副官サマとメイドの噂再び1
「魔法が使えるからって偉そうにしてんじゃねぇよ!」
「はぁ? 筋肉鍛えてるだけの給料泥棒に言われたくないわ!」
飛び交う罵声と剣と魔法のぶつかる音。それは途切れることなく盛大に、宮廷の玄関全体へと響き渡っていた。
皇帝に仕え国を守るためにある宮廷魔導師と騎士たちが、宮廷の玄関で目も覆いたくなるような喧嘩をしている。そんな嘘みたいな光景を唖然として見つめているのは、私だけはない。この場に取り残されたほとんどの人たちが、恐怖に身を震わせながら彼らの動向をじっと観察している。
いったい、どうしてこんなことが起こったのだろう?
玄関を担当している警備兵に原因を尋ねようとしたが、彼らは出入りする政務官や来客たちを安全に移動できるよう、別の建物へ誘導していて説明どころではない。その顔はかなり引きつっていた。
そんな表情になってしまうのは、理解できる。
アストラル城の宮廷へと踏み入る正式な玄関はここだけで、どんな人も必ずここを通らなければならないという決まりがある。しかし、今はそれが出来る状態ではない。こんなところを通ったら、何に当たるかわからない。
宮廷魔導師の魔法か、騎士の飛び道具か。
どちらにせよ、危険飛び交う場所を、いくら決まりがあるからといって通ろう、または通そうとはしないだろう。
警備兵が誘導する身振りを見る限りでは、隣の建物へと案内しているように思える。きっと臨時に大窓や裏口を開放しているのだろう。
「え? ヒース、なんですって? もっとはっきり言って下さい!」
尻上がりの少し高めの苛ついた声で、ルカ様が自身の右側にうずくまっているおかっぱの髪の少年、ヒースさんに尋ねた。
確かこの少年はルーイ様の書記についていた子だ。
「ですから! 水門のことで!」
ヒースさんはうずくまりながら必死にルカ様へ叫ぶが、地鳴りがしてきそうなほど大きな音が玄関奥から響いてすべてかき消されてしまう。
ルカ様の配下の宿屋からここに戻ってきてからかれこれ数十分。ずっとこんな状態で、どうして宮廷魔導師と騎士たちが揉めているのかいまいちわからないでいる。
唯一わかっているのは〝水門〟が絡んでいるということだけだ。
「だから! 水門がどうしたって⁉︎」
苛々がいよいよ最高潮に達してきたルカ様の声が、一段と大きく甲高くなった。
私は眼前で戦っている宮廷魔導師と騎士たちを見ながら、小さくため息をつく。
『僕は、自分でも驚くくらい、貴方に本気なんですよ』
宿屋で私の手を取って、穏やかにそう囁いたルカ様とはまったく真逆の、苛ついた雰囲気と口調。そうしてその目は、いつにも増して冷めている。
これはあまりいい状態ではない。
「あぁ! もういいっ!」
通じない会話にルカ様が舌打ちをしてヒースさんに叫ぶ。
その声に、ヒースさんはびくりと肩を震わせてさらに縮こまった。
私も、もう少しこの場が静かなら、きっと驚いて肩をすくませてしまったことだろう。けれど実際は、目の前の争いの音の方が酷くて怯むことはなかった。
宿屋からの移動中に、ルカ様の苛ついた様子に慣れてしまったというのもあるかもしれない。
ドンドン と、強めにノックされた宿屋の部屋の扉。そのノックに、ルカ様は最初反応しようとしなかった。
私の首元に顔を埋めたままピクリとも動かず、息を潜めるルカ様に、私はどうして良いのかわからず立ち尽くしていた。それは、そう長い時間ではなかったと思うが、ナギさんは時間は止まらないんだぞと言わんばかりに、急かすようにまた強くノックして、すぐに出て行くようにと促してきた。
『ルカさまぁ、無視しないで下さいよ〜! 宮廷からの急ぎですよ〜? ご休憩したかったのはわかってますけど〜! 仕方ないでしょ〜? ほらぁ! 辻馬車拾ってさっさと戻ってやって下さいよ〜! 居場所は知れてんだから、あとで文句言われますよぉ!』
