねてきた政務官に返してから給仕に、もう他へ行って良いと片手をあげる。すると、給仕が突然ポケットから小さなカードを取り出して僕に差し出した。

 なんだろうと思い首を傾げると、給仕が広間で踊る人たちの奥を指さして、「あちらの方から渡すようにと頼まれました」と小さな声で告げてきた。

 指された奥には何人かのご婦人と政務官らしき人たちが居て、どの人が当人なのかが特定できなかった。なのでもう一度尋ねようと給仕を見る。しかし、給仕はとっくに踵を返して他の談笑している集団へと歩いて行ってしまっていた。

 やれやれと思いながら受け取ったカードをひっくり返してみると、数字の9が真ん中に大きく書かれていた。他に言葉はない。

 一体なんだと給仕の背をもう一度見ると、給仕が首を軽く捻ってこちらを向き、片目をつむって見せた。

 その仕草に「あぁ」と合点がいく。

 どうやらあの給仕はナギの部下らしい。ナギの調査が終わったことを教えようとしたみたいだ。

 昔ナギを雇い始めた頃に、数字を暗号にしていると聞いたことがあった。おそらくこの9という数字は、終わりを意味しているのだろう。

 僕は広間の隅にポツンと置かれている大きな振り子時計を横目で見る。

 針は十一時を指しかけたところだ。ここへ来てからだいたい一時間半というところか。もっと長い時間この場に居たような気がするのが、そう思うのは会話に気を使っていたせいだろう。

 リリアーナはまだ戻る気配はない。カルークも出て行ったきりだ。

 ナギの調査が終わったのなら、僕も今のうちに退散すべきだろう。二人が戻ってきたらでは話が面倒臭くなりそうだ。

 ルチアーノ公が何故ここにいるのかという理由は気になるが、カルークはリリアーナと違って僕のことを疑っている様子だし、あまり話を合わせすぎて、本当に僕がこちらの思想だと思われるのも都合が悪い。それに、レティシアのことも気になる。

 

「ルチアーノ公、僕はそろそろ帰ります」

「おや、もう?」

「えぇ、今日は元より連れの招待に甘んじて顔を出すだけのつもりでしたので。また、次の機会があればその時に」

「それは、楽しみだな」

 

 僕は他の政務官たちにも軽く挨拶をしてから、広間から玄関へと足を向けた。


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