宮廷から急ぎで戻れと配下の宿屋に知らせが来る。その時点で、緊急なのだとわかる。けどルカ様は、さらに沈黙を続けた。
たまの城下で、きっとゆっくり休憩していきたかったのだろう。けど、無視を決め込もうとするルカ様には悪いが、私は無視をするわけにはいかなかった。
戻りたくないという主人を諭すのも、使用人の仕事の一つだと思うのだ。
『ルカ様、戻られませんと?』
なるべく落ち着いた声で話かけると、ルカ様は仕方なさそうにようやく顔を上げ、大きなため息をついてから『わかりましたよ』と拗ねたような口調で言った。そうして名残惜しそうに私から離れ、部屋の扉を開けてナギさんと二言三言かわし、そのまま私を従えて宿屋の近くの大通りに出て、停車していた辻馬車に乗り込み今に至る。
「ルカ様ぁ、そろそろお止めに……」
ルカ様に説明を諦められしょげて涙目になってしまったヒースさんが、萎縮したまま懇願するようにルカ様に言った。
玄関の奥でまた大きな音が響いて、今度は近くの窓ガラスをビリビリと震えさせた。
空気を震わせるほどの魔法なんて、どれだけ強力な魔法を使ったのだ⁉︎ と驚いて、音の方へと顔を向ける。すると、魔法で弾かれたであろう剣が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
避けないと! と身構えるが、傍のルカ様は避けるような仕草を見せない。
ただじっと立って、正面を向いているだけだ。
飛んでくる剣がぐんぐん近づき、恐怖を覚えてつい剣を抜いて前に踏み出す。
ルカ様の二歩手前で飛んできた剣を弾き飛ばすと、金属同士がぶつかる鈍い音がして、剣が大きく軌道を変えて玄関の外へと飛んでいった。
敷居に跳ねて転がった剣は、すぐに外の警備兵が回収していく。そんな状況に遅れて気づいたヒースさんが、「ひっ!」と青ざめて尻餅をついた。
「ポンポン魔法ばっかり打ちやがって! 拳の一つくらい打ってこいよ!」
「はっ! そっちだって剣振ってるだけでしょ! 簡単な魔法くらい使ってみなさいよ!」
尻餅をついたヒースさんを見ていると、一段と挑発的な罵声が耳に響いてきた。
宮廷魔導師と騎士たちの争い方は、だんだんと酷く、稚拙になってきている。
内容だけ聞いていればもはや子供の喧嘩だ。
双方とも、今争っている場所が宮廷の玄関であることを、完全に忘れてしまっている。
このままこんな争いが続いては外聞が悪い。
ヒースさんが言った通り、私もこの争いは早く止めるべきだと思う。
「ルカ様、どうにかなさらないと」
戦いの音に負けないよう、はっきりとした口調でルカ様を見て言うと、ルカ様は少しだけ私に視線を向けて、「そうですね」と諦めたように言って、一つ大きく深呼吸をした。
苛立ちを抑えるためにそれをしたのだろう。
ルカ様は深呼吸を終えると、落ち着いた様子でぐるりと玄関を見渡した。そうして視線を一箇所へ止め、そこへ向けて歩き始める。
ルカ様の視線をたどると、玄関の扉から少しのところの壁際に置かれた掃除用のバケツ三個に行きついた。おそらく掃除途中にこのいざこざが始まって、メイドたちが仕方なく放置したのだろう。
ルカ様はバケツの側まで歩くと、魔法でしまっていた錫杖を利き手に取り出し、躊躇いもなく杖尻でそれらを順に倒し床に水をぶちまけた。
艶やかな石の床に薄く広がっていく水。
しかしその広がり方はとても不自然だった。
普通扇状に広がっていくはずの水は、真っ直ぐにいざこざの中心へと伸びていく。
「わ! なんだ⁉︎」
じわじわと足元に広がる薄い水の膜に、騎士の一人が気づいて声を上げ、顔を下へ向けた。そんな騎士の仕草に、近くに居た仲間の騎士や宮廷魔導師たちも釣られて足元を見下ろす。
それとほぼ同時だった。
カン と小気味良い音が床から天井に響いたのは。
一気に広がる静寂。
耳鳴りのように小さく響く、薄い氷が軋むような音。
霜が降る音が聞こえたら、きっとこんな感じだろうか。
周囲の温度が一気に下がり、口から漏れる息が白く変わった。
「さぁ、ちょっと落ち着いてもらいましょう」
シャラリ と、ルカ様が錫杖の杖頭を鳴らし、騒ぎの中心へと足先を向けて言った。その声音にはもう苛立ちはなく、普段通りだ。
「る、ルカ様!」
魔導師の一人が悲鳴に近い震える声でルカ様の名を呼んだ。
動けなくなった両者もその呼び名に反応して、ルカ様へと視線を向ける。そうしてルカ様を視線の先に捉えると、ほぼ全員が「まずい!」と、悲観的に息を飲み込んだ。
ミシリ とどちらかの足元の氷が音を立てた。
この場から逃げ出そうと足を動かしたのかもしれない。
宮廷魔導師と騎士たちの足元を絡め取っている氷の膜は、見た目ではかなり薄い。そんな音が聞こえてきても不思議ではない。ただ、身じろぎしたら直ぐに割れそうな氷の膜からは、誰一人として脱していない。きっと魔法で作られた氷の幕は、その見た目よりも強度があるのだろう。
ルカ様は静まり返った場に冷静さを呼び戻すようにたっぷりと間を与えてから、動けない渦中の人たち全員の顔をじっくり一人づつ眺めて、「どうしてこんな騒ぎになったんですか?」と理由を尋ねた。
「そ、それは……」
ルカ様に一番近い魔導師が口ごもって下を向くと、その奥から勝気な顔の若い魔導師の少女がハキハキと答えた。
「水門を見せてと言ったのよ! そうしたら、見せてくれないって!」
少女の勝気な言い方に、彼女の真向かいの騎士が怒りをあらわに言い返す。そこからは、また言い合いが始まった。
「そうは言ってないだろう! こないだみたいに壊されたら嫌だから、導師以上の誰か、ちゃんとした監督者を連れてこいって言ったんだ!」
「だから導師様が自分の代わりにって委任状を書いて、そこの二級魔導師の班長に来てもらったんじゃない! 委任状は最初に見せたでしょ!」
「見たけどそれじゃ不安だから断ったんだよ! せめて代わりにするならもっと信用のある人間を連れてこいよ!」
「あの、それは……申し訳ない……」
端っこで固まっている大きな眼鏡の魔導師が、騎士の言葉を受けて項垂れて、ボソリと謝って消え入りそうに沈黙した。きっと彼が、少女の言う二級魔導師の班長なのだろう。
人の良さそうなその班長の項垂れ方を見て、騎士がちょっとだけバツが悪そうに鼻を鳴らす。
そんな些細な間をルカ様は逃さず、言葉を挟み込んだ。
「水門の修繕の件で揉めていた——— ということですか?」
「そう! そうでございます!」
ルカ様同様、ヒースさんもこの間を逃さない! と声を上げながら玄関口から走ってきて、ルカ様の横に立って目を輝かせた。
やっと説明できる! と歓喜している様子だ。
「城下の水門にかける魔法について、担当の者が旧騎士区の貯水場を参考にしたいとのことでして、ルーイ様が貯水場の現担当の第二騎士団に掛け合って許可を頂いたのです」
「あぁ、そんな話がありましたね……」
「それが本日でして——— 」
「約束通り見せてもらえればこんな騒動にならなかったのよ!」
「そっちが勝手に条件を変えてきたのが悪いんだろ!」
ヒースさんの言葉を遮って、宮廷魔導師と騎士たちがまた声を荒げたので、私は念のため入り口からルカ様の側へとそっと寄り添った。
氷に足を固められていても両腕は使える。魔法や投げナイフなど、飛び道具が出る可能性は十分にある。お守りできる距離にいるべきだ。
しかし、そんな私に気づいたのはルカ様とヒースさんくらいだった。
他はみんな、この争いに夢中で周りの状況が把握できていないみたいだ。
ルカ様が普段の少し冷めた口調で騎士に尋ねた。
「あなたの言う条件を変えたと言うのは、監督者のことですか?」
「そうですよ! 導師以上の監督者が居るって条件だったのに、それを委任状なんかで誤魔化されて!」
「誤魔化してなんかないわよ! なんのための委任状よ!」
足を固められてもなお、上半身を前へと向ける互いの姿勢に、また場に喧嘩が始まりそうな空気が満ちた。
そんな空気を割るように、ルカ様が錫杖を床に強くついて全員の注目を集める。
杖の音で気が逸れた両者は乗り出していた身を互いに引き、気まずそうに視線を床に向けた。
「今日は、そちらの団長は?」
ルカ様が騎士の中でもまだ冷静そうな者に尋ねると、「今日は不在でございます」と答えが返ってきた。その答えに、ルカ様は「そうですか」と頷いて、少しだけ考えてから続けた。
「なら、この騒動の決着はこの場で僕が決めます。それぞれの長にはこのことを必ず報告するように。良いですね?」
「それは……ルカ様がそうおっしゃるなら」
次期皇帝の副官の申し出に、反論する者は居ない。
ルカ様はまず、視線を宮廷魔導師へと向けた。
「今回の水門の件は、宮廷魔導師に責があリます。水門を壊したという、言わば前科があるんですから、騎士たちの言い分はもっともだと理解すべきです」
そうだろう! と言い返そうとした騎士に、ルカ様が鋭い視線を向けて「言い方はどうあれ」と騎士をひと睨みした。
「委任状の件は後で書いた者に、僕か、今回間に入ったルーイから注意を伝えるようにしましょう」
「注意? それだけですか? もしこの間みたいに貯水場が壊されても、同じことが言えますか? ルカ様?」
「……では、どうして欲しいと?」
「もう少しきつい罰を与えて欲しいですよ!」
興奮した騎士の一人が氷を破ってルカ様に迫るのが見え、咄嗟に床を蹴って前に出る。そうして腰の剣をいつでも抜けるように構え、威嚇するため柄を騎士へと向けて見せた。
「お前!」
騎士が私を見下ろして睨みつけてきたが、退くわけにはいかない。
「お下がり下さい」
強い口調で騎士に言うと、騎士は口を結んで沈黙したまま三歩下がり、両手を上げて攻撃の姿勢は無いと視線をどこか遠くへ逸らした。
その姿に少し安堵し、他の宮廷魔導師や騎士たちの足元をちらと確認する。
先ほどよりも氷の膜が薄くなっている気がする。
きっと、時間が経って氷の強度が落ちて来ているのだろう。
「では、罰に関しては、委任状を書いた導師の話を聞いてから考えましょう。師長仕えの多い導師に、時間の余裕がないのは僕も承知していますから……理由もあったでしょうしね。それを聞かずに罰を決めるわけにはいきません。それでどうですか? もちろん、僕が宮廷魔導師だから肩を持っているのだと思うのなら、それをそちらの団長に報告してくれてもかまいません」
「それは! そんなことは……。その……ひとまず、それで良いです。あとは団長の判断に委ねます」
氷に冷やされたからか、ルカ様に冷ややかに見らているからか、頭に血が上っていた騎士たちの顔に冷静さが戻ってきた。
そんな様子をルカ様も感じ取ったのだろう。
両者を見て、少し強い口調ではっきりと告げた。
「では、委任状の件はそれで。ただ、この騒ぎは両者とも軽率だったと反省していただきたい。百歩譲って貯水場のような城奥ならばいざ知らず、宮廷の玄関で揉めるなど、冷静であったら決してやらないことですよね?」
「……そう、ですね」
「僕が緊急だと外から呼び戻されて、今ここに居る理由を、今晩じっくり考えてほしいものです。次にこんな騒動を起こしたら、両者とも減給では足らないと覚えておくように!」
ルカ様の言葉に、宮廷魔導師と騎士たちの顔が一斉に引きつった。
本来なら、ここに居る両者にそれこそ重い罰がくだってもおかしくはない。
おおよそ半時から一時間、宮廷の玄関を通れなくしていたのだ。しかし、今回ルカ様は両者に罰を与えるつもりはないようだ。
宮廷魔導師と騎士たちから、深い反省が滲み出てきて玄関の空気がどんよりと重くなった。
ルカ様に言われ、やっとことの重大さに気づいたのだろう。
「あ? なんだ……もう収拾してるじゃないか」
「ルーイ様!」
玄関先に静けさが戻り、反省の深い色が広がってしばらくすると、政務区方面の廊下からルーイ様がやってきて声をかけてきた。どこかにお出かけだったのか、普段よりもめかし込んでいる。
ヒースさんがルーイ様を見て、待ち焦がれていたと言わんばかりに笑顔になって駆け寄ると、ルーイ様がルカ様を見つけて少しだけ眉を寄せた。
「なんだ、ルカまで呼び戻されたのか? 悪かったな。ひどい騒ぎなっていると報告を受けて戻ってきたんだが……」
ルカ様の方へと少し足早に歩いてきたルーイ様は、宮廷魔導師と騎士たちの足元を見てわずかに眉を上げ、「ふぅん」と感嘆したような声を上げた。
「呼び出されるのも仕事のうちですから、仕方ありませんよ」
歩いてきたルーイ様をちらとも見ずに言ったルカ様の言い方は、冷やっと、背筋が凍るような言い方だった。
どうやらルカ様は、少しばかりルーイ様に対して怒りの感情をお持ちのようだ。
「それで? 水門の件はどうなった?」
「それは今からですよ。まぁもう、僕かあなたが監督者として行った方が早いでしょうね。僕もあなたも師長ですし? さすがに揉めるようなことにはならないでしょう?」
「そうか? なら、オレが行こう」
嫌味っぽいルカ様の言い方を気にも止めず、ルーイ様は頷いて宮廷魔導師と騎士たちを見て言った。
「じゃあ、水門へ行く者とここを片付ける者と分かれろ」
ルーイ様の言葉が終わるころ、ルカ様が全員の足元に向けて錫杖を振るい、一斉に氷の膜を砕いた。
その横で、ルーイ様が私に気づいてじろりと視線を向けてくる。
切長の目尻に金色に近い瞳が鋭く、あからさまな敵意を注いでくる。
なぜそんな目で私を見るのだろう……。
そういえば、ルーイ様は私のことを密偵か何かだと疑っておいでだったか……。
がっちりと合ってしまっている視線を逸らすに逸らせず、どうすべきかと戸惑っていると、それに気づいてかルカ様が錫杖を私とルーイ様の視界にさっと傾けた。
錫杖で遮られて視線がそれ、感じていた緊張感が少しばかり和らいだ。
カツリ とブーツの踵をわざとらしく鳴らして、ルカ様がルーイ様に一歩踏み出しひそりと言葉を紡ぐ。
「水門の件、あなたが間に入ってこのざまとは……ここにいち早く駆けつけるのは僕じゃなくて、あなたじゃないといけなかったのでは?」
宮廷へ戻ってきた時と同じ苛立ちが、ルカ様から滲み出ている。その苛立ちは、真っ直ぐ、ルーイ様へ向けられている。けれど、やはりルーイ様は気にもせず、「そうだな」と興味なさげに言って顔を背け、水門へ向かう宮廷魔導師と騎士たちの方へと歩いて行ってしまった。
その背に舌打ちするような表情をして、ルカ様が苛立ち混じりに「さぁ、僕たちも一旦部屋へ戻りましょう!」と、踵を返して私を促した。
さっさと歩き始めたルカ様の後に続くと、背後になった玄関からルーイ様と宮廷魔導師・騎士たちが何やらボソボソと会話をしているのが聞こえてきた。
何を話しているのか良く聞こえなかったが、唯一はっきりと聞こえてきたのはルーイ様の訝しげな声だった。
「ルカの護衛? あれはメイドだろ?」